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となりの妹さん  作者: 天城春香
42/69

自宅の重要性と世界をつなぐ世界について

15(2).

 家に帰りたくないわけじゃない。


 だいたい僕は家以外ではほとんど眠れないし、林間学校や修学旅行でもなかなか眠れずに難儀した経験がある。特に中学校の修学旅行なんか四泊五日だったのでその間ほとんど眠れず、最終的に水を飲んでも嘔吐するようになってクラスメイトはおろか先生たちからも大いに避けられた。あの時誰も帰ったほうがいいと言ってくれなかったあたり、あの時点で僕には友達がいなかったのだなあと痛感する。それが怖かったので高校の修学旅行は休んだ。


 しかしいつ穴から異形が出てくるかわからない状態であっても、僕は家だとちゃんと眠ることができる。自分以外の同居人、まあ人じゃなくて猫なんだけど、そういうのが居ても眠ることは可能だ。この体質はありがたいと自分の身体に感謝している。僕がもっと神経質で、部屋に好きでもない猫がうろついていると眠れない体質だったら恐らく僕は死んでいるか家から逃げ出してホームレス生活を初めていただろう。収入を仕送りに頼っている僕にはネットカフェ暮らしすらハードルが高い。


 だからいつかは家に帰らなければならない、気乗りしないと言ってもいつまでもアパートの自分の部屋、自分の家に永遠に帰りたくないというわけじゃなかったので、ベンチから立ち上がった僕はそのままアパートまで歩いた。青髪のなにものかとは途中で別れた。食事をするために何処かへ行ったのか、それともどこかに住んでいるのか、それは聞いていないのでわからない。穴の向こうから出てくる奴らは眠ったりするんだろうか? 人間しか食べられないという特徴を聞いただけで、地球上の生物とは生態が全く違うんだろうけど。


 ずっと起き続けて、その間ずっと食事のことばかり考えて、可能であれば適宜食事をとりつづけるとかだったら、僕は今まで考えていた以上に恐ろしいことをしてしまっていることになる。このまま穴の向こうから出てくるものをそのまま出しっぱなしにしていると、あっという間にこの町の人間は僕以外食いつくされてしまうんじゃないだろうか。そしてゴーストタウンとゴーストというかクリーチャーっぽいのだけが残る。人間が僕だけ残った場合、僕は最後の食料ということになる。そこまで状況が悪化したら、やっぱり僕は食べられてしまうのだろうか。食べるのを人類の一番最後にまで後回しにされているだけ、とかなんだろうか。


 帰り着いた僕は、そのことを黒猫に尋ねてみた。

「君のことは食べない、と約束した。それは確実に守られる。たとえ君以外の人間がいなくなったとしても、君のことは食べないと約束した」

 どうして台詞の最初と最後で全く同じ表現を使うのか。

「じゃあ、穴の向こうのなにかたちは、食べるものがなくなってしまう。となると、全員餓死するの」

「いや、餓死はしないね。別のところへ通じる別の穴が開くだろうから」

「別のところ。そこにも人間はいる、ということでいいの」

「これまでも何度か、食べるものがなくなったら自然と別の人間がいるところに穴が空いたから、次もそうだろうと私たちは思っている」

 別のところというのは、別の地域ということなんだろうか、それとも別の世界ということなんだろうか。後者だとしたら、世界が複数存在していることが証明される。


「例えば、僕がこの押し入れの穴から入って、別のところに通じている穴から出てみる、ということはできるかな」

「それは推奨できない。私が約束させているのは穴から出てくるものたちに対して君を食べないように、であって、私たちの領域に入った食料を食べてはいけない、ということではないから」

 つまり、穴の向こうに僕が入ったら食べられてしまう、ということか。興味本位で穴の向こうを覗きこんだりしなくて良かった。ふとしたことで命が助かったのだ。


 ところで、無明さんの命は助かっていない。青髪は食べないと口約束したが、しかし口約束が絶対に守られるとは限らないし、食べられた後に食べちゃったとか言われても僕は死者蘇生の術など使えない。そもそも食べられたということは咀嚼されたということで、消化もされているだろうから、たとえネクロマンサーであっても食べられた人間は蘇生できないだろう。もしかしたら魂をどうにかこうにかして蘇らせることは可能なのかもしれないけど。でも僕の知り合いにネクロマンサーなんていないからこの可能性を探ること事態が無意味だ。


 青髪が約束を守ったとしても、それ以外の穴から出てくる、既に出てきたなにものかたちは無明さんを食べない約束などしていない。約束が可能なほどの知能を全員が持っているかすら不明だ。

 つまり無明さんの命を守るためにはまずはどうにかして僕から無明さんにコンタクトを取り、黒猫を通じて無明さんを食べないように穴の向こうの奴らに伝えてもらわなければならないんだが、はて、と、ここで僕は思い返す。


 無明さんってそんなに大切な人だったっけ。

 二日か三日くらい、ちょっと話しただけの間柄じゃなかったか。その程度の相手がいなくなったところで、何か困るんだろうか。


 メールが来た。これは僕にとってとても珍しいことだ。それがプライベートな内容のメールだったらちょっとした奇跡と言ってもいいくらい珍しい。

 メールの内容はプライベートなものではなかった。とても公的な、大学の学生課からの一斉送信メールだった。来週から講義が再開されるらしい、とのことだった。また大学へ通わなければならないのか。面倒だ。

「嬉しそうだね」

「誰が」

「君が」

 黒猫が言った。そんなわけがない。

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