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05話 危機に気付かぬ場合もある

 シスカが風呂に入るのはこれが初めてだった。

 だがどういう物か知っていたし、どうすべきかも知っていた。

 まずは、体を洗うのだ。


 シスカは泡を作り出し、それで全身を丹念に洗って、特に顔を丹念に丹念に、何度も何度も必死に擦っていると。


「ゆ、揺れるだと……!?」


 何故か動揺に揺れるフィトナの声が聞こえて来た。


「??」


 顔が泡塗れで目を開けられないシスカは、目を閉じたまま顔だけフィトナに向けて首を傾げた。

 それだけなのに、ぶるん!と揺れた。


「くぅっ!」


 物凄く悔しそうな声と共に、何かを叩く音が聞こえて来た。


「……さっきからどうしたのじゃ?」


 風呂に入る前は普通だったと言うのに、いきなり態度がよそよそしくなったフィトナに、シスカが疑問を投げかける。

 何かマナー違反でも犯してしまったのだろうかと心配になったのだけど。


「いや、何でもない。何でもないとも。ははは」


 乾いた、のっぺりした声で否定された。


「ふーむ?」


 シスカは自分でも少し考えてみたが。

 何も悪いことはしていない。

 ならば問題あるまいと、再び顔を洗うことをに専念した。

 あの忌まわしい感触を忘れ去るまで、顔を磨くことを己に課して。


「血。いや、種族か?そのはずだ……。きっとそのはずだ。だから仕方ないんだ……」


 ぶつぶつと、横から呻き声が聞こえて来る。

 シスカには何が何だかよく分からなかった。



 顔を磨き、体も磨き。

 全身トゥルトゥルになったシスカとフィトナが、湯船に身を沈めた。

 直後に、フィトナがシスカから目を逸らして呪詛を漏らした。


「浮いてやがる……ッ!!」


 フィトナは良い奴だが、奇行が目立つ。

 まだ僅かな付き合いだが、シスカはスルーするということを覚えた。

 一つ大人になれたのだ。

 二つの脂肪の塊をお湯に浮かせながら、シスカは至福の吐息を漏らした。

 いやいや、肩が楽じゃわい、等とフィトナが聞けばどうなるか分からないことを考えながら。


「風呂はいいのう……。ずっと憧れておったのだ」


 本当に幸せそうにお湯に浸かるシスカに、フィトナが問いかけた。


「ふむ。私は洞窟の中を見たことは無いが……。無かったのか?」


 洞窟の奥には財宝があり、鬼が守っている。それは知っていた。

 その鬼は第一世代。しかも『能力』持ち。

 人間を幾ら送り込んでも殺されるだけだとして、誰も立ち入れぬように管理していたのだ。

 それだけで、奥に何があるのかは詳しく調べていなかった。


「うむ。あそこには何もなかったぞ」


 シスカが先ほどまで居た場所を思い出して、遠い目をした。

 まさかこうして風呂に浸かることになるとは、今朝の自分は予想もしていなかった。

 嬉しい誤算だ。主のことは置いておいて。


「……では、清潔に出来ないのでは?」


 フィトナは少し考えて首を傾げた。

 心なしか、シスカから距離を取っているように見える。


「いやいや、老廃物なども全て吹き飛ばせばよいだけじゃからの」


 シスカも乙女だ。そう言う反応をされるのは辛い。

 だから苦笑して言った。

 そもそも道具として生きていたので、食事も何も無かった。

 老廃物なども出なかったのだ。

 つまり数千年、う○こしたことがない。


 フィトナは、うん、と一度頷いた。


「そうか。……ところで体は良く洗ったかな?」


 そして、じりじりとシスカから距離を取っている。


「洗ったわ!汚れも残っとらんわ!!」


 先ほどあんなに丹念に洗っていたところを見ていただろうに。

 流石にシスカも声を荒げた。


「……冗談だ」


 フィトナはそういいつつも。

 その視線は湯船に、シスカの周りのお湯に向かっている。

 まるで何か、汚いものが浮いていないか探すかのように。


「…………」


 シスカの額に青筋が浮かんだが、いやいや風呂を借りている身だと思い直して我慢した。

 シスカは恩を仇で返す鬼ではないのだ。

