80,風舞う狼君。
ところでクリストフ家には専属医が居る。……いや、居た。今も居るけど、居た。
ランドルフ・ビストワーフ。
長い間クリストフ家の専属医として影から日向からクリストフ家を支えてきた人物だ。
自分の瞳に関しても積極的に情報を集め、調べに調べてくれた人。
最終的に雇っていた看護婦が情報を敵対組織に渡し、それによりいくつかの組織が動き出したために責任の一端は自分にあると専属医を、医者を辞めている。
渡した看護婦も家族を人質に取られ、やむを得ず行ったことだったこともわかっている。
ランドルフがそれにまったく関与していないことも、彼がクリストフ家に多大な貢献をしていることもこの屋敷にいる者ならば全員が知っている。
まぁ自分はついこの間知ったばかりだったりするけど。
レキ君は狼なので論外。
情報を渡した看護婦の処置については最後まで教えてもらえなかったけれど、ランドルフのご老人がどうなったかは教えてもらえた。
彼は医師を辞めた後はまだ元気な足腰と蓄えていた財産を使い、研究を始めたそうだ。
そう、 " 濁った瞳 " の研究だ。
専属医から自ら退いてもクリストフ家の……いや、自分の為にその身を捧げてくれているのだ。
正直彼がそこまでする理由がわからなかった。
お婆様曰く、クリストフ家はランドルフにとって家族同様。
たぶんこれに尽きるのだろう。
クリストフ家としてもご老人には専属医を続けて欲しかったようだが、自身の部下の管理もできなかった男では同じことがまた起こってしまうだろうと、頑としてその意志を覆すことは叶わなかった。
その代わり研究にかかる費用を全て受け持ち、研究所をクリストフ家の敷地内に建造している。
ランドルフのご老人もクリストフ家に住むようになり、たまに顔を見せに来たりもしてくれる。
研究は捗ってはいないらしいけど。
空いた専属医の席にはランドルフのご老人が退いた瞬間には第2専属医であるレイホーク・ランバラストという女性が就いている。
彼女は若い女医ではあるが、その知識、腕共にランドルフのご老人に負けないものだそうだ。
第2専属医だったのは若さによる経験不足故だったらしい。
その経験不足もこの数年クリストフ家の使用人達を重点的に見、祖父母の領地であるランドリッシュ領にある使用人育成施設で医師として働くことにより補われたそうだ。
どうやら祖父母の領にある施設は毎日怪我人が溢れているほどの過酷な場所らしい。恐ろしい限りだ。
もちろん、お婆様は詳細を話してはくれなかったけど。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「はい、お嬢様。もういいですよー」
柔らかい優しい声音。
女医さんというと結構きついイメージが強い自分にとってはこのレイホークという人はどちらかというと保母さんのような感覚がある。
「今日も健康ですね。さすがお嬢様です。この調子で健康体でいましょうねぇ~」
肩口で揃えられたストレートの髪。
にこやかにあやすようにかけられる言葉には嘘偽りもなく、表情と魔力の流れにも偽りの様子はない。
この笑顔は心からのもののようだ。いくつかの条件があるが、魔力の流れから言動の真偽をはかることができるようになった。
その条件も割と厳しい物なので日常的に使えるという物でもない。
特に間近に接しなければいけないというのが一番厳しい問題だったりする。
触れえる距離。
医師として触診をする彼女にならこの距離はあっさり解消される問題だったので、その他の条件をクリアし言動の真偽をはかるに至った。
とはいっても完全にわかるものでもない。あくまでなんとなく、勘の領域を出ていない代物だ。
なんせ検証回数が少ない。
しかもそのほとんどがレキ君を相手に実験している段階だ。
最近のレキ君は右足を前に出すことが多すぎるのだ。
その真偽をはかるためになんとかならないかと開発した技術だったりする。
なので基本的にレキ君用。人に対して使用するものではないのだ。
今日使ったのはなんとなく。人にも使えるかなぁ、と思ったからだった。
「最近は体重も順調に増えてきて身長も伸びています。あの狼君のおかげで運動もしっかりできているようなので体力も申し分ないですね」
「では、例の突然昏睡状態になる現象については?」
「あれに関しては情報が不足していて未だに不明です。ビストワーフ様も調べられておられるようですが、やはり情報不足が否めません」
「そう……」
「起こったことに対して万全を期そうとするのはいいことだと思います。ですがそのことばかりに囚われてお嬢様に心配をかけてはいけません」
「……そうね。ありがとう」
「いいえ、その言葉はお嬢様に」
エナとレイホークさんがこちらを向く。
