Mission6 父、襲来
10月。あれから3ヶ月と少しが経ち、太一と凪の二人も、すっかり基地生活が板に付いていた。
その日の昼休み、太一達二人は、第一中隊の第一小隊メンバー。江崎 柄奈と、入屋 創真と共に昼食をとっていた。
「其処まで言われてもまだ反抗するのよ!?コイツ!!いい加減フォローする方の身になりなさいって殴りたかったわ!」
「うるっせぇな……だったらしなきゃ良いんだフォローなんざ」
「そう言う事言うのは自由だけど、フォローしてなきゃとっくにクビよ創真」
「…………」
面倒臭そうに言った創真にぴしゃりと返して、柄奈は彼を黙らせる。
「あははは……」
「ま、わかるって言えば分かりますけどね〜。此奴にも訓練中に何回「出来るか!」って言いたくなったか」
「あう……ごめん……」
太一の呆れたような発言に俯いて謝る凪。それを見て、柄奈が苦笑気味に言う。
「まぁ、神崎さんの機動はたまに予想の斜め上を行くもんね」
「っは……俺から見りゃ、片倉がもっと錬度高めりゃついてけるレベルだと思うがなァ?神崎だってそれに期待してんじゃねぇかァ?」
ニヤニヤと言う創真に、凪は戸惑い、太一は言葉に詰まる。
「え、えっと……」
「ぐ……仰る通りで」
三か月前には想像もしなかったが、今では創真とも、こうして太一たちは食卓を囲めるようになっていた。
と言うか寧ろ、今では共にシュミレーター訓練すらするような仲になっているのだ。
相変わらず創真は凪に負け越し中だが、太一よりも錬度が高い為凪にはよい練習相手になるようだ。
その太一はと言うと、凪や創真の機動から技術を盗んだり、教えるのが上手い柄奈にアドバイスを受けたりと必死である。
他にも、太一と凪は特にコンビで飛ぶ時の手法を学ぶのに、創真達にかなりお世話になっていた。
と言うのも、実戦で時折使うらしい創真と柄奈のコンビによる戦闘機動が、とんでもなく強かったのだ。どの程度強いかと言うと驚くなかれ。“凪が圧倒される”レベルである。
一度凪と、柄奈&創真のコンビで空戦をしたのだが、何とあの凪が二分で撃墜され、しかもその間ずっと攻性に回れなかった。ちなみに、太一に至っては一分持たなかった。
曰く、二人はずっと二人でやって来たため、実戦では生存率を上げる為に二対一で敵機を相手にするのを新人時代はデフォルトとして想定、訓練していたらしい。
そしてこの二人の息がまぁなんともピッタリで、結果気が付いたら二対一なら日本空軍の誰にも負けなくなっていたのだという。
「ま、二対一だから自慢にもなりゃしねぇがな」と本人達は言っていたが、いざ実戦となったらこの二人のコンビは味方にとってこの上なく心強いだろう。
「でも片倉くんも最近腕上げて来てるからね。神崎さんに追い付ける日も近いわよきっと」
「だと良いんっすけどね……」
言いながら、太一は深めの溜め息を吐いた。
この数ヶ月共に訓練をしてきたが、太一と凪の実力差は埋まるどころか開く一方だった。
まあ有る意味当然と言えば当然だ。
凪と太一の能力向上のスピード差は、それこそ徒歩の人間と全力疾走している人間のそれ程に隔たっているのである。差が開くのも無理は無い。
今の所、凪の飛び方の癖やパターンを理解して分析、彼女の次の飛行を予測する事で何とかなっているが、それも何時まで続くやら……
「…………」
「む……」
太一の溜め息のせいだろうか。少し不安げに目を伏せた凪を見て、柄奈は口を尖らせた。
「もう、片倉君?そう言う事言うと、神崎さん気を使って上手く飛べなくなっちゃうわよ?」
「へっ!?」
「ぐっ……うっす」
そう言われると立つ瀬の無い太一は、言葉に詰まると頭を掻いて頷く。
太一の仕事はあくまでも凪と共に飛ぶことだ。しかしだからといって小隊内でも隊長に次ぐアタッカーである凪の力を、太一の力不足の都合で制限したのでは意味がない。
凪には全力で飛ばせつつ、経験の浅さから来る隙を互いにフォローし合うのがコンビで飛ぶ最大の理由でもあるのだから。
「宜しい」
「え、えっと……」
「“ごめん”は無しだ。俺が悪い」
「う、うん……」
うんうん。と頷いた柄奈を見て柄奈と太一を交互に見て頭を下げようとした凪に、先にそう告げて、太一はふむ……と息を吐いた。
どうでも良いがいい加減やたら謝る癖直した方が良いな。と太一は感じた。
と、そんなときである。
テーブル脇から、不意に声がかかった。
「あ、居ましたね。片倉君、神崎さん!」
「え?あ、西島中尉……」
「どうも。いやぁ、お食事中にすみません、江崎さんも入屋くんも」
微笑みながらぺこりと頭を下げる西島に、柄奈はにこやかに返す。
「いえ。問題ありませんよ」
「……」
創真は軽く会釈をしただけだったが、西島は彼の性格を把握しているのか徳に不快そうにもせず微笑む。
そうして、彼は太一と凪の方へ向き直ると、少し楽しそうに言った。
「本日の午後の集合は1400に小隊室だと、小川大尉から伝言です。メールで伝えようかと思いましたが、丁度よくお二人を発見できたので」
「1400ですか?珍しいですね……」
普段昼休み後の集合は大体1330ごろである。時間に厳しい小川大尉にしては突然予定変更と言うのは珍しい。
「今日は少々お客様が見えるそうですよ?」
「お客様……ですか?」
「はい、それでは、私はこれから小隊室に向かいます。時間は守るよう、よろしくお願いしますね?」
「「了解しました」」
言うと、西島は一つコクリと頷いてその場をだった。
「お客様……誰だろう?」
「さぁな?」
凪の言葉に、太一は肩をすくめた
────
同日 1350
「もう、いらっしゃってるのかな?」
「多分な。誰だか知らんがわざわざウチ何かに何の用だよ……普通大隊長室とかじゃねーの?」
「そうだね……どんな人なんだろ?」
そんな話をしながら、太一と凪は小隊室の前に付く。コンコンッと二度ノックすると、中からすぐに答えが返って来る。
「入れ」
「「失礼します!!」」
大声で言ってからドアを開け、中に入っていく。
其処には普段二人の男がいるのだが、今日は案の定、三人の人影が有った。此方を向いている二人は分かるが、三人目は太一達とは逆方向を向いている為に顔が見え無かった。唯後ろ姿だけでも分かる。男だ。体つきはがっしりしていて、大体小川大尉と同じくらいだろう、典型的な鍛えられた軍人の体だ。短めに荒くカットされた髪は黒く、全体的に根っから軍人と言った感じの後ろ姿である。
「来たか」
「はいっ」
「……え?」
「?神崎?」
小川の言葉に太一が返事をする、と同時に隣の凪から小さな言葉が漏れて、太一は首を傾げて彼女を見る。其処には目を見開いて、驚愕の表情で目の前の客人の背中を凝視している凪の姿が有った。
「片倉 太一准尉か。話は聞いて居る」
聞き慣れない声のが聞こえた。恐らくは客人の物だろうそれに、太一は硬直する。見ると、客人はゆっくりと振りかえっていた。
「娘が世話になっているそうだな、よろしく頼む」
「え、あ、はい!片倉 太一 准尉です!は、む、娘?……え?」
「お……」
太一が疑問の声を漏らしている間に、隣の凪が大声で回答を言った。
「お父さん!!!」
「うおっ!?」
突然飛び出した凪が、一直線に父親……神崎 進 大尉に近づいて行き、その胸に飛び込む。
進は驚いたような、しかしそれ以上に嬉しそうな顔で、それを抱き留めた。
「わぁ……!お父さん!ホントにお父さんだ……!!」
「あぁ……久しぶりだ。凪」
「うん……!」
「…………」
「ふふふ……」
「……っはは……」
本当に嬉しそうな顔で父親にしがみつく彼女に、進は微笑みながら応じ、小川は何と驚くべき事に口元にほんの少しだけ微笑を浮かべているように見える。西島は微笑みながらそれを見守り、太一もその余りにも少女じみた彼女と父親に中の良さに、思わず笑みがこぼれる。
しばしその情景が続いたが、やがて進は何かに気が付いたように凪の肩を押さえた。
「おっと……な……神崎准尉、今は仕事中だ。此処からは、階級で呼んでくれ?」
