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Mission3 意地の張り合い

それから更に一ヶ月が経った。季節は梅雨。連日続いた雨が、今日はようやく止んで、予報によると明日から先数日間は晴れるのだそうだ。

そんな雨上がり、晴天の明日は、パイロット(特に太一の相方のような奴)にとっては嬉しい明日である。特にその明日が空に上がれる日となると……


「〜♪〜♪」

このように、ご機嫌になる奴も出る。ちなみにこの鼻歌は凪だ。今日も今日とて夜間の自主訓練に向かうために移動し始めた太一の前を歩いて居るのが見えた彼女は、普段の彼女からは考えられないようなご機嫌さである。

と言うのも、明日、明後日と空に上がれる日が連続で続くからなのだが……まあそれは良い。


「よぉ、テンション高いな」

「ひゃっ!?か、片倉くん……えっと、そうかな?」

とぼけるように首を傾げた凪に、太一は苦笑しながらあきれたように言う。


「お前普段鼻歌なんか歌わないだろ」

「う……聞いてたんだ……」

「えぇ、恐らくはその理由が今日明日飛べるからだってのも察しが付いてますよ〜」

「あ、あははは……流石です……」

ぐうの音も出ませんと言うように苦笑した凪に、太一は「はっはっは」と偉そうに笑ってみて、そういえば、と思い出す。


「明日は……一中隊の人達とだっけか」

「うん」

コクリと頷いた凪に、太一は後ろ手に頭を掻く。


基地ウチきってのエース部隊とか……疲れそう……」

第一中隊の第一小隊と言えば、事実上この基地内で最も強い部隊の事である。

隊長、副隊長は日中戦争時代からのパイロットだそうで、実戦経験豊富な実力者。また去年入った新人二名も、相当な人材らしい。但し……


「……片方は性格に難あり」

「よ、よく知ってるね……」

「そりゃま、同じ基地の有名人の事くらいは調べる。寧ろお前調べないのかよ?」

「あ、あんまり……」

苦笑しつつ言った凪に、太一は「はぁ……」と溜め息を付く。やれやれ、と言ったように首を振ると、凪が肩身狭そうに身を縮める。


「……飛行バカ」

「ごめん……」

詰まるところ、彼女は飛行以外は今一パッとしない系女子なのである。特に空戦に関してはその場で何とかしてしまうタイプなので、はっきり言って余り事前の調査などはしない。

以前中国の主力戦闘機の名前をド忘れした(本当にド忘れだったらしい)と言い出した時は流石に頭が痛くなった。それ以来シュミレーター訓練の合間に少しずつ座学的なこともしている。


まぁしていると言っても、殆ど太一が一方的に凪に教えているのだが……

ただその代わり、凪からはシュミレーターの練習後に戦闘機動に付いて沢山のアドバイスをもらっている。まぁ、この先生は時々「出来るかぁ!!」と言いたくなるような無茶なアドバイスや機動の提案を素でしてくるのが玉に傷だが。


「さてと……んじゃさっさと始めるぞ、明日大尉に怒られたくねぇし……」

「ふふふ……うんっ」

少し楽しげに言った凪に苦笑して、太一はシュミレーター室の開閉スイッチに手を掛けた……その時だった。


「あれぇ?お前確か……」

「え?」

「ん?」

不意に、少し高めの男の声が響いて、太一はそちらを向く。と、其処に短い金髪の黒い瞳の男と、栗毛に鳶色の瞳をした女性が立っていた。肩の階級章を見ると、どうやら凪達と同じ准尉のようだ。


『げ……』

内心で顔を歪めた太一をスルーして、突然男が凪に歩み寄ってきた。


「やっぱし!お前あれじゃん!神埼 凪!」

「え、えっ!?」

「創真、失礼よ」

後ろから歩いてきた女性が金髪に言う。と、女性は太一に気が付くと少し微笑み、軽く会釈した、太一も同じ動作で返す。と、男は更に凪に寄って居た。


「いやー!噂の新人とこんなとこで会えるなんざ光栄だ!俺、入屋いるや 創真そうま。此奴、江崎えざき 柄奈えな、よろしく!」

「え、あ、は、はい……よろしくお願いします」

ちなみに此方には全く見向きもしない彼に、太一は「俺は無視かよ」と言いたくなったが、あえて何も言わない。と言うのも、顔を見た瞬間から、太一としては余りこの青年に関わりたくなかった。何故かと言うと──


「いや、ホントラッキーだぜ。贔屓目で空軍入ってちやほやされて、勘違いしてる糞女クソアマに叩き潰す前に会えるなんてよォ」

「っ……!?」

「……(はぁ……)」

「創真」

──彼が、こういう男だと聞いて居るからだ。


柄奈が少し睨むように創真を見たが、創真は気にした様子も無く続ける。


「天才、だっけぇ?笑えるよな、お前みたいになよなよした女が最強パイロットになるんだって凄ぇ噂さ!お前ってあれだろ?あのおっさんの娘。すげーよなー、あんな日中戦争で逃げ回っただけの弱腰のパイロットでも、コネつかやぁ自分の娘ダチの部隊に送ったりパイロットにしたり出来んだから」

「創真っ!」

「……!?弱腰、とは父の事ですか?」

「さぁて、どうだろーねー」

「(あー……)」

柄奈が少し大きな声を上げて創真を諌めるが、彼の方は全く堪えていないらしく、ケラケラと笑って流す。対し太一は頭を抱えたくなっていた。どうしてこう面倒な相手に絡まれたのか、しかもこの手のタイプは恐らく気弱な凪が苦手なタイプの一つである。

理不尽に行き成り大量の暴言を吐かれてこりゃ半泣きだな、と思って太一はちらりと隣を見る。と……


「…………」

『……ありゃ?』

凪は殆ど無表情で、創真を睨んでいた。その視線は普段の彼女から考えると想像も出来ない程冷たい視線で有り、表面上は平静だがその実恐らく……


「突然の暴言は嫌ですが、私の事を何と言おうと構いません」

『こりゃ珍しいもんを見たか……?多分珍しいんだろうな』

「ですが、私の父を侮辱する事はやめてください」

『……キレてる』

その言葉は、異常な程の「圧力」の有る言葉だった。


「へ〜ぇ……「止めてください」ねぇ……止めなかったらどうする?殴って止めるか?《負け犬の娘》さんよ」

「っ!!」

次の瞬間に、怒りに堪えかねたらしく手を振りあげた凪の手が、創真の頬を……


「いてっ!」

「あぁ?」

「!?」

「えっ!?」

叩こうとして、割って入った太一の右腕を引っぱたいた。


「か、片倉くん!?」

「なんだお前?」

「さっきから目の前に居た人間に「なんだ」は無いでしょう入屋准尉……」

「わりィな、興味ねぇ奴の事は知らねーんだ」

全く悪びれもなくそう言った創真に太一は内心溜め息を付くが、それを押し殺してあくまでも丁寧な口調で返す。


「第二戦闘飛行中隊 第一小隊所属、片倉 太一准尉です」

「へー、でその片倉准尉が、割って入って不格好に御友達に殴られてまで、何か用か?」

ニヤニヤと笑いながらそう言った創真に、太一はふぅ、と起きを吐いてから真っ直ぐに彼を見ながら言った。


「失礼ながら入屋准尉、先程からの言動が少々不適切であるように思われましたが?」

「おーおー、真面目ぇ。で、不適切?ほぉ、なんか問題あった?俺頭悪いからよく分からんかったわ」

分からない訳がない。さっきのは明らかに意図的な発言だったはずだ。と、彼に言っても恐らくは意味がないであろうことは明白であるため、太一は敢えて其処は指摘しない。


「先程の准尉の言動は、意図的であるにせよそうでないにせよ彼女の父親を侮辱する発言でした。彼女の父親は神崎 進大尉、此処に居る全員にとって上官です。今すぐ発言を取り消さないなら、上官侮辱で小川大尉に報告します」

「おーう、俺脅されてるよ、こえぇ。そんじゃ謝るとしますか。も~しわけありませんでした、先程の私の発言は不適切でした~」

「…………」

ブンッ、と棒読みで言った後頭を下げた創真を睨みつける凪の顔は太一には見えなかったが、恐らく相当冷徹な目だろうなと勝手に想像する。まぁ実際彼には視界的に見えないだけでその通りだったのだが。


「これで良いか?」

「……ソウデスネ」

「はぁ……」

何故軍隊に入れたのか分からない程嫌なやつであるこの男。後ろに立つ柄奈も額に手を当てて溜息を吐いて居る。どうやら彼女は悪い人間ではないらしい。無論まだ出会って数分の創真の事等分かりはしないが、少なくとも現時点での印象は最悪である。

