Mission4 Scramble
「……はぁ、だりぃ」
高度15000のF-22の内部で、創真は溜め息混じりに呟いた。現在彼の機体は第一中隊の第一小隊メンバーと編隊を組んで、ある空域へと向かっている所だった。理由は簡単。アラート待機しているところに、緊急発信命令が掛かったからだ。
侵入機は北海道の西側から日本の領空に近付いており、レーダー上に映る機影から、軍用機である可能性が高かった。
[こーら入屋ァ、アンタ無線オープンにして愚痴とは良い度胸だねぇ]
「チッ……」
[聞こえてるよ舌打ちすんなクソガキ]
無線からすこし成熟した女性の声が聞こえて、創真は舌打ちすると突っ込まれた。ハァ……と溜め息混じりに返す。
「すんませんでしたァ」
[これで少しは反省の色が聞こえる声なら説教のしがいがあるんだけどねぇ」
創真の謝罪に、声の主は呆れたような声で言った。無線の向こうに居るのは、山形 安岐少佐。この小隊の隊長で、なんと齢40を近い(39)おばちゃんパイロットだ。第二次日中戦争にも現役で参加していた古株で、ベテランらしい確かな腕を持っている。
この間の模擬戦でも、一中隊の小川大尉と十五分以上に渡る互角の格闘戦を演じていた。
[ははは。まあ、それはもう望め無いっすよ。一年以上ずっとこれだし]
[ですね。全く何時まで経っても成長出来ないんだから……]
「うっせぇ!!無線で私語すんな!」
他二人のメンバーの声と共に、無線内に爆笑が響いて創真は憤慨したように怒鳴る。
片方は相方である柄奈。もう片方の男は、この小隊の副隊長である宮川 明中尉だ。
と、そんな無線の中に不意に別の声が割り込んだ。
[ライオット各機、入屋少尉が言うのはどうかと思うが、彼の言うとおりだ。目標が近い。警戒せよ]
[ライオット1、了解]
[ライオット2、了解]
[ライオット4、了解]
「ライオット3、発言の前半への異議を上申する」
[ライオット3、異議を却下する]
「…………ライオット3、了解」
全く持って納得が行かなかったが、仕方がないので黙り込む。
頭を切り替えレーダーを見る。今は雲が邪魔だが、そろそろ目視出来るはずだ。
『どーせまた露助の大型機か何かだろ……』
今までにも何度も見た、日本の軍備拡張以降髪を逆立てて此方を警戒している北の大国が保有する灰色の機体を思い出し、創真は機体を傾けた。
――――
「おいおい……珍しい客だな……」
発見した機体の後方につきつつ、創真は驚いたような声を上げた。と言うのも、発見した機体が、ロシアの物ではなく、この辺りで見かけるのは珍しい、韓国の機体だったのだ。
韓国と日本は現在最悪に仲が悪い。
と言うのも、つい数年前、軍事力を取り戻した日本が竹島に奪還作戦(韓国側で言う所の“侵略作戦”)を展開し、竹島を完全に日本側の物として取り戻した為、韓国国内の反日感情が非常に高くなったのだ。
創真は別に敵が誰であろうとどうでもよかったが、日本の此方側(北海道)にまで韓国の航空機がやって来ている事には少々驚いた。
[ライオット隊各機、目標機、領空まで40マイル。通告を実施せよ]
[ライオット、了解。通告開始]
目標の機体のすぐ横に付いている隊長の山形の機体が、相手に国際緊急通信の回線で無線を入れた。
「|注目せよ(Attention)!|注目せよ(Attention)!此方は日本空軍である!貴機は現在日本の領空に接近している!直ちに逆方位へ変針せよ!繰り返す。直ちに逆方位へ変針せよ!!」
が……当然のように相手は此方を無視する。これが民間機ならばさっさと転身するのだが、軍機となるとそうもいかない事も多い。
と言うか、恐らく韓国軍が昔と変わらず此方をバカにしているのも若干あるのではないだろうか。と創真は少しだけ思っていた。だからと言ってミサイルを発射する愚は犯さないが……
そうこうしている間に、柄奈が写真を撮影し、指令室に送った。
────
『韓国機、か……』スクランブルをさせた航空隊から送られてきた写真をチラリと見て、CDC(戦闘指揮センター)の都築少佐は唸った。
別段驚きはしない。
現在の韓国には、一応だが運用できる空母すら備えた艦隊があるのだ。性能こそ日本の艦隊には遠く及ばないとは言え、それだけ技術がある国なら、北海道まで大型機の一つや二つを飛ばして来たところで、何の不思議もない。
「それに今は、時期が時期だからな」
明日には暦は7月に入ろうとしている。
7月の7日、俗に言う七夕の日に日本は、太平洋で大規模な海軍の演習を行うことになっているのだ。 当然、韓国、中国の両国は猛抗議をしてきていて、再三此方に演習の中止を求めてきていた。 まあ日本側は応じる気など一切無いのだが。
最近は他の防空圏でも領空ギリギリまで向こうの戦闘機が飛んできているし、此方側に来るのも予想はしていたのだ。
『いっそ、戦闘機なら此方もまだ対応が変わって来るんだがな……』
爆撃機ならば即時退去、輸送機ならば警告後誘導を行う所だが、戦闘機ならば話が別。その場合はロックオン位まではして良いだろう。と彼は考えていた。
さて、そんな事を思いつつ、都築少佐はもう一度機種の特定のために写真を見直す。
よく撮れた写真だ。相変わらずライオット隊のカメラは上手いなと思いつつ、機体の特徴から機種を割り出していく。
「……ん?」
と、不意に違和感を感じて、都築は写真をよくよく覗き込んだ。確かに大型機だ。しかし機体の各所から出ているこのアンテナのような物は何だ?そう考えてすぐに答えが出せたのは、半ば奇跡に近かっただろう。
『……違う!」
これは輸送機でも爆撃機でもない……突き出したいくつもの小さなアンテナの意味を、自分は知っている!
