02話 すまん嘘ついた
そうです。全裸が主人公です
「……ハッ?!」
彼女は目を覚ました。
直後に、自分が気を失っていたことを悟る。
感覚から、そう長い時間は経っていないと悟り、
「目が覚めたか」
目の前にぶら下がる象さんを見つけた。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」
最悪の目覚めだった。
飛び起きようとして、それでは顔に象さんが接近することを即座に理解し、仰向けのままカサカサと地面を移動して全裸から離れた。
「俺の勝ちだな」
全裸が胸を張った。
必然、腰が突き出される。
そして彼女は、意識を失う直前に何があったのかを思い出して。
「オウエエエエエエエエエエエエエッ!!」
全裸から目を背けて、リバースした。
何も食べる必要も無かったために固形物は出なかったが、胃液が出た。
鬼の胃液は割とクレイジーだったらしく、石畳が見る見る溶けていく。
「……大丈夫か」
得意気だった全裸が心配そうな声をかけて歩み寄ったが、彼女は必死に胃液を飲みこんで、必死に全裸から離れた。
「ウグッ、ップ……。グッ、ウッ、うぅ!あんまりじゃああああ!!」
そして、滂沱の涙を流して全力で床を殴った。
石畳が砕けてだいぶ地面が凹んだが、彼女は一向に構わず、ガンガンと地面に拳を打ち付けて絶叫した。
「なんでじゃあ!?なんでよりにもよってこんなのにぃぃい!!」
ある程度殴った後、頭を抱え、ひんひんと泣き始めた。
マジ泣きだった。
「……おい」
全裸にとっては、彼女は突然奇行に走ったかのように見える。
だから、どこか打ちどころでも悪かったのかと再び接近して。
「ヒィッ!?か、隠せぇ!近づけるでないわぁ!!」
敏感にその気配を察知した彼女が、ズザザ!!と離れて、財宝の中から股間を隠せる物を掴んで、放り投げた。
「む」
全裸はあっさりとそれをキャッチ。
それを見て、彼女は気づいた。
掴むことが出来た。つまりはやはり、自分は負けたのだ。
――この変態に。
がっくりと、彼女は全身の力を抜いて、orzになった。
「で、これで攻略でいいんだな?」
瞳から光を失って俯く彼女に、全裸は問いかけた。
彼女は虚ろな顔を持ち上げて、カッ!!と目を見開いて叫んだ。
「はよう穿けぇ!!」
受け取ったものの、男は未だに全裸だった。
彼女は硬く目を閉じ、男が穿くまで断固として目を開かない決意を示した。
するとようやく、男が穿く気配があった。
彼女はそれに心の底から安堵の息を吐いて、目を開けて、背後の財宝達を見た。
「……そうじゃ。これは全部、お主の物じゃ」
認めたくない事実だが、これは事実だった。
一生どころか、どれだけの世代が遊んで暮らせるのだろうか。
それ程の財の数々。
だがそれを手に入れた男はと言うと。
「ふむ」
全く興味無さそうに呟くだけだった。
「……じゃが、これらは、人用には作られておらぬ……」
彼女はそれに、どこか悔しさを覚えながらも続けて言った。
「ほう?」
ようやく、男の不思議そうな声を聞くことが出来た。
彼女はこくりと頷いた。
「わし用なのじゃ」
「どういうことだ?」
男が質問してくる。
「…………わしは、門番なだけではない……。わしもこれらと同じなのじゃ……」
彼女はだから、仲間を見るような目で、財宝を見る。
言葉は交わせず、意思も無い。
それでも、ずっと彼女と共にあり、そしてこれからも共にあるであろう仲間達を。
「つまり、お前も俺の物と」
彼女の肩ががっくりと下がった。
「そうじゃ…………」
猛烈に。それはそれは本当に嫌で嫌で仕方がないのだが。
だが、彼女はもう、この男の所有物になってしまった。
良く考えれば、名前も知らない。
そのことに思い至ると、彼女は男に視線を向けて。
「お主――、いや、主様よッ?!なんじゃそれはぁぁぁああ?!」
股間を見て目を見開いた。
葉っぱがあった。
それだけだった。
「お前が穿けと言ったんだろうが……」
男が言ったことは正しい。
しかし、彼女が渡したのは意のままに形を変える魔道具だ。
人の急所である股間部を守る物だ。
普通に履けば、普通にパンツになるのものだ。
それがどうして葉っぱになる。
