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11話 戦うどころではない

 そして塔へ登る日。

 信頼関係を修復できたカナタとシスカが巨大な塔の前に立っていた。


 彼等だけではない。

 忙しい筈のフィトナも、何十人もの兵士達も見送りに来ていた。

 フィトナが忙しい中顔を出した理由は簡単だった。


「くれぐれも、気を付けてな」


 心配ももちろんあるが、それよりも大事な物がある。

 仮に塔の上、あの天井の上に大地があるとすると。

 カナタがそれを発見して帰還すれば。

 それを同等と、自分の国の物と宣言できるからだ。

 塔の上に登る力があると、証明することも出来る。


「分かっているさ」


 そんな思惑を知ってか知らずか、カナタは気負いなく頷いた。

 彼は元の世界では、従弟と同じくトレジャーハンターをしていた。

 と言うか、この世界に来たのもそれが原因だ。

 うっかり不思議な扉を開いたら、こっちの世界に来ていたのだ。

 あれ?うっかり?


「……シスカ。コイツの事を頼むぞ?無茶には付き合うなよ?」


 フィトナは首を傾げたカナタは信用ならぬと、シスカに耳打ちした。


「うむ。任せい」


 シスカもやる気十分、覇気も満々に頷いた。


「しかし……。でかいのう」


 そして彼女は、間近で見る塔の巨大さに感嘆の声を漏らした。

 何せ、大地のど真ん中を貫いて立っている塔だ。

 様々な国が、この塔に挑んでいるのだろうが。

 未だ、踏破したと言う話も、中がどうなっているのか、と言う話しすら聞かない。

 何せ入り口は無数にあれど、入り口を越えた先に何があるのかは、まったく見えないのだ。


 フィトナは、シスカの呟きに苦笑した。


「中がどうなっているかもわからないしな。登ろうにも、この通りだ」


 塔の表面に手を添える。

 何千、あるいは何万年も存在し続けている塔。

 だと言うのに、その表面は傷一つなくツルツルで、実に良く滑る。

 外から取り付いて登ろうにも、すぐに落ちてしまうだろう。

 仮に昇れたとしても、あの天井をどう超えるのかと言う話だ。


 シスカもペタペタと塔の表面に触り、次いで、コンコンと叩いてその感触に首を傾げた。


「しかし硬いのう。……何で出来とるんじゃろうな?」


 シスカの知識でも、壊すことは出来ないと言うことしかわからない。

 如何な魔法でも、能力でも傷一つ付かない。

 しかし、逆にそれが心強い場面もある。


「まあこれならいくら暴れても大丈夫じゃろう。いかに主様の攻撃が非常識でも――」


 中でいくら暴れても、崩れる心配が無い。

 塔を登っていて突然崩れると言う、恐ろしい事態に遭遇する可能性は無いと言うことだ。

 しかし、後の台詞が余計だった。


「試してみるか」


 カナタがやる気満々になっていた。

 腕まくりをして、ぶんぶんと腕を振り回してさえいる。


「いや……。別にかまわんが……」


 シスカが、フィトナが、周りの人々が冷めた目でそれを見た。

 するとカナタは不敵に笑って、全員を塔から離し始めた。


「下がっていろ。……もっと、もっとだ。……よし、そこでいい」


 普通の声ならば、ギリギリ届くだろう距離。

 それ程までに、カナタはシスカ達を遠ざけた。


 そしてカナタは「離し過ぎだろう」と言う呆れた視線を受けながら。

 一向に気にせず腰を落とした。

 半身になって、右手を腰に添えて。


「…………こぉぉぉぉぉ」


 大地を揺るがさんばかりの呼吸が響きはじめた。


「……あれ」


 なんかおかしい。

 シスカはそう思った。

 何故、主様の居る方角の風景だけが歪んでるんじゃろうか、と。

 シスカが、いや、彼女だけでなく、全員が目を擦った。

 そして再びカナタを見ると。


 カナタの姿がぶれた。

 と思ったら、右手を突き出した体勢に変わっていた。


「セェェイッ!!!」


声は遅れて聞こえて来た。


「え」


 そして気付いた。

 右手が。

 塔に突き刺さっていた。深々と。


「え?ちょっ?……あれ?」


 フィトナが再びごしごしと目を擦って、何度も何度もその光景を見た。

 どう見ても、右手が塔の中に埋まっているように見える。

 慌ててシスカを見ると、シスカは目と口をいっぱいに開いていた。


「ざっとこんなものだ」


 カナタの声に、フィトナが慌てて振り向いた。

 カナタの右手が塔から引き抜かれていた。

 どう見ても、塔に穴が空いている。


「いやいやいやいやちょっと待っておかしいっておい!え?なんで?うっそ?!」


 フィトナが慌てて叫んで走り寄り、カナタの右手と塔にあいた穴を幾度も見比べた。

 カナタは、人外とかそんなちゃちなもんじゃ無かった。


「…………」


 わしいらんくない?