「あっ……う、うん。お父さん」
「凪」
「じ、じゃなくて神崎大尉!」
慌てたように言いなおした凪に微笑んで、進は「それでいい」と言うと、体を離した。
凪は少し名残惜しそうだったが、素直にそれに従う。
「さて……改めて、神崎 進大尉だ。この第四航空基地には、ある任務で来ているが、その折、小川大尉の計らいで先数日の間だけこの部隊と共に行動させてもらう次第となった。よろしく頼むぞ」
「は、はいっ!」
「よろしくお願いします!!」
言葉と共に太一は見事な、凪は少しぎこちない敬礼を見せる。
公私を分けるのに慣れていないのだろうか?父親の方は全く気負いの無い見事な答礼を見せているのだが……
────
「神崎ってよ、ファザコンだったりすんのか?」
「ふぁざっ……!?」
本日の午後の訓練はシュミレーター室での訓練だそうで、其処に向かう事になる。上官三人は少し大隊指令室に用が有るそうで、先にそっちに向かったので、今廊下を歩くのは太一と凪の二人だけだ。
「え、えっと、違うよ!?わ、私は確かにお父さんの事大好きだけど、その、さっきのはつい勢いでって言うか、本当に久しぶりに会ったから嬉しくなっちゃっただけで、ファザコンとかそういうのじゃ……」
「いや、普通の奴は其処で抱きつきにはいかねぇんだって。世間一般じゃそう言うのをファザー・コンプレックスって言うんだと思うぞ?」
「あうぅ……やっぱりそうなのかな……」
落ち込んだようにガクンっと頭垂れた凪に、太一はカラカラと笑って言った。
「ま、良いんじゃねーの?お前がやたら楽しそうに親父さんの話する時点で予想は出来たしな」
「えぇ!?太一君じゃあ、ワザと聞いたの!?」
ショックを受けたように聞いてきた凪に、太一はそっぽを向きつつ返す。
「さ~てな」
「ひ、酷いよー!」
騒ぎながら廊下を歩いて行く二人の背中は、数か月前よりも親しげな雰囲気が満ちていた。
────
「つえぇ……」
「えぇ、流石です」
「……腕は落ちていないか」
小川、西島、太一の三人が、三者三様の感想を述べた。
此処は毎度おなじみのシュミレーター訓練室。その少し大きめの画面に映っているのは、現在シュミレーター内で行われている、凪と進の親子対決だ。現在後ろを取っているのは凪だ。が……その凪が手玉に取られているように太一には見えてならなかった。
後方に付いた凪が機銃を発射するたびに、まるでそれを予想していたと言わんばかりに進の機体は一瞬前に凪が狙っていた場所から消え、その弾丸を回避する。おまけにそのまま回り込もうとしてくるので、凪は即座に機体を追跡に戻さなければならない。
それは、攻勢に出ているのはあくまでも凪の方なのに、その凪の方がプレッシャーを受けているように見える、何とも奇妙な決闘だった。
そんな事を思って居る内に、遂に凪の機体が進のそれから引き剥がされる。非常に小さな旋回で凪の旋回の内側へと食い込むように回って、彼女の後ろへ付いた。途端に今度は凪が回避機動を取り始めるが、進の機体はそんな凪の機体にピッタリと付いて行く。
「…………」
画面を食い入るように見つめながら、太一は思った。
恐らく、彼のあれは、長年の経験から、次に相手がどう動くかが予測出来るからこそ可能な事だ。
凪の機動は常識的な軌道に囚われないトンデモな物も幾つかあるが、それらは何度もしていたと言う彼女との訓練と、これまでに彼が闘ってきた多くの相手との戦闘経験で埋める事が出来る。
それにこれは太一の個人的な見解だが、恐らく進自身もトンデモ機動をする張本人な気がする。
そんな事を考えている間に、後方に回られた凪の元へと05式が迫った。
自機に追いすがって来るそれを、凪はフレアとチャフをまき散らしながら機体をはね上げて躱す。しかしその時点で既に進は上空へ舞い上がった凪の機体に向けて機銃を発射しており、逃げ道が塞がれた時点で終了、と思われた。
「はぁ!?」
しかし凪はそれを、今度は跳ねあがって機体の上下が逆になった状態でバレルロール。する事で、機体を反らして躱す。
「また驚くような機動をしますねぇ……」
「…………」
「いや、つーか……」
機体の安定を考えずバレルやるとかにホント無茶苦茶だな……等と思いつつ、更に画面に食い入る。
バレルロールから逆さま機体を地面に向けるように反転させた凪は、今度は縦に進の機体に回り込もうと迫るが、進の機体は凪がバレルロールをした分の距離をよりコンパクトな縦旋回で埋めており、二機は丁度正面から向き合う形になる。そうして、凪が五式を発射した。対し、進はミサイルを放たない。その直後……
「!?」
「おぉ……」
「アイツめ……」
ミサイルが突然空中で爆散した。至近で起きた爆発によって、凪の機体がバランスを崩す。
誤爆では無い。太一にも見えた。進の発射した機銃弾が、凪の神雷のウェポンベイの真下を通過し、発射された05式を貫いたのだ。
そうしてそのまま、目標を変えた機銃弾が、凪の神雷を正面から貫いた。
現実ならばコックピット直撃。パイロットは即死だ。
直後、「1P、撃墜」という、普段太一が座っていれば決して表示される事の無いメッセージが表示され、試合は終わった。
────
「うぅ……また負けた……」
「はっはっはっ。まぁ、まだまだだな」
落ち込んだような……というか実際落ち込んでいるのだろう声で言う凪に、進は朗らかに笑いながら彼女の頭を撫でて言った。
いまどきの女子高生がやられたら全力で手を払いのけそうな物だが、凪はというと少し嬉しそうに大人しくそれを受け入れている。
「あぁ、あのバレルロールは良かったな。あれには驚いた。やっぱり成長しているな、凪」
「ホント!?」
「あぁ、勿論だ」
「馬鹿野郎」
嬉しそうに聞いた凪に笑顔で頷く進の後頭部を、小川がクリップボードでバンッと叩いた。
「いつっ、健二、いたのか」
「何が良かっただ阿呆。神崎、あれは危険機動だ。基本的には使うな」
「う、は、はい……」
「なんだ、良いじゃないか健二、実戦ならアレで生き残るかもしれん」
ははは。と言って笑う進に、小川は溜息を吐いた。
「お前と一緒にするな阿呆が。入隊一年目のヒヨコがする機動でない事は明らかだろう」
「む、まぁそうだが……」
「そもそも進、お前娘だからと評価を甘くしているだろう」
「いや、そんなつもりはないが……」
「なら自分の部下が同じ事をしても同じことを言うんだろうな?」
「……悪かった」
普段の彼と比べると大分口数の多い小川に論破され、進は後頭部を掻いて頷く。
「……なんか、仲良いっすよね。あの二人」
「えぇ。自衛隊に入った際の同期なんだそうで、親友だそうです。二年ほど前までは舞鶴で遼機として飛んでらっしゃったんだそうですよ?」
ちなみに、舞鶴航空基地は国の軍備拡張の方針によりその規模を大きく拡大した基地のひとつで、旧海上自衛隊、現日本海軍が使用する舞鶴基地と並んで、現在は空軍の基地として機能している。当然だが、戦闘機も配備されている。
「へぇ……」
小川大尉にも親友がいたのか、と少々失礼な方向で関心すると、隣で西島がくっくっ、と笑った。
「……なんすか」
「いえ。何処となく似ていると思いまして」
「はい?何がッスか?」
西島が企むように笑う時はだいたいロクな事を言わない。少し警戒して聞くと西島は面白そうに言った。
「貴方と神崎准尉にですよ。最近は特に仲がよろしいようですし」
「……アイツの父親好きには敵わないっすよ」
西島の言葉に少し考えてから肩をすくめて言うと、彼は少し優しい笑顔を浮かべながら言う。
「親と友人は全く別の繋がりですよ。勝ち負けでは有りません」
「いや、別にそう言うつもりじゃ……それに俺は別に神崎との関わり合いで一位になりたい訳でも無いんっすけど……」
「おや、そうなのですか?私はてっきり……」
いつの間にかニコニコ笑いに戻った彼が言おうとした言葉を察して、太一は顔をしかめた。
「何が言いたいのか知りませんが、変な方向に妄想しないで下さい」