『電子解析機か!』
電子解析機、探査空域内に有る、レーダー波や無線波等を傍受、解析する事の出来るタイプの電子機で、主にその名の通り、敵軍のレーダー網を解析するためなどに使われる機種だ。
重要なのはその解析によって出来るデータによる敵軍の此方に対するピンポイントなステルス能力の向上の可能性で、例えば解析されたデータを元にして、日本のつかっているレーダーだけを避けたり、あるいは日本のミサイルにロックオンされにくくなる機体などを作る事が出来る……かもしれない。と言う事だ。
無論そんな機体がすぐに作れる可能性はかなり低い。しかし他の事とは言え、国防に関わる事である。「万が一」が有っては困るのだ。
即座に都築はオペレーターにそれを伝えると、彼は焦ったように無線のマイクをオンにした。
────
[ライオット隊!繰り返す!それは輸送機、爆撃機の類では無い!我が国の他国籍機の飛行規則に違反した、此方のレーダー防御網を解析する為の電子解析機である!直ちにその機を反転させよ!警告に従わない場合、撃墜を許可する!!]
突然入った緊張感のある無線に、反応は其々だった。
[撃墜……!?]
[こりゃ冗談じゃないっすね]
[らしいね、了解、警告開始!]
「…………」
即座に反応した山形が、国際無線で警告を始める。
[警告する(Warning)!警告する(Warning)!貴機の装備は我が国の飛行規則に違反している!!繰り返す!貴機の装備は我が国の飛行規則に違反している!!貴機が領空に侵入した場合、敵勢機として撃墜する!!繰り返す、貴機が領空に侵入した場合、敵勢機として撃墜する!!]
大声で怒鳴る山形少佐の声には、やはり迫力があった。あの声やたら腹に響いてくんだよなァ……と、創真は思い出しつつ警戒を続ける。
意外にも……と言うべきか。その警告の十数秒後、大型機はゆっくりと旋回し、領空とは反対方向へと進路をとった。
「…………」
既にデータが取られているかもしれない。そう思うと創真は安全装置を解除したくなったが、やめた。
その引き金は、間違い無く彼らとの関係を悪化させる。警戒状態の戦闘機の引き金は、場合によっては戦争の引き金なのである。増して相手が韓国ならばその可能性は無駄に高くなる。自分一人ならばともかく、この場に居る全員。いや、それ以外の名も顔も知らない大勢を巻き込む可能性を考えれば、その引き金は引かない方が利口だ。
そうして去っていく機影を、創真たちの機体は警戒ラインを出るまで見守っていた。
────
同じ頃、太一と凪は、ハンガーにやってきていた。
「……へぇ」
「これが……!」
「嬉しそうですねぇ」
「……あぁ」
理由は簡単。明日からこの基地の部隊でも運用が始まる、日本オリジナルの新型第五世代戦闘機との顔合わせに来たのだ。
「日本だけのステルス戦闘機かぁ……」
「おうよ。『神雷』これがありゃあこの基地の防空能力もガラッと変わるぜ」
凪の言葉に自慢げに言った夜長少尉が眺める先。彼等の前には、F-22に似た、けれども幾分か鋭さのあるフォルムをした、銀色の戦闘機が有った。
《神雷》。
《F-22》と日本が独自研究を重ねていたステルス戦闘機、《心神》のデータをベースにして、一撃離脱以上に格闘戦に重きを置いたタイプのステルス戦闘機である。
先日の訓練内で説明したように、第二次日中戦争以降の空戦に置いて、第五世代戦闘機同士の格闘戦は、すべからく「行われる物」として想定されるようになった。それを鑑みたうえで、これまでの第五世代よりもより格闘戦を主眼に設計、開発されたのがこの《神雷》だ。
格闘戦能力向上の為の機構を取り付けたなどの理由により、ステルス性能に置いてはラプターに若干の遅れをとる物の、その分加減速能力等の機動性、旋回性能等から来る格闘戦能力はあちらを圧倒的に上回り、総合的能力を見ればこの機体の方が性能は上であるとされている。
さて、人間、新しい者には基本的に興味をそそられる物である。
それは特に若い人間には顕著で、凪と太一も例外では無かった。テクテクと少し早足で機体に近寄っていく凪に、太一もこころなしが軽い足取りで続く。
「の、乗って見ても良いですか……!?」
「おう、良いぜ」
頷く夜長に顔をパッと輝かせて、凪はセカセカとタラップを上る。制服姿のまま戦闘機に乗る少女と言うのも中々シュールだな。と太一は思ったが、上に上がった凪が……
「わ、こんな風に……あ、此処はラプターと一緒……これは……なんだろ……」
こんな事を言っているのを聞くと、自然と隣に有る同一機に目が行ってしまい……
「…………」
ニヤニヤと笑っている夜長についつい……
「……すいません、俺も良いっすか?」
