06話 意味不明な領域
第一の変態
スイーツのお代わりを数回繰り返したシスカが、これ以上頼むのに羞恥心を感じ始めたくらい貪った後。
「そういえば、序列がどうとか」
ようやく普通の質問をした。
すると、フィトナの眉がピクリと動いた。
「…………ああ。あの塔にはあんまり関係ないが」
フィトナはシスカから目を逸らしながら呟いた。
どう聞いても答えたくなさそうだが。
「どんなものじゃ?」
好奇心に勝るシスカが問いかけた。
「……そのままさ。強い奴順ってことだが」
「ほほう」
シスカが、興味津々の顔をして、ジッとフィトナを見る。
「……」
フィトナは口を閉じて、その視線に気づかぬふりをした。
その代わりに、今まで黙っていたカナタが唐突に口を開いた。
「俺は三位だな」
「主様でか!」
シスカが目をまん丸にした。
「正確に言うと、一位から三位は実力が分からない。戦わせる訳にもいかないしな……」
フィトナが溜め息の様にこぼした。
「どういうことじゃ?」
実力が分からない、という意味が分からない。
戦わせることが出来ないとはどういうことなのだろうか。
シスカが視線で先を問うと、フィトナが今度こそ溜め息を吐いた。
「……順に説明しよう」
そして、シスカを案内し始めた。
フィトナを先頭にして。
シスカとカナタが後に続いた。
歩きながら、フィトナが言う。
「うちの国は小さい。しかし、強い。理由はいくつかある」
シスカは、「ふむ」と前置きをしてから、ちらりとカナタを見た。
「主様たちが居るからか?」
あり得ない戦闘能力だ。
シスカ一人でも軍隊と戦える力がある。
それ以上の力を持つカナタ一人いれば、一国すら落とせるだろう。
それに加え、同じ程度の強さを持つ者が二人。
戦力としては、十二分にあるだろう。
フィトナは一度頷き。
「それもある。今からまず一位のところに行くが、前提を話そう」
しかし、それ以外に理由があると加えた。
「ある国に、魔術師が一万人居たとしよう。そのうちの6~7割は雷術師だ。理由は分かるか?」
シスカは少し考えて、答えた。
「電気、じゃの」
フィトナも満足そうに頷いた。
「そうだ。生活基盤を整えないといけない。必然戦えるのは、3~4割。無茶しても5割程度だ」
「うむ。道理じゃの」
四割以上を導入しても、短い期間なら戦えるだろう。
しかし、それを続けては国が立ちいかなくなる。
「うちは10割、戦える」
パチリと、シスカは瞬きをした。
「……何故じゃ?」
気付けば、シスカ達は大きな広間に居た。
歯車ばかりが回り続ける大きな部屋だ。
「それは、こいつが居るからだ。第一位『廻る狂人』スベルグロウだ」
そしてその中心にいる者に視線を向けた。
シスカもその視線を追い。
「……回っとるの」
どんな顔をしていいのか分からず、微妙な表情を浮かべた。
第一位。『廻る狂人』、スベルグロウと呼ばれた男は、ひたすらくるくると回っていた。
「ああ。回っている。奴の足元を見てくれ」
シスカは言われて、スベルグロウの足元を見る。
そこにあったのは、
「……歯車?」
大きな大きな歯車が回っている。
スベルグロウの回転に合わせて、ぐるぐると。
「ああ。奴はああして回って動かしているんだ。電気の代わりに。奴一人で」
恐るべきことは。
緊急時には、雷術師とスベルグロウが役割を交代する。
その際、外で回ることを許可されたスベルグロウは、恐るべき天災と化すのだ。
「…………」
シスカは呆気に取られた。
ゆっくり回っているように見える。
だけれども。フィトナが言うにはそれは、六割の雷術師の魔術に匹敵する力があると言うのだ。
とてもそうは見えない。
「一日中、年中だ。奴は寝る時も食べる時も、回っている。あそこでな」
シスカは見た。
スベルグロウを。
ただひたすら、ぐるぐるぐるぐると回り続けている。
これを、年中?