それで何が守れると言うのか。
それはきっと――人の尊厳だ。
「なんでそうなるんじゃと聞いとるんじゃああああ!!」
尊厳だけを守った男に、彼女は叫ぶ。
この変態は普段から葉っぱを股間に張り付けているとでも言うのだろうか。
「……さあな」
男はふっ、とニヒルに笑った。葉っぱ一枚で。
「ええいっ!!下着じゃ!普通の下着をイメージしろぉ!!はようせい!!目が腐るわ!!」
彼女は唾を撒き散らして怒鳴った。
葉っぱは、嫌そうにその唾を避けながらも言う通りにしたのだろう。
すぐに葉っぱは半ズボンの様な下着に変わった。
「ふぅ……。…………で、じゃ。主様よ、名前を教えてくれんか?」
彼女は数回、数十回も深呼吸をして心を切り替えて、脳内で何万、何十万とシュミレートした質問をした。
もっともシュミレート相手は、変態では無くイケメンの紳士だったのだが。
「カナタだ」
男、カナタは答えた。
彼女は聞きなれぬ音の名前に首を傾げた。
「カナタ。聞かん名前じゃな」
ずっとここにいるとしても、世界の常識はある程度理解している。
何故かは分からない。でも、そういうものなのだと言うことは知っている。
「お前は何と言うのだ?」
次に、男が問うてきた。
「それは、お主が決めるのじゃ。あ、出来れば可愛――」
彼女はすぐに答えたが、すぐ様相手が変態であることを思い出して、まともな名前を付けてくれるように補足しようとした。
しかし。
それを聞く前に、男の連想ゲームが始まった。
名前。
つけるのはあまり得意ではない。と言うか苦手だ。
彼女を見る。
背は低く、自分に比べて頭二つ分は小さいだろう。
髪も肌も白い。
着物を幾つも着重ねているのに細く小さな身体に見えるが、その身に宿る力は素晴らしいものがあった。
目は釣り目気味で真っ赤な血色。
側頭部から伸びた二本の角から、普通の人ではありえない容姿であることは分かる。
パッと見アルビノ。
……そういえば最近、馬飼が新しく生まれたアルビノの白馬を、大層可愛がっていた。
確か名前は――
「バロゴン」
彼女は、いや、バロゴンは何も言わずに泣き崩れた。
地面に倒れ伏し、すすり泣くバロゴンを見て、流石のカナタもヤバいと思った。
再び考える。
流石にバロゴンは不味かった。
そうだ、バロゴンはもっと可愛らしい名前を求めている筈だ。
次は『可愛らしい』で連想ゲームがスタートだ。
ふと思い出す。
近衛騎士の四十台の髭面のおっさんが非番の時にやけにこそこそしていたので後を追ってみたら、生まれたばかりであろう白い子猫に、「シスカちゅわぁ~ん」とか呼びかけていた。
頬ずりまでしていて、子猫が滅茶苦茶迷惑そうな顔をしていた。
目を閉じて「んちゅ~」とか言いながら唇を突き出すのを見て張り倒してやりたくなったが、思いっきり引っ掻かれているところまで見たので勘弁してやった。
後日、若い兵士にその傷を問われて、「ふっ。子猫ちゃんにやられてな。勲章とでも言おうか……」とか言っていた。
「先輩パねぇっス!」とか若い兵士が騒いでいたが、現実を教えてやるべきかすごく悩んだ。
おっといけない、脱線した。
「シスカでどうだ?」
そんな脳内の動きなど微塵も見せずに、男は言った。
バロゴンはガバッ!と顔を持ち上げて、涙をはらはら流しながら絶叫した。
「遅いわぁ!!お主の、お主のせいでっ!!わしは、わしはバロゴンなんちゅー名を!!」
彼女の名前は持ち主が決める。
彼女はそういうものだった。
一言で言えば、バロゴンはナチュラルに受理された。
それに加えて、先ほどシスカもつけられたのだが。
手遅れだったのだ。
つまり彼女の名前は。
「バロゴン・シスカか」
バロゴン・シスカは再び泣き崩れた。
バロゴン・シスカのすすり泣く音だけが聞こえる気まずい沈黙が続き。
長い時間をかけて、ようやくバロゴン・シスカが泣き止んだ。
いや、まだ泣いている。
しかし、涙目でカナタを睨みつけた。
「……シスカじゃ。わしにはそれ以外の名は無い。断じてじゃ!分かったじゃろうな!?」
牙をむいて咆える。
バロゴン・シスカの中では、そう言う結論に達したのだろう。
「……ああ」
カナタは流石に逆らわず、頷いた。
ここでバロゴンと呼べば、彼女は確実に襲い掛かってくるだろう。