「おう、良いぜ?」
こんな事を聞いてしまう。
全速力で、太一は神雷へと走った。
────
「速く飛びたいね……」
「今回ばっかりは同感だ」
夜、シュミレーター室に向けて歩きつつ言った凪に、太一は返した。
今日はあれから着替えて神雷の慣らしとばかりに訓練飛行をしたのだが、ラプターを明らかに上回る神雷の機動性は、すっかり二人のお気に召してしまい、先程降りてくる時も名残惜しくて仕方が無かった。
ちなみに今日も今日とて彼等は神雷のプログラムがインストールされたシュミレーターを使いに行くのだが、やはり本当に空に上がるのとシュミレーターでは一味二味違うと言うものだ。
凪に至っては身体に掛かるGすら恋しいと言うのだから本当に飛行好きだ。まあ今回は太一もバカとは言わない。自分にも軽く伝染していたからである。
「あ、そういや神崎、これ、さっき大尉から預かったぞ」
「え?」
言いながら、太一は太めの長方形をした茶封筒を渡す。封のされていない物で、特に宛名が書いてある物でも無い。何だろうと思い中を手さぐりすると一枚厚めの紙が入っているようだ。表面はツルツルとしている。これは……
「あ、あの時の写真……」
それは一枚の写真だった。入隊して三日目に取った、第一小隊メンバー四人がF-22の前でとった写真だった。ガチガチに緊張した表情の凪と、そんな凪に対してなのか、苦笑気味の太一。それに何時も通り微笑む西島と、真顔の小川大尉。
「片倉君これもしかして私に笑ってる?」
「ん?あぁ、そりゃな。高々写真で何であそこまで緊張するのかと……」
ははは。と笑いながら言った太一に、凪は恥ずかしそうに反論する。
「だ、だって……!あの時、小川大尉が「これも軍務の一環だ」って言ってたでしょ?それに大尉私の真後ろに居たし……」
「あー、成程な。……けどよ、案外大尉も楽しんで無かったか?それ」
「え?な、なんで?」
あの大尉が楽しんでた?と言いたそうな顔で、首を傾げる凪に、太一は苦笑する。
「単なる予想だけどな。ほら、その大尉、真顔でも腕組んでるだろ?胸も何時もより張ってる気がするし、実はあの人なりにポーズ取ってるつもりなのかも……なんてな」
「えー、それはどうかな……?」
「ふふふ……」と笑いながら凪は再び写真を覗きこんで、少し納得したように言う。
「あ、でも確かにそう見えるかも……」
「だろ?あの大尉にも案外茶目っ気が……」
ゾワッ!と、全身に悪寒が走った気がして、二人は何故か全力で後ろを振り向いた。
しかし其処にはLEDで照らされた白い廊下が続くだけ。人の気配は無い。
「……なぁ、神崎?」
「な、何……?」
「今、大尉って隊舎に居る筈だよな……?」
「う、うん……定時には帰えられたはずだし……」
「「…………」」
数秒を駆けて、殺気を感じた廊下の奥に目を凝らし続ける。相変わらず廊下には誰も居ない……
「気のせい……だよな?」
「た、多分……そうだと思うけど……」
先程感じた悪寒は最早殺気に近い物を原因に発されていたような気がしたのだが……気のせいだ。きっとそうだと二人は納得して再び歩き出す。
まだ少々背筋がうすら寒かったが……
と、不意に、写真をしまいながら歩く凪が、こんな事を言った。
「でも、嬉しいな。こういうの」
「あ?嬉しい?今の悪寒が?お前ドMか?」
「違うよ……」
太一の余りの発言に、消沈したように凪が俯く。その様子に苦笑しながら、太一は利いた。
「っはは、冗談冗談。で?何が嬉しいって?」
「ん、うん……わたし、こういう写真、あんまり撮った事無いから……」
「?撮った事無い?」
「あ、うん……」
少し寂しそうに、凪は言った。
「小さい頃に、お母さんが死んじゃった……って話はしたよね?」
「……あぁ」
「だから、私家族三人で撮った写真ってあんまり家にも無くて……それに、中学校にも殆ど行かなかったから、あんまり仲良しな子同士で写真って撮った事無いんだ」
「……成程」
凪は現在15歳である。航空訓練学校の在籍期間は二年間なので、何と凪は13の頃から訓練を受けていた事になる。
近年、才能ある物が機体に乗る。と言う概念が強まったことで女性や極端に背の低い者も乗るようになった機体にはパイロットに合った調整が施されるようになったが、それでも凪のような物は当然ながら稀だ。
太一は、中学を卒業すると同時にこの世界に飛び込んだ。高校に進学するよりも、一刻も早く軍人になりたいという、確固たる意思があったからだ。
凪は、戦闘機乗りだった父にあこがれて、この世界に入ったと以前言った。しかし……憧れを叶えるのなら、もっとのんびりとして居ても良かったのではないだろうか?