まぁ、それは良い。相変わらずニヤニヤと笑って此方を見ている彼に、太一は淡々と聞いた。


「それで……わざわざ宣戦布告にでもいらっしゃったんですか?」

「まさか、さっき言ったじゃん?偶然偶然、超偶然だって」

笑いながら言った創真の表情を太一は見るが、変わらず小馬鹿にしたように笑っているその表情から発言の真偽は読みとる事は出来ない。


「ま、さっき言ったのは本心だけどな~、叩き潰す前に会えたのもラッキーってなぁ」

「……叩き潰す?」

此処まで火が消えたように無言だった凪が、不意に声を上げた。その声も相変わらず冷風のように静かで、未だに彼女が怒っている事を告げている。


「あれ?あー、そっか、天才さんは模擬戦の相手を事なんか気にしないか!ま、そうだよな~、どうせ勝つの自分だもんなぁ……?」

「…………」

妙に間延びした言い方をする創真と凪は再び睨みあう。先程まで一方的に凪が睨んでいただヶだったそれだが、いつの間にか、笑いながらではあれど創真も凪の目を正面から見返していた。今の彼の発言は、言い方や彼の言いたい意味ははともかくとして、あながち間違っている訳でも無い。何故なら……


「第一戦闘航空中隊 第一小隊所属、入屋 創真准尉だ。改めてよろしく、神崎准尉」

「…………」

睨みあった二人の間に、少しの間沈黙が降りる。理由は知らないが、どうやら入屋准尉は相当凪が嫌いらしいな。と太一は理解した。

恐らくは発言からしてちやほやされる凪のようなタイプが気に食わないのだろうが……


『此奴も好きでちやほやされてる訳じゃないんだけどな……』

「はぁ……」と内心で再び溜息を吐いた時、不意に、凪が口を開いた。


「……では、私が勝てば、父は負け犬でも弱腰でも無いと証明出来るんですね?」

「ア?」

唐突の、脈絡の無い問い。不意を疲れて凪の顔を見ると、その視線は冷たい物では有る物の、瞳の奥底に強い意志の光が見て取れた。


「私は今まで、父とシュミレーターで何度となく模擬戦を行った事が有ります。ですがこれまで一度も、父の操る機体を撃墜出来た事は有りません」

「…………」

「つまり私はまだ父よりもパイロットとして劣って居ます、逆に言えば……私が入屋准尉に空戦で勝てば、入屋准尉は父よりも空戦に置いて劣っている事になりますね?」

「もしそうなら、「お前に私の父親をバカにする権利は無い」ってかぁ?」

凪の言葉を受け取って言った創真にの言葉に、凪は答えなかった。唯静かに、自分を見つめる瞳に、創真は酷薄に笑う。


「っは……俺をお前が倒すってか」

一瞬押し殺したように「キキキ……」と笑ってから、創真はゆっくりと顔をあげて、凪を再び正面から見た。その瞳は……


「言うじゃねぇか、天才気取りの糞女が……」

先程までとは比べ物にならないほどの、冷徹な威圧感を孕んでいた


「っ……!?」

先程までとは全く違う低い声と、明らかな殺気を放つ創真に、凪は一瞬気押され下がり掛ける。が……


「……此処で口論するより、明日空戦で話を付ける方が早いのでは?」

「アァ?」

目の前に居る青年の背中が、脳が反射的に出しかけたその命令を停止させた。自分を庇うように前に立ったその背中を持つ青年の顔は見えないが、兎にも角にも凪にとってはそれが頼もしい。


「……それとも、彼女の言っている事は間違っていますか?」

「…………」

太一と創真が、少しの間睨みあう。

と、不意に、柄奈の声が間に割り込んできた。


「創真、貴方もパイロットなら、挑発も決着も空戦で付けるべきなんじゃないの?」

冷静でいつつも少し怒っているのかキレ味の鋭いその言葉に、創真は一瞬苦虫を噛み積むしたような顔をすると、息を付いてまた小馬鹿にしたように笑った。


「……ハ。はいはい、そのとーり。上等だよ、明日が楽しみだぜ、じゃなー神崎准尉~」

後ろ手に手をひらひらと振って去っていくその背中は最後までマイペースで、完全に不意打ちだった凪は言葉を返す事も出来ずに唯その背中を眺める。


「「……はぁ……」」

太一と柄奈が同時に溜息を吐き、目を合わせた。


「えっと……なんか、ごめんなさい」

「あ、えっと……」

「い、いえ……その……貴女の性ってわけじゃ」

突然頭を下げた柄奈に、凪が慌てたように言う。顔を上げて、柄奈は首を横に振った。


「ううん、彼奴の相方は、一応私って事になってるから。アイツ、才能とか、親が偉いとかそういうのが大嫌いで……神崎さんみたいな境遇の人に、見境なく突っかかるのよ。不快な思いをさせてしまって、本当にごめんなさい」

「い、いえ……」

「……まぁ、良いですけど……けど、大丈夫なんですか?上官までバカにするとか、結構ギリギリッスよね、あれ」

「まぁ、ねぇ……」

「はぁ……」と柄奈は再び大きな溜息。どうやら相当苦労しているように見える。


「ウチの上官にも逆らってばっかりよ。幸いな事に、結構人のいい人だし、面倒見のいい上官だから何とか上手くやってるけど……あの上官じゃなかったらと思うとゾッとするわ」

「はぁ……苦労してますねぇ」

何となくシンパシーを感じて、うんうんと頷いて行った太一の後ろで、察したらしい凪は「すみません……」と消え入りそうな声で言う。

そんな二人に苦笑して、柄奈は言った。


「まぁ、もう慣れてるから良いんだけどね……あ、そうだ、改めて、私も第一中隊 第一小隊所属で、江崎 柄奈。階級は准尉よ。よろしくね、神崎さん、片倉くん」

「あ、はい。よろしくお願いします」

「ども」

同時に頭を下げる(二人でだいぶお辞儀の角度が違うが……)二人をみて、柄奈はふふふ……とわらった。


「?なんすか?」

「ううん、それにしても……」

交互に凪と太一を見比べて、微笑みながら柄奈は言う。


「良い相方ね、神崎さん?」

「えっ?あ、はい!とても!!」

何やら含みのある言い方で言った柄奈に言われた凪は即座に返す。と、隣に居た太一が少し意地悪く言う。


「そりゃ嬉しいね。何時も苦労させられる甲斐がある」

「うぅ……」

落ち込み気味に言った凪にくすくすと笑って、柄奈はクルリと廊下の向こうに向かう。


「それじゃ、私あのバカ追わないとだから!明日はよろしくね!お休み!」

「は、はいっ!お休みなさい!」

「お休みなさい」

ぺこりと頭を下げて凪が言った隣で、太一は会釈で彼女を見送る。

廊下の暗闇の向こうに彼女が見えなくなると、太一はふむ。と息を吐いて言った。


「……さて、やるか」

「うんっ……あの、片倉君」

「ん?」

呼ばれて振り向くと、其処に申し訳なさそうな


「その……手、ごめんなさい……叩いたりして……」

「別に俺の事叩こうとした訳じゃねーだろ。ま、基地内でまさかお前が他人に手を上げようとすると思って無かったのは確かだけどな」

「そ、その……あれは……」

「分かってる。親父さんの事バカにされて耐えきれなくなったんだろ?けど、それで手、出してたらお前だってやり返されてたかもしれん。お前は空の上じゃ強くても、陸に居る時は半分唯の女子だ。格闘訓練の成績絶望的だったって聞いたぞ」

「な、何で知ってるの!?」

驚いたように言った凪に苦笑しながら返す。


「訓練相手の事調べてるのに遼機の事調べない訳無いだろ。西島さんに聞いた」

「そ、そうだけど!何もわざわざそんな事を……」

恥ずかしいのか顔を朱くした凪に苦笑しつつ、太一はドアを開ける。


「ま、次はもっと考えろよって事だ。さて、明日負けない為にも、んじゃ頑張るとするか……」

「は、はいっ!」

飛びこむように、凪は太一の後に続いた。


────


翌日。1120


「1942、出ます」

「了解」

「1941、出ます」

「了解」

外へと続く出口で、機体番号を確認して外に出る。日本空軍内の全ての戦闘機は別々の番号で管理されているため、この番号が有れば基本的に今どの機体が空に上がっているのか、間違える事は無い。


普段の訓練でもお世話になっている機体に向けて、凪と太一は歩いて行く。向かう先には、平べったいフォルムをした、灰色の戦闘機が在った。


F-22《Raptor》


アメリカ、ロッキード・マーティン社とボーイング社が共同開発した、つい数年前までは世界最強を誇ったマルチロール型ステルス戦闘機である。

その性能はそれ以前に登場していたF-15やF-16をステルス性能は勿論の事、機動性、旋回性能、策敵能力等の面で大きく上回っており、第五世代戦闘機と呼ばれるのも頷けるほどの一線を課す性能を持っている。


