講義中のエリア分けについて
23.
学生課を出た。あれ以上学生課にいても、特に何もやることはない。
しかしやることがないからといって何かをやらなければならないということはない。何もしない贅沢、とかそういった感じの言葉だって存在する。もっとも、そんな言葉が使われるのは大体リゾート地なんだが。リゾート地以外の日常生活で何もしない贅沢なんていう腑抜けた言葉が使われるのは夏休みくらいのものである。夏休み。そういえば長い夏休みがもらえるのも大学で最後か。そう考えると今年の夏休みは大切にしたくなる。特殊な人生でも歩まないかぎり、大学の夏休みは人生最後の長い夏休みだ。何もしない贅沢を大いに満喫したい。けど夏休み用のレポートとかとんでもない量出されるんだろうなあ。今から気が重い。
そもそも大学生活だって高校までと比べればのんびりしたものじゃないか、そんなに行き急ぐことはない。が、大学で行き急ぐように研究した人間が将来学術関係の仕事で大活躍するのだ。大学でのんびりした奴らなんて、今社会でめんどくさい上司になっているという話をよく聞く。やっぱり就職活動がゆるいとわがままな人間に育ってしまうのだろうか。大学で甘やかされたからゆとり中年になってしまったのか。やっぱり人間って死ぬまで成長を続ける生物なのかもしれない。
とか世の中に出てもいない僕が考えても無駄かもしれない。ひょっとしたら当たっている可能性はあるが、そうであったとしても、それは偶然なのだろう。言い当てたい。そして未来予知能力者として有名になって適当な自伝を書いて印税で暮らしたい。犯罪者だって自伝で印税生活ができる世の中なんだから、結構現実味のある将来設計かもしれない。ただ、書く前に何かをやらかさなければならない、というだけで。
まあ犯罪を実行に移す勇気なんて無いんだけどね、ははは。なんて自分を冷笑しながら講義室に入ると犯罪者扱いされた。
話を盛った。本当は犯罪者じゃなくて遅刻者として先生にちょっと怒られた。講義において最も罪深いのは講義中に抗議の声より大きな声で話すことである。その次に遅刻、その次に欠席である。もらえる出席点と罪の重さが比例しないのが難しところである。出席点は講義開始時刻、というか講義室に先生が来た時間に講義室に座っていさえすればもらえる。講義中にうるさくしようがもらえる。ずっと携帯をいじっていてももらえるし、ノートパソコンを開いて講義とは全然関係ない作業をしていてももらえる。大きな声を出す以外、講義の邪魔にはならないからだ。ただ、期末試験で大変な目に遭うというだけで。
講義室の後ろの方の席には生徒が集中している。逆に、前の方の席には中年女性が一人しか座っていない。この大学にも、年をとってから改めて大学に入り直す人はいるのだ。そういう人は大学に勉学目的で入ったので講義に対する士気が高く、どの講義でも前の方に座っている。逆に、現役や一浪などといった就職前の人々は大学に勉学以外のものも求めているので、講義室の後ろに集まる。そして小さな声で喋ったりネットを通じて文字で喋ったり、あと大きな音を出さない程度でやりたいことをやったりする。講義内容なんか後で真面目な人に訊けばいい。そんなことより大学生活をいかに楽しむか、それが一番重要だ。
というわけで大学の講義室は大抵前方エリアと後方エリアに分かれている。必修科目や講義室が狭い場合はその限りではないが、大体の講義はこんな感じだ。
で、僕はどっちに行くかというと、真ん中辺りに座ることが多い。僕は大学生たちとも仲良くなれないらしく、後ろの方の席には寄り付くことができない。かと言って講義内容に大いに興味が有るわけではないのでスカスカな前の席にも座れない。だから真ん中辺りで講義を聞いたり聞かなかったりする。それが僕のスタイルである。スタイルとか横文字を使ったところで他に居場所がないという事実は変わらないけど。
僕の他にも、今回の講義では真ん中辺りに座っている学生がいた。見覚えがあり、机にはノートとオセロ盤を広げている。無明さんである。
僕は無明さんの隣に座った。左隣はオセロ盤のせいで座れなかったので、右隣に腰掛けた。
そして無明さんに話しかける。
「最近、知り合いが急にいなくなったりしなかった」
無明さんがシャーペンを落とした。僕は無明さんのノートの中身を見てしまわないように気をつけながら、落ちたシャーペンを拾った。
「なんで知ってるの」
シャーペンを受け取りながら無明さんは驚いた目を僕に向けていた。
「僕の知り合いも、最近突然いなくなったから」
嘘だ。僕にはそんなに知り合いのストックがない。
「みんなそうなの?」
「僕は友達がいないからわからないけど。無明さんの周りはどう」
「私も、友達は少ないから」
多分、僕と同じくらいしか無明さんにも友達はいないんだろう。つまりゼロ人ということだ。




