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となりの妹さん  作者: 天城春香
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自分の道徳観とそれを判定する相手について

20(1).

 外見は妹だが、結局のところ人を食べたいということなんだろう。


 妹そっくりの人間の外見をした穴の向こうのなにものかが突然現れたことに運命的な何かを感じなくもなかったが、しかしできすぎているものには大抵何らかの仕組みがあるものだ。偶然は偶然起こる可能性よりも仕込んだ上で偶然が起こる可能性のほうが高い。偉い人が言っていたらこの言葉にも説得力があったんだろうが、全くの持論なので僕意外誰もこの理論じゃ説得することなんてできないだろう。


「私は殺されたくないのです」

 妹そっくりななにものかは言った。

「そうだろうね」

 穴の向こうの存在だって殺されたくないのはこっちの人間と一緒らしい。青髪も殺されたくなかったようだったし、少し前に工場で見かけたでっかい一つ目も殺されることは避けたいらしかった。殺されたいのであれば人気のない工場に隠れ住んだりしないだろう。

「いいえ、私は特にその傾向が強いのです。食べたいという気持ちと同じくらい、殺されたくないのです」

 自分が個性的だと宣言しているようでなんだか説得力に薄いが、決意は伝わってくる。


「それで、殺されないために外見をそうしたの」

「いいえ、外見は生まれつきです」

 穴の向こうの存在はどうやって生まれてくるんだろう。普通に出産によって生まれたりするのであれば、人間を食べようなんてことにはならないんじゃないか。そりゃあ人間だって出産で増える動物を食べているが、しかし穴の向こうの存在には目の前のニセ妹のように人間に酷似したものだっている。自分たちに外見がそっくりな相手を食べることには、抵抗があるものなんじゃないのか。そもそも生まれた世界が違うんだから価値観だってぜんぜん違うに決まっている、という反論はごもっともだけど。


「でも、食事はするんだ」

 人間を食べるんだ、と尋ねなかったあたりに僕の道徳観の強さを感じ取ってもらいたい。

「その欲求はあります。そうしないと殺されなくとも死んでしまうので」

 ところで穴の向こうの存在たちは一体どのくらい食事を絶ったら餓死するんだろう。蛇みたいに食事は週一でいいとかだったら、人間側も少しは安心できるか。いや、できないか。結局食べられることには違いないんだから。人間側が完全に安心するには、人を食べる存在を完全に排除しなければならない。世界中から、とかではなく、自分たちの生活圏から。世界中から人喰いを排除しようと思ったら熊とか犬とか鮫とかも根絶やしにしなければならなくなる。


「なので、私はこれより食事をしてこようと思います」

「して、来るの」

 日本語を間違えたのか。まさか帰ってきたりはしないだろうな。帰ってこられたら困る。ただでさえ穴と窓の通行で狭まっている六畳一間の僕の生活圏がさらに狭くなってしまう。

「ええ、してきます」

 行ったまま帰ってこない場合でも、してくるという表現であっていただろうか。まあこんな日本語の間違いをいちいち指摘するような人間はよほど退屈かよほど煙たがられるかに決まっているので、僕は言葉尻をつかむなどという下衆な行いはやめておくことにした。この判断も僕の道徳観の強さの表れである。

「では」


 と、ニセ妹は窓から出て行った。見た目は人間なんだから玄関から出て行ってもらっても構わなかったし、玄関から出た途端うっかり本物の妹と鉢合わせて勢いで殺されてしまっても良かったのだが、本人がそっちを望んでいるようなのでやりたいようにやらせることにした。こんなことを考えておきながら道徳観が強いとか、笑わせてくれる。こうやって道徳観の強さをアピールしている相手もそれを受け取って乾いた笑いを心のなかで漏らしているのも全部僕なのだから、ますます滑稽だ。


 そしてその滑稽さをせせら笑うのさえ自分だけなのだ。なんという狭い世界か。僕はもっと友達をつくるための努力をするべきではないのか。などと不真面目に考えながらパソコンの前に座り直すと、今度は玄関が叩かれた。それも結構激しく。

 ドアを開けると妹が立っていた。偽物か本物かはまだわからない。

「さっき窓から出てったの、あれなに」

 本物のようだった。

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