「……速すぎた。って思ったりしねーの?」
「?」
「いや、俺がこんな事聞くのも、当事者じゃねーのにあれだけどさ……別にパイロットになるなら、もっと遅くても良かったんじゃねーかって。っていうか、普通そうだろ?」
太一の言葉に、少しだけ凪は動きを止めた。けれどすぐにその顔は苦笑に変わって、言葉を紡ぐ。
「うん……そうだね。多分、太一君が言う通り、ちょっと早かったんだろうなっては、自分でも時々思うよ……」
そこで、凪は言葉を区切る。
少しの間、沈黙が続いた。しかしやがて吹っ切ったように、凪は続ける。
「中学一年生の時にね……日中戦争のDVD、見たの。沢山護衛艦やイージス艦にミサイルが当たって……ラプターが、落ちる映像もその中にあった」
「…………」
「それを見てて、思ったんだ……私のお父さんはあんな世界で戦ってる。何時か、死んじゃうかもしれない世界に居るんだって……でも、そんなの嫌だった、お父さんが死んじゃったりしたら……私、どうしたらいいか分からなくなっちゃう……そう思ったら、怖くて堪らなくなって。気が付いたら、お父さんに言ってた……パイロットになりたい。今すぐなりたいって……」
少し自嘲気味に笑う凪を笑うような事は、流石の太一にも出来なかった。つまり……
「成程……お前が誰より強いパイロットになりたいって言ったのは……」
「……うん。多分私、心の中で、お父さんの事を守れるようになりたいって思ってるんだと思う……ううん。違うかな……誰より強くなって……私の、大切な物全部を守れるようになりたい。そう思ってるのかも」
「そりゃまた……」
大きな目標だ。
ある意味、“最強のパイロット”よりも大きいかもしれない。
「変、かな……?私って、やっぱりおこがましいのかな……?」
「……いいや……」
迷ったように言う凪に……太一ははっきりと首を横に振り、立ち止まった。
そうこう言っている間に、二人はシュミレーター室の前まで来ていたのだ。
「なら、さっさと神雷に慣れねーとな……お前の取り柄は、夢の為ならいくらでも頑張れる事……だろ?」
ニッと笑って、太一はシュミレーター室のロックにカードキーを通し、扉を開ける。
「う、うんっ!!」
コクリと頷いて、元気よく飛び込んでいく彼女を苦笑気味に見ながら、太一も又、後に続いてシュミレーター室へと入った。
────
彼女は、まだ知らない。
夢の為に必要なのは、たゆまぬ努力だけではない。
もう一つ、どうしても不可欠な物が、この世界にはある事を。
彼女にその素養が有るのか否か、それは、意外なほどに早く、試される事になるのである。
────
「ぐ……やっぱコーヒーはあんま好きなれないな……」
「おや、片倉くんは意外に味覚がお子様なんですね?」
「ほっといて下さい。だれだって苦手な物くらいあるでしょう?」
「ははは。これは失敬」
苦笑気味に太一に向けて笑った西島に口をとがらせて、太一は二つ目のガムシロップを濃い黒の液体の中へと投入する。
部屋の奥では凪がそんな二人の様子をクスクスと笑いながら眺め、隊長席では小川が無言でコーヒーを飲んでいる。
さて、本日、七月七日。そんなのんびりした情景の中だが、これでも現在彼等は、空軍の中でも最も重要な任務の一つに付いている最中だった。
《アラート待機》
簡単に言えば、領空侵犯の恐れがある機体が日本に接近した際に即座に対応に出る事が出来るよう、緊急発進の待機をする任務だ。
近年、日本の軍備強化に伴い、領空侵犯を行って来る航空機が減ったことで、スクランブルの回数は減りつつあるが、それでも年間通してだいたい四日から五日に一回ペースでスクランブルを行っている隊が有るのが実情である。
ちなみに第一小隊のアラート待機は今年に入って二度目。それ以前は訓練のみだった。
前回は、特にないごとも無くシフト交換の時間と鳴ったので問題なかったが、何時スクランブルがかかるか分からない以上、気は抜けな
GRYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY!!!!!!!
