04話 持たざる者の敗北
そしてシスカは念願の外に出た。
日の当たる大地だ。
「お疲れさまです、カナタ様!」
出た瞬間に、兵士っぽい服装の男達が数人、カナタに敬礼した。
「ああ。ご苦労さん」
カナタは軽く手をあげるだけで済ます。
後に続くシスカは、カナタは結構偉い人間なのだと理解した。
変態なのに。
「……?!」
シスカは直後に気付いた。
カナタはパンツ一丁である。
ふんどしも直させたので普通のパンツではあるが。
それ一枚だけである。
だと言うのに、何故この兵士っぽい奴らは何の反応も見せていないのだ。
まさかここは変態の国なのか?いや、でも兵士たちは服着てるし……。
と、シスカが不安に襲われている間にも。
「ささ、カナタ様」
兵士の一人がカナタに服を差し出した。
「む。悪いな……」
カナタはごく自然に受け取り、それを羽織った。
ガウンみたいなものだが、パンツ一枚よりもずっと良い。
シスカは胸を撫で下ろした。
よかった。普通はこうなんだ、と。
「それで、こちらの方が……」
服を渡して兵士が、ちらりとシスカに視線を向ける。
「ああ。シスカと言うらしい」
カナタは空気を呼んで『バロゴン』は封印してあげた。
シスカも満足そうに軽く胸を張った。
『バロゴン』の『b』がカナタの口から飛び出した瞬間、襲い掛かるつもりだった。
また敗北を重ねずに済んだ。
「では、やはり!流石ですね!」
兵士たちは顔に興奮を張りつけ、やんややんやとカナタを持ち上げた。
「やっぱり強いな!」
「そりゃそうだ!」
「パねぇっス!!」
そればかりではなく、シスカに対しても矛先が向く。
「可愛い!」
「ちっこい!」
「パねぇっス!!」
初めての感覚だが、素晴らしい。
シスカは持て囃されるのは嫌いではないらしい。
しかし、何故か兵士たちの目が血走っているのう、徹夜でもしていたのじゃろうか?
一瞬そう思ったが、シスカにとっては些細なことだった。
野次られたシスカは、一瞬で天狗になった。
もっと!もっと称賛を寄越せ!と内心で鼻を伸ばしまくったが、
「それより行くぞ。お前達も仕事に戻れ」
カナタがあっさりと幕を引いてしまった。
「は、はい!」
兵士たちは我に返り、持ち場に戻っていく。
シスカは内心で残念に思ったが仕方あるまいと後に続いて歩き始めた。
「あれが何か分かるか?」
そうしながら、カナタが顎で指示した方向にある物をシスカが見る。
そして頷いた。
視界の先。
高く高くそびえる、巨大な塔。
それを見上げると雲を貫き、そしてその果てに大きな天井が見える。
今この世界は、その天井の下にあるのだ。
「うむ。あの上には大地がある、と言う話じゃろう?だが足を踏み入れた者は誰一人戻らんと言う……」
その塔がいつから存在するのかは分からない。
ただ存在し、そしてその上には、天井の上には大地が広がっている。
何故かそのことだけは、この世界の生き物全てが理解していた。
人口が増え、夢を求めて塔に挑む者は後を絶たない。
だが、誰一人帰って来ないのだ。
天井を越したのか。はたまた中で力尽きたのか。
それは誰にもわからない。
「そうだ。俺達も登るぞ」
それを見て、カナタはあっさりと言い切った。
気負いも義務感も何もなく、ただそこに山があるから登る。
そう言う口調だった。
「……あいわかった」
シスカが他の生物と比べて、一つだけあの塔について知っていることが多かった。
それは、彼女はあそこに登る者を助けるために存在する道具なのだと言うことだ。
故に是非も無い。それこそが彼女の真の存在理由なのだ。
引き締まった空気の中。
シスカの耳が不思議な単語を拾った。
音源は背後から。
先ほどの兵士たちの声だ。
「YES!!」、「ロリータ!!」と言う、異様にタイミングの合った掛け声の後。
「Noタッチ!!」と言う声と共に、パァン!と何かを打ち鳴らす音が聞こえて来た。
不思議に思ってシスカが背後を伺うと、兵士たちがハイタッチしていた。
「……?」
シスカの視線が向けられたことに気付くと、兵士たちは蜘蛛の子を散らす様に居なくなった。
……何かの号令じゃろうか。
シスカはそう納得することにした。
