部屋を出た理由のこじつけと猫の感情のゆらぎについて
5.
僕の部屋には二人分も布団がないので、妹がこの部屋で寝るとしても寝床を確保することができない。だから猫が妹を連れ出してくれたのはありがたかった。しかしどうして僕も同行しなければならなかったのか。それについて、猫は「主人の身内である貴君には、ある程度のことを把握しておく義務がある」と言って聞かなかった。何が何でも断らなければならない事情があるわけではないが、猫の切羽詰まり具合から察するに、あまり愉快じゃないことが待ち構えていることは明らかだった。それなのに僕が妹と一緒に猫に連れられて部屋を出たのは、他にやることがなかったからだ。正確には、猫が重大事として説明する事実に対し、僕がこれから部屋でやろうとしていたネットだの読書だのといったことは「そんなもの」で一蹴されるだろう、という予感がしたし、そんな暇つぶしをあまりにも重要視すると今度は心配されるかもしれなかったからだ。軽蔑とかならまだいいが、心配されると厄介なことになる。親切心で迷惑なことをされてしまう。だから僕は部屋を出ることにした。もちろん鍵はしっかりと閉め、落とさないようにポケットの奥に突っ込んだ。
猫に先導されるまま、夜の近所を歩いている。今夜は曇っているらしく、地上の光が雲に反射されてちょっとした月夜よりも明るい。街灯がない通りでも猫の輪郭が確認できるくらいだ。
「本当に、大変なことをしたのだぞ」
猫は妹に言っているのだろう。
「うん、大変なことになった」
妹はあまり慌てている様子はない。今日の寝床は確保されている、という安心感がそうさせているのだろう。
「……主人の言う『大変』とは比較にならないくらい大変なことが起きたのだがな。自覚はないのか」
「まだ、あんまり」
「そうか。恐らく今日を境に、主人は覚悟を大いに改めることだろう」
断定的に猫は語る。そんなにもこれから連れて行くところで起こることに関して、僕達に与える影響が大きいという自信があるのか。
「ここだ」
駅の反対側を無いて歩き続け、ついに住宅も途切れ、周囲にあるのは何らかの工場のみという不気味なエリアに僕たちは到着した。どの工場からも物音一つしていない。生活音、生物音があたりからは全く聞こえてこない。こんなにも無音で、比較的明るいとはいえ夜にこんなところに連れてこられると、まるでここが死後の世界のように思えてくる。
「死後の世界、という表現は、当たらずとも遠からず、と言ったところだろうか。こっちに来て欲しい」
猫はひとつの工場の門をくぐった。そこは廃工場になっているのか、門が中途半端に開いており、人一人ずつくらいなら門に触れずに通り抜けられそうだった。
僕達も門をくぐり抜け、工場の敷地内に無断で侵入する。右手には二階建ての倉庫のような鉄の建物、左手には粉々に砕かれたガラスが山のように積み上げられ、その脇にはショベルカーが停められている。ショベルカーは錆だらけで、とても現役とは思えない。
「これから殺されそうな雰囲気だ」
「貴君、先程から鋭いな。こっちだ。この建物の二階」
猫が鉄の建物の外にある階段を小さな音を立てながら登っていくので、僕も階段を登っていった。
「扉を開いてもらおう」
二階へ通じる扉は上半分にガラスが埋め込まれているが、やはり夜だからか、中を覗き込むことができない。
扉を開いた。
瞬間、ガラスから中が覗き込めなかった理由が判明した。
フロア中に血液が飛び散っていたからだ。
「野犬の群れでも来たのかな」
「そう思うか?」
猫の声は震えている。恐らく怒りで。




