03話 自信が砕けて
「いや。いやいやいやいや。おかしいじゃろう?……え?人間?あ!鬼じゃったとか?」
シスカは顔の前で、全力でパタパタと手を振った。
全力で振り過ぎて、パタパタではなくてヤバ目の音が鳴っていた。
だがそんなこと構いもせず、シスカは目を凝らして、カナタの頭に角を探した。
身長差から、上手く確認できない。
しかし、無い様な気がする。
「人間だが?」
カナタはあっさりと言って、シスカに頭を見せた。
シスカはマジマジと頭を見て、触って確認までしてきた。
そして角が無いことを理解すると、首を傾げた。
「なんで平気なんじゃ?」
「頑丈だと言っただろう。鍛えているんだ」
カナタは再び胸を張った。
パン一で。
「鍛えているって。いや、無理じゃから。普通無理じゃから。本当のことを言うてみ?今なら怒らんから」
シスカは「ぷすー」っていう感じで噴き出し、「面白いこと言うなあこいつぅ」と言う顔をして、肘でツンツンとカナタの腰を突いて来た。
正直に言えば、大分うざかった。
「鍛えた」
カナタは繰り返し、「むんっ」と腹筋に力を込めた。
ミッシィ!!とか効果音が鳴りそうな勢いで、腹筋が固まった。
「無理じゃって。無理じゃって。ほれ、この腹筋。ありえんじゃろう?え?それとも何じゃ?人間ってこんな筋肉付けれるようになったの?」
シスカはぺたぺたとカナタの腹筋を触りながら捲し立てる。
なんかもう、あり得ないくらいの硬度だった。金属とかそんなちゃちな物ですらない。
カナタはこの国の知り合いたちを思い出してから、かぶりを振って答えた。
「いや。俺だけだろう」
シスカは、「それみたことか」と言った具合で何度も頷いた。
「そうじゃろ?お主くらいじゃろ?っていうかほれ、あれじゃ。お主は人間じゃないんじゃろ?ほら、言うてみ言うてみ?」
「ここだけの秘密にしておくから。な?」とウインクしながら言って来る。
数千年単位のボッチだったくせして、そのウィンクは上手かった。
たぶん練習していたのだろう。
「人間だ」
カナタは何度も繰り返した。
事実なんだから仕方ない。
しかし、シスカは「強情な奴め」と言った顔をして肩を竦め、ふぅーっと息を吐いた。
「……分かった分かった。そうじゃな。お主は人間じゃなあ。ところでじゃ、両親の種族はなんじゃ?鬼か?竜か?あ、わしの知らん種族かのう?」
見事なくらいに、一ミリも信じていなかった。
「……人間だが」
カナタも流石に鬱陶しくなってきた。
だが、カナタの前に。
「……お主のような人間が居てたまるかぁ!!」
シスカが爆発した。
「嘘こいてんじゃねぇ!!」と言う形相で睨み付け、腕まくりまでしている。
カナタは、確かに自分のような奴は他には居ない、と考えかけて、思い出した。
「いや、待て」
「……なんじゃあ」
ゲンコツ振るう三秒前のシスカが、半眼で聞き返した。
「俺の従弟で、もっと強い奴が居るぞ」
言った途端。
シスカは凄く馬鹿にするような目で見て来た。
「はああああああああ?!お主より?!あれか、神か!?邪神か!?」
口調もなんか、凄くムカツク感じだった。
しかし、カナタはこれでも気の長い方だ。
「ふう」とため息をつき、やれやれと肩を竦めた。
「人間だと言ってるだろう?」
「人間がどうやればそうなるんじゃあ!言うてみい!」
ついにシスカが飛びかかって来たので、再び頭をロックした。
「そうだな」
当たらない、当たっても平気な鬼パンチは気にもせず、思い返す。
この世界では飛行機とか言っても信じてくれない。
何故ならば、存在しないから。
だから分かりやすい例に変換して話してやることにした。
