揚げ物に対する執着と大切にするべき本について
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商店街の中にある惣菜屋は午後五時に閉店してしまう。商品が尽きたらそれよりも早く閉店する。アパートの管理会社から出た僕達が惣菜屋に向かうと、既に閉店してしまっていた。それから携帯で時間を確認してみると、午後五時二分だった。鍵が電子ロックであることをアパートの管理会社の受付の人があと二分早く気づいていれば、僕は予定通りアジフライとメンチカツを買うことができたのに、これは妹に原因がある。妹が悪い。
しかしいくら妹に原因を押し付けたところでこの店のアジフライとメンチカツが手に入るわけではない。それに僕はこの店の揚げ物でなければ我慢できない体質などではない。確かに何年か前にテレビに出たことがあるらしく、その時の写真が色あせた今でも店頭に張り出してあるけど、そこまで絶品のお惣菜であると思って食べたことはない。スーパーやコンビニで売っているものに比べて値段の割にでかいなあ、と思うくらいだ。
仕方がないので駅から地下で繋がっているスーパーで冷凍ピラフを買った。ここにも惣菜コーナーはあり、アジフライもメンチカツもあるんだが、今更そんなものに未練を残したくなかった。アジフライとメンチカツに対してどんな手段を講じてでも食べたい、という強い意志があるわけでもなかった。ただ安かった。値段と量の比率的に、あの店のアジフライとメンチカツは割安だった。それだけが、僕がアジフライとメンチカツをあの店で買った理由だ。
部屋に戻り、冷凍ピラフを解凍した。この電子レンジも僕が引っ越す際に両親から譲り受けたお下がりの逸品である。もう十年以上使っているらしいが、まだ壊れていないのでまだ使っている。ただし物を温める昨日に関してはちょっと息切れを始めているようで、冷凍食品の場合は袋に表示されている時間の1.1倍くらいに設定して温めなければ凍った部分が残ってしまう。多分この電子レンジは、僕が大学を卒業するまで持たないだろう。もし壊れたら……まあ、なければないで構わないか。電子レンジが家からなくなって食べられなくなるものといえば、冷凍食品の唐揚げとか春巻きとか、そういったおかず類くらいのものだろうし。
温めが終わり、あつすぎる皿を机に移して僕はピラフを食べ始めた。その正面に妹は座っている。アパートの管理会社を出てからここまで、ずっと僕に同行していた。僕が自分の家の鍵を妹に渡さなかったからだ。また鍵を落とされたら今度は二人とも今日寝る場所がなくなってしまう。
妹の視線はピラフに注がれていた。
「まさかこれを食べたいとか言い出さないだろうね」
「心、読めるの?」
妹は心底不思議そうな顔になった。
「食べさせないよ」
「揚げ物二つでお腹が満たされると思う?」
それだけで食事が済むわけがないだろう。でもその揚げ物二つは僕から強奪したものだ。人から物を強奪するような人間に施してやるような寛大過ぎる心は、僕にはない。
「だから冷蔵庫を勝手に開けないで欲しい」
「なんで納豆しか入ってないの?」
「常温で納豆を保存するのが怖いから」
それに納豆は常温でそこらに置いておくと、部屋中に納豆の匂いが立ち込める。常に納豆の匂いを嗅ぎたいと思うほど、僕は納豆を愛していないので、冷蔵庫に入れている。納豆以外のものが入っていないのは、ほとんどの食べ物は買ったその日のうちに食べてしまうからだ。納豆の他に二日以上部屋においてある食べ物といえば、あとは調味料とお米くらいか。もちろんお米は冷蔵庫には入っていない。妹が勝手に炊くことも許さない。
「ふーん。あ、本棚だ」
ワンルームなんだから最初から本棚くらい見えていただろうに、妹は口に出して確認してから僕の本棚を見た。
「堂々としたもんだ」
恐らく妹は本棚の三段目、あまりにも堂々と差し込まれているエロ本たちのことを言ったのだろう。
「大事なものだからね」
エロ本は大事なものだ。そこらのミステリなんかよりも読み返す回数は多いだろう。何度も読む本は取り出しやすい場所に入れておく。理に適っている。
「これ見て引かれたりしたらどうすんの?」
「エロ本を持っているというそれだけの理由で引くような人と親しくなれる人なんて、この世に存在しないだろう」
「いると思うけど」
いるとしても、その親しくなる人もエロ本の存在を見ただけで気分が悪くなるようなアレルギー的レイシストの一種だろう。あえて言うが、僕は手持ちの本の中で一番エロ本を大切にしている。大切な物は傷つくような場所に隠したりしない。ベッドのしたや本棚の裏なんかに置いておくと汚れたり傷ついたりしてしまう。せっかく大切にしているエロ本なのだから、そんなことは避けたい。
「まるでエロ本が宝物みたいなこと言ってるけど」
「間違ってはいないはずだ」
人間には性欲があるんだから、エロ本が大事じゃない筈がない。
そんな食事時にはどうかと思えるようなことを話しながらも、僕はピラフを食べ終えた。皿を洗っている最中、なにか小さいものがベランダ側の窓を叩くような音がした。
妹が勝手に窓を開けた。
「主人、部屋に入れないのだが」
さっきの猫の声だ。
「ああ、鍵落としちゃったから」
「それは、一大事だぞ!」
猫は激高した。