突如、待機室に設置された赤いベルが一気に鳴り響いた。と思った三秒後には、メンバー全員が隣接された格納庫に出ている。
「っ!」
とり着いたタラップを一気に駆け上がり、操縦席に体を素練り込ませる屋否や耐Gスーツのノズルを接続、機器のスイッチを全て入れる。酸素マスクをセットしていく間に機体の外部では次々に物理的なロックが解除されて行く。
「気いつけろよ!神雷の調整だって、まだ完璧にお前に合わし切った訳じゃねぇんだ!」
下から夜長の声が聞こえて、太一は付けかけたマスクを少しずらして叫ぶ。
「んな心配しなくても、少尉の整備に間違いなんざ在りませんよ!」
「ちげぇねぇ!!」
ガハハ!と笑う夜長に小さく笑って、太一はキャノピーを閉じる。
空気圧の音と共に閉じて行く透明なそれを少しだけ見まわしてから、太一は操縦桿に手を掛けた。既に目の前ではアラートハンガーの扉が八割方開いている。
機体後方ではエンジンが起動し、キィィィィィ……と言う高い唸りが聞こえ出している。整備員たちが、外部のロックを次々に解除している間に、太一はモニターから読み取れる自機の状態を全てチェック。機器のスイッチを入れていく。
最後に、機体下部のタイヤに付けられた車止めが外されると、目の前に居る誘導員が、小川の機体の前で前進指示を出し、機体がゆっくりと前進を始める。
西島、凪と指示は続き、やがて太一の無線に指示。
[インパルス4、緊急発進(scramble)]
「了解(Roger)」
機体をゆっくりと押し出し、前を行く三機に続き滑走路へと向かう。
既に小川の機体は滑走路で加速を始めている所で、次の西島の機体が滑走路へと入り始めている所だ。少し待つと、太一の機体にも何時ものように通信が入る。
[インパルス4、離陸後、方位(Vector) 256、高度(Angels)30、コンタクト、チャンネル1、復唱]
「インパルス4、方位256、高度 30、コンタクト、チャンネル1」
[インパルス4、復唱宜し]
凪の離陸を眺めてから、太一は機体を滑走路へと入れていく。
[インパルス4、風は微風、第一滑走路からの離陸を許可する]
「インパルス4、了解、離陸する」
一気にバーナーを吹かすと、機体は即座に加速する。
『やっぱ……速いな』
ラプターのそれよりもはるかに速い加速に内心で微笑しつつ、太一は操縦桿を引き上げた。
────
その通信がCDC入ったのは、小川隊全機が合流して、少し経ってからだった。
[インパルス全機に通告、目標は高度、38000をマッハ1.5で航行中。数は12。言うまでもないが、戦闘機だ。警告の予定に変更は無いが、念のため後方に回り込むよう針路を指示する]
[インパルス、了解]
「……戦闘機」
[それに、十二って……]
[先週の一団と、関係が有るかもしれませんね]
[……あぁ]
先週、突如飛来してきた韓国の電子偵察機の事は、太一たちも当然知っていた。あれ以降、基地内の全パイロットには韓国機に対する中尉を特にするよう呼びかけられてはいたが……
『十二機……三編隊……』
そんなイメージを頭の中に描きつつ、太一は操縦桿を握る手に力を込める。
その、数分後だった。
[インパルス各機、悪い知らせだ。敵機がそちらの方へ針路を変えた。そちらへ接触する目的で有る可能性が有る。此方も針路を目標機へ変更。又……万が一の事態を想定し、交戦に供えられたし]
[インパルス、了解した。全機……安全装置解除(All weapons free)]
[えっ……?]
[インパルス2、了解]
「っ。インパルス4、了解」
言うが早いが、太一は手元の計器を弄って全ての武装の安全装置を解除。ミサイルとバルカンが発射準備を終え、何時でも発射出来る状態に移る。そんな中、凪の了承が返って来ていない事に、太一は気が付いた。
[インパルス3、神崎准尉、応答しろ]
[あ、は、はい!了解しました!……あの、小川大尉……]
[なんだ]
[あの、撃つ事に、なるんでしょうか……?]
「…………」
ほんの少しためらったように問われたその言葉には不安が滲んでいて、実際、その不安は無理もないものだった。
即ち、自らの手で戦端を開く事になるかもしれない事への、自らの手で“戦争”の引き金を引く事になるかも知れない事への不安。
彼らパイロットが指を掛ける引き金は、そう言う重さを持った引き金である。それに不安を覚えない方が、おかしいと言うものだろう。
[基本的に、此方からは撃たん。但し、あちら側が撃ってきた場合は迷わず撃て]
[インパルス3、了解、しました……]
本当ならばレーダーロックをして来よう物なら即座に撃ちたい所だが、残念ながら領空に入って来てもいない相手にそれは出来ない。
凪の返答を最後に、通信は一旦切れ、隊は目的の空域へと進む。数分して、彼等は邂逅した。
「……多い」
「うん……」
正面に見えるのは、歪な黒い色のシルエットの機体。
所々の細かい部分は分からないが、恐らくは、韓国軍の第五世代機、洛陽K型だろうと思われた。
《洛陽K型》
中国軍が開発した、(コストや製造のしやすさの面で)世界でも無類の生産効率の高さを誇る第五世代戦闘機、《洛陽》を、輸出用にスペックダウンさせたモデルである。
元来洛陽はその機体性能を犠牲にする事で第五世代戦闘機としては異常とも言えるほどの安さと生産効率を誇るが、このK型はそれ以上に安いと言う、最早他国が見たならば目を飛び出させかねないような安価さを誇っている。
まあ代償として領空に入っても居ないのに補足されている事実からもわかるように、只でさえ性能の低い洛陽の性能が更に低くなっている為、最早本当に第五世代なのかすら疑問になるような性能となっているが……まあ、韓国軍は第五世代だと言い張っているし、第五世代なのだろう。
さて、そんな太一達の駆る神雷とは比べるべくも無いような性能しか持たない洛陽K型ではあるが、流石に目の前にそれが12機も並ぶとなると、それだけでも威圧感は凄まじい。レーダーの一角が、彼等の機影で埋め尽くされ、彼等が此方の射程入る。
[……注目せよ、注目――」
手出しして来ない彼等への通告が始まり、太一が緊張をゆるめ掛けた……直後。
[pi−!pi−!pi−!]