少し前なら世界最高峰のこの機体が、現在の日本軍主力戦闘機の一つであり、太一と凪が初めて乗った戦闘機でもある事は、数年前ならば考えられない事だっただろう。

ちなみに現在は、日本軍の技術部が日本オリジナルのステルス戦闘機を開発し、各基地に着々と配備が進んでいる所だったりする。


「お望み通り、旋回の時の癖が抜けるように工夫してみた。具体的には上がってからじゃないと何とも言えないが、其処は何とかしてくれ」

「新人にきっつい事言いますねぇ……」

マスクをつける途中でラダーの下でそんな事を言った整備士の夜長少尉に、苦笑しながら太一は返した。夜長少尉は既に歳は四十過ぎのおじさんで、自衛隊自体から軍属らしいので整備士としての長さを考えればもっと昇進出来るのだそうだが、曰く「技術屋に偉さ何ぞ不要」なのだそうだ。

ちなみにこんな言い方こそするが、彼の事なので恐らくは此方の要望通りの調整をしてくれている筈である。此処の基地に居る技術屋はどの人も腕は確かなのである。夜長少尉に至っては、この未だ独身で技術屋一筋というのだから、腕もよくて当然かもしれない。


「…………よし」

マスクを付け、計器のチェックを終えると、キャノピーを閉じる。ゆっくりと閉じて行くそれをみて「ふぅ……」と息を一つ。

戦闘機の中は、基本的に狭い。かなり制限され、必要な全てに手が届くその中は、完全に閉ざされた場所だ。


[インパルス4発進、第二滑走路に到達後、指示を待て]

「っと……インパルス4、了解(Roger)」

発進のコールがかかると同時に、目の前に居る誘導員が前進許可のサインを出す。少し機体を前に出すと、右へ、のサイン。それに従って、第二滑走路へと向かう。

(ちなみに無線通信はその殆どが英語で行われているが、此処では一部を除いて殆どを日本語で行う事を理解されたい。


「…………」

前を見ると、凪の機体も滑走路の手前に来ていた。既に滑走路では、小川大尉の機体が離陸を始めている。


[インパルス4、離陸後、第四訓練空域へ、方位(Vector) 233、高度(Angels)27(27000フィートの事)、コンタクト、チャンネル8、復唱]

「インパルス4、方位233、高度 27、コンタクト、チャンネル8」

[インパルス4、復唱宜し]

管制官との間で確認をとって、太一のラプターは滑走路へと入っていく。


[インパルス4、風は西風、風速10、第二滑走路からの離陸を許可する]

「インパルス4、了解、離陸する」

離陸許可により、滑走路に入った太一のラプターはバーナーを吹かして一気に加速する。地面から伝わる細かな揺れと、体中に掛かる圧力感じながら、流れていく景色の中で計器を見て、速度が一定以上に達したのを確認し、操縦桿を引く。

少しして、不意に体に伝わる微細な揺れが消えた。フッ、と地面との設置の感覚が消え、変わりにやって来る浮遊感。景色から遥か先に見えていた海と灰色の滑走路が消え、代わりに視界に広がる何処までも澄んだ美しい蒼と、柔らかな白。


「…………」

この時だけは、毎回のように安らかな気持ちになる。

全てが空に包まれた世界。何度見ても、飽きない景色だ。


「インパルス4、離陸完了」

[インパルス4、無線感度良好、レーダーで捕捉、方位233、高度27000まで上昇せよ]

「インパルス4、了解」

指令に従って進路をとり、先に離陸した小川大尉達を追いかける。数分で、遼機四機の姿を見つける事が出来た。


「インパルス4、合流します。遅くなりました、」

[あぁ……インパルスリーダーより各機、これより訓練空域に向かう。ついてこい]

[インパルス2、了解(Roger)]

[インパルス3、了解]

「インパルス4、了解」

四機のF-22は変態を組むと、そのまま真っ直ぐに並んで飛んで行く。そして数分後には……


────


[インパルスリーダーより各機、間もなく訓練空域に到達する。内容は事前に通達した通り、第一中隊、第一小隊との模擬戦である。各機ベストを尽くせ]

「「「了解!」」」

即座にヨーを使い、少しだけ進路を変えると、凪の後ろに付く。太一と凪は、基本的に二人一組で行動している。以前から言われている事だ。

さて、空中戦に置いて先ず行うべくは策敵である。とは言え、この部隊とあちらの部隊、双方のF-22は高いステルス能力を持つ為、同時に策敵能力の高いレーダーを装備しているとはいえ、レーダーに頼りすぎる事も出来ない。

第五世代戦闘機の前提条件は、「相手よりも先に発見し、先に攻撃し、先に(複数の敵機)を撃墜する」と言う、所謂「First look, First shot, First kill」だが、歴史上はじめての第五世代同士の戦闘である第二次日中戦争以降には、そう言った機体同士の戦闘をどうしても想定しなければならなくなった。

勿論、F-22は元来高い格闘戦能力を持っている為、基本的には同数、別種の第五世代戦闘機と戦闘になっても互角以上に戦う事が出来る。だがやはり、距離を置いたミサイルによる先制攻撃に絶対のアドバンテージを持つF-22を使う上で、敵の先制発見は絶対的にしておきたい事項である。


その為には……目視警戒と、より高いレーダー感度を持つ地上のレーダーと接続したレーダーによる策敵が最もよい方法……であるとされている。

そうして、小川からの無線が届いた。


[……訓練空域に到達。これより模擬戦闘訓練を開始する]

「……了解」

言われるが早いが、即座に機体の右側を警戒する。

自分はともかく、凪や小川等の操縦技術を自慢とするパイロットたちが活躍するためには、格闘戦に持ち込む事が絶対条件である。遠距離で撃墜されてしまっては、意味がない。その為、決められた方向への目視、及びレーダー確認を繰り返し、最大限集中して相手を探す。


[……あっ!]

「!?」

[神崎、どうした]

突然無線から凪の声が聞こえて、太一は緊張する。即座に反応した小川が、声を掛けると、慌てたように彼女は報告を始める。


[は、はい!一瞬ですがレーダーに機影!方位 246、距離、120、高度、15000!]

[インパルス2、インパルス4、確認できるか]

「…………」

言われて西島と太一の二人はレーダーを見る。が、特にレーダーに何かが映っている様子は……。


「いや……待て」

無い、と思いかけた時、不意に思いついて、地上のレーダーとの接続レーダーから、最近開発された海上に浮かべられたブイから発生するレーダー波を利用したレーダーに切り替える。すると……


「あ、出ました。ブイによるレーダー照射に、薄いですが映ってます」

[うんっ!]

[おや……]

[……成程な]

これは、三日前に、太一と凪が座学の勉強をしていた時に勉強していた部分だった。第五世代戦闘機同士の勝負はレーダーで見つけにくい敵を如何に先に見つけるかにかかっている。なのであらゆる方法で今は探知が用いられているのだが、その方法を予習していたのである。


『まさか凪に教えた事が役立つなんてな……』

内心覚えていて自分から実戦した彼女に賞賛を送りつつ、太一は苦笑して指示を待つ。


[……良いだろう。高度を上げて上方から仕掛ける。ついてこい]

「「「了解!」」」


────


「……いた……」

遠く、四機のF-22が、こちらに機首を向けて此方へと飛行している姿が、太一には小さな点のようだが見えた。

だが上方を取ったつもりが、その高度は此方とほぼ同一である。


[ははは……流石に完全に気付かれずに、とは行かないようですね]

[当然だろう]

「…………」

小川と西島の言葉に、太一は黙り込む。確かに、当然と言えば、当然なのかもしれない。

相手方もれっきとした一流のパイロットなのだ。此方が気付いた事に、彼等が気が付かない筈は無かったか……いや、あるいは此方がもっと飛び方を工夫していれば彼らにも気が付かれずに済んだのか……


[これより交戦する。各機、射程内に入り次第攻撃を許可する]

[インパルス2、了解]

[インパルス3、了解]

「インパルス4了解」

いずれにせよ、既に考えている時間は無い。反省会は基地に帰ってからだ。

そうして、HAD(※ヘッド・マウント・ディスプレイの略)に表示された四つのロックマーカーが青から赤に変わった瞬間。


「っ!」

カチッ!と音を立てて太一は発射ボタンを押し込んだ。


[インパルス1、交戦(engage)]

[インパルス2、交戦]

[インパルス3、交戦っ!]