 シスカは心の底からそう思った。


「それよりも。――見ろ」


 カナタはそう言いながら、塔にあいた穴に手を乗せて。

 壁を掴んで、手を手前に引いた。

 穴が巨大になった。


「ッ!?」


 そのこと自体も驚きだったが、フィトナやシスカは、中の風景を見て目を見開いた。


「……何だ、これ?」


 見えない。

 正確に言えば、何があるのか分からない。

 ただ視界一杯に、白い何かが広がっていた。

 いや、それは見覚えがある物の様な気が――


「見ていろ」


 思いつく前に、カナタは手に持っている塔の欠片を中に放り込んだ。

 下から、軽く放り投げた。

 その動作そのままに放物線を描いて塔の中に消えて。

 そして、白い何かに向かって真っ逆さまにすっ飛んで行った。


「……え」


 塔の欠片は、白い何かに飲み込まれるようにして消えた。

 今のはまるで。


落ちている(・・・・・)だろう」


 そう、落下しているように見えた。

 横に。


「…………」


 不可解な現象に誰もが口を閉ざしていたが、カナタだけは別だった。


「つまりだ、あそこから入ったとする」


 すぐそばにある、塔の入り口を指差す。

 その指はそのまま穴に伸ばされ、塔の内部を指して、


「入り口は、あれだろう」


 塔の内側にある、入り口そっくりなオブジェクトを指差した。

 つまり、あの入り口から塔に入ると、


「真っ逆さま、と言うことだな。あの白いのは、雲だろう」


 横に落ちていくと言う仕掛けだ。

 そして言われて思いつく。

 あの白いのは、空に浮かんでいる雲とそっくりだ。


 普通に考えると、塔に入ったら、そのまま雲の上から落とされると言うことだ。


「……性質が悪いな」


 フィトナが呻いた。

 ではここから入った今までの人間は、例外なく地面に。

 塔の反対側に叩き付けられた、ということになるのだろう。


 フィトナは同時に安堵した。

 それが分かっているのならば、安全な入り口を。

 つまりは今の地点と反対にある入り口を使えば、安全に入ることが出来るのではないかと。

 あるのかどうかは怪しいが、しかし無くても、他の入り口であれば確実にこの入口よりはマシになる。


 今回は塔に入ることは諦めて、別の入り口を使えばいいと考えて、カナタも当然そう思っているだろうと考えた。

 甘かった。


「よし。では行くか」


 カナタはあっさりと言った。


「え?!」


 フィトナばかりか。


「え?!」


 シスカも驚愕に眼を見開いた。


「いや、落ちるって、自分で言うたじゃろう!?」


 シスカは、「何言ってるんだこのキチガイ野郎!」と言う目でカナタを見ながら言った。

 カナタは心外そうに眉を顰めて。


「……言ったが。良く見ろ。雲の間に木が見えるだろう」


「…………」


 よくよく見れば、雲の間から、辛うじて緑色の何かが見える気がした。

 しかし、それがどういう意味なのか分からない。


「これくらいの高さなら問題ない。経験済みだ」


 カナタは頭のおかしいことを言い出した。

 正確に言えば、彼を扱いたジジイの頭がおかしかったのだが。


 ノーロープバンジージャンプに付き合わさせられるシスカは大慌てだ。


「いやいや!わしは――」


「無理か?」


 グッと詰まった。

 無理かどうかで考えると、恐らく無理ではない。

 『拒絶』と鬼の身体能力を総動員すれば、生きて着地することはできるかもしれない。

 だが、無傷では済まないと言う確信もあった。


 そう考えている間に、カナタはシスカは無理なのだと判断した。

 だがしかし。


「問題ない。シスカ一人程度なら抱えてもいける」


 カナタは恐ろしいことを言い放つ。

 周囲の人間を置いてけぼりだ。


「いや、でも今のわしは重くて!!あ、装備!装備でじゃぞ!?」


 シスカは慌てて捲し立てた。

 何せ、洞窟での財宝一式に塔へ登る為に用意された荷物が満載されている。

 見た目はいつも通りだが、重量までは変えられないのだ。


 だが。

 カナタはやはりおかしかった。

 ひょいっと。片手でシスカを抱え上げた。

 そして重さを確かめる様に、軽く腕を振って頷いた。


「好都合だ」


「え?」


 何が好都合なのか。

 その意味を問いかける前に。


「では行ってくる。朗報を期待していろ」


 未だにぽかんとしているフィトナたちに言うと、平気な顔で突入した。

 シスカを抱えたまま。


「え?好都合ってなんじゃ?待って。本当に行くの?ちょっと、違う入り口を使っ――ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!」


 カナタたちは、真っ逆さまに落下し始めた。


「舌を噛むぞ」


 絶叫するシスカに、カナタは冷静に言う。

 シスカが咄嗟に口を閉じると。

 カナタは唐突に、シスカを振り回し始めた。


「――――――――――ッ?!?!?!?!」


 現在猛烈な重量のあるシスカを使って、減速しているのだ。

 問題はシスカの同意を得ていないことと、シスカの体調を考慮していないことだった。


 視界が高速で動く、どころか形ある物を視界にとらえることすら出来ず。

 平衡感覚さえ一瞬で失って。

 手足の感覚さえも失った。


 だからこそ。




「着いたぞ」


 カナタが着地して、シスカを両足から地面に降ろした瞬間。


「オブゥッ、ップ!!えろえろえろぉ~~~~~ッ」


 シスカは倒れ込みながら吐いた。

 今まで良くもったと、褒めてあげるべきだ。

 髪もぼさぼさ、服も半脱ぎどころではなくモロ出しだ。

 今のシスカはそんなことにすらも気を回す余裕が無い。


 だがしかし、現実は残酷だった。

 着地して早々、シスカは垂れ流している最中だと言うのに。

 カナタは、凄まじい勢いで囲まれていくことを察知した。


「……シスカは休んでいろ」


 カナタは好戦的な笑みを浮かべながら言った。


「えろえろぉぉぉ……。うぉぉおっぷぅっ。おっ、げぇぇぇええぼっ!!」


 言われるまでも無く、シスカは胃の中の空っぽにする勢いでマーライオンの真似をし続けた。

 今にも死にそうな顔色だった。

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