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となりの妹さん  作者: 天城春香
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自宅の危険性と都会の通勤通学者の強靭さについて

8(3).

 ある意味、家のセキュリティは強化されたと言えるかもしれない。


 何せ昨晩、僕が寝ている間だけでも四体ものなんだかよくわからないが人を食べるらしい何ものかが僕の部屋を通過して出て行ったらしいのだ。そしてそれらは、僕が通路に住んでいるという理由で僕を食べない。ということは、僕以外の誰か、例えば泥棒なんかが部屋に入ったらわけのわからない何ものかに食べられる可能性がある。僕は安全である。


 逆に、僕以外には全くもって安全ではない。確かめていないが、例えば僕が部屋に誰かを呼んだ際に押入れの穴から何ものかが出てきた場合、僕が家に招いた誰かは食べられてしまうのだろうか。黒猫に訊いておけばよかった。帰ったらその辺りをはっきりさせておこう。はっきりさせたとしても、僕の部屋に誰かが来る可能性は低いんだが。無明さんが突然部屋に来ると言い出したのはイレギュラー中のイレギュラーだった。部屋に来たいなんて言われたのは生まれて初めてだった。しかし全然嬉しくなかったのはどうしてだろう。無明さんが変わり者だったからだろうか。


 なんてことを電車とバスを乗り継ぎながら考えていた。電車もバスも、大学から帰る際にものすごく混むが行く時にもすさまじく混む。空いているのりものばかりだった田舎の故郷で育った僕は、満員の乗り物に乗り慣れていない。みんな平然とした顔をしているが、そんなに我慢強いのだろうか。慣れればこの程度の混み具合は気にならないものなのだろうか。だとしたら都会生まれの人間にもやしっ子なんてものは存在しないんじゃないのか。田舎の人間のほうが肉体面精神面ともに強靭であるとか、そんなことを盲信しているのは都会で育って観光以外で田舎に行ったことがない世間知らずの社会学者くらいなんじゃないのか。


 ものすごいストレスを抱えさせられて、今日も僕は大学へ到着した。昨日と同じ服だが仕方がない。押入れの中身は真っ暗な穴の向こうに行ってしまったのだから。あの穴を通れば着替えが拾えるかもしれない、みたいなことを黒猫は言っていたが、あの穴の向こうは人間がいる世界じゃないんだろう。くぐり抜けた瞬間に気が狂う可能性がある。何せ人間を食べる者たちがうようよしているんだから、人間が作ったものなんかあるわけがない。想像もつかない異世界の形状や臭いや音で全ての感覚がおかしくなる可能性がある。そんなリスクを犯してまで大して愛着もない着替えを拾いに行こうとは思えない。それに僕なんかが昨日と同じ服を着ていることについて指摘する人なんていないだろうし。


 ところで大学からは出てくる人がかなりいた。まだ朝だし、一限目が始まる前だ。講義をひとつも受けないまま帰る学生がこんなにいて、この大学は大丈夫なんだろうか。既に帰りのバス停に列ができてしまっているが、やっぱり今からでも別の大学の受験を考えたほうが賢明だろうか。


 そんな疑問は学生課の掲示板を見た春歌んに解消された。今日はすべての講義が休講、であるらしいのだ。なるほどこれなら大学にとどまる必要はない。あるとしたらバスが空くのを待つ、くらいのものだ。さて、何時頃ならあのバス停は空いているだろう。

 メールが届いた。確認してみると、学生課から本日の講義は全て休講となる、という旨の内容だった。遅い。遅すぎる。学生課の人たちにはもっと機械に強くなってもらいたい。


 しかし今から帰ろうとしてもあの長い長いバス停の列に並ぶことになる。ここに来るまでに混んでいるバスで体力と精神力を削られたので、しばらくどこかに座らなければあそこに並ぶための気力を回復できない。というわけで図書館に行こう。あそこなら何時間座っていても文句を言われないだろうし。


 目的地を決め、学生課の掲示板に背を向けるといきなり服の裾を掴まれた。

 何事か、もしかしてカツアゲか、と思って振り向いてみると無明さんだった。最近この人とばっかり話している。大学内で無明さん以外とろくに話を交わしたこともないので仕方がないことなんだが。

「ねえ」

 無明さんは立っていた。耳にイヤホンを挿し、大音量で何かを聞いているらしく、おもいっきり音漏れをしている。電車内だったらお年寄りに注意されている振る舞いである。

「昨日から、どうも私がおかしいんだけど」

 確かに、今日の無明さんの服は妙に黒い、というかどこかのビジュアル系バンドに影響でもされたのか、と思えるような黒さとフリルの量を誇っている。それに加えてイヤホンで何かを聞きながら誰かと話そうとする態度。これは昨日までとは違う。

「確かに、見た目がおかしいね」


 無明さんは何も反応しない。

 耳を指さしてみた。

「あ」

 気づいたらしく、無明さんはイヤホンを外し、プレーヤーを取り出して音を止めた。自分がなにか聞いていたことにも気づかなかったのか。

「なにか聞いていたんだね」

「人間椅子。知ってる?」

「知らない」

 でも筋肉少女帯は知っている。だからといってナゴム系を全部聞いているわけじゃない。そんな人間だっている。

「なんかさ、昨日のあなたの家のあれ、あなた覚えてるでしょ?」

「もちろん、今朝になってもまだ解決していないからね」

 無明さんの眼の色が昨日とは違うような気がする。淀んでいる、というか、眼の色が左右違う。カラコンか。片方の目なんか蛍光ピンクだ、カラコンじゃないわけがない。

「あれを見てからさ、なんか、自分でも変化が起こったんだ」

「見た目でわかるよ」

「自分が若返った……というか、退行したというか」


 ちょっと前まではこんな感じの尖った服を着て尖った音楽を聞いていたんだろう。人間椅子を聞いたことはないが、筋肉少女帯くらい尖っているんだろう、くらいのことは知っている。でもそれでは人間椅子を知っていることにはならないので、僕は知らないと答えた。

「それでさ、昨日の晩、ここで殺人事件が起こったらしいんだけど、あなたなにか知ってる?」

「知らないな」

 殺人か。一昨日の人じゃないものが殺された事件に関しては、もう誰も触れないんだろうか。

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