「インパルス4、交戦……!」

ほんのわずかな振動の後、機体下部のウェポンベイが開き、4つの(仮想)空対空ミサイルが発射される。

発射されたのは《08式中距離空対空誘導弾参型》一般に知られている所のアメリカが開発した《AIM-120C》で、そちらの通称は《AMRAAMアムラーム》。

高い誘導性能と打ちっ放し能力を持ち、開発、配備されてから今日までF-22の扱う最もスタンダードなミサイルだ。


視界上の空は相も変わらず八機の機体が向き合うのみの静かなものだが、レーダー上では既に此方の放った16発と、あちらの16発、計32発ものミサイルが交錯しつつあった。


AMRAAM、つまり08式の撃ちっ放し機能は、ミサイルが自身の判断で敵機を追いまわすことで発射側の回避行動までの時間を短縮し、機体及びパイロットの生存率を高めると言う物だが、実はこの自動誘導能力は完ぺきではない。長距離、もしくは中距離から発射した場合、ミサイルが自身でレーダー波を照射して相手を補足、追跡する為に、相手に一定距離まで近づく必要性が有るからだ。

その距離まで近づかせるために行う誘導、所謂中間誘導は、当然、それまでのSARHセミ・アクティブホーミング方式等と同じく、戦闘機の方で行う必要がある。


故に、レーダー上で確認されている自機の放ったミサイルが相手から一定の距離に近づくまでは、少なくとも回避行動をとる事が出来ない。レーダー上で接近するミサイルとレーダーロックを知らせるために機体内で鳴り響くアラートが煩いが無視して平常心でその時を待つ。そして……


「……っ!」

ミサイルが自動誘導に入るや否や、太一は操縦桿を思いっきり引いた。機首が跳ね上がると同時に、機体が一気に真上を向く。が、当然のようにアラートは鳴りやまない。


『くそっ……!』

レーダーを確認すると、四発接近していた撃ち二発が此方を追跡して来ていた。出来れば全て振り切りたかったが、四発全て追ってこなかっただけでも儲けものと考えて回避に集中する。

とは言え、現代のミサイルは右に左に機体を振った程度ではかなり上手いパイロットでも回避しきるのは難しい。故に機体に対して疑似ミサイルが一定まで接近した所で……太一は計器のスイッチを押した。


即座に、機体後方から疑似的に大量の金属片と小型電子機器が発射される。

近年、AMRAAMと同じタイプの誘導性を持つミサイルが各国で採用され始めた事を考慮して開発された、新型チャフだ。

アムラームには、チャフに強く、またジャミングにも強いと言う特性が有る。これは自身がレーダー波を発する事が出来るのと、研究者たちの改良の結果だ。

さて、チャフはともかく何故ジャミングにも強いのかという点だが、単純だ。アムラームはジャミング波を受けると、逆にそのジャミング波の発生源に向けて飛ぶと言うシステムが導入されているのである。


さて、これに対抗するのが、この新型チャフである。そのシステムと同型のシステムが導入された事で、ジャミング波は意味を為さなくなった。しかし技術者と言うのはどうにも負けず嫌いらしく。逆にそれを利用したシステムを作ってしまった。

チャフと同時にジャミング波を出す超小型の機械を大量にばらまく事で、チャフにフレアに近い能力を持たせたのである。そしてこの目論見は成功。このチャフによって、この手の追跡システムに対する回避率は格段に上がった。


今回もその例にもれず、ばらまかれたチャフとジャミング波に釣られてミサイルが進路を変え、ふらふらと少しの間宙をさまよったかと思うと、空中で爆散する。恐らくは目標を見失ったと理解した事による自壊だろうが、すでにその爆発の範囲内に太一の機体は無い。


『よしっ……』

何とかミサイルをかわした太一は、機体を立て直して即座に目視で周囲を見渡す。


既に自分以外の全員がミサイルを回避し終え、格闘戦に突入していた。


「早いって……」

やはり自分が一番対応が遅いか、と少し落ち込みそうになったのを即座に思考を立て直す。


『神崎は……』

とりあえずレーダーと目視で凪の機体を探すと、すぐに見つかった。既に一機と格闘戦の真っ最中だ。


『多分あれが入屋准尉なんだろう……なっと!!』

考えながら、太一は機体を目一杯左に旋回させた。


視界の端のレーダーが、危険を知らせていたからだ。


『二対一にはさせないってか……!』


――――


「あら?ふふっ……流石に気が付かれちゃったか……」

太一の後方に付き掛けていた柄奈は、マスクの中でクスリと笑った。

左に旋回し始めた恐らくは太一の物だろう機体を追って、柄那もまた機体を左に傾ける。


「さ〜て、それじゃ見せて貰うとしましょうか……」

後輩君の実力をね。と内心で付け足して、彼女は操縦桿を握りなおした。


――――


『振り切れない……!』

後方からピッタリと付いて来るF-22を見て、凪は内心唇を噛んだ。

ミサイルの回避に若干手間取ったせいで、相手のF-22に完全に後方を取られてしまったのは、一番起きて欲しくない展開が見事に起きてしまった結果と言えるだろう。

恐らく付いて来ているのは機体番号から昨日の入屋准尉、今回の模擬戦で絶対に負けたくない相手だ。

相手のミサイルの射程には既に入っている。だが恐らくチャフもフレアも十分に残っている此方に撃っても無駄だと考えているのだろう。代わりに機銃で仕留めるつもりなのか、しつこく付いてくる。


「っく……!」

自分の出来る限りの機動で、先程から右へ左へと機体を振りまわしているがそれら全てに当たり前のように相手はついて来て一向に振り切れる気配が無い。せめて追いつかれていないだけ効果はある物だと思いたいが……


「…………!」

悔しいが、どうやら彼も口先だけでは無かったらしい。凪自身、空戦にだけは少しだけ自信があったが、事実として振り切れていないと言う事は、自分の技量がまだ彼を圧倒するには至っていないと言う事は明白だ。

しかしである。やはり、どうしても今回だけは(本当の所は何時もそうだが)凪は負けたくない。出来るなら彼は自分が撃墜したい。

父を侮辱する事だけは、凪の中でどうしても許せない事だからだ。

その為には自分が撃墜されるなど論外だし、相手の別の機が此方に来るか、小川達の内の誰かが此方に来るまでにケリを付けなければならない。


『どっちだって……!』

いずれにしても確かなのは、何としても彼を振り切り、この状況を逆転させなければならないと言う事だけだ。その為にはどうすればいいか、凪は頭の中で、必死に考えを巡らせていた。


────


「っは……!やる、じゃねぇの……!」

対して凪を追いかける創真は、内心で舌を巻いて居た。

後ろに付いた時はすぐにケリの付く勝負だと思ったが、中々どうしてそうもいかない。

創真が既に射程に入っているにも関わらずミサイルの発射ボタンを押さないのは、彼女を落とせばこの後に相手にする事になるであろう三機と戦闘になる前にミサイルを使い切りたくなかったからだ。複数機で敵機を相手にする場合、(まぁ基本的には一対一タイマンでもそうだが)ミサイルを使う方が色々な面で都合が良いのである。


故に今、創真は彼女の機体を機銃の攻撃範囲に入れようと躍起になっている訳だが……先程からガンマーカーが視界に入る度に彼女の機体がそれを振り切ろうとするかのように凄まじくキレのある機動を繰り返すせいで、碌に相手を視界内に収めておけない。


機銃を撃つ為に発射ボタンに意識を向ける時間すら惜しい。彼女の機動に付いて行く方にずっと集中力を向けておかなければ、まともに追いかけることすら難しいのだ。「自分に勝つ」と啖呵を切ってきたのも頷ける。


『っち……!』

マスクの中で、創真は皮肉っぽく笑う。

内心で、彼は神崎 凪に対する評価、「唯の天才気取りの女」を、改めつつあった。成程、訓練生から此処まで、訓練機とF-22にしか乗った事の無い彼女が此処までの成長を遂げたと言うのなら、確かに彼女は天才だろう。


「だがなァ……!」

しかしならば尚の事、創真には彼女に負けたくない理由が出来ると言う事でもあった。


創真は、天才が嫌いなのだ。


────


入屋創真は、その髪の色からも分かる通り、アメリカ人の父と日本人の母との間に生まれた、ハーフだった。

髪色も、顔立ちも父親に似ていると言われて育った。


父親は日本が大好きで、「日本ほど美しく、温かく、優しい国を私は知らない」と、子供の創真にしょっちゅう言っていた。

父は外資系の企業に勤めていて、母は専業主婦。中古の家のローンを、太一が小学校を卒業する前には払い終えられるようなそれなりに裕福な、極普通の家庭で、彼は育った。


その“普通”が狂い出したのは、創真が12歳の時。第二次日中戦争が起こってからだった。

あの戦争が、日本に与えた影響が非常に大きい事は、本当によく知られている事だ。憲法九条の破棄然り、日本軍の復活然り、核兵器の開発然り、国民の国防意識の向上然り……“反中、反米感情”の急激な増大然り。


創真の父は、アメリカ人だった。国籍を完全に日本に移していたので、どうやら在日アメリカ人としては認定されなかったらしい。父も日本に骨をうずめるつもりで居たし、正真正銘、日本人のアメリカ人だった。

その年創真の父は、突然解雇された。「アメリカ人を雇っていては社のイメージに響く」のだそうだ。創真の父は確かに親は両方ともアメリカ人だったが、日本に自らの意思で留学して、自らの意思で日本の企業に就職し、自らの意思で日本人と結婚した。生粋の、親日家なのに、社のイメージに響くらしい。


