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となりの妹さん  作者: 天城春香
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一生に一度の機会を逃したことについて

19.

 青髪と僕はツインルームに泊まることになった。


 なんと日帰りできる場所にある横浜でわざわざホテルに部屋をとって泊まることになったのだ。こんなに贅沢なことがあるだろうか。ある。それは歩いていける距離のホテルに泊まることである。しかし僕の家から歩いていける距離にあるホテルはビジネスホテルしかない。青髪と僕が泊まることになったホテルはちゃんとした観光者用の、部屋にベッド以外のスペースが十分に確保されているホテルである。こんな贅沢なことがあるだろうか。ある。それは徒歩ゼロ分である自分の家を自分専用のホテルに改築してしまうことである。


 そんな非現実的な贅沢の話は置いておいて、どうして僕が青髪とツインで泊まることになったのか。別に一人一部屋でも構わないではないか。むしろ一人暮らししているので一人部屋のほうが落ち着くのだ。しかし僕にはそんなことを意見する権利はなかった。ホテル代を全額青髪が持ったからだ。金を出してもらっている側に対して、おごられる側は無力である。まあ青髪の収入源は食べた人間の財布なんだからそこを突っ込めばいいんだが、しかしそこを突っ込むと機嫌を損ねてせっかく観光用ホテルに泊まることのできる機会を不意にしてしまう可能性があったので、僕は青髪の部屋取りに一切の文句を言わなかった。


「別に言ってくれても良かったのに」

 部屋に入ってそのことを話すと、青髪は気のいい先輩みたいなたいなことを言った。

「ちゃんとしたホテルに家族以外で泊まるのが夢だったから。できることなら一人が良かったけど」

 僕は数少ない家族旅行以外でちゃんとしたホテルに泊まったことがない。卒業旅行という名目で親にお金を出してもらって一人で大阪まで旅行に行ったことがあるが、そこで泊まったのはビジネスホテルだった。今思えば、あそこでちゃんとした旅館とかを取っていればよかった、と後悔している。今後の人生であんなにリラックスした状態で旅行ができる機会なんて来ないかもしれなかったのに。


「今よりリラックスしてたんだ?」

「もちろん。試験も終わっていたし、今日みたいに大学をサボっているという後ろめたさもない旅行だったから」

 高校卒業から大学入学までの数週間、僕は人生で初めて何にも縛られていない状態だった。病院にも保育園にも幼稚園にも小学校にも中学校にも高校にも大学にも塾にもスイミングスクールにも行く義務がなかった。そんな状況、今後の人生にはきっとやって来ないだろう。大学在学中は大学へ行かなければならない。大学を卒業したら働かなければならない。定年を迎えたとしても、その頃にはもう若いころのバイタリティなんてほとんど残っていないだろう。だから今後の人生で、もう二度と完全に自由な時間は訪れないのである。

「人間ってそれで満足なんだ。大変だなあ」

「満足なんかしてないよ」


 誰も満足なんかしていないに決まっている。誰だって学校が休みだと嬉しいし有給が多いと嬉しいし働かなくていいくらいのお金が突然手に入れば喜んで働かなくなるだろう。僕にはワーカホリックの素養はない。

「僕達だって自由じゃないんだけどね。食事をしなければ死んでしまう。そして食事をすることで人間に嫌われ、殺されてしまう。さっきみたいに」

「食べられると死ぬ以上、誰だって抵抗するさ」

「人間ってさ、ウサギを食べるんだろう?」

「確か、フランスあたりでは」

「でも、人間がウサギに殺されたら理不尽だと思うだろう?」

「そりゃ、相手が人間じゃないし、僕は日本人だからウサギを食べる習慣もないし」

「そういうことだよ」

「それは人間を下に見ているってこと」

「下になんか見ていないさ。とても貴重で、かけがえのない大切な物だと思って、大事に消費しているよ」

 食べ物に感謝している、という解釈でいいんだろうか。


 そんな会話が終わってもまだ午前だった。このホテルでは十一時からチェックインが始まるのだ。

 そこで、僕は一人で行動することにした。せっかくなんだし、青髪に縛られない行動を取りたい。青髪もずっと僕と一緒じゃ食事をとる機会も満足に取れないということで、一旦別れて行動することに了承してくれた。僕だって人間が食べるようの食事をしなければ死んでしまうし。

 横浜でどこか食べるところがあったっけ、海軍カレーとかそういうところは確か遠かったはずだ、などと考えながら、僕は一人でエレベーターに乗り、ロビー階で降りた。このホテルのロビーは二階にある。


「いいですか。奴らは人を食べるんですよ。殺すんですよ。それがこのホテルにいるんですよ。わかってるんですか!」

「かしこまりました。では警察を呼びますね」

 フロントではさっきのピンクの魔法少女とフロントマンが揉めていた。

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