 すぐに安堵した顔のフィトナが離れなくなったこともあるし。


「ところでじゃ」


 シスカは話題を変えるついでに、質問することにした。


「うん?」


 話題を変える為とは言え、とても大事な質問だ。


「主様の話なのじゃが……。その、よく……」


 『裸になるのか?』という言葉は出なかった。

 だが意味は伝わっただろう。


 洞窟から出た時の兵士たちの反応。フィトナの反応。

 あれらを見るに、慣れているとしか言いようがない。


「ああ。裸になる」


 果たしてフィトナは、あっさりと頷いた。


「……そうか」


 シスカは風呂の中、がっくりと肩を落とした。

 フィトナはシスカに同情の視線を送りながら、過去を振り返ってみた。


 初めて見た時は確か。そう、戦争中だった。


「初めて見た時も全裸だったな。戦場のど真ん中なのに、全裸で暴れまわっていた」


 魔法が飛びかい、怒号が飛び交う中で。

 ただ一人、全身肌色のキチガイが暴れていた。

 敵味方構わず、千切っては投げ千切っては投げだった。

 襲われたら反撃している様だったので、フィトナは即座に全裸への攻撃は停止させた。

 すると案の定、全裸はこちらに攻撃を加えることはなくなった。

 それに気づいていない愚鈍な敵に対して、散々利用させてもらったものだ。


「……」


 何も言わぬシスカ。

 フィトナは慰める様に、慌てて付け足した。


「全裸だったが、強かったのでな。誘えばすぐに来てくれた。どうしようもない変態を覚悟していたが、思ったよりも普通だったぞ」


「ほう」


 シスカの瞳に、僅かながら光明が輝いた。

 話してみれば普通。理性もあった。別に自分から脱ぎ出す訳ではない。

 だがしかし、


「だがなぁ。何かあるたびに服がなくなるんだよなぁ。あれはどういうことなんだろうな……」


 本当に、気付いたら全裸になっているのだ。

 敵の魔法が直撃した。

 全力で動いた。

 等などの理由で服が消えてなくなり。

 全裸のままで暴れまわる。

 奴に羞恥心はないのだろうか。


「ええ……」


 シスカの目に光が灯ったり消えたりしている。

 激しい葛藤があるようだ。


「兵達も、もう諦めている節があるな。かくいう私もな……」


 なんせ一騎当千。

 他の奴ら(へんたい)に比べて使いやすいし、意図も汲んでくれる。

 奴が出れば被害もぐっと減る。

 弱者を助ける心まで持っている。


 欠点らしい欠点は全裸なことくらいだ。


 頭を抱えて苦悩しだしたシスカに、フィトナは優しく言った。


「まあなんだ。悪い奴ではないし……。その、慣れるぞ?」


 あれ、この言い方でいいのかな?と思ったら。


「慣れたくないわぁ!!」


 案の定シスカが叫んだ。

 そして泣き崩れた。

 マイナス方向の感情が勝ったらしい。


「ええじゃろもう!あの全裸をしょっ引けば!」


 主に対してとんでもない発言だ。

 フィトナは言うべきか少し悩んだが、真実を離すことにした。


「……そういう法律も作ろうとしたんだがな。一部の貴族共が騒いでな……」


 シスカが驚愕に揺れた。


「貴族!?そやつらも変態か!?」


「…………うん」


 フィトナは遠い目をして頷いた。


「変態しかおらんのかこの国は!?」


 シスカが絶叫したが、フィトナは慌てて訂正を求めた。

 別に変態ばかりではない。

 そうだ、まともな奴も……。

 まともな……。


「いや、待て。私は一緒にするな。……………………私だけは」


「『だけ』!?」


 しかし、カナタは全裸になるだけだ。

 しかも自分から脱ぐわけでは無い。

 まだまだマシな方であると理解してくれれば、奴の株が上がるかもしれない。

 相対的に。


 そう考えつつ。

 フィトナはふと、冷静になって(・・・・・・)考えた。

 シスカと二人っきりでお風呂。

 相手は無垢な少女(年上)。

 胸が大きいのはショックだったが。

 だが、これはこれで……。


 ぐびり。


 フィトナの喉が鳴った。


「……なんじゃ?」


