08話 ちょっとイカ臭くてねっちょりした液体
ラーマに踊らされたせいで心身ともに疲れ果てたシスカを気遣い、この日は休みとなった。
フィトナはそのまま仕事に戻り、そしてシスカはカナタに案内されて寝室へと案内された。
当初は疲れから何も考えられなかったシスカだが。
寝室に案内されて、覚醒した。
共に一晩を過ごすのかと。
それがどういう意味を持つか、シスカの乙女脳は一瞬で理解した。
その瞬間、シスカは叫んだ。
「よ、よいか!!」
突然叫んだシスカに、カナタは怪訝な顔を向けた。
しかしシスカは構わず、ガチガチに緊張して、指を一本立てた。
「主様とわしは出会ったばかりじゃ。お互い何も知らぬと言っても過言ではあるまい」
「ふむ」
唐突に語り出したシスカに、カナタが面倒そうな顔を浮かべたが、しかし相槌はうってあげた。
存外付き合いが良い男である。
「そこで、唐突に寝屋を共にしたらどうなる?」
シスカが目力を込めて言った。
「いや……」
カナタが何か言おうとしたが。
シスカが目を閉じ、いやいやと首を振って掻き消した。
「一般論としてじゃが……。強引にすれば、遺恨が残りかねぬ。こういうのはお互いの気持ちが大事なのじゃ」
「…………」
シスカは人の話を聞く気が毛頭ない。
カナタはそう理解した。
「例えわしが道具だとしてもじゃ。わしにも意思と言うものはある。そこでまずはお互いを尊重する必要があるはずじゃ!それこそが信頼関係の第一歩となろう」
シスカが眉間に皺を寄せて、力説している。
言いたいことはよくわからないが、面倒臭そうであることを理解したカナタは立ち上がった。
「主様は奇行が多そうじゃが……。あの時は少々動転していた。今日色々と見回って分かったが、主様は随分とマシ……。いや、探せば他に良いところはたくさん見つかるじゃろう。そういうのをわしに見せてじゃな、こう、心の距離をじゃな、狭めていっての?」
シスカは、カナタが立ち上がったことに気付かなかった。
何やら書いて、そしてシスカに背を向けて立ち去ったことにも気づかなかった。
力説しているシスカの頬が赤く染まり、彼女は頬を両手で押さえて照れくさそうに
「つ、つまりじゃ!まずは互いの愛を芽吹かせるところから始めなばらん。如何にわしが魅力的とは言えども、まずはプラトニックなところからじゃ!まずは手の接触から初めて、次のステップで腕を組み。く、唇はゆっくりと愛を育んでから……」
ちらり、とカナタに向かって流し目を送って。
カナタが居ないことに気付いた。
「…………」
シスカはキョロキョロと辺りを見回した。
そして一枚の紙を発見して、それを手に取った。
『俺は隣だ。何かあったら呼べ』
そう書いてあった。
「……………………」
シスカはしばらく黙ってそれを見て。
「おんどりゃああああああああああああ!!!」
絶叫をあげて、扉を蹴破った。
乙女の純情を踏みにじった(シスカ視点)カナタに、一言言ってやらねば気が済まない。
自分に魅力が無いと言われたに等しい行為だ。乙女として許せるものではない。
巨大な扉が軋みをあげたが構いもせず、鬼の形相で隣の部屋に駆け寄り、力任せに一息に引いて――。
疑問に思った。
見知らぬ髭面のおっさんが居た。
そのおっさんは、何故全裸なのだろう。
何故頬を染めているのだろう。
何故右手が股間にあって。
何故股間の象さんが大激怒しているのだろう。
「シ、シスカたんっ!! ――っう!!」
おっさんが呻き、ビクンと痙攣した。
シスカの頬に、何か液体が付着した。
「…………?」
シスカは頬に手を伸ばしてそれに触れて、ねちょっと粘つく感触を感じた。
それを目の前に伸ばして、本当に不思議そうに目を丸くして見て、鼻を鳴らして。
「…………?!」
陶酔していたおっさんが、目を驚愕に見開いた。
おっさん+全裸+象さん大激怒+鼻から放水+ねばねば=ぱおーん!!(悲哀)
「…………はうっ」
シスカは卒倒した。
カナタの部屋は逆隣だったのだ。
城に隣接して立っている塔。その最上階で。
フィトナが修羅の顔で腕を組んでいた。
そして虫けらを見るような目で、おっさんを見下ろしていた。
その周りには、無数の人、人、人。
「弁明を聞こうか」
被告人は近衛騎士の四十台の髭面のおっさんである。
「え、冤罪です!!」
おっさんは叫んだ。
ピクリと、フィトナの眉が動いた。
「ほう……?不憫なことに被害者は『顔に、顔に汚らわしい液体が』と呻き続けるばかりだ。余程のことがあったのだろうなぁ。また別の証言から、貴様が『シスカたん』等とほざきながら自家発電に勤しんでいたという情報があるのだが。……全て冤罪と?」
シスカは半日以上風呂から出ていない。
虚ろな顔で延々と顔を擦り続け、ひたすらぶつぶつと呟いている。
フィトナはその光景を思い出して、クッ!と歯噛みした。
悪戯をしても、何の反応も無いではないか!