それでも、父はめげなかった。彼が日本と言う国が、大好きだったからだ。日本と言う国は、既に彼を嫌っていたけれど。

何とか仕事を見つけて働き始めた時には、既に住まいは一軒家だったから、とりあえず雨風はしのげた。しかし父の職場では、異常なほどの理不尽な罵詈雑言と、いやがらせが有ったらしい。


母は、アメリカ人と結婚していると言うだけで、アメリカ人の手先のような扱いを受けた。母の生まれは東京の下町。まるでどこぞの寅次郎のような生粋の日本人で、この国が大好きな人間だったけれど、アメリカ人の手先らしい。

近所からのいやがらせや、言われの無い噂に、母はずっと耐えた。


創真は、中学に入ると同時、教室に入った途端に、教師とクラスメイト、全員から悪意のある視線で見られた。まだ、誰も自分の名前すら知らない筈だが、それでも悪意は向けられるらしい。


ある日、創真はクラスメイトに、「日本から出ていけアメリカ人!」と言われて、黒板消しを投げつけられた。

創真はそもそもアメリカに行ったことすら無かったが、それでも出ていかなければならないらしい。


ある日、創真はクラスメイトに、「何でお前が日本語で話してるんだ」と言われて、コップの水をぶっかけられた。

創真はそもそも日本語以外の言語を話せないし、どちらかと言えば英語も苦手な教科だったが、それでも日本語で話してはいけないらしい。


ある日、創真は上級生に、「なんでお前父親と一緒に日本から出ていかなかったんだ?米軍は皆出て言ったのに」と言われて、鼻で笑われた。

そもそも創真の父親は米軍とは全く無関係だし、父の親は早死にしている状態で、家のローンを払い終えたばかりの時に仕事を解雇されたせいで海外に移住する金も無かったのだが、それでも日本から出ていかなければならないらしい。


ある日、創真は同級生に「お前らのせいで俺の親父は死んだんだ!」と言われて、ボコボコに殴られた。

何度も言うように創真の父親は軍関係者ではないし、そもそも米軍が安全保障条約を反故にしたことと創真とは一切関係が無いのだが、それでも自分達が彼の父親を殺した事になるらしい。


中学に在籍していた頃、創真は一度も「日本人」として扱ってもらえず、ずっと「卑怯で薄情なアメリカ人」として扱われた。

国籍は日本で、日本で生まれ、日本語で話し、日本の文化に育てられ、外国に等唯の一度すら行った事がない。ずっと、「日本人」として生きて来たのに…………それでも、自分の扱いは「卑怯で薄情なアメリカ人」らしい。


中学三年生の時、父親は自らの目標の一つを果たした。

“日本に、骨を埋める”という目標だ。

創真の父親は、日本人の通り魔に刺されて、その日突然死んだ。


それで、母親の心も壊れたらしい。

母親はその知らせを聞いた次の日に、自殺した。


母親と父親の葬式の日、創真以外誰も居ない場所に町内会とやらの会長が来て、創真に金を投げ渡しながらこう言った。


『だから、さっさと日本から出ていけばよかったんだ』


だそうだ。


父親は、日本が大好きで……母親も、この国を愛していた。

普通に、ただこの国で静かに暮らしていたいと思っていた。ごく普通の家族だった。


それでも……この国から、出ていけばよかったと、この国の人間は言うらしい。


「日本ほど美しく、温かく、優しい国を、私は知らない」と、父は言った。


だから創真は、彼に一言だけ返した。

他の国に等、言った事は無い。だけど、はっきりと言える言葉だった。


「こんなにも汚らわしく、冷徹で、冷酷な国を、俺は他に知らない」と。


────


それから、色々な事が有った。

その後すぐに父と母の後を追おうとして、何処かのお節介な女に(ぶん殴って)引き留められたり、その女の居る孤児院に入ったり、軍学校に行ったり、本当に色々だ。


ただ結果として、何故か創真は憎むべき国である日本を守る為の軍隊に居る。

理由は二つ。


一つは、この世界で上に立てば、証明できると思ったからだ。

容姿が外国人コンナヤツでも、この国を守ってやれると、自分の父親を殺し、母親を殺したこの国の人間に、何もしないお前らよりもよっぽど自分の方がこの国を守護しているのだと、無理矢理にでも彼等に認めさせる事が出来る。そう思ったからだ。


そしてもう一つは、自分に自殺を(ぶん殴って)止めさせた女が、この世界に居るからだ。

あれから数年たった今では、流石にあの時自殺しなかった事は正解だったと思っている。おかげでこうして目的を持って、今も生きていられるし、美味い物も食える。


だから、あの時咄嗟にでも多少荒っぽくでも自分の命を助けたその女には、一応感謝していた。その女が命を賭ける職場に付くのなら、同じ場所で自分も命を賭けようと思えたのだ。


無論、一つ目の理由の方が主では有るが……


────


さて、話を戻そう。

航空学校に入ってから、創真はとにかく努力一本で駆けあがってきた。他人からの奇異の視線と遠回しな皮肉や嫌味を全て無視し、ただただ徹底的に自主勉強、自主練習に打ち込んで、他の訓練生を全て蹴落として成績でトップに立った。


そんな彼なので、彼の人生経験も相まって、彼は天才と呼ばれる人間の事が嫌いだった。

努力も何もなく、唯才能で上がって、周囲にちやほやされて良い気になっているような人間には虫唾が走る思いがしたし、そもそもそう言う奴は大概壁にぶつかるとすぐ折れる。

辛酸も、苦渋も、何も知らないからだ。


蜜だけを吸う人間等、軍隊に居る価値すらないと、創真は思っていた。


だから、神崎 凪に突っかかった。

年下の女に突っかかる等大人げないとは知っている。しかし持って生まれた才能に胡坐をかき15で軍に入って周囲から無駄な注目を集めている彼女は、創真にとっては大嫌いな天才の図そのものだったのだ。


同時に、彼女の父親の事も、創真は気に食わない。

神崎進は、日中戦争時代には既に自衛隊でパイロットをしていたそうだ……あの敗北戦争に関わった全ての軍人が、創真は嫌いだった。

創真にとっては、あの戦争さえなければ……あるいは、あの戦争で日本が負けていなければ、自分に振りかかる災いはせめてもう少し軽くて済んだかもしれないと思えてならなかった。

極論だとは分かっている。しかし彼にとっては親の生死の掛かる問題である。仕方がなかったと言われても、到底納得など出来なかった。「負け犬」「弱腰」と彼を呼んだのはその為で、正直な所、八つ当たりと変わらない事は彼自身も理解していた。


要は、それが八つ当たりで有ると知っていてもそれを止められないような子供ガキ。それが自分なのだ。開き直りだったが、創真はそれを知っていた。


だから、神埼 凪には負けたくない。彼の子供っぽさが、彼女に負ける事を許さないのだ。少なくとも彼女よりも自分が弱いと、神崎 進より自分が弱いと、創真は証明されるのが嫌だったのである。


────


「くっそ……!」

さて、その頃太一もまた、後方の柄奈を振り切れずに焦っていた。機体を先程から左旋回させ続けて格闘戦を展開し、何とか此方が後方に付こうとしているが、そうそう許してはもらえないらしい。

完全に後ろを取られてはいないが、円状にループ機動、いや、寧ろ少し後方を取られ掛けている形か……いずれにせよ此方に有利とはとても言いきれないが……


『とにかく……集中切らしたら落とされる……!』

キャノピーの外のちらりと見える相手方のF-22が、雲を引きながら此方を睨んでいる。こうなってしまうと最早どちらかが仕掛けていくしかない。だがどうしかければ良い?


元々太一は凪のように其処まで操縦技術に自信が有る訳ではない。下手に動いてこの巴戦ドッグファイトを無理矢理終らせようとすれば、恐らく|この機体(F-22)の操縦経験の長い彼女の方が有利だ。

だとすれば一パーセントでも良い。勝てる確率の高い手で斬り込まなければ此方が不利なだけで終わってしまう。これが実戦で有ればそれは死を意味する以上、下手な手を打つ訳にはいかない。


ちらりと一瞬だけレーダーを見た。戦場全体を移すそれが、まだ自分を含めた全ての機体が一対一の格闘戦の最中で有る事を知らせている。

小川や西島も相当なベテランであるはずだが、どうやら第一小隊の上官二名も相応の腕を持つらしい。凪も戦闘中、期待はしていなかったがやはりこの戦闘は自分でケリを付ける必要があるようだ。


勝つために最も有効な手立ては、相手の不意を付く事。どうすれば彼女の不意を付けるかを太一は考える。と、不意に、太一はレーダーを見直した。

レーダーの中で異常なほどに動きまわっているニ機。片方はfriend表示。凪とその相手(恐らくは創真)の組み合わせだ。


『不意を付く……』

と、不意に、太一の頭に、とあるアイデアが浮かんだ。成功すれば、相手二人に大きく隙を作れるが……


「……やってみるか……」

太一は凪に向けて個別回線を開く。

恐らくだが、今回は凪の方は絶対に負けたくないと思っている筈だ。

それは無論太一とて同一だが、彼女にしろ自分にしろ(いや、正確には彼女はどうかわからないが)勝つには今一歩足りないように思える。だとすると、その一歩を埋めるための物が必要だ。例えば……


「インパルス3!提案が有る!そのまま聞け!」

今から太一が言う作戦のように。


────


「…………!」

[出来るか!?出来ないか!?]

