中学時代に身近だった死と引越し先で自転車を買うことについて
7.
死ななかった。
死を予感する瞬間というものを、僕はこれまでの人生で味わうこと無く生きてきた。それを誇るつもりもないし、むしろ九死に一生の状況に陥ったという経験こそ自慢できるものなんじゃないか、とすら思っているのだが、しかし死を予感することは今までなかった。理由は簡単、死にたくなかったからだ。
死にたいと考えたことがないわけではない。中学時代なんかいつもそうだった。クラスメイト全員を憎んでいて、あいつらを全員殺してやりたいと考え、理科準備室に潜り込もうと夜中に学校へ行ったものの肝試しをしているクラスメイトたちが先にいて引き返したこともあった。その頃の僕は、あいつらを殺せるなら死んでもいい、ただしあいつらが全員死んだあとだ、とか考えていた。ちなみに今でもそんなクラスメイトたちの名前を全員、殺したい順に言うことができる。しかしここでそれを羅列しても気色が悪いだけなので、このリストは胸の内側に刻んでおくことにする。
死んででも殺したい、という感情は死を予感したとは言えないだろう。実際に死ぬような目には遭っていないのだから。じゃあこれまでの人生で一番痛かった経験が死を予感した瞬間に近いかというと、そうでもない気がする。中学生の頃の話に張るが、クラスメイトに頭を掴まれて顔をコルクボードに打ち付けられた釘に叩きつけられたことがある。どうしてそうなったのかは置いておくとして、あれは間違いなく人生で一番痛かった。右目の少し上に釘が当たり、後日病院で「あとちょっとずれてたら失明してましたね」と言われた。しかしその時感じたのは死の予感というよりも、殺意にまで達する激しい怒りだった。その日からますます、クラスメイトを殺してやろうという決意を新たに固めた。あまりにも固めすぎて未だに殺してやりたいと願っているくらいだ。今ここにクラスメイトが現れたら理性を捨てて殴りかからないという保証は、自分でもできない。
今ここ、というのは、現在住んでいるアパートから徒歩二分の駐車場から歩いている最中の今ここ、である。
僕は死ぬかもしれない無明さんの運転でアパートの近所にある駐車場まで送ってもらった。僕が住んでいるアパートには駐車場は併設されていない。ついでに駐輪場もない。だから現在の僕は自動車はおろか自転車すら持っていない。自動車に関しては免許を持っていないのでしょうがないが、自転車を持っていないのは不便かもしれない。バス停までの二駅くらい自転車で通えば安いかもなあ、と夢想するが、月極駐輪場を借りることと向こう側で下りたあと雨が降りだした時にどうしようか、その日だけ電車を使うのもなんだか月極駐車場に払った代金がもったいない気がする、という、なんだかよくわからない意地のような気持ちのせいで、こっちで自転車を買うことができないでいる。
「でも駅の周り意外に行く時に不便じゃない?」
歩きながら無明さんが話しかけてくる。
「駅の周り以外には、まだ行ってないから不便さがわからないな」
「にしても駐輪場もないアパートって」
「珍しくもないよ」
「そうなの? 私実家以外で暮らしたことないから知らないんだけど」
移動がゆっくりになって大変なんじゃ、とか無明さんが言いかけたところで僕の家に到着してしまった。駐車場から家までは本当に近い。
二人して二階に上がると、僕の部屋の手前の部屋のドアが大きく開かれていた。そして作業服を着た四人の男が、大きなガラスを運び込んでいる。
「ガラスでも割れたの?」
正確には鍵を落としたから妹がガラスを割って無理矢理部屋に入ったんだが、
「そうらしいね」
説明すると長くなるので相槌を打つことでその話題を広げないことにした。
「あ」
ガラスが運び込まれた部屋の中から、一人の女が顔を出した。まあ妹なんだけど。
「お兄ちゃん、女?」
「そりゃ女だけど」
無明さんは一見して女性に見える。男と見間違えることはまずないだろう。相当な疑心暗鬼で、どんな女も女装した男なんじゃないかと思ってしまうような精神状態ならともかく。
「え、女って、お」
「無明さん、女だよね」
「え? ち、違うけど」
「男らしいよ。僕も今知った」
「女だわ!」
「なんで違うって言ったんですか?」
妹の疑問はもっともだった。
「え、えー、何この人ら、わかんないの……」
無明さんの表情が、中学のクラスメイトが僕によく見せていたものになった。