「っ!!」
突如、機内にレーダーロックされたことを知らせるアラートがけたたましく鳴り響く。即座に耳元に小川の怒鳴り声が響いた。
[ロックしろ!!!]
「!」
殆ど反射だけで停止させていたレーダー照射を再開させる。
即座にHADに表示された目標機のマーカーが緑から赤に切り替わり、彼方をロックオンした事を知らせる。
[警告、ミサイル接近。警告、ミサイル接近]
と、ほぼ同時に、機体内にミサイル接近を知らせるアラートが鳴り響く。
[っ、インパルス各機、交戦を許可!!]
CDCに言われるまでもなく、身体に染み付いた動きが、手拍子でミサイルの発射ボタンを押し込んでいた。
[不要に闘うな!離脱を最優先に考えろ!!]
CDCの言葉を聞くうちに、機体が揺れてミサイルが放たれる。
機体下部から発射されたのは08式中距離空対空誘導弾。目標機……否、敵機との距離は先日の訓練の開戦時とほぼ同一だ。中間誘導の後、回避行動。
『……今っ!』
ミサイルが終末誘導に入った時点で、正面から来るミサイルを避けるのに急旋回する。自分に接近していたミサイルは実に12発。恐らく半分も引きはがす事は不可能の筈だ。
と言うか、そもそもあれだけ数の差が有る部隊に狙われた時点で戦術的にはた父たちの部隊は死んでいる。唯それでも生き残らなければならない訳で……そう思って追って来るミサイルの数の確認の為にレーダーに目をやる。追従してくる弾頭の数は……
「……?」
7発。予想より少ない。いずれにせよ成果としては上々である。間髪いれずにチャフをばらまいて回避行動。
するとまぁ面白いようにかく乱されたミサイルが四方八方に飛び散る。中には弾頭同士で衝突する者すらある。
『何か……センサー感度だいじょうぶか?』
確か韓国軍は中国製のミサイルを使っていた筈だが……
まぁ、とにかく今はそれはそれ程重要な事ではない。機体の体勢を立て直しつつ、太一は周囲の状況を確認。発射した四発の内二発は着弾。レーダー上に表示される敵機の数は六機減って6。自軍の損傷状況は……0……
「…………」
何と言うか、ピンチが一転、圧倒的に有利な状況に変わっている。
確かに数の差では負けているが……神雷は元来格闘戦でならラプター三機と一斉に戦闘を遅れを取らないレベルの格闘戦能力を持っている。既に接近し、機体の体勢を立て直した以上ここから行われるのは格闘戦だ。そしてそうなれば、神雷のスペック上洛陽相手に負ける確率は極めて低い。
[CDC、敵機の数は半減、脅威度は低い。このまま戦闘継続を上申する]
小川の言葉に、CDCもそれを察したらしかった。実際、此方が背を向けてこれ幸いとばかりに残った中距離、短距離ミサイルで追撃される危険性を考えれば、このまま此方が圧倒的に有利な格闘戦で一気に殲滅してしまった方が良い。
[了解。インパルス各機、戦闘を継続。敵、洛陽K型六機を殲滅せよ]
[インパルス1、了解]
[インパルス2、了解]
[い、インパルス3……了解]
「インパルス4、了解」
即座に機体を旋回させて、少し離れた場所に居た凪の神雷の後方に付く。
[インパルス2、基本は俺とお前だ。インパルス3、4お前たちは二機で一機を相手にしろ]
[インパルス2、了解]
「インパルス4、了解!」
[…………]
西島と太一が返事を返した。が、またしても凪からの通信が帰ってこない。
[神崎!]
[っ!は、はい!了解です!]
[……しっかりしろ]
[はい……]
「…………」
まだ踏ん切りがつかないのかもしれないな……そう思って、太一は目の前を飛行する洛陽を見た。既に此方に回り込むような機動を始めているが、鈍すぎる。これなら……
「インパルス3!先ず一機だ!俺がやるから援護頼む!」
[り、了解!!]
視界には敵が一機。情けは無用。
既に此処は、殺さなければ殺される世界なのだ。
そう思うと同時に、太一の頭の中でスイッチが切り替わった。
「さて……それじゃ推して無いけど……参るかね……!」
思うは唯一つ……
──殺す──
────
「神崎!そいつで最後だ!」
[うんっ!]