太一から個別回線で飛んで来た提案に、凪は並行して凄まじい勢いで操縦しながらも息を呑んでいた。確かに成功すれば相手に大きな隙を作れるが、気が付かれずにやれるかどうかは分からないし、失敗した場合はほぼ間違いなく落とされる。だが……


「んん……っ!!」

左に向けて振りまわした機体を即座に真上に振り上げながら、凪は思った。

このまま闘うだけでは、恐らく平行線の域を出ない。いや、集中力が切れた瞬間此方が負ける事が確定している以上、寧ろ此方の方が分が悪い。ならば……


「わ、かった!やる!」

[ん!三分後に指定ポイントに飛べ!]

「了、解!」

即座に機体を平行に一瞬だけ戻して今度は急行下、機体をロールさせてそのまま並行飛行から急上昇する。

Gで体がバラバラになりそうな体感をしつつも、凪は指定されたポイントと今飛んでいる位置を頭の中で確認していた。


────


「さて……ここから……」

凪に通信を入れてから一分後、突如として太一は操縦稈を引いた。

機体は指示に従い、突如として急上昇を開始する。身体に急激に掛かるGを感じて息を詰まらせながらも、太一はレーダーを確認。後方から柄奈の機体が追って来るのが分かった。


『しっかり、追って来て下さいよ……!?』

機体を平行に戻すや否や左旋回。柄奈を振り切ろうとするかのような急機動だ。しかし……


[Warning!In coming missile!In coming missile!]

『やべっ!?』

突如として機体内にミサイルアラートが響き、太一は自分がしくじった事を悟った。あちらの方が旋回半径を小さく旋回しているせいで、内側に回り込まれている!


「くっ……!」

即座に乱暴にフレアとチャフのスイッチを叩いて機体を急行下させる。またしても掛かったGが辛いが、今は構っている時間は無い。


『考え事して基本忘れる、アホか俺は!』

これが戦場なら死にかねない。とにかく今は接近しているミサイルを振り切る、話はそれからだ。


────


「躱されちゃったか……逃がさないけど!」

フレアにかく乱され太一の機体を見失ったレーダー上の《05式空対空誘導弾》を一瞥して、柄奈は機体を落としこむ。視界の先では、既に太一のF-22が機体を戻している所だ。


『へぇ……』

まだ新人っぽい硬さは有るが、思い切りのよい機動だ。よく練習しているのがうかがえる。

すぐ隣に本当の天才たる神崎 凪が居るから少し霞んでいるだけで、どうやら彼も相当の才能と腕の持ち主だと分かった。


『でも……それだけじゃ、先輩として負けられないわよ?』

こちとら既に一年間F-22(この機体)に乗っているのだ。早々負けてやる訳には行かぬとばかりに、柄奈は操縦桿を引き起こす。更に右旋回し、先程の事を反省したのか機体の速度を少し落として旋回半径を小さく回る太一の機体に、柄奈は続いた。


────


『はっ!まだ、まだだ!』

ヴーン!!と騒々しい音を立てて、機体横のM61A、20㎜機関銃砲。通称バルカンが、ペイント弾を発射する。しかしそれが発射される寸前で正面の目標機が機体をまわし、あえなくそれが回避される。


「へっ!」

のに構わず、創真は即座にその後を追った。徐々にだが、彼女の繰り出す機体の数々にも慣れて来た。後少しこの戦闘が続けば、確実に当てられる確信が起き始めている。


『さぁて……後何分持つ?神崎 凪……!』

獰猛な笑みをマスクの奥で浮かべながら、左旋回した正面の機体に合わせて即座に自機も左旋回。

それにしても、本当に彼女の戦闘機動は鋭い。既に何度も旋回による後ろの取り合いはやっているが、毎度ギリギリで後ろに付いているだけ。此方が円の内側に入れるだけの余裕のある飛び方を、彼女は一切してくれない。


「…………」

本当に、才能だけでこれだけの機動が身に付いたなら、勲章物だと創真は認めつつあった。

だが……これらは、本当に才能だけで身につけたのか、疑問にもなりつつあった。

これだけの激しい機動を繰り返しても、途切れない集中力、それに耐えら得るだけの体力も、前を飛ぶ彼女は持っていた。

それらは、決してただの才能だけでは身に付く物では無いと思う。特に体力などは、基本体を鍛えなければ身につける事は難しい。


あるいは……彼女も、有る程度以上の努力をしているようなパイロットなのだろうか。

そうだとするなら、少し……


「っ!」

突如急上昇を始めた凪の機体に、即座に反応して操縦桿を引き、機体をはね上げる。真上に上昇する凪の機体は、少し上がってから、又水平に機体を戻した。

それに合わせるように、創真も機体を戻す。その直後。


[Warning!In coming missile!──]

『何っ!?』

突然、ミサイルアラートが機体内に響き渡った


────


『えっ!?』

全く同じタイミングで、柄奈も又、驚愕する。創真と同じように、機体内にはミサイルアラートが響きわたっていた。急行下した太一の機体を追って、機体を水平に戻そうとした直後だった。


『……あっ!』

と、不意に正面を見て、気が付いた。

少し視線を向けた先には今まで追ってきた創真の機体が有る。だがその更に向こうに、もう一機、いや、ニ機の機体が有った。


「しまっ……!」

レーダーを見ると既にミサイルが近づいて居る。一刻の猶予も無い状況に、柄奈はフレアとチャフのボタンを叩きながら機体を戻すために引いて居た操縦桿をそのまま引き続け、急上昇を開始した。


────



『よしっ!』

『ここっ!』

太一と凪は殆ど同時に内心で叫んだ。互いに急上昇と急降下で機体を平行に戻し、向き合うように飛行することで互いを追い掛けている機体をミサイルの射程に収める。

残っていた08式の内ニ発ともを使ったが、その目論見は成功した。


回避のために柄奈は急上昇を始め、創真は急行下する。その隙を、凪と太一は見逃さない。太一は機体をはね上げ、ロールさせて並行に戻す。俗に言う、《インメルマンターン》と呼ばれる機動をとる。

凪は全く逆。機体を下方向に落としこんで、そのまま反転、やはりロールして機体を戻す。所謂《スプリットS》と言う奴だ。


先程は横方向にすれ違った二人の機体が、今度は縦方向にすれ違う。一瞬だけ見えた其々の操縦席コックピット、互いのヘルメットごしの顔を見て、彼等は小さく笑った。


回避機動をすでに終えた互いの相手に向けて、太一と凪は一直線に迫ると、即座に05式を発射する。またかとばかりにフレアを吐き出すニ機だが、別に彼等の狙いは其処では無い。

