猫による人間の価値について
21.
翌朝のことだ。寝ていると窓から猫が窓を引っかいているような音が聞こえてきた。
「寝ているのかね」
更に声も聞こえてきた。窓に不審者が侵入していたとしたら大変恐ろしいことだ。しかもこちらはまだ寝ている状態である。意識は目覚めているが身体を起きあげる気にはなれない、よってまだ寝ている状態である。そんな時に窓から不審者に侵入されたら大変だ、部屋を好き放題漁られて印鑑と通帳を強奪される恐れがある。都合よく穴からなにものかが出てきて侵入者を食べてくれるなんて甘い期待はしないほうがいい。そういう期待は叶わないのが世の中の普通というやつなのだ。
「目が開いているじゃないか」
声の主は窓を開けて部屋に侵入し、僕を見て目を丸くした。猫の目は最初からかなり丸いが、更に見開かれていた。
侵入者は猫だった。今更喋る猫に驚くような環境に、僕は身を置いてはいない。しかも見覚えのある猫だ。確か一度だけ見たことがある。なんだっけ。
そうだ、妹が引っ越してきた日に一度だけ妹の部屋に入ったことがあった。その時に妹がボスと呼んでいた猫だ。あの時も猫が喋ったことに驚かなかった記憶がある。どうして僕は驚かなかったのだろう。深層心理で猫が喋ることを期待していたからだろうか。だとしたら喜んでも良さそうなものなのに、生まれて初めて喋る猫を目にした僕の心はフラットなものだった。どういうことだろう。
「おや、あなたはもしかして、殺戮者の共犯者ではないのかな?」
眠るということをしない、もし寝たとしても顔がないのでわからない、そんな僕の部屋にいついている黒猫が侵入してきた猫に反応した。しかも思い切り喧嘩を売っている。いきなり犯罪者呼ばわりされて怒らない人間はいない。猫にもいないだろう。
「犯罪ではない、人のためを思ってのことだ」
いた。侵入猫は怒らなかった。
「しかしあなたは、あなたたちは私達の仲間をまるで娯楽のように殺し回っている。それをあなたは殺戮者の直ぐ側に居ながらにして止めようともしない。これは立派な殺戮への加担なんじゃないかな?」
立派な加担ってなんだろう。黒猫の言語組み立ては今日も下手だ。僕も上手じゃないが、上手にやろうとはしている。黒猫は通じてるんだから改善の必要なし、とか思っているに違いない。
「どっちが殺戮者だね。君たちにとっては単なる食事だとしても、人間側から見れば君たちのやっていることは殺戮に他ならない」
捕食されることは殺戮されることになるんだろうか。食べられるにせよ食べられないにせよ、殺されていることには変わりないからいいのか。
「しかし、私たちは人間を食べなければ死ぬ。人間たちは私たちに、自分たちは死にたくないからお前たちは餓死しろ、と言っているようなものだ」
「それは生きるために抵抗しているだけだ」
「それは人間側から見た一方的な表現だ。私たちは死にたくない。人間たちも死にたくないだろう。しかしだからといって、私達を根絶やしにしようとでもしているかのように、無意味に殺し回るのは非道いのでは?」
家畜が喋ったらこんなことを言うのだろうか。もし人間が猫を食べるようになったら、喋る猫たちは人間に対してこんなことを言うのかもしれない。
猫の言い争いは終わりそうになかったので、僕は重たい寝起きの体を起こし、ユニットバスの洗面台で顔を洗って、着替えて鞄に今日の講義に使う教科書を突っ込んだ。出かける準備はこれで完了である。自分でも簡単すぎて怖いくらいだ。せめて朝食くらいは食べるべきかもしれない。でも面倒くさいという感情には勝てないし、僕は昔から朝は食欲がなく、午前中に味のあるものを口に入れると気持ち悪くなってしまうので食べない。朝ごはんを食べないと一日を元気に過ごせないとか言う元気な人もいるが、大学で元気に過ごすつもりはないので別にいい。
「出かけるのかね?」
玄関に向かう僕の背中に話しかけてきたのは、侵入猫のボスだった。
「出かけるけど、それが何か」
「私の話を聞いて欲しい。私はそのために朝を待って部屋に入ったのだぞ?」
それから猫は、自分は猫ではないことを明かした。




