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となりの妹さん  作者: 天城春香
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毎日思わされることと最高学府のトイレについて

6(2).

 隣の部屋のガラスが割れているかどうかは確かめなかった。


 お隣さんのことを誰にも尋ねられること無く、誰ともすれ違わずに無事アパートを脱出できたので、僕は混んでいる電車と混んでいるバスを乗り継いでそのまま大学へと向かった。どうしてこんなに辺鄙な場所に建っているんだろう、と来るたびに思う。つまり毎日思っている。どうして毎日思っているのかというと、いくら思っても解決しないからだ。思わなくなるきっかけがないので、僕は毎日思わなければならない。毎日同じことを思うのは頭脳重労働である。


 じゃあどうして自ら進んで頭脳重労働に従事しているのか。一銭にもならないんだから止めればいいじゃないか、という意見もあるだろう。僕もそう思う。思っているが、勝手に思ってしまうのだから仕方がない。うんこを見るたびに臭いと思ってしまうのと同じレベルの条件反射である。そういえば入学して初めてトイレに入った時に驚いたのは、「便座以外で排泄しないで下さい!!!」と大書された張り紙が全ての個室のドアに貼られていたことだ。そんなに大きく書かなければならないほど、この大学では便座以外でうんこする人が多いのか、と僕は戦慄した。でも入学して一ヶ月あまりの現在でも未だに便座以外での便を見たことがない。あの張り紙を作った人は一体どれだけの便を見たのだろうか。


 張り紙といえば学生課の掲示板である。ここには大学のホームページの学生用ページよりも早く休講のお知らせが貼りだされている。一限目が休講だったりするときは、朝早く起きたのが無駄足になるので学生課の人たちはもっと機械に強くなってもらいたい。しかし今日も僕が受ける講義は全て執り行われることになっていた。無駄足じゃなかったことになるが、なんだか無駄足になったような気がしてくる。学生課の掲示板まで歩いた距離が無駄足になるのだろうか。どうしてだろう、この感情。


「今日も来たね」

 声をかけられた。すると昨日と同じ場所、掲示板のある広めのスペースの隅に置かれた自販機にくっつけられる形で設置されているベンチに、未だオセロ以外でのコミュニケーションを取ったことがない無明さんが座っていた。今日はその脇にオセロ盤は置かれていない。

「オセロしないんだね」

「自分が弱いって自覚したからね」

 やっとわかってくれたのか。それでいて一回百円の紙を置くとは、わかっていなかったのかわざとやっていて世間をからかっていたのか。


「昨日の最後の一戦、あなた手を抜いたよね」

 確かに、昨日のフランス語の講義の後に無明さんに強要される形で始まった対戦は、僕がわざと負けるまで付き合わされた。

「そうしないと帰れなさそうだったからね」

 だから仕方がない、ということを理解して欲しかった。


「それを踏まえて、今日、あなたの家に行きたいんだけど」

 女子から家に行きたいと言われるということは、それは好意を抱かれているということになるんじゃないか? と勘違いしても仕方がない。男はそういうふうにできているんだから仕方がない。けど僕は、そんな仕方がない思考に辿りつけなかった。

「まさか僕にちゃんと勝つまで夜通しオセロをやるつもりじゃないだろうね」

 それが確認できない限り、僕は勘違いすることができない。僕の中では今のところ、無明さんはオセロバカ一代という扱いになっている。オセロのこと以外はどうでもいいという、まるで引退後に非常識人としてワイドショーでからかわれる野球馬鹿のような扱いに。

 まさかそんなことはないだろう、一応大学入試に受かることが出来る程度の頭は持っているんだから、オセロのことしか考えていないわけがない、すべての行動がオセロに帰結するなんてことはあるはずがない、と頭のなかで否定してみたが、否定すればするほど実は本当にオセロバカなんじゃないかと思えてくる。どうする。どうなる。


「わかってくれているなら、まずここでウォーミングアップをしようか」

 と言いながら、無明さんは鞄から折りたたまれたオセロ盤を取り出した。何だよウォーミングアップって。

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