馬鹿がようやく一念発起することについて
22(2).
一限目が終わった。
その一限目の詳しい描写をするべきなのか、僕は迷った。しかし一限目が終わった直後、一つの事実が明らかになった。僕は一限目が終わった直後にその内容の殆どを忘れてしまっていたのだ。身のない話が延々と続いたわけでもない、先生の声が小さかったわけでもない、もちろん友達がいるわけでもないので教室の後ろの席でずっと喋っていたわけではない、先生が教室の前方を暗くしてパワポを使って解説したいた事は覚えている、しかしその内容は覚えていない。
こんなことがあるものか。僕は一体何を聞いていたんだ。これは記憶障害か? 僕の頭に何が起こったんだ? 自問自答し、そして僕は回答を見つけることができた。
馬鹿だから忘れた。
結局、それに落ち着くしかなかった。自分の非を認めるのは非常に心苦しいのだが、しかし講義の内容に今ひとつ興味が持てないとかそもそもこの大学のやっている内容自体に興味が無いとか登校時の揺れるバスに体力を持って行かれて集中力も底を尽きていたとか、そういった言い訳をしたところで、結局それは馬鹿の所業だ。だから僕は自分が馬鹿だと認めるしかなかった。
しかし馬鹿だからといって居直るつもりはなかった。この大学の講義内容が悪いだけで、僕は根っからの馬鹿なのではない。興味が有ることに関して学ぶことをやめるつもりはない。とか、そんなことを言っているから馬鹿なのだ。
馬鹿が二限目の講義が行われる三階に向かうための階段を登っていると、妹が階段の上からおりて来た。しかしこれは妹じゃないと僕は判断した。妹によく似た穴の向こうの存在だろう、そう思った。
「やっほー、お兄ちゃん」
今朝、妹と一緒に暮らしている猫があんなに重い雰囲気で妹の心の不調を訴えてきたのに、こんなに明るい顔で大学にいるわけがない。
「今度は君が食事に来たのか」
だから、青髪と同じ目的でこの大学へ来たのだろう。
「まあね」
妹によく似た存在は肯定した。
「しかし、どうしてここばかり狙われるのかな」
そろそろ新聞沙汰にならないだろうか。いや、既になっていないとおかしい。マスコミの醜悪な部分が大学に押しかけてきていてもおかしくはない。どうしてそれが起こらないのか、ずっと不明なままだ。
「ここに人間が密集してるんだから、仕方がないよ」
人間が密集している空間なんて、この大学以外にもあるだろう。僕が住んでいるアパートの周辺にも小学校と高校が存在している。オフィスだって数えたわけじゃないがいくつかあるだろうし、最寄り駅の駅ビルは賑わっている。どうしてわざわざここまで足を運んできたのだろう。
「ここの周りには他に人間が居ないから、食事しやすい環境にあるんだよね」
「いや、人は住んでるけど」
ここに来るバスの窓からは、この大学から歩いて二分程度の近距離に新しいアパートや古い民家なんかが建っているのが見える。家がある以上、人が住んでいないことはないだろう。大学はちょっとした山の頂上に建っているため、大学周辺は木々に囲まれていて、そこには人が住んでいないだろうが、しかしちょっと歩けば家がある。店はないけど、人の気配のする建物は建っている。
「え、いないよ?」
妹によく似た存在は言い切った。
「一人も」
「いないよ。私が知っている限りでは、いなかった。ここに来るまでの家に、一人も人間は住んでいなかった。多分私の仲間たちが食べ尽くしちゃったんだろうね」
食べ尽くされた。この周辺の家の人間はみんな食べられてしまった。じゃあ僕が感じていた人の気配というのは気のせいなのか。
そんな馬鹿の思い違いはどうでもいい。それより、妹によく似た存在の発言が本当だったとしたら、ちょっと恐ろしいこのにならないか。周囲に人が居ない、人間が集まってくる施設なんて、穴の向こうの存在にしてみたら単なる餌場ということにならないか。バスの運転手を食べていないのは、食料を運搬してくれるからだろう。
「これから誰かを食べるの」
「食べるよ。私たちは食べるために生きているんだから」
それは人間も同じだが、人間を食べる存在にそれを言われるとなんだか嫌な気分になる。
「そうか」
僕は意を決する事にして、妹によく似た存在と別れ、階段を登った。そして登った先ですぐに携帯を取り出し、警察に電話をかけた。