あちらがもう一度とった回避機動。焦ったからか今までの機動よりキレが甘い。既に、彼等は相手を機銃の射程に入れていた。


「これで……!」

「終わりです!」

ニ機のF-22の機銃が、一斉に火を噴いた。


────


「むぅ……」

F-22のコックピットから降りるや否や、太一は深く息をついた。

足元がフラフラしている。普段使わないような急上昇や急旋回。挙げ句インメルマンターンと言った、戦闘機動を使いすぎた。お陰で耐Gスーツを着ていてもこの有様である。


「情けねー……」

そんな事を思いつつ一人苦笑する太一の耳に、聞き慣れた声。


「片倉くん!」

「お、よぉ」

凪だった。顔にはとても嬉しそうな笑顔を浮かべており、それはもう元気そうな様子で此方に駆けて来る。


「お前、あんだけ戦闘機動取ってよく平気な」

「あははは……ま、まぁ好きだから。それより!勝ったよ!」

興奮した様子で言う凪に、苦笑しながら太一は答える。


「だな、お疲れ。いやーキツかった……お陰でふらふらだ……」

少し歩いてみると、足元がふらついた。真面目に結構体力を使ったらしい。


「大丈夫……?」

「ん、平気だと言いたいがきっつい……けど反省会有るからな……」

「そうですね。反省会までが訓練ですから」

「「っ!?」」

びくぅっ!?と二人が反応し、恐る恐る後方を振り返る。其処には穏やかに微笑む西島中尉と、その背後に憮然として直立不動の姿勢を取った小川大尉が立っていた。


「中尉、た、大尉……お、お疲れ様です」

「え、えっと……お疲れ様ですっ……」

「はい。お疲れ様です二人とも」

「あぁ……神崎、片倉」

「「は、はいっ!!」」

凄まじく低い声(まぁ何時もだが)で名前を呼ばれ、二人はカチーンと凍ったように直立不動する。時がたてばたつほど、小川の怖さがドンドン染みついている二人である。


「先程の飛行に付いて、後で話が有る。すぐにミーティングに来い」

「「り、了解しました!!」」

思わず敬礼して二人は返し、どうやらそれにつぼったらしく小川が歩き去った後で西島が吹きだす。


「ちょ、中尉!」

「ははは、い、いえ申し訳ない。上でも此方でも、余りにもお二人息が合っている物ですからつい……くくく……」

「え、えっと……」

吹きだす西島に太一は微妙そうな顔になり、凪は戸惑ったように目を丸くしている。


時折吹きだしながら小川の後に続くように建物の方へと歩いて行く西島を見ながら、太一は小さく溜息を付いた。


「はぁ……何て言うか……中尉って偶に俺らの事からかってるよな」

「そうだね、多分……」

言うと、二人は同時に溜息を吐いて、とりあえず耐Gスーツを脱ぐため建物の方へと歩き出す。と、建物と外を繋ぐパイロットの連絡口の手前で、不意に凪が声を上げた。


「あ」

「ん?」

「あら?」

「……ちっ」

正面を見ると、其処には自分達と同じく男女二人のパイロットの姿が有った。此方と同じく耐Gスーツを着た彼等は其々金と、栗色の髪。創真と、柄奈だった。


「……っ」

「あ、おい神崎!」

「…………」

と、隣に居た凪が、唐突にすたすたと歩き出し創真の前に立つ。創真は若干眉を待ちあげたが、昨日とはうって変わり、真剣な表情で凪を見ている。


「……本日は、ありがとうございました」

「……あぁ」

先ずは、とばかりに頭を下げた凪に、創真はつまらなそうに頷く。


「……勝ちました」

「…………」

「これで、認めていただけますか?」

「…………」

真剣な顔で自分の瞳を見る凪に、創真は一瞬苦虫をかみつぶしたような顔になる。が、やがて小さく一つ舌打ちをして、言った。


「……あぁ」

「…………!」

「認めてやる……確かに、お前とお前の親父は俺より上だ」

頑なに凪と目を合わせはしない物の、そう言った創真に凪はぱっと顔を明るくして、ガバッと頭を下げた。


「あ、は、はい!!ありがとうございます!!」

「ちっ……礼とか言う必要あんのかよ。ったく、調子狂う……次は勝つからな」

「え!?あ……」

ぶっきらぼうにそう言って、創真は凪の横を通り抜ける。太一の横を通る時、彼は小さく言った。


「テメェにもだ。二対二でも負けねェ」

「…………肝に銘じますよ」

通り過ぎた創真に、太一は苦笑する。と、その時だった。


「……いえ!!」

「?」

凪が珍しく大きな声を出して、創真は振り向く。凪は少し朱くなった顔で、真っ直ぐに創真を見ていた。


「次も、負けません!空では、絶対に!」

「…………」

それはきっと、凪のこだわりなのだろう。

普段の彼女よりも少しだけ強い口調で言った彼女の蒼い瞳は、強い決意を感じさせた。

そして、言われた創真は……


「……っは、言ってろ、ガキ」

ニッ、と初めて会った時より、遥かに優しげな、けれどもやはり皮肉っぽい笑顔を浮かべて凪に背を向けた。


「……ふぁぁ……」

去って行った創真の背中を見ながら、凪は気が抜けたような情けない声を出す。

全く、空の上の彼女とは本当にえらい違いだ。


「お疲れさん。こういう時だけは強気なのな」

「う、そ、そうかな?」

「そうだろ」

「まったくね~」

太一の言葉に、ニコニコ顔の柄奈が割り込んだ。

凪の顔を覗き込んで二コリと笑うと、嬉しげな声でそっと言う。


「でも、かっこよかったわよ?神崎さん、意外に負けず嫌いなのね~。アイツとおんなじだわ」

「え?そうなんですか?」

「えぇ、そりゃもう」

意外そうに聞いた凪に、柄奈は大げさに頷く。


「去年の丁度今頃はね、私とアイツも、今の神崎さんと片倉くんと、同じ事してたのよ?」

「同じ事って……」

「もしかして、夜間のシュミレーター……」

太一の言葉に、柄奈は微笑んで頷いた。


「そう言う事。アイツも、なんだかんだ周りに認められようとして必死だったの。だからその、おこがましいんだけど、今回の事は、大目に見てあげて?」

両手を合わせてこの通り!と頭を下げる柄奈に、凪はぶんぶん!と両手を振った。


「い、いいえ!そんな!もう気にしてませんから!」

「そう?そっか……ありがとう、神崎さん。あ、いけない!ミーティング!それじゃあ、今度は食堂で食事でもしながら話しましょう!またね!」

「あ、はいっ!」

「おつかれさまでーす」

タカタカと走り去る柄奈の背中を眺めつつ、太一はふぅ。と息を吐いた。


「さて、俺らもさっさと戻るぞ?時間遅れのお説教まで喰らうのは勘弁だ」

「あ、まって!」

二人も又、建物の方へと歩いて行く。


もう間もなく、夏が来る。

澄んだ青空の下で、緑色のパイロットスーツを着て、ヘルメットを持った二人のパイロットが、甲高いジェットの音の中を歩いて行った。


いかがでしたでしょうか?


初めての空戦描写……いやぁ、疲れました。

余りミサイルやフレア、チャフと言ったものに詳しくないので、本当に探り探りの描写となっております。

戦闘機動も上手くかけたかどうか……って、泣きごとを言っても仕方ないですね。

次回も、空戦の描写が入る予定でおります。


へたくそではありますが、どうぞ、よろしくお願いいたします。




……ワ-二ング!……

ここから先は、鳩麦がほかの艦魂作者さんのように少しちゃめっけのある事がしたかったために書いた、いわばおふざけです。

そう言ったものがダメだという方。安全のため、スクロールを即時停止。退却されるようよろしくお願いいたします。


では……真アトガキ、始まり始まり~


鳩「はい!どうもです!鳩麦です!というわけで第三話。今回は訓練と初の空戦描写をお届けしました!」


太「すっげぇしんどかった……」


鳩「ははは。その程度でばてているようではまだまだですね太一君。凪さんなんてもっと凄いですよ?」


太「あのなぁ……」


鳩「ま、それでもかなり原作の凪さんと比べれば弱体化させてあるのですが。やっぱりまだまだ新米ですからね。いきなりその基地のエース級バタバタおとされても困りますし」


太「パワーバランスってか?けど他の部隊の連中はアイツにバタバタと」


鳩「ははは。そこらへんは裏だから良いのだ。さて、それではそろそろ今回の短編に行ってみましょう。今回は……ちょっと未来の艦魂が出るお話です。では、どうぞ!」


IF:もしも彼が本編に登場するなら。その一(?)


「疲れながらの整備付き合いもいい加減慣れたよな……」

「あはは……そうだね」

時は194X年。時空間転移が成功した紀伊の中を、太一と凪が歩いて居た。

現在彼等は紀伊の航空部隊としてハリアー3に乗っており、一定周期で整備兵が機体を整備してくれているのだが、時折その整備にパイロットも付き合う事が有る。

特に多いのは出撃した後だ。機体の調子などがもろに分かった後なので多いのだが、唯戦闘開けにそう言うのを頼まれると正直少し辛い時もある。ちなみに今日の場合昨日が訓練だった。