 気付けば、フィトナは、シスカが疑問の声をあげるくらいに彼女に接近していた。


「何がだ?」


 フィトナは心底不思議そうな顔を浮かべつつ、じりりとシスカににじり寄る。


「いや。……近くないかのう?」


 シスカもじりじりと下がりながら問いかけた。

 背中が壁にぶつかった。


「ははは。これくらい普通だろう?」


 フィトナは笑いながら言う。

 しかし、シスカはフィトナの目の奥が笑っていない様な気がした。


「そうかのう?」


 しかし、敵意などは感じないので、シスカは戸惑った。

 フィトナはシスカの肩に手を置き、そのまま抱きしめた。


「お?おお?!」


 驚くシスカを抱きしめて。

 身体を擦りつけながら、フィトナは言う。


「スキンシップ。スキンシップと言う奴さ」


「む、むう?」


 何故かねっちょりした声と動きだった。

 シスカはどうしたものかと困り果てて。


「そう、一体感(・・・)共有しあう行為(・・・・・・・)の一種さ」


 耳元で、じゅるりと唾を飲みこむ音が聞こえてきた気がした。

 フィトナはどっちも行ける口で、そして可愛いものが好きだった。

 性的に。




 シスカとフィトナがさっぱりして、カナタが文明人に戻った後。

 シスカが生まれて初めてのスイーツ(笑)に涙を流してかっくらっていると。

 ようやくまともな話が始まった。


「さて、こいつがシスカを手に入れた理由だがな」


 ほっぺたにクリームをつけたシスカが、真面目な顔をしてフィトナを見上げた。


「こいつが塔に登ると言い始めた」


 シスカは頷いた。

 それは彼女も聞いている。


「こいつは曲がりなりにもうちの最高戦力の一つだ。そう易々と抜けられても困ると考えた」


 それも理解できる。

 シスカは実にスイートなクリームが口の中で溶けていく感覚に酔いしれ、頬を緩めながら頷く。


「如何にこいつでもあの塔ではどうなるかもわからん。しかし他に出せる人材も無い。だから条件を付けた訳だ」


 何しろ帰ってきた物が居ない。

 どれ程カナタが強かろうとも、一人では安心して送り出すことはできない。

 そこで、あの洞窟に山と眠る財宝の力があればと考えた訳だ。

 力試しにも丁度良い。例え敗北しても、カナタならば生きて帰って来るだろうという判断もそこにはあった。


「そこでわしか」


 唇についたクリームをぺろりと舐めとり、シスカは真面目な顔を作り直した。

 黙っているカナタを見ると、「一人でも余裕なんだけど」と言う顔をしている。

 その顔がシスカに向き、カナタは自分の頬を数回突いた。

 数瞬後、その意味に気付いたシスカは、慌てて頬を拭った。

 クリームがべったりついていた。


「うん。シスカが手に入るとは思わなかったが。これは僥倖だ」


 それを微笑ましいものを見る目でみながら、フィトナが言う。


 てっきり財宝だけが手に入ると思っていた。

 しかし、シスカも手に入れることが出来た。

 鬼の第一世代。パートナーとしてはこれ以上は無いうってつけだ。

 ――精神的にもまともだし。


「なるほどな」


「まあ二人ならどうにかなるだろう。勿論帰って来てくれよ?」


 カナタと、思いもかけず手に入れたシスカはこの国にとっても大きな力となる。

 失うには、少々どころではなく、惜しい。

 カナタは全裸になる変態だが、他の変態よりはまだマシだったし、行き過ぎた変態を止める時には力も貸してくれていた。


 あれ?今度からのキチガイどもを止めるのは私だけになるのか?


 と、思い付き、フィトナは愕然とした。


「ああ」


 カナタが平気な顔で頷き、シスカも神妙な顔で頷いた。

 フィトナは大いなる問題に頭を抱えかけて、先送りにした。


「……では出発は一週間後だ。それまではまあ、ゆっくり体を休めていると良い。カナタは良いだろうが……。シスカ、何か聞きたいことはあるかな?」


 シスカは兎にも角にも、スイーツ(笑)のお代わりを所望した。

風呂場では何もなかった(迫真)

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