01話 乙女の希望は砕かれて
はい。すいません。
ある日彼女は発生した。
そしてそれと同時に、彼女は自分が何者なのか、何をするために発生したのかを理解した。
後ろを振り向く。
そこには、魔道具の数々が乱雑に積まれていた。
見る人が見れば、人生を投げ売ってでも手に入れようとするだろう。あるいは家族や親友すらも騙して奪い取るかもしれない。
それ程の品々だった。
同じだと、彼女は思った。
自分と同じだと、魔道具を見て思った。
彼女は知っていた。
自分は門番なのだと。
この魔道具たちを守る、たった一人きりの門番。
そうでありながら、この魔道具たちを上回る、最高の道具なのだと。
彼女は理解していた。
そして待つ。
門番は、道具の様に。
自らを討ち果たし、財を手に入れる者を、ひたすらに待ち続ける。
そして、どれ程の時が経っただろうか。
彼女の前に、もう何人目かも分からぬ人間が立った。
「何を求めてここに来た?」
彼女は問うた。
門番としての務めを果たす為に。
悠久の時を生きて、枯れ果てた目をした彼女は。
「分かるだろう?」
人間は男だった。
中々に整った顔に、野性味にあふれた笑みを浮かべて。
自らの拳を打ち鳴らして、彼女に笑いかけた。
好戦的に。
「そうか」
彼女は淡白に答えた。
幾たびも問うて、幾たびも聞いた答えだ。
この目の前の男は、財目当てではない。
ただ、戦う相手を求めて来たのだ。
そう理解しつつも、道具は役割を果たす。
「言っても聞かぬじゃろうが……。言っておこう。疾く、去れ。今ならばまだ五体満足で帰れよう」
最後通知を。
だが彼女は、この通知に対する答えを知っている。
「そう言われて帰る奴は、こんなところまでは来まい」
男は、更に笑みを深めて言った。
「そうじゃな」
彼女は、吐息の様に呟いた。
「わしの力を知っておるか?」
己を身を弁えぬ、脆弱な存在に問う。
力を振るう前に去ってくれと。
無駄だから居なくなってくれと。
「『拒絶』と。そう聞いた」
男は答える。
全てを知ってここまで来たと、自信に溢れる顔が告げていた。
「そうじゃ。わしはその気になればすべての物を拒絶できる。人の身でそうなれば、どうなるかは分かるな?」
彼女は鬼族。
側頭部に二本の角を持つ、人外の存在。その第一世代。
その身は不死身と言われるほどに頑強で、あらゆる攻撃に耐え、そして特殊な、人の魔法如きではびくともせぬ、強大な力を持つ。
「無論だ」
それを知ってなお、男は不敵に笑っている。
彼女は疲れ果てた目を、男に向けた。
「……その腰の剣もわしには届かぬよ。近づくことすら出来まい。魔法ですらも届かぬのだぞ?」
例え万の軍勢で来ようとも。
例え鬼の血を引いていようとも。
彼女は一歩も動くことなく、その全てを消し飛ばした。
門番であるが故に。道具であるが故に。
「知っているとも」
もう年も忘れたが、どこぞの軍を消し飛ばしてからは一向に現れることのなかった、久しぶりの挑戦者。
その男は頷く。
「それでも来ると?」
無駄だと言うのに。
彼女は、無駄と理解してもなお言った。
「俺の力は『自信』だ。俺だけ知っているのは不公平だからな」
男はそして言った。
彼女はその時、初めて瞳に感情を宿した。
「『自信』?」
久しく動いた自らの感情に戸惑いながら、男に問う。
男は言った通り、自信に溢れて顔で胸を張った。
「そうだ。俺が俺を信じる限り、あらゆるものが俺には通じない」
彼女の心は、再び騒めいた。
『能力持ち』。
彼女と同じく、頂上の力をその身に宿すと、この男は言った。
「……そうか」
それならばあるいは。
あるいは自らを負かせてくれるかもしれない。
当の昔に枯れ果てていたはずの想いが、今この時微かに揺れ動いた。
彼女にも、希望に溢れていた時があった。
発生してから何年か、それは覚えていないがわずかな間、希望を持っていた。
自らを討ち果たし、従えて。
共にここを抜け、二人で連れ添い旅に出る。
乙女の様な希望を抱いていた。
それも、人の弱さを、自分の強さを知って枯れ果てた。
抜け出すことも出来ず、自らを道具と断じて、ただひたすらに苦痛の人生を耐えて来ていた。
あるいは、それが今終わるかもしれない。
彼女は、久しぶりに期待と言う感情を得た。
「では、行くぞ!」
男が叫び、一歩足を踏み出した。
その瞬間、彼女の『拒絶』が発動した。
