かわいそうな僕とやる気の感じられない教員について
2(2).
入学してからこれまで気が付かなかったことだが、オセロの人と僕は同じ講義を取っていた。僕が空いているからと前の方の席に座るから、後ろの方に座るオセロの一言無明さん(名乗ってくれた)に気付かなかったようだ。まあ気づいたところで何があるわけでもないんだけど。一緒にゲームをして名前を教えあったとしてもそれが仲良くなったと言えるわけではない。
でもそれくらいなら仲良しの範疇に入れてもいいじゃないか、と思う人もいるかもしれない。そう言う人にはきっと友達がたくさんいるんだろう。だが僕には友達がいないのでそういったことは思わない。世の中には友達がいることが当たり前と考えている人のほうが多いんだろうが、僕は友だちがいない状況のほうが普通なので、友達をつくろうと決意することは何日前なのかはっきりしない無臭のパンを食べることに等しい。つまりとても勇気がいる。信じられないだろうが、僕には簡単に友達を作れる人たちのほうが理解できないので、そこはおあいこってことでいいじゃないか。放っておいて欲しい。
そんな人間は少し話せばすぐわかる。人と仲良くしようとしない人というのは、明らかに人と違っている、というか人に慣れていないので、同類である僕にすら見抜けてしまうのだ。そしてそんな人と僕は仲良くはならない。お互いに友達になりたいわけじゃないんだから。
きっと友達が人生に必要不可欠だと考えていらっしゃられるお偉い自称常識人の皆様は、そんな僕達を見てかわいそうだと優しく手を差し伸べていただけるのだろう。慈愛の心を持っているつもりで、人を救ってあげることで自分の価値を高めようと考えて。しかし僕はそんな手を握ったりはしない。この段落の冒頭のように、そんな態度を取られるとものすごく嫌な感じに卑屈になってしまうからだ。自分の思う常識がテレビで普通みたいに扱われているから自分は友達がいない奴より気高いとかなんの疑問も抱かずに信じ込んでいるだろうしそんな奴の差し伸べた手なんか握った日にはもう……卑屈が止まらないのでこのあたりしておこう。
そんなことより講義を聞かなくてはならない。ここは講義室で今は授業中で黒板の前では先生が話をしているのだ。あまり興味はないけれど。大学に入学して感じたことなんだが、どうも大学の先生と言う存在は人にものを教えるのが好きではないようだ。そんなことよりも自分の好きな研究をやっておきたい。だから自分は自分の得意分野について話もするし期末になれば問題も作成するが、興味がなければ着いて来なくても良い、君たちが留年しようが退学しようが私のやりたいことには関与していないのだから、と言わんばかりに自分の話したいように話している。それが鼻につく話し方の先生もいれば、聴きやすいトーンで話してくれる先生もいる。この講義は前者だからあまり集中はできないけど。
そんな集中できない授業が九十分も続く。教室の後ろのほうからは談笑の声が聞こえてくる。僕も含め、熱心に講義を受けている学生はこの部屋にはいなさそうだ。きっと先生だってあまり熱心にものを教えようとしているわけじゃないんだろう。マイクを使って入るが声は低く小さく、口の動きも最小限で、とりあえず話しておかなければならないことを機械的に口にしているだけのようだ。
早く終わらないかなあ、なんて思わないわけがない。こんな状況を九十分も続けろというのか。退屈が地獄の一種として認められるのであれば、ここは間違いなく地獄に認定される。
まあ、そんな地獄も授業が半分経つ頃には終わりを告げた。
講義室に突然、乱入者が現れたのだ。しかも教卓側の扉を開けたのだ、嫌でも目立つ。
遠慮無く音を立てて扉を開けて講義室に入って来たのは、妹だった。もちろん僕の妹だ。十四歳の妹である。
「どうも」
妹の片手にはおもちゃみたいな色彩の、なにやらごてごてしたグローブがはめられていた。そこ以外は普通の私服なのでそれが余計に目立っている。
「窓を見て、危険だと思ったら構えて」
妹が指さした窓の外を見ると、そこにはカラスが飛んでいた。ただ、縦の体長は校舎のワンフロアに匹敵しそうなくらい大きく、そして眼光は窓の中に殺意入りで向けられている。
僕は頭を下げた。
冗談みたいなガラスの割れる音が鳴り響いた。
「(☆☆☆☆☆☆☆)!」
頭を机の下に下げていたので何が起こっているのかはわからなかったが、妹が何やらキラキラネームみたいな単語を叫んだ。
「グゥエエエエエエエエエエエ!!!」
カラスの甲高い悲鳴が続いた。
頭を上げるのが怖かったが、しかしずっとうずくまっていると腰が痛いので、僕は立ち上がってみた。
血まみれの死んだカラスと生きている妹がいた。