しかし、おっさんは強い意思の籠る眼をフィトナに向けた。
「そうです!!」
後ろめたさなど微塵も感じない顔だった。
フィトナは内心で驚きながらも、表面上は冷徹な態度を取り続けた。
ここで格好いいところを見せて、シスカたんの好感度UP!!とか考えているからである。
「ほう?では理由を言ってみろ。冤罪でなければどうなるか分かっているだろうな?」
具体的に言えば精神的にちょんぎる。
もしくは二つの玉をサッカーボールにする。
そのどちらかか、あるいは両方だ。
有罪となればどちらにせよ、罪人の象さんは果てることになろう。
「無論です!!」
しかし、おっさんは堂々と胸を張って答えた。
フィトナは、ふむ、と内心呻いた。
被告人は近衛騎士の古株で四十二歳。
名前はフィードラだ。
体力的な衰えをみせ始めるも、熟練の技で今なお上位に君臨する男だ。
仕事熱心で評価も高い。フィトナ自身も、彼の仕事風景を幾度も見たことがあるが、いずれも真面目にこなしていた。
フィードラは続けて言った。
「確かに私はシスカたんに恋して、いえ、愛しています!!」
TNKにハチミツ塗って蟻塚に叩き込むかな、とフィトナは冷静に考えた。
そしてそのまま言おうとしたところで、
「だが、あの娘ではない!!」
フィードラの声に眉を顰めた。
「どういうことだ?」
フィトナが問うと、フィードラが頷いた。
「私が愛するシスカたんは……彼女だ!!」
右手を一部の人ごみに向ける。
すると、一人の男が駆け寄ってきた。
見覚えはある。彼も近衛騎士の一人だ。
フィードラと仲が良かったはずだが……。
そう思ったところで、その近衛騎士が大事そうに動物を抱えていることに気が付いた。
迷惑そうな顔の白い仔猫だった。
フィードラはその子猫を、まるで姫君を抱くかのような丁寧な態度で受け取り、
「シスカたん、ちゅ~っ」
気持ち悪い顔で唇を近づけた。
バリバリッ!とその顔が引っ掻かれた。
「…………」
フィトナが半眼でそれを見つめた。
フィトナだけではない。周囲のほとんど人間が動揺の反応だった。
そんな中で。
「あ」
カナタ呟きを漏らした。
フィトナが胡乱げにカナタに視線を向ける。
「何か知ってるのか?」と視線だけで問いかけると、カナタは堂々と頷いた。
「白いだろう。あのネコから名前を取った」
シスカ(鬼)が聞いたら泣き崩れること間違いなし。
永久封印決定だ。
「お前……!!」
悪びれもせず胸を張るカナタに向かって、フィトナが文句をつけようと思ったが、
その前に、フィードラが頭のおかしいことを叫んだ。
「そもそも私は『にゃんにゃん☆倶楽部』の会長ッ!!わが愛は全てお猫様に捧げておるのです!!」
フィトナは頭を抱えた。
また非公認の組織が出やがったかと、そう思った。
潰しても潰しても、どこからともなく沸いて出て来る。
ある程度人員が揃い、風紀が決められていたら国でも認める様に譲歩してやったのに、こうアンダーな奴らは後を絶たないのだ。
「流石だぜ会長!!」「ウォーッ!!俺も御ミケ様に永遠の愛を捧げておりますぞーッ!!」
一部のキチガイどもが拍手喝さいを送っている。
「た、隊長……?」
また別のところから、衝撃に揺れる呟きもあった。
彼も近衛騎士だ。フィードラを良く慕っていたが、よくぞ毒されずにすんでいた物だ。
もうこの変態共を叩き潰すか、とフィトナが安易な方向に逃げかけたところで、
「待てぃ!!」
新たな声が上がった。
「?!」
フィトナたちは胡乱げに。
『にゃんにゃん☆倶楽部』共は俊敏に振り向いた。
そこには、一人の騎士が立っていた。
その騎士は魔法騎士団の重鎮だった。
近衛騎士団が王を守る盾であり、そして王が振るう剣こそが魔法騎士団。
二つの騎士団こそが、王の持つ双璧の力なのだ。
その双璧の片方に致命的な変態が紛れ込んでいたことも問題ならば。
「確かに貴様等の愛は本物だろう……。それは目を見れば我らですら理解できる。だがしかし!貴様はうら若き乙女の顔に汚らわしい体液をぶちまけたのだ!!なんとうr……汚らわしい!!」
魔法騎士団の重鎮、副官ミドルは義憤(?)に駆られて叫んだ。
いや、彼だけではない。
彼の後ろに、魔法騎士団員達が並んでいるではないか!!