「ははは、これは失敬」
笑いながら言った西島を、太一はジト目で睨んで小さく息を吐いた。と、ひとしきり話し終えたのか、小川達が此方を向いた。
「さて、それでは……次は片倉准尉、貴官とやるとしようか」
「……え、自分、ですか?」
「あぁ。不満か?」
「い、いえ。ですが、神崎大尉は今一戦終えたばかりです。それに、自分ではとても大尉の相手には……」
「いや、俺の訓練では無い。あくまで片倉准尉の腕が見たい」
その言葉に、太一は戸惑った。何故わざわざ自分の腕を彼のようなエースパイロットが気にするのかが、理解できなかったからだ。
「自分の、ですか?」
「あぁ。自分の娘の遼機を駆る者の実力を知りたいと思うのは……そんなに不自然か?」
「い、いえそれは……」
「遼機は、相方の命を半分は預かると言っても良い存在だ」
「っ……」
「お、お父さん……?」
不意に言った進の威圧感が、明らかに先程までよりも増した。怒っている訳ではないが、その挑戦的な瞳から、明らかな闘気のような物が伝わってくる。
「[遼機は対象の味方が戦闘における危険に陥った際、その味方を援護、もしくは救援行動をする義務を負う]」
「ふふ、よくわかっているようだ。そう、そして片倉、貴官がふがいない遼機では、俺には少々都合が悪い」
「…………」
含むように笑って、進は値踏みするような眼で太一を見た。
ワザとやってんな。と太一は理解する。即ち自分は為されているのだ。「お前がこの部隊に居る価値のある人間かを証明しろ」と言われている。
確かに、この部隊に置いて自分は最も弱い。だが……いくら凪の父親とは言え他の部隊の人間に其処まで言われて引き下がれるほど、太一も大人では無かった。
「お、お父さん!何言って……!」
「神崎黙ってろ。分かりました。受けます」
「太一君!?」
驚いたように自分の方を向いた凪に、太一は苦笑する。
「別に唯の訓練だろ?何でそんな止めんだよ、もう一戦やりたいとかならこの後にしろよ」
「そ、そう言う事じゃなくて……」
呆れ気味に太一が言うのに対して、凪は何と言うべきか分からないように俯いた。
「ほーれ、分かったらモニターみとけ。親父さんの戦闘ちゃんと外側から見といた方が良いだろ?」
「そ、そうだけど……もうっ!」
何だか納得がいかないように凪は珍しく拗ねたような態度を見せて、モニターの方へと去っていく。
「よし、それじゃあお前が二号機、俺が一号機だ。構わないな?」
「はい。よろしくお願いします」
「あぁ、よろしく頼む」
頷きながら笑う進に、太一は少しムッとしながらシュミレーターに向かった。
────
「…………」
シュミレーターの中で、黙り込んで太一は考える。先程まで見た限りでの進の戦闘に置ける特徴から、彼の弱点を割り出そうとする。
――結論、現時点で有効な打開策、無し――
「だーよなぁ……」
ひとりごちながら、太一はやれやれと首を横に振る。分かってはいた。そもそも全力でやって凪に勝てない自分が、凪が勝てない彼女の父親相手に勝てる通りは無いのだ。だが……だからと言って、はいそうですねと早晩敗北を喫する訳にも行かない。
太一にとって、彼自身の面子など犬に喰わせようがどうという事もないが、自分が余りに不甲斐ない姿を見せるのでは、この半年下手くそな自分を指導してくれた小川大尉や自主トレに付き合ってくれた凪の面子まで立たなくなってしまうからだ。
「ん……」
と、ふと、半年、と言う所に引っかかって、太一は苦笑する。
『もう半年、か……』
彼女達と出会って案外と時間が経つのだな。と、妙な所で太一は感心していた。最近は、ヤケに時間が経つのが早い。
単に忙しさの影響か……あるいはそれだけ日々が充実していると言うことか……
「どれ……偶には日々の成果ってのを発揮してみますか……」
操縦桿を握り込みながら、太一はニヤリと笑って何かの呪文を唱えるように言った。
「……推して参る、なんてな」
――――
「っ!」
ミサイルアラートがけたたましく鳴り響く中、太一は機体を左旋回させながら上下逆さまに急降下。撒き散らしたチャフにミサイルが食いつくのをレーダーで確認する否や即座に機体を一回転させながら引き上げる。
「っ、チッ!」
コンマ数秒遅れて先程まで太一の機体があった場所を進の機体が放ったM61の弾丸が通り過ぎ、数発が神雷の主翼を掠める。が、機体操縦に支障は無い。そのまま跳ね上げた機体を、縦に回り込ませて進の神雷に食らいつこうとする。が……
『駄目か……!』
回り込もうとする太一の機体よりも、進の機体の方がコンパクトな円を描いて居る為に、全く回り込めず、寧ろ低速の太一の機体から全く離れる事も追い付く事もなく進の機体はついて来る。
旋回時に機体の旋回半径を小さくするには、機体を低速にする必要が有ることは少し考えれば分かることである。
そして巴戦……つまり旋回戦で相手の後方により効率よく回り込むためには、この旋回半径をなるべく小さくすることで、最終的な一回転までの距離を短くして相手の後ろへ回り込む必要がある。
但し余り速度を落とすと機体が失速して揚力を失い落下する危険性が有ったり、あるいは彼方の機銃のレンジに狙い易い低速の状態で入ってしまい穴だらけにされる可能性が有るのでその辺りの駆け引きもパイロットには求められるのだが……
進の場合、太一が上昇して機銃を躱された時には既に上昇を利用して減速を開始していたのである。自分よりも早く相手の方が速度を落とし始めているのだから、当然全体の旋回半径は進の方が小さい訳だ。
勿論それは進が太一が次に自分の後方に回り込もうとしていたのが分かっていたから出来た訳で……
『何れにしたってこれ以上は無理か……!』
既に旋回は下降も終わりであり、これ以上縦の旋回を繰り返すならば上昇だが、既に低速域の太一の機体がこのまま上昇を行うとストールの危険性が高すぎる。
機体が上昇に切り替わる寸前に、水平になった機体をそのまま左旋回に移して逃げる。低速域のまま回り込みたいのは山々だが、そもそも今もうすでに同一の速度で後方に付かれているのだ。このままの速度では機銃の餌食なのが分かりきっている為、太一は加速する。それもどうやら読んでいたらしい進の機体も速度を上げて付いてくる、レーダー上で優々付いてくる機影に、太一は歯噛みした。
『教科書通りってか……!』
太一の飛行は、あくまでも教本をベースにしたものだ。とは言え、それが間違っている訳ではない。教本と言うのはあくまでそれぞれの状況に対し最も効率の良い戦闘法が書かれているのから、もしあらゆることをその通りに出来る者がいるのなら、そのパイロットはあらゆる状況に関して想定できる限り最も効率の良い飛行をする事になる為、常に最善の一手が繰り出せる事になる。
即ち、そのパイロットは強い。が……最善と言うのはあくまでも地上における理論等に基づいた想定の上の話であって、それこそ本当に在りとあらゆる状況が有りえる実戦において、それが最高の一手であると言う保証は無い。
そしてその最高の一手を導き出す為には、凪のような才能と直感、もしくは進や小川、西島の持つ経験が必要だった。
その質が高ければ高いほど、戦場における最高の一手へ近づく事が出来るのだ。が、太一には、経験も、才能も直感もないのである。
『そりゃ退屈でしょうね……!』
しかし高望みした所で自分にそれが身に付く訳ではない。あくまでも太一は自分の手札を使って勝つしかないのだ。とは言え……今はそれが出来ずに圧倒されているのも事実なのだが……
「……~っ!」
放たれたミサイルを今度は機体をはね上げながらもチャフをばらまいて躱す。次に来るのは二発目か距離を詰めての機銃。どちらが来るかは、距離で大体分かる。勿論機銃なら至近。ミサイルならば自機に被害が出るのを防ぐために遠距離だ。
それらを判断する為に太一は目線だけを動かして一瞬レーダーを見る。
『なっ!?』
しかし驚くべきことか、進の神雷がレーダーから消えていた。
何処に消えた!?
