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となりの妹さん  作者: 天城春香
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メディアの押し付ける価値観と視線による圧力について

4(2).

 哀れ僕のお金で僕の所有物となったはずのアジフライとメンチカツは、妹によって殺されてしまった。正確に言えば食べられてしまった、となる。僕は人生で初めて飢餓状態で食べ物を前にし、犯罪に走りかねない人間の表情、というものを目にした。あれは人を殺しても犯しても不思議ではない。妹はまるで餓鬼のようにアジフライとメンチカツを貪り喰らった。喰らう、という字があんなにも似合う食事風景を目にするのも初めてのことだ。


 そんなわけだから妹が2つの揚げ物を食べるのに駆使した両手と口の周りをぼくの部屋の洗面台で洗ってから、ようやく僕たちは妹の部屋の鍵の予備を受け取るためにアパートの管理会社へ向かうことになった。自分のためではない行動を起こすなんて、ひょっとしたら生まれて初めてのことかもしれない。友達がいない人間はこんなことも起こりうる。もしも僕がお金持ちの家に生まれていたら、こんなこともやらなかっただろう。


 自分のためにならない行動は一切やらない、そんな印象を僕は金持ちに対して抱いている。何をするにも金のため、自分のことは他人任せ、ボランティアは貧乏人の自己承認欲求のためのオナニーと決めつけている。かなり悪い印象だが、僕にそんなことを思われたくらいでお金持ちが傷つくとは思えない。だってお金があるんだから、心にも相当の余裕があるだろう。お金持ちは言葉なんかじゃ傷つかない。傷つくとすれば、それは自分の財産に損害があった時だけだ。偏っているだろうが、それでも問題無いと思っている。今後の人生で僕に金持ちの友達ができる機会なんてないだろうから。


「それって人生損してない?」

 妹に突っ込まれてしまった。

「最初っから一つも得をしてないから、別にいいんだ」

「友達くらいいた方が楽しいんじゃない?」

「他人に合わせる苦労と自分勝手な虚無感を天秤にかければ、必ず人との繋がりの方が重くなる、とでも言いたいのかなあ、妹は」


 まるでテレビっ子だ。大抵のテレビ番組は商業のために人との繋がりは人生の宝である、みたいなことを言う。そのほうが浪費が多くなるからだ。テレビは商業である以上、人に浪費を促すための宣伝を打たなければならない。誰もが自給自足の生活を始めたら、テレビは必要なくなる。だからテレビはテレビのない家庭のことをほとんど映さない。たまに自給自足で生活している人たちのことを特集したりするけど、それも自らは世の中の一部の人々を無視しているわけではない、というアピールのためだ。


「お兄ちゃん、世の中全部が憎いみたいな考え方するんだね」

「そうかな」

 僕はテレビのことが憎いんじゃない。たまにウザいと思うくらいだ。

「嫌いじゃなきゃそんな考えは出てこない」

「そうなんだ」

 他人に指摘されて初めてわかる本心だってある。友達がいない僕だってそのくらいの事は知っている。本で読んだことがある。


 アパートの管理会社は駅とアパートの間にある商店街の中の、背の低い雑居ビルの中にこっそりと存在している。あちら側としてはこっそりしているつもりはないのだろうが、その雑居ビルを見上げるとどうしても二階のエステサロンと四階の大戸屋が目立ってしまい、あまり特徴的なロゴをしているわけではない管理会社はなかなか視界に入ってこない。


 でもエレベーターで三階に降りてしまえば、通りに面した廊下側に自動ドアが設置されているのだからすぐに分かる。三階全てが管理会社だ。アパートやマンションへの仲介業者でもある。


「少々お待ちください」

 受付の人に名前と部屋番号と携帯の番号を知らせると、恐らく予備の鍵を取りに行ったんだろう、奥へ引っ込んでいった。受付には僕と妹以外の客はいない。でも大繁盛している不動産屋なんて見たことがないし、客入りはいつもこんなものなのかもしれない。三月とかだと違ったりするんだろうか。でも僕が二月にここに来た時もこんな感じの客入りだった。……大丈夫だろう、客単価は高いし。

「あのー、ちょっとアパート名を確認させていただいてもよろしいですか?」

 受付の人が戻ってきた。アパート名はさっき妹が名前と一緒に教えたはずだが、妹は改めてアパート名を口にした。


「あー……あそこの鍵、電子ロックでして。鍵屋さんとかで予備を作る、ということもできないんですね。ですからどうしても鍵が見つからなかった場合、鍵穴ごと交換、ということになりまして。そうするとどうしても二日か三日はかかってしまうんですが……」


 そういえば、僕の住んでいるアパートに契約する際、「鍵のスペアは作れないので絶対に紛失しないこと」という注意事項が契約書に書かれていたような気がする。そんな文面よりも「ゴミ出しが正しく行えない場合は退去して頂く場合があります」という一文に驚いて他の項目は曖昧にしか覚えていない。ゴミ出しができなかったら退去とな。そんなに重大なことなのか、都会のゴミ出しは。


「その間、どうにかしていただかないと……契約ですから……」

 どの契約内容に抵触しているのかわからないが、とにかく管理会社側としては鍵穴を交換するまでの二日か三日の間の寝床は用意できない、ということらしい。

「それなら大丈夫です」

 妹は言い切った。

「泊まれるところがあるので」

 妹の言いたいことはわかった。わざわざ僕の方を見なくてもいい、わかった。

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