知っている相手の生命が狙われていることについて
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そして魔法少女は即座に僕を発見した。
「あ、そこの人! そこの感情なさそうな人! あなたさっきの怪物と一緒にいたよね! ね、いたよね! もういい! そっちはいい! あの人に用事があるから!」
フロントマンに勝手に見切りをつけた魔法少女は、僕めがけて突進してきた。ように見えた。実際は早歩きでこちらへ来たんだが、突進してくるような迫力が感じられた。魔法少女には気迫があったのだ。こうして目を向けられると、物理的に押されたような重圧すら与えられる。だからフロントマンも冷静な風ではあったが、気圧されていたのだろう。
「ね! ね! 会わせて、さっきの怪物と!」
魔法少女は過度に僕に近づいて要求を突きつけてきた。完全に押されていた僕は、おもわずそれに従いそうになってしまったが、しかし同時に素直に従うのはおかしいんじゃないか、という思いも浮かんできた。
「会って、何をするつもり」
「もちろん退治するつもり! 忘れているならもう一回自己紹介するけど、私は経道星、正義の魔法少女です!」
悪の魔法少女が存在したら、それは魔法少女じゃなく魔女と呼ばれるだろう。魔法少女イコール正義の味方なんてイメージがあるのは日本くらいだ。それに対し、正義の魔女というイメージは日本にもない。やっぱり魔法の魔という字はどうしても悪魔の魔を連想させてしまうからか。そして、少女という言葉と悪というイメージが簡単に結びつかないせいで、魔法少女という言葉には正義の味方なんじゃないかという先入観が生まれてしまう。
「怪物というのは、さっきの魚のこと」
「違います。あなた、怪物と一緒に見てたでしょう、私が魚型の怪人を退治するところ!」
あれは退治というか殺戮といった感じだが、しかしあの魚が怪物だとしたら無残にも踏み潰す行為は退治と呼んでもいいのか。犬を殺す行為は、例えその犬が以前に子供を噛み殺したことがあっても退治とは呼ばれないだろう。対して、例えば蝿を殺す行為は退治以外の何物でもないだろう。結局人間だって他の動物と同じように利己的であり、自分に害をなすかなさないかで殺した結果を殺戮と退治で呼び変えているのだ。……いや、殺戮やら退治やらといった言葉を使うのは人間くらいだろうし……あれ、僕は一体どうしたんだ。僕は本当に人間なのか。
よくわからなくなってきた。最近人間とほとんど話していないからか。最近まともに会話した人間といえば、無明さんと妹くらいだから、こうして全く知らない人間にいきなり話しかけられて僕の思考は変な方向にベクトルが向いてしまっている。
「確かに見てたけど、じゃあどうして魚を殺した直後に僕と一緒だった怪物を殺さなかったの」
「殺したんじゃない、退治ね。あの時は気付かなかっただけ、お告げでも教えてもらってなかったし。でもついさっき、お告げで教えてもらったの、人間そっくりの怪物もいるんだって。それが私がさっき見た、あなたと一緒にいた奴だって。そいつは今どこ?」
一体誰に告げてもらったのだろう。お告げによって怪物、つまり青髪がここにいることも知らされたんだろうけど、この子はお告げを盲信してしまってはいないか。本当に大丈夫だろうか。お告げによって怪人や怪物とされた人間を過去に殺したりしたことはないんだろうか。ちょっと不安になってきた。
しかし、と僕は考えなおす。この子の強引な態度が、僕は単に気に食わないだけなのだ。青髪を魔法少女こと経道星に紹介しない理由もない。青髪に多少の情は移ってしまっているけれど、青髪が殺されても僕は大して悲しまないだろう。それに青髪がいなくなることは僕にとってマイナスではない。むしろうっかり食べられるリスクが減って得なんじゃないか。何度でも繰り返しておこう、青髪は人間を食べる。こうやって横浜に来たのも、妹に大学で待ち伏せされないため、警戒の目を散らすためにここで食事をすることにしたからだ。
「多分、そんなに離れていないだろうね」
僕は回れ右をしてエレベーターホールに向けて歩き出した。僕と青髪のツインルームは十六階にある。六つあるエレベーターの一つが到着したので、僕は乗り込んだ。魔法少女もすぐに乗り込んでくると思ったが、エレベーターの外から怪訝な目を僕に向けている。
「どうしたの」
「あんた、怪物とグルなんじゃなかったの?」
訝しみの視線を僕に送りながら、僕を警戒するような足取りで魔法少女はエレベーターに乗り込んできた。
「確かに連れ立ってここまで来たけど、僕はあいつの味方というわけじゃないから」
「じゃあ、何なの?」
何なんだろう。僕は青髪の何なのか。僕にとって青髪が何なのか、ならわかる。僕にとって青髪とは、人を食べるなにものかの中でも人間に似た姿形をしているものであり、話が通じる相手であり、人間じゃないものも含めるとここ最近で最も話した相手である。
では僕は青髪の何なのか。それはわからない。青髪の気持ちを想像することはできないからだ。だって相手は人間じゃないから。ああ見えて性別もないし、年齢も訊いたことはないが多分穴の向こうのなにものかたちにとって生きた年月とかはどうでもいいことなんだろう。穴の向こうの存在たちにとって、食事以外はどうでもいいことという認識らしいし。
というわけで、僕はこう答えることにした。
「連れ、かな」
「付き合ってるの?」
「違うけど」
「違うふうには聞こえないなあ」
どうしてそうなるんだろう。それを尋ねる前に、エレベーターは十六階に到着し、ドアが開いた。