「まず崖に登る。そうだな、下は水面じゃない方が良い。そして、そこから落とされる」
シスカはピタリと動きを止めた。
「……はあ?」
「何言ってんのコイツ?」と言う目をしてきた。
しかし事実だ。
従弟は飛行機から蹴り落とされていたし、崖など温い方だろう。
「後は銃――、いや、ボウガン。それの強化版で撃たれまくったり」
今となっては良い思い出だ。
あのクソジジイにはいつか天罰(人災)を下してやろうと思っていたのに、ボケ老人になりやがったし。
疑いの目を剥けてくるシスカに、二の腕を見せてやる。
あの頃は防御が甘かったので、ダメージを負ってしまったのだ。
腕だけではない。良く見ればそこかしこにある。
従弟はライフルだった。あれに比べればと当時は思っていたが、よくよく考えてみればあれはおかしい。よくよく考えなくてもおかしい。
従弟は何故無傷だったのだろう。
「……」
銃痕を見せたら、シスカは黙った。
「おかげで、目隠しして剣で襲われるのは楽になったな」
銃に比べれば、察知して避けやすい。
銃を防げるようになれば、当たっても平気な様になれたし。
あれは良い休憩時間だった。
ちなみに従弟は寝ていた。
「……」
シスカは口を半分ほど開けてこちらを見ていた。
何を言いたいのかわからないが、続けて言った。
「後は、全身拘束されて重しつけられて海の底に――」
あれは死にかけた。
本当の本気に死にかけた。
マリアナ海溝に落とすとかアホじゃないのかと。
途中で重しを振りきれたから良かったものの……。
しかし、水面に出ようとするカナタとは裏腹、従弟はそのまま沈んで行った。
でも何故か先に海面に居た。どうなっていたのだろうか。
「主様よ」
「ん?」
ふと呼ばれてみれば、シスカが真顔でこちらを見ていた。
「本当かの?」
その目に、ものすごい不思議な感情があった。
「ああ」
今考えれば色々とおかしいと思える。
あの時は、従弟が居たからそんなに疑問に思わなかったが。
と言うか、あの従弟は何者だったんだろう。
カナタ目線で考えても色々おかしい。
「何で生きとるんじゃ?」
それはもう、死にたくないと頑張ったからだ。
もっと恐ろしいシーンも目にしていたし。
なにせ――
「序の口だぞ?さっき言った従弟なんかマグマの中に落とされても平気な顔してたな。『服が燃えて困る』とか愚痴ってたが……」
シスカは心の底から困惑した。
「え?マグマってあれじゃろ?火山の……」
この世界にも火山はある。
たぶん、あちらの世界と同じ扱いだ。
温泉沸いてるそうだし。
そう思いながら、カナタは頷く。
「ああ」
シスカは真顔で言った。
「いや、死ぬじゃろ。どう考えても」
カナタも同意見だった。
「俺もそう思う。修の奴は『平気だよ?』とか言ってたが」
おっと、従弟の名前を出してしまった。
しかし、聞きなれぬ名前を聞いてもシスカは特に反応を返さなかった。
それ以前に、驚きすぎていた。
パタパタと、シスカは真顔で手を振った。
「いやいや。人間以前にそれはおかしいじゃろ。わしでも無理じゃって」
カナタは心の奥底から頷いた。
「俺もそう思うが。しかしな、あいつは噴火で吹っ飛んで行ったのに、少ししたら『帰りに野菜買ってきてください』って連絡があってな」
そう、落とされて火口に消えたと思った瞬間。
噴火して、吹っ飛んで行った。
火山弾と一緒に上空に打ち上げられた従弟の影を、あの時微かに見た。
だと言うのに、自宅から電話があり、ケロっとした声であいつは言った。
『買い忘れたからピーマン買ってきてください』と。
必死に従弟の行方を捜していたのに。
あの時のカナタの気持ちと言ったら。
その日以来、カナタは従弟を心配することを止めた。