道具である彼女には、手加減することが出来ない。
彼女の力が見えぬ壁となり、男に叩き付けられた。
通常であれば、そのまま壁に叩き付けられて即死。
魔法で防御しようとも、防御ごと叩き潰す。
回避しようにも、全方向に向けての個人狙い。
避けようがない。
そして彼女は結果を見る。
「……。――?!」
「言っただろう。俺には通じないと」
果たして彼女の期待通り。
男は先ほどと変わらぬ姿勢で立っていた。
全身、かすり傷一つない。
この一撃、これまでの人生では防いだ者など皆無だったと言うのに。
「き、貴様……!」
彼女の頬が、真っ赤に染まった。
期待か、あるいは屈辱か。
とにかく彼女は理解する。
この男の能力を。
この男は『自信』と言った。
『自信』を持つ限り、この男には傷一つ付けられぬと、そう言うことなのだろう。
――彼女の、『拒絶』を以てしても。
それはどれ程の自信か。人の身で、鬼の攻撃を耐える。耐えきれると、心の奥底から信じている。
それはどれ程傲慢な想いか。そしてそれを成せる、この男の心の強さよ。
「俺は、俺の最強を知っている」
男はただ、当然のことの様に呟いた。
そしてまた一歩、踏み出した。
「貴様ッ!!」
対して、彼女は一歩下がった。
「どうした?まさか一度だけ、ということもないだろう?」
男は不敵に、ニヤリと笑った。
「――――ッ!!」
彼女は門番として、また再び『拒絶』を放った。
はっきり言おう。
これまでの長い人生の中で、最強の一撃だったと、自信を持って言える。
何故なら、彼女は本心から『拒絶』を放ったのだから。
――だが男は無傷だった。
また一歩、彼女に近づく。
「貴様ァァア!!」
彼女は、余すところなく白い顔を真っ赤に染めた。
耳の先から角の先まで。
真っ赤に染めて、男から目を逸らした。
「服はどうしたぁーッ?!」
男は全裸だった。
最初の一発を叩き込んだら、服だけが消し飛んだ。腰にさしてあった剣すらも。
男は無傷だ。ち○ち○が揺れてすらいなかった。
彼女の絶叫に、男は『む?』と首を傾げて、自分の体を見下ろした。
芸術と言っても差支えない程、完璧な肉体美だった。
そして一度頷き、堂々と仁王立ちした。
ぶるん!と何かが揺れた。
「お前の『拒絶』で消し飛んだようだな。だがこの通り。俺は無傷だ。――ああ、武器が無いと思うなよ?あんなもの、ただの飾りだ」
「前を隠せぇーッ!!」
男が何を言おうが、彼女の脳には何も入って来なかった。
苦節ウン千年。異性の裸を見たこともなく、知識だけで知っていた彼女に、いきなりの全裸はハードルが高すぎた。
元々が乙女だっただけに、ダメージはなおさらにでかかった。
だが、彼女の魂の叫びも、男は鼻で笑った。
「戦場でそんな隙を見せるとでも?」
小馬鹿にするように、全裸が笑った。
彼女は青筋を立てて男を睨み付けようとして、慌てて全裸から目を引き剥がした。
そして財宝の中から、少なくとも股間部だけは隠せる物を男に放り投げようとして、
「ええいこのっ!!そうじゃっ!!こ、これを……!ああ?!いかん!触れぬ!」
門番故に触れないことに愕然とした。
「……何をやっているんだ?」
全裸は訝しげに、彼女の一人芝居を見る。
来る気が無くても、こちらは構わず行くぞ?と、ぺたんぺたんと足を進める。
「ちっ、近づくでないわぁっ!!」
彼女は飛び離れようとして、やはりできないことに歯噛みする。
「そうしなければ、お前は倒せんだろう」
ぺた、ぺた、と全裸が歩み寄る。
彼女は決死の覚悟を決めた。
「ぬっ、ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
全身全霊で、雨あられの様に『拒絶』を叩き込んだ。
彼女もここから出たい。
その為には負ければいい。
負かしてくれる相手はここにいる。
だがしかし、彼女は乙女なのだ。
負ければ、全裸の変態の所有物になる。
断固として、その未来は認めたくなかった。
だから必死に抗った。
「うおおおおおおおおおお?!」
――だが全裸は居た。
目の前に。
あれ程攻撃を受けても、傷一つなく。
――否。
「……やるじゃないか」
頬が、微かに赤くなっている。
あれ程の攻撃をしても、たったこれだけのダメージしかなかった。
絶望しかけた彼女は、己を奮い立たせた。
違うのだ。逆なのだ。こちらの攻撃は通じたのだ!!諦めてなるものか!!