必死に逃げ回る洛陽から一切離れる事無く、凪の機体は宙を駆ける。ぶっちゃけると、空戦で彼女に狙われた時点で逃げ切るのは諦めた方が良いと太一としては言いたかったが、そんな事があちらに分かろう筈もない。
さて、そんな戦闘を、太一とてただ見ている訳でも無い。
「そらっ!」
声と共に、太一の神雷が20㎜弾を吐き出す。機動を十字に交差させるように飛んだ神雷から放たれたそれは、洛陽の右翼に着弾、黒煙が上がり、洛陽は著しく速度を落とし……
「神崎!」
[っ!]
凪の神雷が05式を発射。
一気に目標となる機影へと接近したミサイルは、接触と同時に爆散し、洛陽は黒い液体と煙、炎をまき散らしながら、空に消えた。
[────ッ!!!]
「っし!ナイスキル、インパルス3!」
[お見事です、神崎さん、片倉くん]
[……よくやった]
戦闘開始から五分。全ての敵機を撃墜し、太一はコックピットの中で小さくガッツポーズをした。そんな中……
[…………]
「?神崎?大丈夫か?」
[被弾しましたか?]
[えっ!?あ、いえ、問題在りません!]
[…………]
黙り込んだ凪に声を駆けると、慌てたように声が返ってきた。
まだ心情が揺れているのだろうか……?
[インパルス、急な実戦、よくやってくれた。間もなく交代で周囲警戒の部隊が到着する。インパルス各機は帰投せよ]
[了解した。インパルス全機、任務完了、RTB]
こうして、太一と凪の、生まれて初めての実戦は終わった。
はい、いかがでしたでしょうか?
領空侵犯、スクランブル、と聞くと、知らない方はニュースや新聞で時折起こる程度の稀な出来事であると思われている方も多い今日この頃ですが、この小説を読むような方には、其れが決して珍しい出来事ではないと言う事をご存じな方の方が多いのだろうな。と思います。
特に中国やロシアと言った隣国からの威圧的な領空侵犯が多いと言われる近年。
領空侵犯機に対する警告行動の際には、航空自衛隊のパイロットの皆さんは常に先制攻撃を受けかねない(何しろ此方からは相手が戦闘機でも攻撃できませんのでw)緊張感にさらされていると聞きます。
我々はそんな方々を防壁にして、この平和な時を生きている訳ですが……さて、それによって遠くなったように感じる戦争と侵略の影は、決して遠い所に有る訳ではない。壁一枚すら隔てているかも怪しい所に有るのだと、この話を書く際の調べごとで改めて思い知ったように思われました。
私達の頭上を守ってくださる方々に、今一度ねぎらいとお礼の言葉を遅らせていただきたく思います。
……ワ-二ング!……
ここから先は、鳩麦がほかの艦魂作者さんのように少しちゃめっけのある事がしたかったために書いた、いわばおふざけです。
そう言ったものがダメだという方。安全のため、スクロールを即時停止。退却されるようよろしくお願いいたします。
では……真アトガキ、始まり始まり~
鳩「どうもです!鳩麦です!!と言う訳で今回は領空侵犯を書いた回でした!!ちなみにこの7月7日の事件は、本編でも別の場所の別の視点が描かれてますよ~」
太「実際、解析機とかそういうのって結構来てんだってな」
鳩「そう聞くね。情報源がネットだけでより正確な調べ方はして無いから何処までがホントか分からないけどいずれにせよ自衛隊の人達が苦労しているのは確かだ。とりあえず、今回はその中途半端な知識で話していこうか(不快になった方、間違いは教えていただければ幸いです)」
太「領空侵犯機に出来んのは……威嚇射撃までだっけか?」
鳩「うむ。仮に爆撃機が都市上空まで来ても、実際に攻撃を始めない限り此方からは手を出せないし、出さない」
太「専守防衛ってやつか」
鳩「そうだね。果たして其れが正しいのかどうかは、色々とやっぱり言われてるよね。爆弾落とされて攻撃喰らってから反撃してどうすんだって話だし」
太「それ考えると警告すりゃ撃墜できるウチが良い国なのかね……、まぁ、そりゃ別として……作者はどうなんだ?」
鳩「何が?」
太「だから、専守防衛」
鳩「難しい質問だ……若い僕みたいな人間が果たして何を言って良いのかは分からないけど、少なくとも個人的には基準がいき過ぎているように見える」
太「…………」
鳩「例えばだけど、今回みたいのも向こうの撃った空対空ミサイルが君等の機体にあたってりゃ物語は終了だった訳だから。現実も同じだよね」
太「仮に撃たれて当たったらその時点で機体は撃墜」
鳩「もしその中のパイロットが死んだら?彼らだって人間なんだから、その人の人生って物語が有るわけさ。それが、守れた筈が行き成り終る。勿論、相手の国のパイロットだって同じだよ。其処にはちゃんとその人の人生が有る。でもね、ルール違反をしているのは彼らなんだ。違反された側が、正論を言うよりも前に強制的にその物語を終わらされかねないルールって言うのは……流石に納得しかねるよね」
太「ま、だろうな」
鳩「勿論、必要以上に相手の国の人間を殺さないって誓いは立派だとは思うよ。でも立派なだけじゃその危険性は永久に孕み続けたままになる」
太「けどかと言って、それで中国機を叩き落としたりすると」
鳩「あの国は其れを口実に仕掛けてくるかもしれないね。そうすれば又更に沢山の人生が終わる訳だ。もしかしたら最悪僕の人生だって終わるかもしれない」
太「……さてさて」
鳩「どうしようも無いのか、それともどうにかしようが有るのか……それすら僕にはわからんよ」
太「……暗くなったな」
鳩「だね。此処は一発IFを飛ばすか!」
太「今回は誰だ?」
鳩「また君と凪だけど、今回は本編にあったののアレンジ番だよ。満州の奴」
太「あ?」
では、どうぞ!!