あいつはどこでも、何をされても生きていけるのだ。
シスカは、最早何も言ってこない。
ただ透明な顔をしていた。
「まあ、あいつに比べたらこれくらい大したことは無いということだ」
だからカナタも締めくくった。
いつしか鬼パンチを止めていたシスカの頭を離してやる。
「……………………」
するとシスカは透明な顔のまま、どこか遠いところを見るような目で立ち竦んでいた。
「それよりもだ。俺は帰るが、お前も来るのか?」
何だかショックを受けて立ち竦むシスカに、カナタは問いかける。
「…………うむ」
シスカは数瞬立ち竦んだが、か細い声で頷いた。
憧れの外の世界。
だがしかし。
もし、外の人間がこんな化け物だらけだったらどうしよう。
彼女はそう思って不安になった。
それからは特に会話も無く、ひたすら出口に向かって歩みを進めた。
シスカには待望の風景ではあったが、今の彼女はそれどころではない。
出口が近づき、外の明りが見えた頃になって、ようやく彼女は意を決した。
「あ、主様よ」
パン一の背中に問いかける。
後ろから見ればズボン型ではなく、ふんどしで見事なTの字を描いていた。
それはそれは見事なケツ筋であった。
叩きたい、この尻。
だがシスカは、主がパンツ一丁であることに、ケツ筋を見せつけられていることにすらも違和感を覚えなくなっていた。
それ程に動揺していた。
「ん?」
Tバックは足を止めて振り向いた。
「その、その従弟殿は置いておいてじゃ。主様は、どれくらい強いのかのう……?」
シスカは今まで持っていた自信を喪失していた。
前に人間を見てからどれ程経ったのか。
その間にまさか、人間はここまで強くなったのかと。
財を求める必要も無い程に強くなったのかと。
不安そうに問いかけた。
するとカナタは腕を組み、即答した。
「ふむ。トップ3には入るな。あと、従弟は居ない」
同じくらい強いのが二人も!?と、シスカは身を震わせた。
従弟が居ないと言う言葉は気になるが、居ないなら居ないで良い。
カナタ以上の化け物と分かっているので、出会いたくはない。
「ふ、二人か……」
しかし、カナタを含めて三人。
それだけの人間が、確実にシスカを打倒しうる力を持つ。
シスカは鬼の第一世代。人を超越している鬼の最高峰。
そのはずなのに。
三人もの人間に越えられている。
鬼のプライドがズタズタだ。
「そうだな。それ以外には負ける気はせんな」
がっくりと肩を落とすシスカに首を傾げながら、カナタは続けて言った。
その言葉を聞いて、藁にもすがる様にシスカはカナタを見上げた。
「それ以外と言うと、どれくらい強いのじゃ……?」
するとカナタは「ふむ」と呟いて考え込んだ。
ドキドキと、判決を待つ罪人の様に胸を鳴らして、シスカは待つ。
「そうだな……。まあシスカならば余裕だと思うが」
そして言われた言葉に、シスカは光明を見た。
「ほう!」
三人も居るではない。
三人だけ。
それならばギリギリセーフ!
シスカは辛うじて、随分と安っぽいプライドを取り戻した。
何故か突然自信を取り戻して元気に歩き始めたシスカを見て、カナタも首を傾げながら歩き出した。
そうしながら、シスカが気にしそうな話題を振ろうとして、
「序列というのがあってな。まあ、すぐ教えてやる」
後で別の奴に説明させようと考えた。
何故なら、シスカにはあまり関係ないだろうし。
それにそもそも面倒だからだ。
「うむ!」
シスカは面倒くさがられたことなど露知らず、元気にカナタの後を追おうとして。
「なんじゃあそれはあああああああああ!?」
遂にTバックに気付いて絶叫した。
カナタがちょっと驚いて、キュッとケツが閉まったのはご愛嬌だ。