主人公の秘匿癖と強要される勝負について
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奇っ怪な事態に巻き込まれた物語の主人公たちというものは、「こんなことを周囲の人達に話しても信じてくれるわけがない」として、とにかく自分たちの力のみで解決しようとする。言葉を尽くし、事態の中心から写真などの証拠を奪取してでも自分以外の人々に伝えようとし、協力者を可能な限り増やして迅速に奇っ怪な事態を解決しようという意志が感じられない。それが主人公というものだと言われればその通りだし、自分以外の大量の協力者を描写するのは大変だろうし、そもそも最初から自分たち以外では解決できないような状況に置かれることのほうが多いので、こんな突っ込みは野暮以外の何物でもない。
他にもラブコメの場合なんかは主人公は苦悩しているふりをしているだけで実際はものすごく楽しいのだが、読者の手前困ったような表情を作っているのでは……とか、フィクションのキャラにまで疑心暗鬼になるようではおしまいである。僕はまだ終わる訳にはいかない。キャラクターを信じることにする。
だから人間は、特に他人は信じなくてもいい。この世の人間の大部分が一番信用しているのは、だいたい肉親か神という名のキャラクターである。神様は人間は作った、と僕は信じている。つまりこれは僕が人間を信じている証拠でもあり、こんなにもちゃんとした人格を持っている僕に友達がいない理由とは一体何なのだろう。神様をキャラクターとか言っちゃうところとか、それ以前に架空のキャラクターに疑心暗鬼になる人間がいるかもしれない、という想像をしてしまうところがいけないのだろうか。
わかっている。自分という人間が性根の曲がったクズだということくらい。わかっているんだ。
みたいなことを、僕は講義中に隣りに座ってきた無明さんに話してしまった。こりゃあ嫌われたな、と僕は思った。延々と変な自分語りをするような奴に好感を抱く人間などこの世界に存在するのだろうか。
「酔ってるんだね」
ひとしきり話を聞いた後、無明さんは講義を受けるふりをしながらそう呟いた。
「素面だよ」
僕には今まで悪い友達も含めて友達がいなかったので、酒を飲む機会というものがなかった。もちろん今だって飲んじゃいない。
「じゃあ、なんなの」
「おかしいんだよ、僕は」
「ああ、うん、おかしいおかしい。私もおかしいから、そういう気持ち分かるよ」
変人アピールで自己表現をしようとしている人だと思われているようだ。そして無明さんもそうやって自己表現をしているようだ。
それ以降、講義が終わるまで僕と無明さんは言葉を交わさなかった。
「それで、なんだけどさ」
先生が出て行って、僕も立ち上がろうとしたら無明さんに話しかけられた。こんなにも他人から話しかけられる一日なんて今まで経験したことがない。もしかしたら僕はこの一日で成長してしまうかもしれない。
「私、結局三局やって三局負けたよね」
今朝のオセロのことだろうか。結果は僕の3勝0敗だった。無明さんは対戦を重ねるごとに弱くなっていっているようで、一回戦目よりも三回戦目のほうが墨の色のコマが多かった。
「そして私も自分語りをするんだけど、まず私さ、負けず嫌いなんだよね」
無明さんは鞄からオセロの盤を取り出した。
何故僕が講義中に物語の主人公の自力本願っぷりから始まる自分語りをしたのかというと、講義が滞り無く進んでいたからだ。ついさっきの講義中、窓は割れるわ講義室は血まみれになるわの大事件が起こったのに、まるでそんなことなかったかのように講義が進んでいたからだ。
「そして私、わざと負けられることも嫌いなんだよね」
無明さんはさっきの事件について、既に自分のなかで処理済みなんだろうか。
「一回だけ、一回だけ私が勝つまででいいから、さ」
とりあえずオセロで慎重に手を抜きながらそれについて尋ねてみることにした。