『落ち着け!』
一瞬パニクり駆けた頭を、即座に冷静に引き戻す。
つい先ほどまで後ろを飛んでいた機体が一対一の状況で物理的に姿を消す等ある訳が無い。つまりあくまで消えているのはレーダー上だけ。進の機体自体は先程までと余り変わらない位置に居るのだ。
とは言えそれならそれで厄介である。この状況で、相手の機体を見失うと言うのは其れ即ち敗北にも等しい。
一刻も早く進の機体が何処に居るのか当たりを付けねばならない。
──太一は考える──
機体がレーダー上から消えたと言う事は、即ちあちらの機体のステルス能力が現在最大限に発揮出来る状態にあると言う事だ。
神雷はF-22に比べるとステルス性は低いが、それでもあらゆるステルス戦闘機が最もステルス性を発揮出来る状態と言うのは基本的に同じ。
ステルス性と言うのは原則的にレーダー波が機体に対してどう言った角度で当たるかによってその効果が大きく変わるが、最も効果を発揮出来るのは機体前面だ。つまり進の機体は現在太一の機体に対して機体前面を向けていると言う事。太一の機体が上昇を始める寸前に進の機体が下降を終える当たりだった事を考えるならば、現在上下逆さまの状態にある太一の期待に対してほぼ垂直な状態であると考えるのが妥当だ。
そうなると、恐らく進の機体が描いた機動は太一のそれに比べて大幅に旋回半径は小さい筈、必然的に機体同士の距離も近くなる。
=(つまり)……
「っ!!!」
太一は逆さまに航行していた機体を一気にひっくり返してバレルロールもどきのように軌道を強引に変える。直後、一瞬前まで太一の機体が有った場所を、機銃弾が通り抜ける。
『さっきもあったぞこんなの!!?』
つまり、進の狙いは一旦旋回を小さくしてからレーダーに映らない垂直の接近で一気に加速し、機銃弾でとどめを刺してからの離脱だったわけだ。
この結論を、太一は“0.2秒”で導き出して避けた。
「とに、かく……!」
チャンスとばかりに太一は進の機体を追った。
────
「…………!」
自機の中で、進は少しだけ目を見開いて、直後にニッと笑った。
数分後、太一の機体は呆気なく、進の機銃に撃墜されたのである。
────
「誕生日?」
「う、うん……」
其れから、数日が立って、いよいよ明日には進が舞鶴に帰ると言う日、その日は進の希望もあって夜に小隊全員で食事に行く(勿論未成年がいるので勿論唯のレストランだが)事になっており、その日の訓練は午前中で終わっていた。
ちなみに、明日は小隊全員が休みで有り、凪は進と二人きりで買い物に行くのだそうだ。
小川や西島、進は何やらまだ仕事や手続きが残っているらしいので小隊室に残っているので、現在太一と凪はとりあえず私服に着替える為に隊舎に向かっていた訳だが……
「お前、そう言うのはもっと早く買っとくもんじゃねーの?」
「そ、そうなんだけど!その、仕事で買いに行く暇が無くて、それにお給料も出たからちょっと大人っぽい物買いたかったんだけど、どう言うのが良いのか分からなかったっていうか……」
「やれやれ……」
ぼそぼそ言い訳染みた事を言っている凪に、太一は苦笑する。
何の話をしているかと言うと、どうやら進の誕生日が三日後に迫っているので少し速いが祝いたい。なのでプレゼントを買いに行きたい。と言う話らしい。
だがこの歳になって来ると父親のプレゼントにも其れなりの物を買いたくなる。だが何を買えばいいのか分からない為プレゼント選びを手伝って欲しい。と言うのである。
まったく当日になってそう言う事を言う辺り計画性の無い女だと太一は内心呆れるが、とは言えこの数日間進にはこってり絞られ、加えてとても良い教えを受け、経験を授けてもらった。その恩返しと考えれば、太一にも凪のそれに付き合う義務はあるか……
「ま、良いか。集合が、1830だっけか。今は……」
太一が腕時計を見る。1430。時間は十分にある。
「そんじゃ1500に集合していくか。むこう着くまでに四、五十分かかっけど……二時間もありゃ流石に選べるだろ」
「あ、ありがとう!良かったぁ……」
「プレゼント一つでどんだけ迷うんだお前は」
「あ、あははは……」
呆れ気味の太一に照れたように笑い返した凪を見て、それだけ父親が大切なのだろうな、と太一は思った。何しろ彼女の夢の原点だ、納得も出来ると言う物である。
「さてと、んじゃさっさと着替えて来いよ」
「うんっ」
コクっと頷いての寄宿舎ロビーを太一とは反対方向の廊下へと走っていく凪を見送ってから、太一は一人ごちる。
「どれ、んじゃさっさと着替えるか……」
────
「さて、とりあえずジャンルからか?父親へのプレゼント……っつっても贈った事ねーから良く分かんねーし、アドバイスとかは俺基準で考えるぞ?」
「うん。それで良いよ」
コクコク頷いて、凪は太一に続く。
太一と凪は、食事をするレストランがの最寄り駅に隣接されたショッピングモールに来ていた。
ちなみに当然ながら二人とも私服で有り、凪は白を基調とした温かめの格好をしていて、普段の彼女より幾分か年相応の印象を受ける。
モールの入口をくぐる所で、太一は凪に聞いた。
「で……何買うかはある程度決めてあんのか?」
「あ、えぇっと……」
言い合いつつ、凪は軽く太一から目線をそらす。
「あぁ全然全くな訳ねうん聞いた俺が馬鹿だった」
「言葉って、立て続けに言われると凄く凹むね……」
「そりゃご愁傷様さん」
言いながら、太一はふむん。と息を吐いてさっさと歩き出す。それに、慌てたように続くのを、ちょっとした勘違いをしている周囲は微笑ましい気持ちで見つめていた。
――――
「父親にプレゼントっつっても色々有るよな。ネクタイとか、メモ帳、変わったとこだと……酒?」
「でも、軍内だとネクタイは固定だし、メモ帳はお父さん持ってる。だとしたら……お酒かな?でも……」
「ん?」
すこし悩むような表情を見せた凪に、太一は首を傾げる。すると彼を見上げながら、凪は言った。
「その……正式に軍に入って初めてのプレゼントだし、形に残るものにしたいなって……」
「となると食い物は除外か……」
うーむ。と太一は唸る。しかしかといって私服を送るのは余り意味がない。あの歳の男性なら年に数日の休暇に着る服程度なら既に揃えて居るだろう。
だとすると……
「……つか、訓練生時代も一応給料は出てただろ?なんか買わなかったのか?」
軍隊では、一応訓練生と言う肩書きでも給料は出る。勿論微量ではあるが……
「出てたし、何か買いたいなって思った事は有るんだけど……お父さんに欲しいもの聞いたら、気持ちで十分だからお金は貯めろって……」
「あー、成程な……」
確かに彼女の父親ならそう言うだろう事は分かる。この数日間を過ごしただけでも充分に進が凪を溺愛しているのは分かったからだ。
「だから、今回は秘密で買おうかなって」
「了解。しかしそーすっとマジで手掛かりゼロで買うわけか……むぅ……」
考え込むように腕を組み、太一はブツブツと何かを考える。
そして、ふと気が付いたように言った。
「そういやさ、」
「うん?」
「神崎大尉って、胸ポケットにペン入れて無かったよな?そう言う人なのか?」
「え?あ、ううん」
言いながら凪は首を横に振った。
「お父さんの癖なんだ。何でか胸ポケットよりズボンの方にペン入れちゃうんだって。でも時々ポケット貫通したペンの先っぽが足に刺さるみたい」
苦笑しながら言った凪に、太一は少し考えてから結論を出した。
「……んじゃあれか」
「え?」
「ちょいと思い付いた。来いよ」
「う、うん……」
言いながら歩き出す太一に凪が早足で続く。向かった先は主に小物等を撃っているとある店の、文具売り場。
「ペンを買うの?」
「いや、ペンっつーか……これだ」
