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となりの妹さん  作者: 天城春香
53/69

天からの助けの登場と退場について

18(5).

 女の子の容姿は魔法少女のようだった。


 それはともかく、女の子はおじさんに近寄るとおじさんの身体を突き飛ばした。するとあんなに深くめり込んでいた魚の牙がおじさんの首から外れ、魚は再び地面で跳ね始めた。間髪入れず、女の子は魚を踏み潰した。底の厚いブーツで踏み潰したのだからその圧力は魚を殺すのに十分な威力を持っていただろう。


 そして周囲に腐臭が漂い始めた。臭いの発生源は明らかで、魚からだった。この臭いには嗅ぎ覚えがあった。死体から漂ってくる腐った香りは、生ゴミとかそういうのとはひと味違ったものがある。独特というか、例えることが不可能な、でも腐った臭いであることは確かである程度には不快な臭いが鼻孔を満たしている。魚から漂ってくる臭いと妹が殺した巨大なカラスから漂ってくる臭いが同じなのはおかしいと思ったが、それについて考えるより先にこの臭いから離れたかった。おじさんはこの臭いと状況も相まって混乱したのか、「ああああぁああ!」と叫んで走り去って行った。このおじさんは魚に噛みつかれてから「あ」としか発声していない。


 で、これはどういった状況なのか。説明を求めたいところだが、これは僕が介入していい状況だろうか。介入したって僕には何もできないぞ。女の子とは面識もないし、女の子の背丈は中学生くらいだからうっかり話しかけたら叫ばれて冤罪をふっかけられるかもしれない。それに女の子の服装もピンクとフリルとリボンだらけで中学生にしては子供っぽすぎるし、頭に被ったとんがり帽子は大きすぎる。それにブーツまでピンクなのだからこれはますます独特なファッションですね、としか言い表しようがない。こういうファッションブランドがあるのかもしれないが、僕は女性向けのファッションブランドに詳しくないのでわからない。


「大丈夫ですか?」

 女の子はさっそうと振り向いて僕達に話しかけてきた。良かった、話しかけたら即通報するタイプの子じゃあなさそうだ。

「大丈夫ですよ」

 僕は思わず敬語でオウム返ししてしまった。

「何もされてないしね」

 僕も青髪も、見ていただけで何もしていない。この態度は被害者にとって一番悪質かもしれない。

「良かった。私は経道星。正義の魔法少女です」

 自分で魔法少女と名乗ることのリスクを、この少女は理解しているんだろうか。魔法少女ですと名乗って、そうですか魔法少女なんですか、と納得してくれる人間が日本に何人いるだろう。


「そうですか、魔法少女なんですか」

 僕はそのうちの一人だった。ここで否定しても何にもならない、と思ったからだ。

「やっぱり魔法で空から舞い降りてきたんですか?」

 青髪は魔法少女の登場方法について問いかけた。

「もちろん、私は魔法で飛んできました。そして魚の形をした悪の怪人が人を襲っていたので、こうして魔法で罪なき人を救ったのです」

 空をとぶのはともかく、魚を踏み潰すのに魔法は必要だろうか。あと魔法少女のブーツの下にはまだ潰れてぐしゃぐしゃになった魚の死体が広がっているが、臭くないんだろうか。汚くないんだろうか。

「私がこうして活躍したからには、もう安心ですよ」

 そう言って魔法少女は時分を親指でグッと指した。つまりこれは、こちらからの反応を待っているのだろう。


「ありがとう、魔法少女」

「命が助かったよ、魔法少女」

 やったことは魔法少女というか変身ヒーローのようだったが、相手が求めているのはこういうリアクションだろう。

「うんうん、困ったときにはいつでも呼んでくださいね。私が素早く駆けつけて、魔法で解決しますから。それじゃあ!」

 魔法少女はジャンプした。そしてそのまま飛び去っていった。飛ぶのに箒とかステッキとかを必要としないのか。あとスカートだからおもいっきりパンツが見えていた。パンツまでピンクとは徹底している。あそこまでピンクで固められると魔法少女というより原宿で外国人観光客に撮られている人っぽいが、僕は人のファッションをどうのこうの言えるほど服にお金をかけていないのでノーコメントとしておく。


「いやあ、助かった」

 魔法少女が見えなくなってから、青髪は大きく息を吐きだした。

「何が」

「殺されるかと思った」

「魔法少女に」

「あれは魔法少女じゃない、殺戮者だよ」

 殺戮者。妹のことも青髪はそう読んでいた。

「しかし魚しか殺していないけど」

「あの魚は、僕達の仲間だったんだよ」

 そうなのか。しかしああいったタイプのなにものかが全国の川に潜伏していたりしたら、人類の食い尽くしが早まってしまうなあ。人類としては困ることだろう。僕は食べられないらしいのでこうして他人事みたいに言ってみた。

「困ったな、顔を覚えられてしまった」

 青髪は頭を抱えた。確かに青髪としては困るんだろう、自分たちを退治する殺戮者に顔を覚えられてしまうのは。

「とりあえず食事は後回しにして、今日はどこかホテルにでも行こう」

「僕も行くのか」

「できることなら、一緒に行動して欲しい。そうすれば、僕の食事風景を誰かに目撃されるのを防いでくれる」

「まるで僕が食事の手伝いをすることが前提のようだけど」

「してくれないの?」

「するけど」

 青髪が突然僕を食べようとしてくる、なんて可能性はいつだってゼロではない。

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