2人共すごくいい笑顔をしている。レイホークさんは慈しむ様な慈愛に満ちたマリア様という雰囲気の笑顔。
エナはいつもの母親のような暖かい笑顔だ。
先ほどまでしていた厳しい表情とは思えないほどに柔らかい包み込まれるような笑顔だ。
「ごめんなさいね、リリー。心配かけちゃって」
「ふふ……そうですよ、エリアーナさん。リリーちゃんはすごく聡い子なんですからなんでも見抜いちゃうのよ?」
「そうですね……。リリー……。いっぱい遊んでいっぱい食べて、元気でいましょうね」
お婆様の柔らかい膝の上からエナの腕に包み込まれる。
体を揺すって眠気を誘う暖かい美声がベビールーム全てを覆い隠すように包み込む。
最近はお昼寝なんかもレキ君と一緒にしているけれど、今日は一緒にできなさそうだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
13の月ももうすぐ終わる。
1月の間中兄姉と共にレキ君と戯れる日々が続き、それももうすぐ終わりとなる。
この1月の間に試されたレキ君との遊びは結構な数に登っている。
毛玉遊びから始まり、フリスビーのような丸い物を投げたり、追いかけっこをしたりちょっとした散歩をしたり。
ちゃんと出来たら撫でて褒める。
出来なかったらちゃんと叱ってもう一度。
でも怒鳴ったり殴ったりはしてはいけない。元々そんなことをする気性ではないテオとエリーなので問題はないけど、エリーの見つけてきた躾本をテオも読んだらしくその辺を楽しそうに自分に語りながらレキ君の調きょ……もとい遊びを続けていく。
撫でられるのに慣れてきたレキ君は時々ふざけて甘噛みしようとしてくる。でもこれもだめだ。
甘噛みを許容しちゃうと日常的に甘噛みをしていいものと認識してしまうらしい。それは大きくなるに連れて危険な行為となる。手加減を誤ったらレキ君の身体能力では簡単に食いちぎれるのだから。
その他にも追いかけっこでは追い詰めたり、上からかぶさるような捕まえ方もだめらしい。
襲い掛かられているような印象を与えてしまうそうだ。
手足や首などを無理やり掴んで引き寄せたりするのもだめらしい。
あくまでも言葉やジェスチャーで自発的に近寄らせるのが肝心だそうだ。
前にやった魔力ライダー的なアタック方法はだめだめだったようだ……。気をつけよう。
レキ君は狼だけど、犬のしつけ方と似たようなことをしている。さすがに狼の躾本はなかったらしい。
頭もいいので一度言えば大抵の遊びは覚えてくれる。
今日もレキ君とテオとエリーの4人で色々と工夫しながらの遊びを行っていく。
だが今日はちょっと違った。
この1月でレキ君がものすごい成長をしているので体が大分大きくなったのもある。
初めて会ったときは自分の胸くらいの位置にあった肩がもうすでに自分の顔と同じ位置に来ている。
いくらなんでも育ちすぎじゃないだろうか。
この調子だとレキ君は全長うん十メーターになっちゃうんじゃないか?
巨大狼に成長したレキ君を想像しながら、それもアリじゃないかと思う自分。
まだ巨大というほどじゃないけど中型犬から大型犬くらいにクラスチェンジしたレキ君の背中は乗り心地がいい。
そう、今自分はレキ君の背中に乗っているのだ。
まさに以前願ったあのレキ君の背中に乗ってひゃっほー状態である。
スローペースにとてとて、とゆっくり歩いているので手放ししても大丈夫なくらいなので両手を挙げてまさにひゃっほー状態だ。
「リリー楽しそうだね。レキの乗り心地は最高?」
「あい!」
「そっかー。いいなぁリリー。私も乗りたいなぁ」
「エリーが乗ったらさすがにレキも潰れちゃうよ?」
「テオ……いい度胸ね」
「ひっ!」
「ひゃふー」
エリーから放たれた殺気とも言えない微妙な負のオーラに敏感に反応して脱兎の如く逃げ出す我らがお兄様。
始まったテオとエリーの追いかけっこに刺激されて、レキ君もそれに混ざるように加速する。
背中に乗ってる自分のことはちゃんと意識してくれているようで、振動はあるもののそれほどでもない。アレクに以前やってもらった人力ジェットコースター――アレクコースター並とは言わないが、風が頬にぶつかる躍動感が堪らない。
この程度の速度ではレキ君は他にもたくさん気を配れるようで、波打っている鎖ですら誰にも接触することはないようだ。
「りぇきくん、ごーごー!」
促せば速度も上がり、追いかけっこをしていた兄姉を追い越して広いようで狭いレキ君ルームには一陣の風となった幼女と狼が吹き荒れた。
ランドルフのご老人のその後と、その後釜の話でした。
レキ君もすくすく成長しております。
……驚異的にの間違いでしたね。
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