恐らく、命を賭けてでも。
それ程の気迫を感じた。
「で、これはどうするんだ?」
男は話題を逸らす為に、シスカの背後に積まれた財宝達を顎で示す。
「……任せい」
シスカとしても、この話題から早々に離れたかったのだろう。
彼女は言うや否や、無数に転がる財宝を掴みとり、懐に収め始めた。
鉄棒、剣、槍。鎧や着物、良く分からない箱や服までも。
どれか一つでも入れることは難しいだろうに。
彼女は次々に放り込んでいく。
カナタは気づいた。
彼女の今着ている服。
それすらも魔道具なのだと。
「ほう。これは中々……」
明らかに彼女よりも大きい鎧を放り込むに至って、カナタは感嘆の声をあげた。
それに対して、シスカは少し得意そうに言った。
「重量はそのままじゃ。普通の人間には運べ――ッ?!ど、どこ見とんじゃお主!?」
そして直後に、カナタの視線の先に気付いた。
今、シスカは胸元を大きく開いている。
カナタが見ているのは収納作業では無く、たわわに実った――
「背の割にデカいな。揉んでいいか?」
おっぱいだった。
着物で隠していたのだが、収納するために大きく広げていたのだ。
そこに見えるのは、身長からは考えられない程に実った、それはそれは見事な見事なおっぱいじゃった。
「返せえええ!わしの純潔を返せええええ!!」
乙女には、戦わなければならない時がある。
例え相手が自分よりも強大であろうとも。
例え相手が自分の主であろうとも。
その目玉をくり抜かねばらならない時があるのだ。
そしてシスカは、カナタに襲い掛かった。
『拒絶』は効かない。そのことを理解しているが故に、指先を眼窩に突っ込むために。
だがしかし、相手は強大だった。
カナタは腕を伸ばして、シスカの頭を掴んで止めた。
「このっ!!くのっ!!」
リーチの差が如実に表れ、恐ろしい勢いで繰り出される(見た目)子供パンチと(見た目)子供ジャブは届かなかった。
「そう言えば言っておかねばならんことがある」
バタバタと暴れる見た目少女(推定年齢数千歳)を片手でがっちりとホールドしつつ、カナタは告げた。
「くのおおおっ!!ぬっ!!りゃあっ!!」
良い感じでヒートアップしているシスカは、そんな言葉を聞き流して暴れ続けている。
カナタは構わず行った。
「さっき言った『自信』な。あれは嘘だ」
「ふぬおおおお――はあ?」
暴れていて、いい感じで気合を溜めていたシスカは唐突に停止して。
ぽかん、とカナタを見上げた。
「嘘だ。俺に能力は無い」
嘘をついた理由は簡単だ。
そうしなければ、全力を出して貰えらないと思ったから。
手加減した相手と戦うの趣味ではない。
もっとも、嘘を吐く必要は無かったのだが。
シスカもそこまでは思い付き。
しかし、納得できなかった。
試しに『拒絶』を撃った。
人間ならば、即座にこの世からさようならする威力で。
だが男は微塵も動かなかった。
少し足を踏ん張っただけだ。
「……効いとらんではないか」
だからそのまま言った。
だが男はかぶりを振った。
「簡単だ。俺が頑丈だからだ」
嘘を言っている顔ではなかった。
しかし、だ。
「いやいや。頑丈と言っても……限度があるじゃろう?」
普通に考えて、あれ程の威力の『拒絶』ならば、シスカも痛撃を喰らう。
竜とかでも吹っ飛ぶだろう。
カナタは、未だに掴んでいたシスカの頭を離した。
そして、仁王立ちして言った。
「殴ってみろ」
許可が出た。何と言う僥倖か。
シスカはお望み通りに、全力全開の拳を握り込んだ。
ちょっとばかり助走までおまけして、
「ぬぅんっ!!!」
正しく渾身の一撃を放った。
「――――」
男の反応は、先ほどと同じだった。
多少足を踏ん張った。それに加えて多少前かがみになったくらいだ。
「…………」
そして、シスカの拳に響いた感覚は。
人の肌の感触だった。人の体温を感じた。
だがしかし、その奥にある、筋肉とは到底思えぬほどの重圧に、全ての衝撃を吸収された。
「分かっただろう」
カナタの声に、シスカは顔をあげる。
そこにあったのは、自慢げな顔だ。
「…………なんじゃ、そりゃあ!?」
シスカはその顔を見上げて、全力で突っ込んだ。
二話でゲロを吐くヒロイン。