「き、貴様等は一体……!?」
フィードラが戦慄して、呻いた。
ミドルはニヤリと不敵に笑い。
「『ろりぃたNOパイン』……!!」
頭のおかしいことを言った。
「な、にっ!?あの伝説の!?滅びたはずでは……!?」
フィードラが一歩、二歩と後ずさった。
動揺のあまりにシスカ(猫)が拘束から逃れ、「にゃー!」と鳴いて逃げ去ったことにも気づいた様子は見せない。
フィトナはまたしても頭を抱えた。
滅ぼした筈の組織だ。
何と言ってもこいつらは目がヤバい。
実害は出なかったが、街に出て幼女どもをギラつく眼でじっと見つめるのだ。
城に苦情が殺到した。
それにそのうち見るだけでは我慢できなくなるだろうと判断できたので、全員金玉サッカーボールの刑にして精神的にへし折ったのに。
減るどころか、増えている。
何時の間に魔法騎士団を侵食したのだろうか。
「クックック……。我らは不滅よ。そこに少女が居る限り、な」
ミドルは全身から鬼気迫る自信を溢れさせ、フィードラを気押した。
「我らが新しき光。ちっちゃくて可愛らしい、しかしおめめがちょっぴり強そうな鬼っ子、シスカたん。彼女の輝きに魅せられ、我らは再び立った……!!」
拳を握り、天に突き上げる。
何一つ恥じることは無いと言う確信をもった、男の顔だった。
しかし実情はただのロリコンだ。それも犯罪者予備軍レベルの。
「くっ……!!何という、オーラ……!」
その純粋な進行に、フィードラ達はまたしても後ずさる。
ミドルは、ミドル達は、フィードラ達を憤怒の視線で穿った。
「その新たなる光に、体液を撒き散らすと言う、うらやまけしからん事をした貴様等に、明日など与えぬっ!!ここで果てよ!!」
魔法騎士団が、一斉に襲い掛かった。
「ぐ、ぅうっ!!ま、負けてなる物か……!お猫様!!お犬様!!我らに加護を与えたまえ!!」
近衛騎士団が受けて立った。
そして魔法も何も関係なく、殴り合いが始まった。
この時点で、関係ない人間たちはぞろぞろと退出していった。
まるで何時もの事が起きたとでもいう様に。
「……こ、これは、なんじゃ?」
怒号が木霊する中、呆然とした声を拾ったカナタが見ると。
青白い顔のシスカが、壁に手をついて立っていた。
シスカは辛うじて自我を取り戻し、犯人に天誅を下しに来たのだろう。
だが、崩れそうな体に鞭打ってようやくたどり着けば。
そこは男達の戦場だった。
カナタは「ふむ」と呟き、今までの経緯を思い出した。
そして、一言で言った。
「シスカの奪い合いだ」
ある意味ではあってるかもしれない言葉だ。
シスカと言うか、アニマルとロリコンの信仰の戦いだが。
だがシスカは言われた言葉通りに受け取った。
彼女に罪はない。
「えっ!?こ、困るのぉ。わ、わしはまだそんな色恋などしたことが無いしのう。こ、こんなモテモテじゃと……」
途端に頬を紅色に染めて、くねくねし始めた。
騒乱を見る目が、やけに優しい。
自分の取り合いをしているとでも思っているのだから当然だろう。
だがカナタは、そろそろこの変態共をへし折ろうと思っていた。
シスカの登場は、丁度いい。
「おいロリコン共」
カナタは良く通る声を投げかけた。
「「「『ろりぃたNOパイン』だッ!!」」」
何かプライドがあるのだろう、殴り合いを行っていたうちの半数が拳を止めて、こちらに向かって叫んだ。
それと同時に、カナタはシスカの着物をストーンと肩から落とした。
シスカが、突然寒くなった上半身を見て、ぽかんと口を開けた。
「え」
カナタは、ちゃんとさくらんぼは隠した。
手で。
むにょおんっと、肉がたわんだ。
「「「え」」」
ロリコン共が、たわわに実った乳房を見た。
ロリコンだけではない。アニマルスキー達もだ。
シスカが硬直している間に、動きがあった。
「チッ!きったねぇもん見せやがって……!ペッ!」
「ふー……。やれやれ?」
「はんっ!(笑)」
唾を吐き、肩を竦めて、鼻で笑ったのが近衛騎士団。
「か、神は死んだッ!!」
「う、うわあああああああああああああああっ!!うわあああああああああああああああんっ!!!」
「クソッ!!クソッ!!クッソォォォォオオッ!!!」
「フィトナ様の胸と交換しろよぉぉぉお!!!この乳デブがあああああッ!!」
跪き、泣き崩れて、地団太を踏んで、絶叫したのが魔法騎士団達だ。
直後に、ガチャーン!と窓を突き破って、フィトナが塔から飛び降りた。
彼女はああ見えて第四位。実は国で四番目に強いのだ。
三位との差は膨大ではあるが、これほどの危険を察知できぬほどではない。
次の瞬間だった。
「ぎゃうごごおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
鬼神が降臨した。
全方位無差別に放たれた『拒絶』が、変態共を塔の壁に叩き付けて、ぶち破って、夜空に叩き出した。
ここでフラグ回収