家族に対する固定観念について
21(2).
ボスは喋る猫とかではなく、正体は妖精らしい。
でも妖精だからどうしろというのか、実際に妖精を目の前にしても特にこれといったことは思いつかない。妖精が実在するなんて情報はどこが買ってくれるのか。妖精相手に僕ができることといえばなにか。妖精がなにか人間にとって害とか益とかがあるのか、わかっているのか。どれもわからないし、きっと情報はムーでも買ってくれないと思う。だって見た目は猫以外の何者でもないからだ。
そして最大の疑問が頭をよぎり、僕はそれを発言する。
「それを僕に言ってどうするの」
妹の飼い猫として暮らしている、それも平和に暮らしているのであれば、それでいいじゃないか。穴の向こうのものに食べられるわけでもないんだから、安穏と暮らしていればいいじゃないか。
などという考えは、全ての存在は自分勝手である、と決めつけてしまっているから駄目なんだろうか。普通の人間、いや全ての存在は、基本的には自分を再優先にして行動するものなんじゃないのか。自分が安心するため、自分が満足するため、自分が気持ちよくなるために行動するんじゃないのか。誰かに奉仕することが喜び、とか言っている人も、誰かに奉仕することで自分も満足しているんだから、結局自分のために生きていることになる。世界の中心は自分なのだ。僕にとっては僕が世界の中心だし、猫にとっては猫が世界の中心だろう。
「知っての通り、君の妹は人類を救う戦士として活動している」
そういえばそんなことを言っていたような気がする。戦士というのは正式名称だったのか。戦士より勇者とか言ったほうが妹も気持ちを鼓舞しやすいと思うんだが。
「それで、どうして僕の妹が戦士なんだろう」
それは大きな疑問だった。どうして妹が戦士、まあ物語風に言うなら選ばれし者になったのか。穴の向こうの存在を殺す役目を負っている人間が全員戦士と呼ばれるのであれば、戦士は横浜にもいた。ただし彼女は魔法少女を自称していた。
「人を戦士として導くことができるのは妖精だけだ。そして妖精の数は人間よりずっと少ない」
数の問題だったのか。
「じゃあ、どうして妹を」
見た目からしてあまり強そうじゃない妹をどうして選んだのか。年齢とか性別に制限があるのなら、もっと体格のいい人間を選んだほうがいいんじゃないのか。
「適性があったからだな。心の適性だ」
「心の適性」
「具体的に言うと、世界を救うために身を挺して戦う、という境遇に身を置きたい、と心から思っているかどうかが一番重要視される」
つまり正義の味方に本気でなりたいと思っている人間が、妖精に戦士として選ばれる、ということになるのか。知らなかった。妹にそんな欲求があったなんて。まあそれ以外のことも殆ど知らないんだけど。
「だから戦士の心の問題はとても重要なものになる。戦士本人にとってだけでなく、人類全体にとって重要なものになる」
戦士が戦わないと穴の向こうの存在が自由気ままに人間を食べまくるから、なんだろう。
「それで」
しかしそこまで聞いても、どうして僕にその話をするのかわからなかった。
「君は戦士の肉親なのだろう?」
「一応ね」
その質問で、猫型の妖精が次に行ってくることがなんとなく予想できた。
「君は戦士の心を治すのにとても適している。家族だからな」
「そうかな」
家族は最も身近な味方ではあるが、最も身近な敵にもなりうる。世の中の家族が全員仲良しじゃないことくらい、妖精でも知っていると思っていたんだが。
「頼む、戦士の心が昨晩から壊れかけてしまっている。兄である君に、是非ともどうにかしてもらいたい」
「漠然としてるなあ」
どうにかして欲しい、とか言われても。具体的にどうすればいいのか、この猫にもわかっていない、ということか。
「わからないよ」
わからない。壊れた心の治し方なんて、僕にはわからない。たとえ肉親であっても、だ。僕は誰かを励ましたことがない。なぜなら友達がいないからだ。肉親とも仲良くないからだ。それに励まされたこともない。理由はさっきと同じだ。
「家族なのに、家族の心を治せないのか?」
猫はそんなことを訊いてくる。
「その通りだよ」
「しかし」
「その通りなんだよ」
僕は大学へ向かうべく、家を出た。
「しかし、家族なんだろう?」
猫はまだ食い下がってくるけど、家を出た。




