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となりの妹さん  作者: 天城春香
33/69

暗がりに乗じた妹の言動について

11.

 コンビニに出かける行為は、果たして外出と呼べるのだろうか。


 田舎からこちらへ引っ越すと田舎者が驚くと言われている、または都会生まれが当たり前のように享受しているだろうが田舎の人は驚くだろうなあ、などと思っているであろうことの一つに、コンビニがどこにでもある、というものがある。しかし僕は関東のこの街へやって来てから、コンビニが数百メートルおきにあるというこの事実に、別段驚きはしなかった。なぜ驚かなかったのかといえば、田舎でもそんなものだからだ。


 僕が生まれ育った田舎は田舎の中でも人口密度が高い方だったので、コンビニの需要は十分にあった。だからコンビニがそこかしこにあり、「こんなに必要かなあ」とかいつも思っていた。そして関東のこの町に出てきて、そこかしこにコンビニがあることにはあまり驚かなかった。むしろスーパーの小ささに驚いた。


 土地代のせいもあるんだろうが、都会のスーパーは田舎のスーパーに比べて遥かに狭い。そして高い。僕は田舎に住んでいた頃ずっと実家だったので自炊をしたことがなく、よってスーパーの相場をすべて把握しているわけではないが、実家の母親と電話した際、もやしが他の野菜に比べて群を抜いて安くて驚いた、という話をしたところ、母は自分のところではその半分の価格でもやしが売られているんだけど、やっぱり都会は割高なあ、と返した。その後、幾つかのスーパーで売られている食品の価格比較を行なったところ、都会に展開しているどのスーパーよりも、地元にある一軒の自然食品の店と称しているスーパーのほうが安いことがわかった。関東にも田舎は存在するとはいえ、やはり僕の実家にはかなわないようだ。


 それ故に、北関東にに住んでいるくらいで田舎者と扱ったり田舎者と自称したりする風潮が気に食わない。いや僕がそういう風潮になっていると思い込んでいるのかもしれないが、電車で東京に行ける、いや日常生活の交通手段として電車が使われている時点でそこは田舎ではない、と僕は何が何でも主張することにする。そんな機会は来ないだろうが。なぜなら僕だからだ。人との会話が好きではない僕だからだ。


 かといって自分が自分のことを一番良く知っているというのは自惚れというものである。人は誰しも自分が一番可愛い。可愛い相手を悪し様に言うことは無いだろう。もしも自分を完全に客観視することができたなら、その人は立派な私小説家かエッセイストにでもなっている。世の中の私小説家やエッセイストはその殆どが自分を客観視し、自分の非常識な行いに対して冷静に突っ込むことができる。自分以外が認識している常識について完全に把握しているのだ。どうすればそんなことが可能なんだろう、と本を読む度に不思議になる。やっぱり会話か、コミュニケーションの量か。


 と、そこまで考えてから家を出ても、あっという間にコンビニにたどり着く。アパートからコンビニまでは二分とかからない距離しか無い。これは常識的に考えて、外出とは呼べないだろう。しばらく大学は休みだから、あと数日は部屋とスーパー、スーパーが面倒ならコンビニだけを往復する日々にってしまうのだろうか。だとしたら、それは引きこもりと呼んでも差し支えないのではないか。徒歩で二分のコンビニなんてお金が必要な冷蔵庫のようなものである。


 コンビニでスポーツドリンクを買い、その帰り、たった二分の道のりの途中、僕は背後から殴られた。唐突な表現だが、唐突に殴られたのだから唐突に描写するしか無い。

 僕は前のめりに倒れた。膝と肋骨と腹に鈍い激突音が響いた。幸い、鼻血は出ていないようだった。


「ねえ、お兄ちゃん」

 こういう時は平坦な声を出したほうが凄みが出る、ということをわかっているような声色だった。

「どうして昼間は、あんなことしたの?」

 体の前半分の各所と後頭部が痛かったので言葉を発したくなかったのだが、答えなかったらまた殴られるかもしれなかったので答えるしかなかった。

「やってみれば分かる、と言われたから」

 その左手であの光る右手に触れてみて欲しい。僕はそう言われただけだ。そして触ってみただけだ。触ったらどうなるのか、一切の説明を受けなかった。

 だから仕方がない、というわけにはいかないのだろう。


「ぐぇ」

 僕は背中の真ん中あたりを踏まれ、ゲップのような声を出した。と言うかゲップだった。胃のあたりを踏まれたのだ。

「邪魔されると、死人が出るんだけど」

「邪魔なんてしたっけ」

 僕の左手から右手を話して、また光らせればよかったじゃないか。

「あれから力が出ないんだけど。どうしてくれるの?」

 妹はまた頭を踏んできた。口を開きづらいが、僕は答えるしか無い。無言が一番相手を怒らせてしまう。


「力の仕組みがわからないな。妹が何をやっているのかすら、僕にはわかっていない」

「わかってないのに、邪魔したんだ」

 頭を蹴られた。脳が振動で揺れる、という感覚を生まれて初めて味わった。意識、というか視界が遠のいている。でも身体はひっくり返されたので、僕は数カ所が激しく痛む身体をなんとか曲げて起き上がろうとする。

「今度邪魔したら、もっとやるから」

 妹は僕に顔を近づけた。威嚇のつもりなんだろう。そしてその表情は威嚇に向いていた。


 時間をかけて立ち上がり、部屋に戻った。

「おや、顔に怪我があるけど」

 黒猫は顔がないのに僕の傷に気がついた。

「しばらく、妹に会わないように生活しなきゃならなくなった」

「どうして?」

「怒っているから」

 ところが翌日、僕は家から出なければならなくなった。

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