IF:もしも彼が本編に登場するなら その二 タコ上官
状況説明:核開発の為、とある天才科学者を満州まで送り届けた凪と太一は、しばらく基地内を回る事にする。
お付きの従兵の案内で基地内を回っていると、不意に基地内の訓練に出くわし見ていた所サボったと勘違いされタコに良く似た顔をした上官に怒鳴りつけられる。
凪のように、女性が軍隊に入っていると言う事実が気に入らなかったタコ上官はその事を罵り、どうやら少々ムッとしたらしい凪は太一の制止を無視して炎神(性能:シューティングスター程度)に乗り込み竜神(F16程度)と模擬戦を行い、見事勝利を収めるが……
滑走路に降りた凪が炎神から降りるとたこ上官が怒りをあらわにしながらこちらに歩いてきた。
「貴様……」
どうやら部下の前で恥をかかされたことに怒りを感じているらしい。
そんなこと凪は知ったことではないのだが、さすがに違う指揮系統の場所でのこの行為はまずかったかもしれないと思い、少し気弱になる。
「あ、あの…」
あっけなく叩き潰しておいてなんだが、凪は戦闘機での戦い以外は結構気が弱い。と言うか空に居ないとどうも少し押しが弱いのが彼女なのだ。
パイロットとして馬鹿にされることに関しては凪は怒る。
特にろくに確かめもしないで技量を疑うような輩には特に怒りを感じているのだ。
が、そんな相手にもやっぱり空で無いと気弱なのである。
「えっと…勝ちましたけど…」
たこ上官との約束はまけたら軍隊を去れである。
凪が勝った以上その条件は向こうであり、もう彼に構ってこの場にいる必要はないのだが…
「許さんぞ貴様…」
もはや怒りでどうにかなっているのか本当にたこのように真っ赤になった。
額に血管が浮き上がっている。怖いと凪は思った。
「あ、あの…勝ったのは私ですが…」
それでも勝利は勝利なので、それだけ主張して立ち去ろうと凪は思ったがたこ上官はそれが気に入らなかったのだろう。
いきなり殴りかかってきた。
「っ!」
「っと!!」
その拳が凪に届くよりも前に、寸前で別の手が其れを止める。パシッ、と言う乾いた音が鳴り響いた。
「ぬ……!?貴様……!」
「申し訳ありません、ですが上官どの、彼女とて一応は女子です。妻夫でも無い女子に鉄拳を振るわれるのはいかがな物かと存じますが?」
「だ……黙れ!その女も軍人なのだろう!ならば、鉄拳制裁は認められている!!」
「でしたら正当な理由を提示していただきたく思います。勿論上官どのは我々にとっては上官ですが、この事、知れるような事有れば、上官どのも色々とご都合が悪いのでは……?」
そんな事をにこやかに言うのは、片倉 太一だ。確かにこの時代の軍隊は鉄拳制裁が認められているらしいが、それを言うのならそもそも指揮系統が太一達の独立機動艦隊と彼等関東軍では違うのである。
その通りが通用するのはあくまで関東軍の中で有り、それを勝手に当てはめて凪がな売られる事黙って容認するほど、太一は寛容では無かった。
「き、貴様……上官を脅すか!!」
「いえいえまさか。唯上官殿の為を思っての事、どうかご理解いただきたく」
あくまでにこやかな太一にタコ上官はギリッと歯ぎしりをしたが、引き抜こうとした腕が全く動かない事に気付く。同時に目の前の男から言いようの無い威圧感を感じて、彼は慌てたように言った。
「く……離せ!不敬だぞ!」
「おや!申し訳ない……少々力が入ってしまいました」
わざとらしく慌てて腕を離す太一をタコ上官は睨んだが、やがて憎々しげな表情のまま振りむくと、自らの部下に向けて怒鳴った。
「何を見ているか!貴様等!!訓練に戻れ!!」
怒鳴りつけて歩いて行くタコ上官の背中を、太一は溜息を吐きながら見送った。
「あ、あの……片倉君……」
「はぁ……だから止めろっつったろうが!!!」
「ひゃうっ!!?」
その後少しの間、太一に凪が叱られたのは別の話……
────
太「……作者、お前これやりたかっただけだろ」
鳩「まぁね!!楽しいじゃん!こういうラノベチックなの」
太「まぁ元々お前そっちの畑の人間だしな……」
鳩「はっはっは。さて!次回からはまたちょっと本編もラノベチックになります!あれ?つーかぶっちゃけラノベっぽいのしか書いて居ない気が……で、ではっ!!」