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となりの妹さん  作者: 天城春香
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もう一つの穴について

22(4).

 学生課のオフィスは窓口から丸見えだが、その奥に扉があり、「応接室」と扉には書かれている。


 応接室ということは、客が来た時に応接するための部屋なのだろう。流石に応接中の風景まで学生に見られ放題では都合が悪いのだろう。どう都合が悪いのか。学生にとって非常に不利益となる取引でも行うためか。それともこんなことを邪推する輩に話し合いが行われているところを見られないためか。とにかく、全てを外部に開示することができる営利組織というものは存在しない、それは知っている。


 でも今きちがやさんに応接室に案内されていることとそれは関係ないだろう。応接室で僕ときちがやさんによる学生にとって不利益となる話し合いが行われるわけがない。僕も学生の一員だし、その学生の中でも特別扱いされる理由というものが僕には存在していない。それに応接室に案内されることになったきっかけだって、僕の家の押し入れに穴が空いたことを明かしたからである。穴関係のこと以外の理由は考えづらい。


 応接室の扉がきちがやさんによって開かれた。そして瞬時に僕は状況を理解した。

 なぜなら、応接室の中は僕の部屋と同じ状況になっていたからだ。

 予想していたよりも広くない応接室には、向い合せになったソファと、背の低い机が置かれており、机の上にはガラス製の灰皿がある。ここではタバコを吸ってもいいらしい。まあ学生は構内でところ構わず吸ってるけれど、屋内で公式に吸っていい場所はここだけなのだろう。


 そしてソファの間、背の低い机の奥の空間には、壁でも窓でもなく穴が開いていた。僕の部屋にあるのと同じ位暗い、闇に繋がっている穴だ。穴ということを知らなければ、ここだけ暗幕で区切られているように見えてしまうだろう。

「これだから、ですか」

 僕はきちがやさんに確認を取った。

「ええ、これだから、です」

 きちがやさんは答えた。


 穴の向こうから足が現れた。藁人形のような足だった。しかしその足の大きさは人間大だ。巨大な藁人形の形をした穴の向こうの存在が、ここに現れようとしているのか。

 ところで、僕の家の穴ではない穴から出てきたなにものかに、僕は食べられるんだろうか。もし食べられるとしたら、食べさせるためにきちがやさんは応接室に僕を案内したことになる。殺人行為である。もし食べられないとしたら、僕を共犯者と認定し、僕に対して何らかの手段を講じて口止めしようとしているのではないか、と予測できる。少なくとも善行ではない。


 穴の向こうからやって来た藁人形の足を持ったなにものかが全身を現した。見た目は完全に人間と同じ大きさの藁人形であり、その頭部には小バエらしき黒い点が大量に飛び交っている。しかし羽音は聞こえない。きっと小さい虫に見えるが実際は小さな虫ではないなにかなのだろう。穴の向こうの存在の生態系を理解しようなんて無駄な行為である。みんな見た目が違いすぎるし、きっと解剖にも応じてくれないだろう。もし応じてくれたとしても、その見返りとして食事を要求されるかもしれない。もちろん捕食する対象は人間だ。

 巨大な藁人形は話が通じるのか。これまでも数体か、穴の向こうの存在の中には話の通じるものがいた。でも話が通じても僕を食べようとしていた場合、問答無用で捕食されるような気がする。


 藁人形は僕ときちがやさんの間を通り、応接室の扉から出て行った。

「あれ、誰かに見られたらどうするんですか」

「何もしません」

 きちがやさんは異形が不特定多数の学生に見られる可能性に対し、何の対策も取らないと宣言した。

「何も知らない人がああいったものを見ても、きっと見間違いだと思うでしょうし、もし知っていたらやがて食べられますから」

「学生が食べられて平気なんですか」

 学生課が学生のことを第一に思っていないことはわかっていたが、こうやってほとんど宣言に近い形で学生を見捨てられると悲しいものがある。

「平気というか、それが、私達が食べられない条件なので」


 僕の部屋に穴が空いた時、穴の通り道になる部屋に住んでいる僕だけは食べられない、という約束が、穴の向こうから来た言葉の通じる存在と交わされた。それがこの学生課でも交わされている、ということなのか。

「だれとその条件を結んだんですか」

「あなたがさっき窓口で話していた女性です」

 きちがやさんの前に学生課の窓口で僕に応対した女性、確か、名札には「ふなこし」と書かれていた。

「名前、あるんですか」

「偽名です。こちらで用意しました」

「働いてくれるんですね。穴の向こうの存在なのに」

 人間なんか食べる対象なのに、人間のために働いてくれるのか。

「それが最も自然に、私達を監視できる形になる、というので。要求を拒否することはできませんでした」

「働かせろ、と言ってきたんですね。そして嫌だと言ったら」

「食べる。そう言っていました。一人食べられたあとなので、私たちは断ることはできませんでした」


 そんな話をしていて、きちがやさんは悲しかったりやりきれなかったりしないんだろうか。

 しかしきちがやさんの顔色は、あまり変わっていなかった。

 きっと、諦めきっているんだろう。

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