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となりの妹さん  作者: 天城春香
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世界一簡素な蕎麦と微動する荷物について

1(3).

 僕と妹は二人、向い合ってダンボールだらけの部屋でそばを食べている。そばはもちろんざる、というか盛りの状態である。僕はそば猪口なんて洒落たものは持っていないし、妹もまだ一つもダンボールを開封していないので、僕は茶碗、妹は味噌汁用のお椀につゆを注いで、真ん中に置かれた茹でたての乾麺だったそばを食べている。薬味なんてものはない。素材の味を楽しんでいるわけでもない。ただ面倒臭かったし、妹もこの件で文句を言わなかかった、ただそれだけで僕たちはネギもワサビもなしでそばを食べている。もはや美味しいとか美味しくないとかじゃなく、これは純粋なカロリー摂取という作業だ。食事とすら呼べないかもしれない。


 そばを残り二口ぶんくらい残して、妹は「ごちそうさま」と言った。引越しそばを人に買ってこさせるような態度を取っておきながら、食前食後の挨拶はするのか。僕は一人暮らしを始めてから言っていない。でも僕も、残った二口分のそばを食べ終えてから「ごちそうさま」と言った。妹が立ち上がる様子を見せないので、僕は食器を持って流しへ向かい、これを水に晒した。僕の部屋には食器用洗剤くらいあるんだが、妹の部屋にはまだそれがない。それにそばだし、汚れがこびりつくような食べ物でもないし、水に晒すだけで十分だと思ったのだ。雑菌がどうとかは知らない。そばを食べたあとに水に晒してすら残る人体に多大なる悪影響を及ぼす雑菌なんてものを僕は知らない。


 僕と、今日から妹が住むことになったらしいアパートは線路脇にあるわけではない。だから定期的に部屋でガタゴト音がする、なんてことは地震でも来なければありえない。でも僕が皿を水にさらしている間、ガタゴトと音が鳴った。


 ガタゴト音はだんだんと大きくなっていく。まるでどこかで何者かがのたうち回っているかのようだった。食器を流しにおいて、僕は部屋に戻ってみた。部屋には大量のダンボールと、妹と机が割りにしたダンボールが一個、という、ついさっきまでと変わらない光景が広がっていた。ただ、そのうちの一つがまるで生きているかのように振動していて、妹はそれをじっと見ている。まるで猫が一点を凝視しているかのようだ、とか思っていると、けたたましくガムテープが破られる音と同時に、妹が見ていたダンボールから一匹の猫が飛び出した。中から無理矢理開けたらしい。


「死ぬかと思ったぞ!」


 猫は喋った。妹の腹話術では出ないであろう声で喋った。


「喋るんだ、この猫」


 妹に尋ねてみる。


「喋るのがバレたらいけないんだけどさ」


 妹は言うが、残念なことに僕には既にバレてしまっている。


「あ……」


 猫は僕に気が付き、部屋の一点を見つめるあの仕草のように固まる。


「この人間は、貴君の彼氏か何かか」


 猫が妹に尋ねる。


「違うけど」

「ならば大丈夫だ」


 他者に知られると危ないらしい。


「初めまして。私は喋るという特徴を持つ以外は至って極普通の飼猫、名はボスという。私が喋る理由について、そしてその目的については、追求しないでもらえるとありがたい」


 ここで追求したらどうなるのか知らないが、きっとまともなことじゃないだろう。


「わかったよ」

「えっ」


 納得したのに、猫は意外そうな声を上げた。

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