「…………おかしいじゃろう?」
主に頭が。
フィトナも、重々しく頷いた。
「おかしい。だから『狂人』なんだ。……言っておくが命令ではないぞ?奴が勝手に回っているから場所を提供しただけだからな?」
ではスベルグロウは、自分の意思で回り続けているということだ。
「何で回っとるんじゃ?」
シスカは、至極当然の疑問を投げかけた。
「それは……。いや、本人に聞くと良い」
フィトナは答えかけて。
「スベルグロウ!」
回り続ける男に声をかけた。
するとひたすらに回っていた男が、こちらに視線を向けた。
だがその視線は、回転運動のせいで途切れてはまた戻る。
「やあ。今日もいい回転日和だなぁ」
スベルグロウは開口一番、頭のおかしいことを言った。
その声も回っているせいで、おかしな音になっていた。
フィトナはそれに全く気にせず、珍妙な物を見る目でスベルグロウを見るシスカを指し示した。
「……彼女はシスカと言う。お前が何故回っているか知りたいそうだ」
スベルグロウの目がシスカを捉える。
「ふうん?いいよ」
そしてスベルグロウが語りはじめた。
彼本人と、彼の家族の話を合わせ、それをフィトナが補足していった。
スベルグロウは生まれた時からおかしかった。
閉じた瞼の中で、目が回っていた。あるいは手を、指を、首を、足を。
いずれのどこかを、必ずまわしていた。
当初は小さな回転だったので、誰も気づかなかった。
しかし成長するにつれて。
その回り方がどんどん大きくなっていった。
そうなるにつれて、両親も気付いた。
この子は、どこかおかしいと。
そして心配になった両親は、可愛い我が子にこう言った。
「何か一つ。一つで良いから、自分に自信のあるものを身につけなさい」
どこか頭のおかしい我が子に、何か得意な物を、絶対に負けないものを一つ身に着けて欲しいと。
そう願い、真摯に言った。
スベルグロウは頷いた。
そして、
「うん。――僕、回るよ」
スベルグロウは真正だった。
「……そう。頑張りなさい」
そして両親も大概だった。
その日以降、スベルグロウの回転は日々力を増していった。
食べながらも回ったし、寝ながらも回った。ベッドは要らなくなった。
風呂でも回る様になったし、トイレですらまわれるようになった。
例え踏ん張っていても、手足や目のいずれかが常に回っていた。
そんな彼がフィトナの目に留まったのはある日のこと。
竜巻が発生しているのでどうにかしてほしいと言われたフィトナは、それを止めるために自身が出向いた。
そこでは、既に辿り着いてはならぬ領域にをぶっちぎっていたスベルグロウが、人気のない荒野で回っていたのだ。
彼は竜巻の中心で、浮きながら回り続けていた。
フィトナは苦労して回転を緩めさせ、彼を説得した。
四六時中回り続けている彼を如何にかすべきか悩んだが、初めは取りあえず戦場に放りだしておいた。
結果は言うまでもない。
何をしようがどうしようが止まらぬ竜巻など、どうしようもない。
ある日のこと。
どうしても止めれぬスベルグロウの対策を、敵国が取った。
魔術師たちがどれだけの数を使って拵えたの変わらかぬ、魔法の鎖。
それを幾つもの山にひっかけて、スベルグロウを捕えたのだ。
彼等は勝利を確信しただろう。
スベルグロウは警戒も何もなく容易く引っかかったのだから。
だが結果は哀れなものだった。
一瞬で。
山が消え去った。
いや、引っこ抜かれたのだ。
そして、その回転に山が付随して、より一層危険になった竜巻が発生した。
あの時は、こちらの国まで被害が出そうになった。
第二位が居なければどうなっていたことか。
あの時はあれのせいで、精も根も尽き果てた。
敵国にも感謝してほしい。
彼女が如何にかしていなければ、彼の国は跡形もなくなっていたであろうから。
フィトナは悩んだ。この馬鹿を戦場に出すと、予想もつかない被害が出かねないと。
しかし、あの溢れんばかりの力は勿体無い。
何か活用できないのかと悩んだ。
そしてフィトナは、名案を思い付いた。
その結果は、見ての通りと言う訳だ。
全てを聞き終えて、シスカは未だ回り続けるスベルグロウを見た。
「……『能力』じゃろ?」
回るだけで竜巻発生させるとか、おかしい。しかもそれが本気ではない風に聞こえる。
どう考えても『能力』だ。いや、どういう『能力』なのかは想像もできないが。
だがフィトナは首を振った。
「分からない」
スベルグロウも回りながら首を傾げた。
「回ってるだけだよ?」
「『だけ』ってなんじゃ?!んなことわしもできんわい!!」
シスカはスベルグロウに噛みついたが、
「いや、人間大抵何でもできるぞ?」
元祖キチガイが外野から声を挟んできた。
「そんな――っ!!…………」
シスカがカナタに向かって叫びかけて口を閉じた。