「?」
太一が持ち上げたのは、長方形の皮の何かだった。
「……ペンケース?」
「ん。ポケットに入れたペンが刺さるんだろ?」
「うん。そう言ってた」
「んじゃこれに入れて持ち運べばいい。二本物なら別にかさばらねーし、入れるのを忘れるってわけじゃねーだろうし」
「…………」
さらっと言った太一を、凪は唖然とした様子で見る。首を傾げながら太一は言った。
「ん、何か問題ありか?」
「え、う、ううん!そうじゃないよ。そうじゃないけど……太一君、凄いね、こんな速く……」
「いや、これくらい相手の状態見てりゃちゃんとたどり着く筈だが……」
「うぅ……たどり付かなかった私って……」
割と本気で落ち込み始める凪に、太一は苦笑しながら「ま、お前はな」と言って肩を叩く、凪としては慰められているのかけなされているのか怪しいのが大いに不満な所だったが……
「まぁ、お前の大尉……ってか親父さんの知識あってこその結論だからな。ほれ、ちょちょいっと選べ。此処で気にいったの無けりゃ、確か此処、もう一件くらいこういうの売ってるとこあるからそっち行くぞ。んで、会計だ」
「あ、うん」
そう言うと、凪はしゃがみこんでペンケースを選び始めた。
────
「やれやれ……」
その夜、太一は自室のベッドの上で天井を見ながら物思いにふけっていた。
さて、それから何とペンケースを選ぶのに凪が30分程かかり、太一にぶつぶつと文句を言われた後、二人は食事の席へと向かった。
食事は普通に美味かったと言える。
何時もの食堂のおばちゃんには悪いが、やはり金のかかった料理は相応に美味い物だ。勿論少ない予算の中であの味を出している食堂の主にも、太一としては頭が上がらないのだが。
ちなみに、太一の事は、どうやら進も認めてくれたらしかった。
良い方が妙だし、別段直接言われた訳では無かったが、アレ以降挑発的な言動は受けていないし、寧ろ多くの事を熱心に教えてくれたので、ある程度は認めてもらえたと思って良いのだろうと太一は考えている
まぁ模擬戦事態の結果はぼろ負けだったのだが……一応見どころが有ったと考えて……良いのだろうか?
「いんや、油断大敵……小川大尉の面子立てただけかもだしな……」
そんな事を言って、太一はふぅ。と息を吐く。
少し喉が渇いてきた。
────
「中々、楽しい数日だったぞ」
「お前の場合、娘と要るだけで十分だろう」
「おいおい、久々の親友の顔だって、勿論しっかり拝ませてもらったさ」
「どうだかな」
イヤミっぽく言いながらも、缶ビールを煽る小川の口の端には微笑が浮かんでいた。
なんだかんだ言いつつ、本当にこの二人は仲が良いのだ。
普段余り笑顔を見せない小川が、進と話している時だけは本当に自然な微笑を見せるのが、その証拠とも言えるだろう。
ちなみに先程までは西島もこの部屋に居たのだが、酒が弱いと言う事で一缶で自室に戻った。
苦笑しながら、進は口を開く。
「まぁ、お前の言っている事も当たってはいるさ。この数日見て来たが……親の贔屓目なしにも、凪は驚くような速さで成長してる」
「違いないな……アレは本物の逸材だ……良くも悪くも、お前に似ている」
「む、そうか?俺にはあそこまでの才は無かったがな……」
「春ごろに、夜間にシュミレーターの中で寝て整備を遅らせた事が有る」
「ぐっ!!」
小川が静かな声で言うと、進が息の詰まったような声を出した。
「い、今になって持ち出す話かそれは!?」
「違う。お前の娘の話だ」
「な…………」
予想道理の反応に面白がるような声で言った小川に、進は絶句する。何故なら殆ど同じ事を、進も新米の頃にした事が有ったからだ。
ちなみにその時は早朝偶々様子を見に来た小川に叩き起こされ、上官に二人揃って黙っている事になった。
今でもこればかりは二人とも誰にも話していない失敗だ。と言うか、そう言う失敗、実はかなり多かったりするのだが……
「しかし、今回はお前に知れたんだろう?どうしたんだ」
お前がタダで許す筈は無い。と言わんばかりに首を傾げた進に、思わず小川は苦笑した。
「片倉が、“相棒であるなら自分にも責任が有る”と言って、アイツを庇ってな……懲罰を二分しろと言いだした」
「懲罰を二分?っははは!!成程、無茶苦茶だが、通りは通って聞こえるな。それならお前は通しただろう?」
「む……何故だ」
「お前はそう言う奴だからな。厳しいようで、そう言う気誡には当てられる奴だ」
「……ふん」
少々面白くなさそうに言った小川にニッと笑って、進はビールをもう一口煽りつつ言った。
「それにしても片倉か……彼奴も、中々面白い逸材だな」
「あぁ……俺としては、彼奴の方に寧ろ興味が有る」
「だろうな。お前の好きそうなタイプだ」
「一々人の人格に対する理解を主張するな」
ふぅ……と息を吐いて、小川は言った。「すまんすまん」と謝る進は、面白がるように彼を見ている。
「お前も、初めの模擬戦の時見ただろう」
「あぁ。正直あの反応には驚いたな。不意は付いたつもりだったが……」
「いや、間違い無くついて居ただろう。あの角度では、今の神雷のレーダーではついて行けなかったはずだ」
「だとすると、彼奴にもやはり勘はある訳か」
「……いや」
感心したように言った進の言葉を、小川は首を横に振って否定した。
「正直な所、お前や凪のような天性の勘は彼奴には殆ど無いと俺は睨んでる」
「何?なら、あの反応は……」
「これまで何度か彼奴の訓練を見て、話を聞いた限りの推測だが……」
小川は真剣な顔でビールの缶を置くと、腕を組んで考え込むようにしてから言った。
「彼奴が時折見せるああ言った動きは全て……彼奴自身が“考えて”している事なのかもしれん」
「考えて……?あの一瞬でか?」
「あぁ。ああ言った動きをした彼奴に後から話を聞くと……論理的に筋道を立てた思考過程が回答として帰って来る。本人に高速思考の自覚は無いようだが、少なくとも動き自体は無意識では無い」
「…………」
小川の答えに、進は内心驚きを隠せなかった。
あのほんの一瞬で、現時点で其処までの一斉思考が出来るパイロット。その思考速度、精度がもし本物なら、彼は将来的に……
「ふふ……一気に二粒……お前も良い運をしているな健二」
「……さてな」
言われた小川は、くいっともう一つ、ビールを煽る。進もそれに習おうとして……
「む」
中身が無い事に気が付いた。
────
「ん~……」
寄宿舎の中、ロビーに当たる部分の、自販機の前で、太一は唸っていた。
喉が渇いたので少し何か飲もうと小銭を持ってきたのだが、余り糖分の高い物を呑むのはアレだし、かと言って茶は小便に行きたくなるのでこの時間に飲むには適さない。酒なら寝酒になるのだろうが、生憎と太一は未成年だ。だがコーヒーは逆に眠くなるしそもそも飲めない。
「仕方ねー、此処はポカリにするか……」
そう言って、自販機に小銭を入れようとした太一に、後ろから声。
「それなら、俺が奢ろう」
「っ!!?」
反射的に振り向くと、其処に進が立っていた。驚きつつも太一は反射的に右手を上げる。
「た、大尉……!」
「はは。敬礼は良い。軍務に付いているわけでもないからな。さて、それじゃ失礼しよう」
そう言うと、進は軽く太一の横から小銭を入れる。と、寸前に彼が言った事を思い出して、太一は慌てた。
「い、いえそれは……!」
「ん?なんだ?」
「た、大尉に奢っていただくと言うのはその……」
「ははは。まあ良いだろう、どうしてもと言うならそうだな……少し俺の話に付き合ってくれれば嬉しい」
「は……」
ニッ、と笑って言う進に、太一は少しだけ硬直した。
多分、タイミングや言い回しからして、元々そのつもりで声を駆けて来たのではないだろうか?