「こういう時はやっぱ甘い物だと思うわけだ」

「あ、うん。それは思う。……チョコとか?」

「うん。そう思って作ってみた」

「え?あ!」

太一は凪の言葉に頷いて一つ、小さな何かを取り出す。それは……


────


「ふぅ……」

「これで、大体調整できたかね?」

「あぁ、一応今回俺から要望したいのはこの位」

「了解。すまんね毎回毎回疲れてる所に」

恐縮したように言う整備兵に、太一は苦笑しながら答える。


「気にしない気にしない。俺の方こそお世話してもらってんだから文句なんか言えねーって」

「ははは。そう言ってもらえると助かるが。それじゃとりあえず今回はこの位だ。後は任せてくれ。あ、これ、一応目を通しておいてくれよ」

「あいよ~」

渡されたのは損傷個所と対策、機体の調子その他を記したコピー用紙だ。自分の乗る機体の調子を十分に理解しておく事は、パイロットにとって当然の義務なのだ。


「ふむふむ……っあー、やっぱあんとき無茶だったか……」

「ふーん、案外面倒なのね、パイロットって」

「あぁ、そうだなってうぉぅ!?」

「っと、何よ、行き成り大声上げないでよ」

面倒臭そうに言った少女は、大体13歳くらいのショートカットの少女。


「んだよ、紀伊妹か」

「ちょと、何よその呼び方は!私には尾張ってちゃんと名前が……」

「終わり?」

「発音変えるな縁起悪い!」

太一の言葉に、紀伊の姉妹で有りクロノロード計画三番艦《尾張》の艦魂は答える。ちなみに彼女、真名は《明》と言う。


「で、何の用だその尾張様がわざわざ紀伊まで来て。お前の大好きなお姉さまなら見ての通り此処にはいねーぞ」

「止めてよ大好きなとか」

「実の姉妹だろうが……」

呆れたように言って、太一は又歩き出す。彼女……明は基本的に気まぐれで、唯我独尊的な性格もあって、他艦だろうと何処にでも表れる。


「で、ホント何の用だ。邪魔しに来ただけか?」

「別に?パイロットってのがどんな事してるのか興味湧いただけよ。私が知ってる中で艦魂が見えるパイロットってアンタとあの凪って子だけだし」

「なんでわざわざ見える奴のとこに来る……」

はぁ……と唸りながら太一は明を見た。この少女とはクロノロードに配属になった頃からの付き合いだ。未だに真名を呼んだ事は無いが、それなりに理解はしている。


「ったく……チョコやるから帰れ」

「え!?チョコ持ってるの!?」

言った途端に、明の顔がパァッと輝いた。ご覧の通り。明はチョコが大好きなのである。艦魂は虫歯にならないとは言え、余り食べるのも女子としてどうなのだとはちょくちょく思うのだが……まぁ、それは今は良い。


「あぁ。ほれ……」

「何よ~、そう言う事なら早く言いなさ……なにこれ?」

「は?」

太一が取り出したのは小さな蒼い袋だ。その中に、球状のココアパウダーをまぶした数個のチョコが入っている。

所謂……


「トリュフだよ。見りゃわかんだろ?」

「トリュフ?トリュフって珍味でしょ?何処がチョコなのよ」

「は?」

「は?」

拗ねたように言う明に思わず聞き返すと、明も聞き返してきた。

どうやら互いの間に何か決定的なすれ違いが有るらしい。


「あー、ちょいまち。トリュフってチョコ有るのは知ってるか?」

「え?なにそれ、そんなのあるの?」

「其処からかよ……」

あちゃーと言ったように頭を押さえる。太一を、明は不機嫌そうに見ている。


「つまり何?その黒い泥団子みたいなのが、そのトリュフってチョコなのね?」

「……分かりやすく言えば」

「ならよこしなさい。味見してあげるから」

「何で偉そうなんだ此奴……」

呆れつつも紙袋を渡すと、明は中身の一つをつまみあげて、口に運ぶ。


「あん……っ!!!!?!?!?!?!!!!?」

「なんだその鳩がM61喰らったような顔は」

間違い無く消し飛ぶ。


「え、何これ、ちょ、柔らかい!?チョコって堅いんじゃないの!?」

「いや、柔らかめにしたからな……っておい!!ぜん……ぶ食いやがった……」

「ん……美味しい……」

「あぁ?」

小さく呟いた後、明はガバッと太一の方を向いた。


「ちょっと!もっと無いの!?」

「あぁ!?ねぇよ、それで最後」

「あぁ、もう!じゃあ何処で売ってるのこれ!?食糧庫にあるの!?」

鬼気迫る顔で迫って来る明に、太一は呆れたように返す。


「それもねーよ。自作だそりゃ」

「自、作……!?」

驚愕したように、明は眼を見開いて固まる。


「……?おい?おーい「片倉っ!!」うおっ!?なんだ行き成り!」

「もう一回作って!今の!トリュフだっけ?もう一回作って!」

「はぁ!?」

「速く!」

「ちょ、おいっ!?」

行き成り太一の手を掴み、明は光に包まれる。艦魂の持つ、転移能力だ。


「うおっ!?」

その言葉だけ残して、太一はその場から消えた。


────


「てめぇ……こっちの都合も考えて……」

「おいひぃ……♪」

「…………」

それから数時間後、大量のトリュフを食堂の台所で作らされた太一は、息を切らしながら椅子に座っていた。目の前で次々にトリュフを平らげる明に、文句を言っても無駄だと悟って太一は息を吐く。

ちなみに、食堂の職員への説明は、同じく艦魂の見える食堂勤務のとある少女が周りに説明してくれた。


「はぁ……お前、今まで一度もトリュフ食った事無かったのか?」

「ん、うん。無いわね。チョコって板チョコかあの箱に色々入ってる奴だけだと思ってた」

「成程……」

それはなんとも、艦魂一のチョコ好きの癖して随分だな。と太一は考える。

しかしこのままだとこれから毎日トリュフ作らされそうな勢いだ。と言うか間違い無くそうなるだろう。

それは流石に困るが……


「ん……」

と、其処でふと、太一に良い考えが浮かんだ。

何となく、問言った風に、太一は明に聞く。


「……なぁ、尾張、お前《生チョコ》も食ったことね―の?」

「まだ新しいチョコが有るの!?」

「うおっ!乗り出すなバカ!ったく……ふぅむ。んじゃ明日また此処来い。食わせてやるから」

「本当!?約束よ!?」

目をキラキラさせて此方を見る明に苦笑しつつ、太一は言った。


「はいはい、約束してやるよ。んじゃ、明日の12時な」

「分かった!」


────


翌日。


「お、来たな」

「そりゃ来るわよ!で、チョコは?」

周囲を見回しながら言う明に、太一はしれっと言う。


「ん?そうだな。んじゃ始めるか。ほれ、これ着ろ」

「えっ?」

太一が投げ渡したのは、小さめのエプロンだ。

昨日あの後食堂の彼女に無理を言って作ってもらったのである。サイズは勿論、ぴったり明用だ。


「はっ!?何よこれ!?」

「エプロンだよ。チョコに見えんのか?」

「ど、どう言う事よ!」

「どう言う事も何も……食いたかったら作り方教えてやるから自分で作れって意味だが?」

「はぁ!?」

「俺はお前の執事じゃねーんだ。そう何度もタダでチョコ作ってなんかやるか」

そう言うと、明は顔を真っ赤にして返してくる。


「そ、そんなの反則よ!私が自分で作るなんて……冗談じゃ──」

「なら、生チョコは無しだな。あーあ美味いのにな~」

「ぐっ……」

唸るように言葉に詰まる明に、太一はニヤリと笑う。

生チョコ、と言う未知の美味しさの魅力と、彼女のプライドが闘っているのが分かった。


「どうする?尾張さんよ?」

「し、かたないわね……上等よ!作り方を教えなさい!ちゃちゃっと作ってやる!」

「教えてくださいくらい言えねぇのかお前は……」

はぁ、と溜息を吐く太一と、は無い気の荒い尾張は揃って、キッチンの奥へと向かった。


────


数ヵ月後……


「ね、ねぇ、孝介……」

「ん?どうした、明」

尾張、艦長室。其処で明は、自身の艦長を務める老人。椎名 孝介と向き合っていた。


その後ろ手に、包装された小さな箱を持って……




鳩「と、こんなところだ」


太「うっわ、お前まだ本編でも艦魂の説明してねぇくせに……」


鳩「うぐっ……き、気にするな!時代は後から追い付く!」


太「何言ってんだか……てか作者。なんで尾張なんだ?他にもいくらでもいるだろ?テーマに出来る奴」


鳩「うーん、まぁ僕が個人的に明が好きなキャラの一人だってのもあるし、チョコ好きと言う所からネタを思いついたせいもある」


太「へぇ。ちなみに作者本編上のキャラにランキングつけられるか?」


鳩「うーん、皆それぞれ良いキャラだからなぁ……エリーゼさんは悲劇的なヒロインとして十分だし、凛は成長した彼女の答えにとても期待してる。零はこれから活躍するだろうし、撫子さんもいまだに出て来なくなったのが信じられないくらい印象の強いキャラだった。ソラとかもね、パイロットと機体を繋ぐ存在としてとってもロマンあるよね飛魂って。機体がパイロットを自らの意思で……とかマジ胸熱。彼方や風祭さんなんかはそれぞれの相方とのこれからの絡みが見たいよね。ドイツのちょっとイカれた艦魂達もあれはあれでいい味出してるんだよなぁ、キャラとして、好きではないけど」


太「女ばっかな」


鳩「あえて絞ってるからね。男も入れてたらキリがない。ただやっぱり一番は……凪かなぁ」


太「ん……ま、そりゃそうか」


鳩「うむ。出なきゃこの作品を書かないしね。ま、それでもそれ以外にもたくさんの魅力的なキャラあってのあの作品だから、結論的には“皆好き”になっちゃうんだけどね」


太「一貫しとけよそこは……」


鳩「はっはっはっ。さて、ではまた長くなりましたwではっ!」



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