ただ最後に聞こえた、「合法ロリだぜふひひ」と言う薄ら笑いを漏らした兵士だけは、何故か無性にぶん殴りたくはなった。
それをなんとか我慢して、シスカは周りの風景を見渡した。
建物が多い。道は広く、馬車でもすれ違えるだろう。
整然と並び立つ建物は人間の住居だろう。
鼻を使えば、どこかから美味しそうな匂いもする。
シスカは振り返る。
自分が居た洞穴を。
そこの周りですらも整備されて、今なお兵士たちが立っている。
なるほど、無駄に人が命を落とさぬためにああしているのだろう。
シスカは視線を戻す。
自分の主になった男の背中に。
先ほどから色々な人から親しげに、あるいは敬う様に声をかけられている。
向かう先は、更に先にある、あの城だろうか。
「……主様よ」
声をかけて来る人の隙間を縫い、シスカはカナタの裾を引っ張った。
「ん?」
カナタは足は止めなかったが、視線をシスカに向けた。
「お主は、その、偉いんじゃのう」
てっきりただの変態野郎だと思っていた。
いや、今も変態だとは思ってはいるのだが。
ただの変態が、人々からあんな対応されることは無いだろう。
変態なのはただの一面。むしろそのほとんどは尊敬に値する人間なのではなかろうか。
シスカは、カナタのことをそう思い始めていた。
しかし、カナタは肩を竦めて否定した。
「偉いと言うより、強い。だな」
「……なるほど」
シスカとしては頷かざるを得ない。
だが強いだけでは敬遠される。あるいは下心を持った者が擦り寄って来る。
力だけではなく別の物があるからこそ、親しげに話しかけられるのだ。
シスカはカナタの事を見直した。
一番最初に、一番悪いところを見ただけなのだ。
そう考えた。
そうして何もしないでカナタの評価が上がっている間にも。
シスカの想像通りに、城に辿り着いた。
門番は勿論居たが、カナタは足を止めなかった。付いて行くシスカも同様だったが、停止を求められることは無かった。
これは、カナタは予想以上に偉いのではなかろうかと、そう思った。
それが確信に至ったのは。
ズカズカと歩くカナタが、城の最上階。
異様に豪華な扉に向かって、一直線に向かった為だった。
「よ、よいのか?」
止める人は誰も居なかった。
一言も静止はされず、あまつさえここは、どう考えてもお偉い人の居る部屋だ。
思わずシスカが質問したが、カナタは気にしたそぶりも見せずに頷いた。
「構わんさ」
直後に、カナタはノックした。
「いいぞ」
返事は直後に来た。
若い女の、しかし自信と覇気に満ち溢れた声だった。
「邪魔するぞ」
扉を開けると。
中には、想像通りに女が居た。
部屋の中心にある、豪華で巨大な机。
そこに座り、机の上にある書類の束と格闘しているのは、まだ若い女だった。
「……そちらが例の?」
その女は、カナタがシスカを手に入れたことを既に聞き及んでいたのだろう。
一つの書類に判を押してから、ようやく机から立ち上がった。
立ち上がった女は見事の一言だ。
上背もあり、全身しなやかな筋肉に覆われている。
相当に出来る。シスカはそう直感した。
顔も体型も声も素晴らしいが、何をあげると一つだけ。
そう、一つだけ足りないものがあった。
胸部にあるべきクッションが少々薄かった。。
いや、よくよく見れば、微かにクッションが搭載されているような気が――。
いや、気のせいだ。
もはやペチャパイどころではなく、無乳だ。
だがシスカは。
憐れむような視線も向けず、ただ純粋に女の実力を測っていた。
その為、無乳はシスカを大いに評価した。
身長的に、胸部装甲が同じくらいと考えたこともある。
幾重もの着物に覆い隠されたその胸部装甲の強大さを、無乳は理解できていなかったのだ。
……己が持たざる故に。
持たざる者に、カナタが持つ者を紹介した。
「ああバ……。シスカだ」
『b』辺りでシスカが途轍もない目を向けて来たので、カナタはそっとシスカから目を逸らして言い直した。
「……バ?シスカか。私はフィトナだ。よろしく頼む」
持たざる者、フィトナは首を傾げたが、特に疑問は持たずに頷いた。
そして同類と思っているシスカに、柔らかく微笑みかけた。
