起きることに対する抵抗と昨晩の狂行について
6.
朝になるたびに思う。どうして起きなければならないのだろう、と。
そりゃあずっと寝ていたらそれは死んでいることと同じだし、起きたくないという気持ちは睡眠から覚醒へと脳を移行させるのに多大なるエネルギーと覚悟を消費するからとても面倒くさいからだ、ということは理解している。理解しているが人間は理解しているからといってそれを実行できるわけではない。むしろ理解しているからこそやりたくないことだってある。例えばコンビニで並んでいるパンが製造されている工場で働いた後にそのパンを買う、とか。パンの製造過程はともかく、その環境を知っているからこそコンビニのパンを買いたくない、などといったこともある。僕は高2の年末にパン工場で働いたことがあるのだが、年が明けて三ヶ月はパンを食べることができなかった。僕が働いた工場が特別汚かったのかもしれないが、とにかく世の中には知らなくてもいい、理解できなくても問題ない、むしろ理解しないほうが幸せである、という事柄がある。
それと寝起きが面倒くさいという話は全く関連性がない。むしろ逆に、今日の朝、僕が起きたくない理由は、隣の部屋で何が行われているかわからないから、というものがある。もちろん寝起きがだるいとか今日も混んでる電車と混んでるバスを乗り継いで大したことのない大学へ行かなければならないのか、という今日の活動への面倒臭さもある。でも隣の部屋も怖い。というか隣の部屋で行われているであろうことについて、面倒くさい。
どう面倒くさいのかというと、例えば誰かが「あんたの隣の部屋、何やってんの」と尋ねてきた時なんかに説明するのが面倒くさい。その質問をするのは多分警官だろうが、その警官に僕達が置かれている状況やら昨日の夜に僕が見た光景、そしてその光景を見るに至った経緯などを話すことが面倒くさい。恐らく信じてもらえないだろうな、と簡単に予測がついてしまうのがとても面倒くさい。
昨晩、部屋に戻った僕と、鍵をなくして僕の部屋に泊まらなければならなくなった妹、あと妹と一緒にいる喋る猫は、数分間無言で座った。そして妹が立ち上がった。
「ガムテープある?」
妹の部屋のまだ開けられていないダンボールにたくさん貼り付けられているだろうが、鍵をなくして入れないのだから僕から借りるしかないのだろう。
「何に使うの」
「私、やっぱり自分の部屋で寝るから」
それでどうしてガムテープなのかわからないが、とにかく僕もここへ引っ越してくる際に使ったダンボールを引き出しの奥から取り出して妹に手渡した。
「それじゃあ、おやすみ」
妹は言うと、ベランダへ出て行った。ベランダで寝るつもりなんだろうか、寝袋もないのに。
もちろんそんなことはなかった。
数分後、隣の部屋の窓を叩く音が聞こえてきた。まるでガラスを割らんばかりに力いっぱい叩いているので、振動で壁がちょっと揺れている。近隣の人がこの音を聞いたら通報するんじゃないか、と思えるほど力いっぱい叩く音が聞こえてきた。
さらに数分後、音が止むと、妹が再びベランダから僕の部屋に入って来た。
「金槌も貸して」
ガムテープ、ガラス、金槌。手口と呼ばれる行動によく用いられる単語である。ガムテープでガラスに輪を描き、そこをハンマーやなんかで叩き割る。そうすることでガラスを割るときの音を小さくすることができる。
僕は金槌も貸した。実家から持ってきたものの、恐らく今後技術の授業なんか受けることもないだろうし、と思っていたのでガムテープよりもさらに奥に仕舞っており、取り出すために部屋が埃っぽくなってしまった。
妹は金槌を受け取るとまたベランダから出て行った。このアパートは、隣の部屋のベランダとは簡単に渡れる程度の隙間しかない。
金槌でガラスを小刻みに叩く音が聞こえてきた。時間はかかるがあまり大きな音を立てること無く、妹は自室のガラスを割ることができるだろう。そしてそこから手を突っ込んで窓の鍵を開ければ、妹は自宅に戻ることができるだろう。それでもその様子を近所の誰かに目撃されたら、とか割ったガラスを取り替えるための資金は持ち合わせているのか、とか心配になったが、しかし僕が考えるべきことではないし、隣の部屋の電気が点いていると「隣の部屋に不審者が侵入しようとしていたようですが」とか言って警察が訪ねてくるかもしれないので、僕は妹の解錠作業を放っておいて寝ることにした。
そんなことがあった翌朝だから、僕はこんなにも起きたくないのだ。あと妹は気づいているんだろうか、部屋に戻れても鍵がないから外出時に施錠できないことに。
「…………」
しばらく窓の外を眺めていても何事も起こらなかったので、僕は今日の面倒くさいあれこれを片付けることにした。まずは立ち上がるところからだ。