もしそうなら何故か……と太一は考えて……聞いてみればわかると結論を付けた。なので……
「わかりました。御馳走になります」
「あぁ」
笑いながら、進は小銭を入れるとボタンを押してゴトン。と音を立てて出て来たペットボトルを、太一に頬る。
「ほら」
「どうもです」
パシッと受け取りつつ、太一は脇に会ったソファに座り、蓋を開けて其れを一口含む。
進はビールを買うと、太一の正面に座った。
「それでその……話と言うのは……」
「ん?あぁ、そう身構えるな。大したことじゃない。凪は、遼機の片倉から見て、どんな具合かと思ってな」
「神崎、ですか?」
「あぁ。素直に思ってる事を聞かせてくれ」
苦笑しつつ言う進に、太一は少し考え込むように顔を伏せる。此処で世辞を言うのは簡単だ。だが、目の前の男性相手にそう言うのが通用するのかはなはだ疑問なのと、彼の問いには誠意を持って答えたいと思う心が、太一を制止させた。
思う通りの事をぶつけた方が、凪に対する誠意にもなる気がする……
「……ちょっと、ドジな所ありますよね。空戦以外だと気弱だし、座学も時々とんでもない間違え方したりするし、その癖空戦の事になると座学ですら逆にとんでもない機動を言いだしたりして、混乱するし、一緒に訓練してると、正直彼奴の感覚にはついて行けなくなる事もあります……けど」
「?」
面白がるように聞いて居た進が、太一が言葉を止めた事で首を傾げる。
太一は少しだけ苦笑すると、照れたように頬を掻いた。
「……彼奴と一緒に飛ぶ事には、自分なりに、甲斐……って言うのかな……そう言う、何処と無い楽しさを感じます」
「ほう。何故?」
「彼奴の飛び方って、何処となくスッキリしてて、好きなんです。唯純粋に空が好きで、そんな空に自分の夢を描ける彼奴の真っ直ぐな所が、俺みたいに人生に詰まって飛んでる奴と対比式に、眩しく見えるのかもしれません……でもそんな彼奴の飛行と一緒に飛べるのは、やっぱ、楽しいっつーか、好みの物が傍に有る感覚って言うのかな……彼奴の背中を守ってる事は、ちょっと、誇りなんです。俺の」
「っくくく…………」
「?」
太一の言葉に、急に進が吹き出した。首を傾げて太一が進を見ると、進はおかしそうにしたまま太一を見る。
「い、いや、済まない。しかし片倉。今の発言は何と言うか……聴きようによっては色々と違う意味に聞こえるな?」
「は……?」
含み笑いながら言った進の言葉の意味が分からず、太一は一瞬だけ頭を捻る。しかし……すぐに其れを理解し、大いに慌てた。
「っ!?え、あ、いえその、決してそう言う意味では無くてですね……!自分はただ純粋な意味で……」
「あぁ。分かっている。素直に、凪の人格と飛び方に好意的になってくれている事は十分に伝わった。ありがとう。そう言ってもらえると、俺も親の冥利に尽きる」
「あ、い、いえ。恐縮です」
頭を掻いて其れを下げる太一に、進は少し苦笑した後、安心したように言った。
「しかし良かった……」
「?」
「本当はな、帰る前にしっかり確かめておきたかったんだ。娘の隣を飛ぶ人間が、人格的に本当に信頼できる奴なのかを、な」
「…………」
「……実を言うとな、少しだけ、俺は後悔しているんだ」
「え?」
進の口から出た言葉を、太一は意外な物を聞く心境で聞いて居た。後悔しているとは一体……
「初めて凪に俺の戦闘機に乗っている姿を見せたのは、あの子が六歳になったばかりの頃だった。イベントで展示飛行をした時にな。それ以来、凪はしょっちゅう俺の飛行を見たいと言うようになってな……まぁ俺も可愛い娘にそんな事を言われては、見せない等とは言えなかったし、俺自身、少し舞い上がっていた。何度も何度も、あの子に航空イベントやそのほかの写真や映像を見せてな……その内に、小学校を卒業して、中学に入ったばかりの頃行き成り今すぐパイロットになりたいと言いだした」
「…………」
「正直、あの時は焦った。速すぎると思ってな……。だが……物は試しと思っていざシュミレーターを使った実技の試験を受けさせてみると……あの子は行き成り、とんでもない成績を叩きだしてきた。誰の目にも明らかだったよ。俺の娘が、パイロットになるべくして生まれて来た子供だってことは……」
「だから……」
太一が言うと、進はゆっくりと頷いた。
「才能があれ、憧れと言う形であれ……俺はあの子から、普通の少女として生きる事の出来る時間の殆どを奪ってしまったんじゃないかと思えてならない……本当は、同世代の多くの人間と関わって、少しずつ自分を成長させて、自らの生きるべき道を決めて行く事も出来た筈だ。普通の少女として、女として生きる道も、いくらでも選べた筈の……そんな道と時間を奪って……この人殺しの世界に引きずり込んで……其れが正しかったと、俺自身にはどうしても思えない……」
ふぅ……と息を吐いて、進は困ったように笑った。
「既に起きてしまった出来事と、上手く行っているあの子の行く末を、どうしても信じられないんだよ……情けない父親だろう?」
「……いえ」
その言葉に、太一ははっきりと首を横に振った。
「生意気を言わせていただけるなら、心から娘さんの事を考えておられる、とても良い父親だと、俺は思います。でも……心配はいらないと思います」
「うん?」
何故だと言いたそうに首を傾げる進に、太一は微笑みながら言った。
「彼奴の夢は、ちゃんと彼奴の事を成長させて、彼奴自身に、色々な事を考えさせてくれてます。彼奴は確かに普通に生きてる訳じゃないけど……けど、彼奴自身はその生き方を自分で選んだんです。他でも無い、自分の為に」
凪がこの道に進んだ本当の理由を、太一は彼女から聞いていた。其れは、まぎれもなく彼女自身の選択だったのだ。決して父親の性にしたり出来る物では無く、どうなったとしても彼女自身と選択だ。
其れを、彼女も良く分かっている事を、太一は知っている。
恥ずかしがり屋のあの娘の事だ。きっと父親には話していなかったのだろう。
けれど何時の日か彼女自身が父親に言うべき言葉を、太一が伝える訳にはいかない。だから、せめて欠片だけを。ほんの欠片だけを、伝えておく。
進が、凪と自分を信じてくれるように……ほんの小さな欠片を。
「……そうか……」
進は、言葉の後に、小さくそれだけを言って、頷いた。
やがてふと思い出したように、スッと立ち上がる。
「おっと、そう言えば健二を待たせていたんだった。それじゃ、そろそろ戻るとしよう」
「はい」
其れが話の終わりだと、何となく太一には分かった。
何となくこれが、当然の終り方のような気がしたのだ。
立ち上がると、二人とも男性宿舎の方へと歩いて行く。その途中で、進は呟くように言った。
「……やはり凪は、良い仲間には恵まれたらしい……片倉」
「はい」
「これからも、よろしく頼むぞ」
「……了解しました」
そう言って、二人の夜は終わった
────
翌日、進は凪と共に基地を出て言った。
基地の入口で見送った小川と西島に「娘を頼んだ」と言って、太一には、微笑みながら、けれど真っ直ぐな目で、太一の瞳を見つめて。
はい!いかがでしたか!?
