列に並ぶストレスとバスに乗るストレスについて
8(6).
本を二冊も読み終えれば、午後のちょうどいい時間になる。
ちょうどいい時間、というのは一体何時のことなのか、それは人によってそれぞれなんだろうが、僕にとってのいい時間とは帰りのバスが空いている時間である。僕は混んでいるバスに乗ることに慣れていない。多分慣れている人はいないと思う。混んでいるバスに乗るのが楽しくて仕方がない、という人はどうかしているか、混んでいるバスですら座ったことしか無いという特異な人だ。
混んでいるバスに立って乗るのは、混んでいる電車に立って乗るより遥かに苦しい。車内が狭いのはもちろんのこと、電車よりもカーブ時の車体の傾きが激しいのでかなりの体力を持っていかれる。大学から駅までの道が混むことは殆ど無いので、僕が毎日バスに乗る時間は片道十分程度なのだが、それですら相当な疲労感を与えさせられる。行きのバストもなればまだこれから講義を受けなければならんのか、と徒労感すら抱いてしまう。このバスという交通手段、長年世界で使われているんだからもっと立ったままでも快適になるように工夫することはできなかったのか。それともそういう苦難を我慢することが日本人としての粋だとでも思っているのだろうか。そんなはずはないだろう。バスなんて日本以外にもあるんだから。それともこんなに混むのは人口密度が局地的に多すぎる日本だけなのだろうか。
バスに乗りたくない。実に、とても、すごく乗りたくない。でも乗らないで帰るのは、それはそれで結構な時間を浪費してしまう。せっかくバスの定期まで持っているのだから、乗らないと損になってしまう。だから仕方なくバスに乗らなければならない、そこで、僕は本を読みながら午後のいい時間になるまで待っていたのだ。
いい時間、と自分で判断したからといって本当にいい時間とは限らない。そのことを、バス停から伸びているいつもより長い列を前に思い知らされた。どうしてこんなに混んでいるのか。嫌がらせか。と、僕はその瞬間、罪もないバス会社を憎みすらした。
その時点では、僕はまだついさっきバスが横転したためしばらく運休になっていたことも、その横転したバスに無明さんが乗っていたことも知らなかった。だから僕は無邪気に社会に憎しみを向けたのだ。
暇つぶしの道具を充実させなければならないな、と思いつつ、僕はしょうがなく列の最後尾に並んだ。僕の後ろ方向に列はどんどん伸びていく。さらに横入りのせいで列はさらに間延びしていく。友達グループがいる場所には横入りしていい、とかいうルールがあるらしいのだ。もういっそ友達がいる奴は全員友達に指を一本ずつもがれてしまえばいい、などと猟奇的な想像をしながら僕はうんざりしていた。
やっとバスに乗れる頃には、僕の足は棒のようになっていた。そもそも体力がないし、バスを待つだけで一時間も立たされるなんて想像もしていなかったから、僕は足どころか精神にすらダメージを受けていた。
「ああ、この眼の前に座っている列に横入りした奴の家族に不幸が起こらないかなあ」
などと、乗り込んだバスでそんなことを口にだすほど神経がささくれ立っていた。もちろんそんなことを聞かされたからといって、目の前に座っている学生は席を譲ってはくれなかった。
曲がり角のたびに容赦無く傾くバスの床に足でしがみつきながら、僕は乗客の全てと運転手とバス会社と大学の立地と社会を恨んでいた。恨んでもしかたがないから、遠慮なく恨んでいた。
駅につく頃には、僕はもう誰でもいいからホームに建っている人の背中を押したい、と思ってしまうほどにどうにかなってしまっていた。でも必死で我慢した。完全犯罪を成立させる自信がなかったからだ。電車のホーム内なんて正体を隠せる場所がどこにもないし、仮面とか被り物とかで正体を隠したとしても犯行後にどこへ逃げたもんだか検討もつかない。自分の人生を捨てる覚悟がないと、ホームに立っている人の背中を押すことができない。口惜しい。さっきバスの列に横入りした人がいて、さらに完全犯罪が成立できる環境があればすぐにでも背中を押すのに。などと、猟奇的な妄想を抱きながら電車に乗り込んだ。
自宅への最寄り駅で降りたところで、僕はようやく平静を取り戻していた。完全犯罪が成立するとしても電車のホームで背中を押すのは駄目だ。相手がすぐに死んでしまって達成感が得られない。人を殺すという行為を実行するためには、もっとこう、達成感とか爽快感とか、そういったものが得られなければならない。
などと考えていた僕が本当に平静を取り戻していたのかどうかは誰も判断してくれないので放っておくとして、それからおよそ十五分後、部屋に戻ってパソコンの起動を終えてとりあえずニュースサイトを開いたところで、やっと僕が乗る少し前のバスが横転したという記事を発見した。
その写真には、人間でも動物でもないようなもの、まるで棒きれに手と足に見える枝を四本生やし、人間大にしたような、今朝僕の部屋を通過したようなものが写っていた。