「こ、この変態がっ!!」
彼女は魂の叫びをあげた。
そして再び雨の様に『拒絶』を叩き込もうとして、
「――?!な、なんじゃそれはぁ?!」
愕然と、ソレを見た。
「ふっ。久方ぶりの『戦い』だ。猛る心が抑えきれぬのさ」
象さん<ぱおーん!!!
「うおおおおおおおおおおお?!隠せぇ!!隠さぬかぁ!!」
彼女の絶叫は、しかし無視された。
「行くぞっ!!」
歩いていた男が、遂に駆け出した。
「ぎゃああああああああああああああああああああああ!!!」
ぶるん!ぶるん!と揺らしながら迫って来る変態に、彼女は涙を浮かべて全力で攻撃をした。
だが全裸は止まらない。
あっという間に間合いに入ると、
「セァァッ!!」
恐ろしいまでの速度の踏み込みと同時に、拳を叩き込んで来た。
踏み込んだ足の形に、地面が陥没するほどの威力だ。
「ぬぉぉ!?」
さしもの彼女でも、その攻撃を喰らえばダメージはあるだろう。
だから必死に回避しようとしたが、胴体の中心狙いだ。
右左、どちらに逃げても回避しきれない。
かと言って、後ろにはさがれない。
ならばと、彼女は両手で腹をブロックした。
ズシン!!と、強烈な衝撃が彼女の両腕を、否、全身を襲った。
恐ろしい一撃だ。鬼のこの身を震わせるとは、どれ程練り込んだ一撃なのか。
「くっ!」
これほどの自信も頷ける!そう思うと同時、男の口がニヤリと吊り上がるのを見た。
「――ッ!!」
理解した。今のは、防がせるための攻撃だったのだ。
その証拠に、いま彼女の身体は動かない。あと1秒もあれば回復するだろうに。
あるいは回避していれば、腹を多少抉られていただけで済んだかもしれないのに。
それならば、鬼の身は即座に治してくれただろう。
その1秒が致命的だった。
全裸が姿がブレた。
「――は?」
一瞬後に見えた光景に、彼女は全てを忘れた。
文字通りに頭の中が真っ白になった。
一言で言えば、全裸の大股おっぴろげ。
胴体も顔も見えない。
足と、尻と、象しか見えない。
それが彼女の眼前にあった。
「もらった……!!」
彼女にとってそのセリフは、ぱおーんが言った様に聞こえた。
次の瞬間。
顔に、ぐにょんと生暖かい感覚が。あと、ちょっとチクチクした。
「――――ぎょえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?!?」
彼女が全身全霊を振り絞った、魂の絶叫をあげた。
狂ったように『拒絶』を振りまくが、全裸は両足で彼女の頭を抱え込み、完全にロックした。
「ぬんっ!!」
バタバタと暴れる手足の動きなど意にも解さず、全裸は空中で身をひねり、彼女の体を引っこ抜く。
彼女の顔に押し付けられたものが、割とヤバイ感じに擦りつけられた。
「ッッッッッッッ」
彼女は本能の叫びに従い、全てに変えても、俊敏に口を閉じた。
紙一重だった。いや、髪一重だった。
良かったと安堵すると同時に、わしのファーストキスってどうなるんじゃろうと思った。
その瞬間、地面に脳天から叩き込まれて、意識がブラックアウトした。
最後までその口は、堅く閉じられたままだった。
前作も楽しかったのですが、疲労が凄かったので、毎日更新はムリゲーです
文字数を多くするとどうしても!