と言う訳で今回は親御さんと顔合わせ……もとい。神崎父と会う話でした。
話の中では何度か登場していましたが、本編でも殆ど出番のなかった神崎進さん。
こちらではこんな人物になりました。
ただ実は草薙先生によると彼は根っから軍人気質で公私はちゃんと分ける方だそうで……その当たり、しっかり書けたかと言われると……あまり自信が無かったりします……。
さて、次回はいよいよ、物語が大きく動きだします。
まだまだ続きますが、どうかお付き合いいただければ幸いです。
……ワ-二ング!……
ここから先は、鳩麦がほかの艦魂作者さんのように少しちゃめっけのある事がしたかったために書いた、いわばおふざけです。
そう言ったものがダメだという方。安全のため、スクロールを即時停止。退却されるようよろしくお願いいたします。
鳩「どうもです!鳩麦です!さて、今回は凪の父である神崎進を登場させました。これでこの外伝の目的の一つの達成に一歩近づいた訳ですねw」
太「目的?なんだそりゃ?」
鳩「まだ秘密です。ふふふ……」
太「なんかやーな笑顔だなぁ……」
鳩「さて、それじゃ今回の外伝の外伝行ってみっか!!」
太「駆け足だな?」
鳩「まぁちょっと今回は長いから。では、今回は珍しく太一は登場せず、僕が本編でも大好きな在る二人のお話になります!尚、この外伝はあくまで妄想ですので、「こんな事が有ったのかな?」位に考えていただければ幸いです。ちなみにですが……今回は本編を271話まで読んでおられない方は、非読を推奨いたします!では、どうぞ!!」
Another:その日、その時起こっていたこと。
本編:第271話より
状況説明:ついにアメリカ・ドイツ艦隊との決戦に挑んだ機動戦艦、紀伊・大和・三笠を含む日本連合艦隊。
激しい航空戦と艦隊決戦を行う両者であったが、勇戦むなしくドイツ艦隊の持つ圧倒的技術力と破壊力の前に、紀伊を含む日本艦隊は敗北を喫しようとしていた……
1944年 機動戦艦《紀伊》内部。
「しっかりしなさい!」
日本軍に置いても屈指の天才科学者。天城彼方は、後部格納庫で損傷した際の瓦礫に巻き込まれ倒れた兵に駆け寄ると止血のために持っていた箱を開けようとした。
彼女の本職は科学者だが、実際に戦闘が始まってしまえば科学者としての知識等殆ど役に立たない。
故に実戦である今の紀伊の中では、とにかく走りまわって自分の持つ僅かな医療知識(それでも常人に比べれば膨大だが)を使って少しでも負傷者の命を生きながらえさせる事。其れが今の彼女の役目だった
担架を持ってきた兵士に応急処置をした兵士を受け渡して、一息ついた彼女に、後ろから声がかかった。
「おい、いい加減にしねえとあぶねえぞ彼方ちゃん」
「うるさい! そんなことい言う暇あったら手伝いなさいよ!」
「ついてないぜ」
その軽薄な声にイラついて大声で言い返すと、言葉の主はやれやれと言った風に肩をすくめた。
短い金髪と軽い口調が特徴のこの男の名は、ドミニク・ハート。以前満州基地へ向かう途中で凪が撃墜した戦闘機に搭乗しており、捕虜として捕獲した現在の敵であるドイツ神聖帝国の元戦闘機パイロットだ。
彼方は彼の監視役であり、同時に彼女は自分の仕事の一部(と言っても完全な雑用だが)を強制的に手伝わせていた。
それ故、常に彼は彼方の傍に居なければならず、当然今の状況下においても逃げる事は許されていない訳だ。
男の軽薄な態度にイラついて、彼方はフンッと息を吐きつつ前を見た。その瞬間だった。
轟音とともに、至近……と言うよりも、彼方の殆ど真上で爆発が起こった。
「!?」
反射的に上を見上げる。すぐに手遅れだと気が付いた。
視界いっぱいに、大量の瓦礫が自分めがけて振って来ていたからだ。
────
爆発した天井が崩れ始めたその時には、ドミニク・ハートは走り出していた。崩れ始めた瓦礫が彼女目がけて降り注ぎ始めるのが、視界の端で見えたからだ。
彼方が真上を向くが、あれでは躱すのは不可能だ。
何時も自分に蹴りや拳を叩き込んでくる彼女ではあるが、その体はあくまで科学者であり、そして少女の其れであることを、上官の鉄拳と彼女の蹴りを比較できるドミニクは良く知っていた。
つまり、非常に脆い。当然、瓦礫が直撃すれば、間違いなく怪我では済まない。最悪の場合、死に至る可能性は十分に在りえた。
『くそっ……たれっ……!!』
既に体は全速力で走り出しているが、彼女までの数十センチがとてつもなく長い距離に感じる。全力で手を伸ばし、彼女への距離がもう少しと迫った所で、彼女が此方を向いた。
諦めを宿したその瞳と目が有って、思わずドミニクは叫んでいた。
「彼方ァ!!!」
前方に向けて、全力で飛ぶ。
普段は絶対に彼女には向けない全身の筋力を、今だけは彼女を突き飛ばす為だけに使う。華奢な少女の体は糸も簡単に吹き飛び、衝撃で目を閉じた彼女の体がスローモーションになった世界でゆっくりと落ちる瓦礫の範囲の外へと出た事を確認した瞬間……
『…………』
ドミニクは人知れず、唇の端だけで小さく笑った。
轟音と金属のぶつかりあう音とともに、視界が真っ暗になった。
────
「……う……」
全身に受けた衝撃に息を詰まらせながらも、彼方はゆっくりと上体を起こした。
生きてる……?と内心で一番初めに疑問に思う。自分は瓦礫の落下に巻き込まれて……確かに全身に衝撃が走った筈だ。
『一体……?』
疑問が頭から抜けないまま、彼方は周囲を見回して、足元を見た。
「ちょっ……!」
見覚えのある手が、脚に触れていた。
何時も女子に向けて変態行為を働こうとする女の敵。ドミニクの手だった。
「ちょっと何やって……!」
自分の足に触れたその手を振りほどこうとして……気が付いた。
「……ぇ……?」
ドミニクの腕の周囲に、ゆっくりと、円形に広がっていく、赤い絨毯が有った。
一目で血だと分かる其れは、彼方が固まる間にも少しずつその範囲を広げて行く。
自分の物では無い。何故ならそれはドミニクの方から広がって来ているのだから。つまり……
「…………」
ゆっくりと、ドミニクの腕の先に視線を移す。
見る事に躊躇うより先に、体だけが自動で事実を確認する為の動きをしてした。
そして、見た。
金色の髪が真っ赤に染まり、広がりゆく血の池の中でうつぶせに倒れ、上半身の上に幾つもの瓦礫を乗せた、余りにも何時もと違う姿の金髪の男。
「……ぁ」
其れは見間違えようもなく、ドミニクだった。
「……なに、してんのよ」
震えた声で、彼方は言った。
答えはない。
普段ならアホのように軽口が次々に返って来るはずのこの男の口から、今は一言の言葉も返って来なかった。
その事実だけで、今のドミニクの状態は知れる。
気絶しているか……あるいは、既に……
「…………」
耳に痛い静寂だけが、彼方の周囲にあった。
おかしな話だ。今も今とて周囲ではヘリが燃え、外壁が爆発し、此処ではない何処かへ瓦礫が降り注いで居るのに、彼方の周囲に有るのは静寂だった。
周囲の騒音を、鼓膜は感じているのに、脳が処理して居ないのだろうかと、まるで他人事のように彼方は分析する。
そんな分析能力も、次に起こすべき行動は教えてくれなかった。
思考が真っ赤になっていく。血の色に吸い込まれるように、彼女の思考が止まる。
……その時だった。
「(ピクッ)」
「…………!」
ほんの少しだけ。数ミリだけ、ドミニクの指が痙攣するように動いた。
『……生き、てる?』
生きてる……生きてる!!