「ああ、うむ」
シスカは、フィトナの物凄く仲間意識の強い微笑みに戸惑いながら頷いた。
なんでこやつはこんな目をしているのだろうと思いながら。
「王女だ。こいつが国を動かしてるがな」
カナタは補足を加えた。
「なんと……」
シスカは目を開き、まじまじとフィトナを見る。
まだ若いではないかと。
それなのに国を動かしているとなると、余程に有能なのだろうと感心した。
武力があるのは分かる。それに、知力まであるのだと。
「父上と母上が少しアレでな。仕方なくだ」
フィトナは苦笑を浮かべた。
シスカの視線を照れくさそうに受け流して、
「それよりも、だ」
フィトナは、ちらりとカナタを見て、その服装を見てから、シスカに同情の視線を送った。
「大変だったろう?」
シスカは直感した。
フィトナがカナタの服装から、何があったのかと推測したのだと。
「何がだ?」
カナタが何かほざいているが、フィトナもシスカも無視した。
「そうなのじゃ!!」
シスカは同志を得たとして、勢い込んで頷いた。
それを見てフィトナも予想通りの出来事が起きたのだと理解して、うんうんと頷いた。
「大丈夫、こいつは無害な方だ。他の奴らに比べれば」
慈しむ様な視線をシスカに送りながら、優しく、気安げに肩を叩いて不穏な発言をした。
「だから何がだ」
カナタがまた何か言ったが、二人は黙殺した。
シスカはフィトナの優しさに感動して、瞳から涙を流した。
「ううっ!し、しかしわしは、わしは顔に、唇に、主様の……!!」
「ッッッ?!」
フィトナはギョッと眼を向き、キッ!とカナタを睨んだ。
『このゲス野郎が!』と言う目を向けたが、カナタには何故そんな目が向けられたのか分からない。
変態がびくともしないことに舌打ちをしつつ、フィトナが清潔なハンカチを取り出し、水で濡らしてシスカに手渡した。
「……思い出させてしまってすまない。さ、まずはこれで拭きなさい。そうだ、すぐに風呂を準備させよう。落ち着くまでそこで休むと良い」
フィトナが言うと、部屋の端に影の様に控えていたメイドが一人、静かに、しかし迅速に部屋を出た。
「ううううっ!!か、忝い……!!」
シスカは涙をはらはら流して、顔と唇を削れんばかりの勢いで擦りはじめた。
「おい、どういう話だ?」
てっきり難しい話をすると思っていたカナタは、突然シスカを風呂に入れようとするフィトナの行動を理解できなかった。
そして、シスカが感動して泣いている理由も。
フィトナは自分の体でシスカを変態の視線から遮った。
「お前は黙っていろ。そして服を着て来い」
ギロリと睨み付けられて。
「ふむ」
カナタは自分の服装を見下ろして一度頷き、部屋を出て行った。
フィトナとシスカは浴場に居た。
フィトナが自分用に準備した専用の風呂場だ。
意気揚々とシスカをそこまで運び、そして親しくなろうとしたのだが。
「……でかぁッ!?」
フィトナは、装備をパージしたシスカの胸に釘づけになった。
「何がじゃ?」
裏切り者(冤罪)は不思議そうに首を傾げた。
ショックのあまり数秒停止してしまったフィトナは、歯を食いしばって呻きかけたが。理性を総動員して元の表情を繕った。
「……いや、何でもない」
少し失敗して呻く様な声になった。
そしてフィトナが努力しても絶対に得られない巨大な物体から目を逸らす。
これは、目に毒だ。もぎ取りたくなってしまう。
そんなことなど露知らず、シスカはフィトナの足先から頭のてっぺんまでを見て、ほう、と溜め息を吐いた。
「しかし、背が高いのう。羨ましいわ……」
「その胸があってか」
呪詛が漏れた。
交換できるならしてやりたい。全てを引き替えにしても良い。
「む?何か言ったか?」
フィトナの呪詛はシスカには聞こえなかったようだ。
不思議そうな声が聞こえて来たので、フィトナはシスカに背を向けたまま顔の筋肉を解きほぐし、笑顔を張り付けることに成功してから振り返った。
「いや、何でもない。さ、顔を洗おうか。こっちだ」
頑なにシスカの双球を視線に収めず、彼女を案内した。
「うむ。世話になるのう……」
シスカは有難く、敗北感に打ちのめされたフィトナの背を追った。