前例が目の前に居た。
これも『能力』ではないはずだ。
殴った感触もあったのだから間違いあるまい。
珍妙な顔でしばらく「うーうー」と唸ったシスカは、やがてがっくりと肩を落とした。
『能力』があるなしに関わらず、頭のおかしい、突き抜けた人間は居るのだ。
その肩に、ぽんっと手が乗せられた。
「……?」
シスカが見上げると。
フィトナが遠い目をして、頷いていた。何かが通じ合った。
シスカは再び肩を落とした。
「…………それで、この回っとる変態はどれくらい強いのじゃ?これで主様に勝てるとは思えんのじゃが」
そうだ、幾ら年がら年中回っているとして、だ。
例え竜巻を発生させると言うことを信じても、それくらいではカナタには通じないだろう。
凄いと言うことは百歩譲って信じるとして、それが実力に繋がるとは思えない。
「分からん。少し試してみたが、カナタの攻撃も通じんし、スベルグロウの攻撃も通じん。本気で戦わせる訳にもいかんしな……」
フィトナは困り顔で言った。
「むぅ」
スベルグロウの攻撃がカナタに通じないと言うことは理解できる。
しかし、その逆はどうしても信じることはできない。
この無防備に回っているどてっぱらに一発叩き込んでやればおしまいではないかと、そう思うのだが。
「試してみるか?」
不満げに唇を尖らすシスカに、カナタが言った。
「良いのか?」
シスカはカナタを見て、カナタはフィトナを見た。
「まあ、問題あるまい」
フィトナは少し思案した後、頷いた。
それがシスカのプライドに触れた。
カナタとスベルグロウを本気で戦わせる訳にはいかないのに、シスカならばよいのかと。
確かにカナタには敵わなかったが、シスカとてそれほどまでに弱いつもりはない。
一言で言えば、「安く見られたものだ」と、そういうことだ。
「ふむ……。どうなっても知らんぞ?」
既にやる気になりながらも、シスカは半眼でスベルグロウを睨み付けた。
スベルグロウは一向に構わず、両目を閉じて気持ちよさそうにくるくる回っている。
「構わんさ。スベルグロウ。彼女がお前の回転を止めたいらしいぞ」
フィトナが言うと、スベルグロウはぱちりと目を開いて。
「へえ!僕、止まらないよ?」
自信も何も含まれていない、ただ純粋な事実の様に、透明な声で言った。
直後に、シスカは突撃した。
カナタならばいざ知らず、フィトナでは追い切ることが困難な速度で一瞬でスベルグロウに肉薄して、
「ぬん!」
回転と逆方向に、そのどてっぱらに拳を叩き込んだ。
手応えがおかしかった。
あえて言うならばぬるんと、シスカの拳が流された。
それだけではない。一体いかなる原理か、シスカはその回転に巻き込まれた。
そんなに早く回っている様には到底見えないのに。
シスカの体は地面から引っこ抜かれ、とんでもない勢いで、吹っ飛んだ。
「なんとぉッ!?」
シスカは空中で目を剥いた。
このままでは壁どころか天井に衝突するコースで吹っ飛ばされている。
しかしシスカは人ではなく鬼だ。
その溢れんばかりの身体能力を発揮して、
「くっ!このっ!!」
天井に着地し、更にそれを蹴って。
垂直の壁に着地し、スベルグロウ目がけて飛んだ。
いわゆる三角飛びだ。
正直言って、シスカは先の一撃は手加減していた。
当たっても三日くらい固形物が食べられなくなる程度の威力に調整していたのだ。
だが、その手加減は無用と悟った。
そして直撃すれば人体など貫通するはずの威力で放たれた拳は。
再び、ぬるんと受け流された。
「なんじゃあ!これはぁ!?」
また上空に跳ねあげられながら、シスカは叫んだ。
「言っただろう。俺の攻撃も通じんと」
カナタがぽつりと呟き、それを聞きつけたシスカはギリリと歯を食いしばった。
「くぬぅっ!!これで、どうじゃっ!!」
『拒絶』を叩き込んだ。
人間相手に大人げないとは思わなかった。
壁の様な衝撃波もどきがスベルグロウに襲い掛かり。
しかし、スベルグロウの回転は、微かにもぶれなかった。
「どうなっとんじゃこれは!?」
全て回転に巻き込まれて、流された。
「ぬうおおおおう!!」
シスカは様々な角度から、『拒絶』を叩き込んだ。
回転と逆方向に、回転と合わせて、左右から同時に、あるいは真上から。
だと言うのに。
スベルグロウは平気な顔をして、回り続けていた。
「ハァッ、ハァッ。――ぐっ!」
夢中になって攻撃し続けていたシスカは、やがて膝をついた。
「分かったか?」
敗北感に打ちひしがれるシスカに、追い打ちの声がかかる。
「…………うむ」
シスカは一度スベルグロウを睨み、こちらを意にも解していないことを理解して。
がっくりと項垂れた。
そして理解した。
例え人間でも、真正のキチガイは意味不明な領域まで辿り着けるのだと。
(間違った方向に)走り続けている人間は強い(確信)