彼方は即座に、ドミニクの手首から脈を図った。
……トクン……トクン……
「…………!」
まだ生きている。脈からそれを完全に理解するや否や、彼女は行動する。
血だらけのドミニクの肩袖をつかんで、思い切り引いて瓦礫の中から引きずり出す。
「……っ!っく……!」
しかし流石に成人男性一人分の重さなだけあって、引きずり出すのにはかなり力が居る。
幸い折り重なった瓦礫は美味い具合にドミニクの居る部分への圧力は弱かったようで、少しずつだが、ドミニクの身体が引きずり出されていく。その身体を引きながら、彼方は大声で叫んだ。
「衛生兵!衛生兵、来なさい!!重傷者よ!!衛生兵!!!」
目から溢れそうになる涙を必死に堪えて、彼方は何度も衛生兵を呼び続ける。こんな奴の為に泣いて溜まるかと、内心で何度も何度も繰り返しながら……
――――
「……ん?」
目の中に刺すような光りを感じて、ドミニクは目を覚ました。
ピッ、ピッ、と、すぐ近くから機械音がする。
「何処だぁ?此処……」
身体を起こしながら彼は言った。周りは白い壁に囲まれており、自分はベッドの上。横には心電図その他状態モニター機会で、其れは自分の指先に機会が繋がっている。結論。多分病院か病室のどっちか。
「えーっと……こういう時は……」
きょろきょろと周囲見まわして、ドミニクは目的の物を見つける。
在った。ナースコール。
「てか、俺どうなったんだっけ?」
そんな事を思いながら、ドミニクはそのボタンを押した。
────
「クッソ……何で野郎なんだよ……」
白衣の天使を期待してボタンを押したのに、担当看護師が男だった事に関して未だにブツブツ文句を言いながら、ドミニクは腕を組んでいた。
「男に付けんなら其処は美人だろ?何が楽しくて野郎の看護なんか望むんだっつーの……」
「……アンタに看護婦なんて付けられる訳ないでしょ」
「どあっ!?」
行き成り至近でした呆れ斬ったような声に、ドミニクは驚いて跳ね上がった。この部屋のドア、殆ど開閉音がしないせいで、誰かが部屋に入って来ても考え事をしていたりすると気が付きにくい。
顔を上げると、其処にドミニクの見知った顔が居た。
「あれ、彼方ちゃん。どしたの?あっ!俺のお見舞いに来てくれたのか!?」
「此処まで来るとホント腹立つ……」
頭を抱えながら言った彼方に、ドミニクは首を傾げて言った。
「そういや彼方ちゃん、俺どうしたんだ?今一こうなる前の記憶があいまいなんだけど」
「……は?アンタ覚えてない訳?」
「え?」
その通り。ドミニクは今一気を失う前の記憶があいまいだった。確か直前まで彼女と一緒だった気がするのだが……
「うーん……此処まで出かかってんだけど……確か……」
「……アンタの真上で瓦礫が崩れて、勝手に下敷きになったんでしょ」
「あ、そう……だっけ?」
「他に何が有ったってのよ。それだけよ」
「いやいや……もっと重大な何かが……」
うーんと考え込むドミニクに、思い出されてしまうとどうにも気恥ずかしくなる彼方は思わず……
「それしか無かった……ってのよ!!」
「ホグワッ!!?」
ドフッ!!と音を立てて、ドミニクの腹を殴りつける。
妙な声を上げた後、ドミニクは殴られた部分を抑えつつ痙攣したようにぴくぴくしながら泣きそうな声で言った。
「彼方ちゃん……おれ一応けが人……」
「あ、そだった」
流石に今回の傷が集中している腹を殴ったのは不味かったかと彼方は内心少し反省した。
しかし同時にその反応からドミニクが本当に無事らしいと知って、無意識の内に少しだけ安堵する。
「ふん……ま、それじゃ傷が治ったら又私の下に付くのよ。雑用が山積みに溜まってるんだから、さっさと治しなさい!」
「げぇ……俺しばらく入院してたい……いでっ!?」
「文句言うと殴るわよ」
「殴ってから言う言葉じゃないと思うぜ彼方ちゃん……」
殴られた頭を押さえるドミニクにもう一度フンッ。と息を吐くと、彼方はさっさと立ち上がって出口へと向かう。
本当は言うべきこともあった筈なのだが、忘れた事にしておく。
「そういや……彼方ちゃん、凪ちゃんは大丈夫か?」
「ん?あぁ、重傷だったけどね……命に別条は無いわ」
「そっか。そりゃよかった!えーと、そんじゃ彼方ちゃんは?見たとこ怪我してなさそうだけど、大丈夫なのか?」
「っ…………」
本当は、大丈夫では無かった筈だ。
あの瞬間、この男が、自分を突き飛ばしていなければ、今頃あのベッドの上に居たのは自分だっただろう。いや……あるいは自分では、とっくの昔に霊安室送りになっていたかもしれない。
だが、結果としては……
「見りゃわかるでしょ。ピンピンしてるわよ」
「ですよねー!!いやー、良かったぜ」
「…………アンタ、何でそんなにアタシ達の事かばう訳?」
「え?」
自分でも気が付かぬ内に、彼方はそんな事を聞いて居た。
問いの意味を一瞬ドミニクは理解し損ねたようだったが、すぐに理解したらしく、ニッと笑って返してくる。
「そりゃ彼方ちゃん、美人を損失する事は世界の損失な訳で……」
「あぁ、うん。もう良いわ」
「あれぇ!?」
言おうとした言葉を、即座に彼方は切った。この男の答えなど分かりきって居たのに何故聞いたのだ自分は……
「はぁ……ま、良いわ。精々さっさと治すのね」
「へーい……」
治した後に在る仕事を思ってか、少し嫌そうに返事をしたドミニクの声に小さく笑って、彼方は病室を出た。
───
「……彼奴には、感謝なんて内心だけで十分ね。うん」
等と、変な方向で自分を納得させながら
────
鳩「はい!いかがでしたか!?と言う訳で今回はドミニクと彼方の話でした。と言っても原作からイメージで視点を変更しただけですが」
太「へー、なんかつかず離れずッて感じだな」
鳩「正確には付かずやや離れ目と言ったところでしょうかw彼等の友人なんだか相方なんだかストレスのはけ口何だか良く分からない関係は見ていて面白いんですよね」
太「最終的にどんな形に収まんのかね……?予想つかねーな」
鳩「ですねwでは、今日はここまでです!次回からは物語の転がりだしを感じる事になると思います。其処からは……ではっ!