76,狼君の受難。
「あぁ……リリー。今日も可愛いよ! ほんと、もぅもう! 大好きだっ!」
「あぅ」
訓練が終わって駆け寄ってきたテオのテンションは今日も高い。
いつも汗だくになって訓練しているはずなのに彼からは石鹸のいい匂いと、彼独特の爽やかな香りがする。
さすがは学園で王子様と呼ばれているだけのことはある。
訓練が終わったらすぐに学園に行かなければいけない彼は時間がない。
でも必ず自分に会うときは汗臭いのをきちんと流してきている。それどころか薄く爽やかな香りまでさせるのも忘れない。
テオの体臭が爽やかなわけじゃない。もちろんこれは香水だ。
でも香りがきつくなりすぎないように、ほんの少しだけつけているようだ。
10歳なのに自身の香りにまで気を使っている、さすが王子様だ。
「あぁ……もっとリリーと一緒に居たいけど、今日はもう行かないと……。
でもね! でもね! もうちょっとで冬の長期休暇だからすぐに一緒に居られるようになるよ!」
抱きしめて頬と頬をすりすりすりすり。
クティのジェラシーメーターが半ばくらいまで到達しそうなくらいで名残惜しそうに離れたテオから冬休みの報告が入る。
そうだった。もうすぐ冬休みになるのか。
今はレキ君のお勉強もあるし、あまり時間を多く割きたくないんだけどなぁ。
テオには悪いけれど、今年の冬休みはあまりかまってあげられませんよ!
「それじゃぁ……行って来るね。
ボクが居なくて寂しかったらレキに慰めてもらうんだよ?
でもすぐ帰ってくるからね! 待っててね!」
頬に少し長めにキスをしてこれまた名残惜しそうに離れた我らがお兄様。
しかし次の行動にはちょっと思考が停止してしまった。
なんとあのレキ君の頭を撫でておられる。
どういうことですか!?
レキ君! レキ君!? テオには触らせて自分には触らせてくれないんですか!?
どういうことですか!?
あれほど君の円らな瞳に宿る警戒の流れを汲んでゆっくりゆっくり慣らしていこうとしている自分の考えは完璧無視ですか!?
テオはよくて自分はだめなんですか!? これはひどい! ひどすぎる!
でもレキ君は悪くない! レキ君はある意味被害者!
悪いのは……悪いのはッ!
クティのジェラシーメーターが振り切れる前に自分のジェラシーメーターが振り切れてしまった。
「にーに、きあい!」
「え!? な、なんでリリー! ぼ、ボク何か悪いことした!?
ご、ごめんね……許して! お願い!」
唇を尖らせてそっぷを向くと裏切り者のお兄様は泣きそうな声をあげるが知ったことではない。
かなりがんばって色々教えてるのに触らせてくれないレキ君をあんなに簡単に撫でるなんて!
信じられない!
……やっぱり……やっぱりッ! レキ君もレキ君だ……ずるいぞ!
「りぇきくんもじゅるい!」
「ええぇ……レキもなの? ほ、ほらレキも謝って」
またレキ君の頭を触って無理やり下げさせようとする裏切り者のお兄様。
レキ君嫌がってるじゃないですか!
なんていう鬼畜なお兄様だ! その所業まさに外道!
「にーに、きあい!」
「う、うわーん! リリーお願いだよー許してぇー!」
レキ君を巻き込んだ珍しい兄弟喧嘩はのほほんとしたお婆様が学園の時間が迫ったテオを強制連行するまで続いた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
【クティ……私は思ったんだよ……少しレキ君を甘やかし過ぎたのかもしれない】
「うん、私もそう思うよ! レキはちょっと図に乗り過ぎだよ!」
「……そうか?」
【だからね、ちょっと厳しくしようと思うんだ!】
「そうだ! そうだ! もうレキの時代は終わったんだよ! これからは私の時代だよ!」
「……おまえの時代なのか……暗黒期だな……」
【むしろ私の時代だけどね! さぁレキ君! 今日は手加減しないんだからね!】
レキ君に背を向けてしゃがんでクティと密談をし終わえると、成長した足腰を駆使してさっと振り返る。
「あらあら、リリーちゃんはいつの間にそんなに早い動きができるようになったのかしら。
さすが私の孫ね。嬉しいわぁ……」
お婆様が後ろで感動しているけど今はちょっと後にしていただこう。
目指すは欠伸をしてのほほんとしている彼だ。
【レキ君……あくびをしていられるのも今のうちだけだからね!】
「やっちゃえ、リリー! レキなんてぽぽいのぽいだ!」
「……わぅ?」
いつもと雰囲気が違うことに気づいたレキ君が小首をかしげて円らな瞳を向けてくる。
【くっ……あの可愛らしい円らな瞳にいつもやられちゃうんだ!
だけど今日はそうはいかないんだからね!
必殺!】
どこぞのバッタの怪人1号が変身するかのように腰に伸ばした手を平行に当てる。
そしてぐるっと回して180度反対方向へ。
圧縮した魔力を目に集中していく。
もちろん腰の中央部でくるくる回転させるのも忘れない。
古いとかいつの人だよって突っ込みはこの際置いておけ!
再放送とか親が好きだったとか色々あるんだ!
生前に漫画だって読んだぞ! 力の1号、技の2号だ! でも3番目が一番強いんだぞ!
「ひぇんちん!」
「おおおお! リリーかっちょえー!」
「……」
「わう?」
「あらあら、がんばって~リリーちゃん~」
後ろと前からの声援と無言になってしまった先生が呆れた表情なのがちょっと胸にぐさっと来たけどここでやめるわけにはいかない。
もうここまでやってしまったのだ。引ける訳が無い。
変なテンションは冷静になったら終わりだ。
今ここで冷静になってしまったら立ち直れない!
気合と掛け声により増幅された魔力が急激に圧縮されていく。
膨大な量の魔力を出力し、それを凄まじい勢いで圧縮していく。
すでにお婆様には何かやることを悟らせている。
だから気にしない……。
気にしてはいけない……。
……気にしたら負けだ!
後ろでお婆様が息を飲むのが分かる。それほどに凄まじい量の魔力を出したのだ。
そしてそれらが凶悪なまでの圧縮率をもって小さく小さくなっていく。
ミラを快楽の渦に叩き込んだあの圧縮よりはまだ少ないが、体内で圧縮するより出力後に圧縮した方が効率がよくなっている。
深まる知識を元に考案した圧縮法だ。
だが普段はお婆様が居るのでなかなか使えなかった。しかし今はもうそんなことは気にしないでいい。
圧縮した魔力を全身に纏い成型。
形作られるはまさに魔力の鎧。
両肩につけられた小さな盾のようなパッドには中央部に大きな宝石。
胸を覆うは精緻な鎧の如きフォルム。枠の中にはめ込まれたプレートは宝石の如き輝きを放っている。
鎧の下にはコートを羽織り、ベルトで抑えるように締めているようなロングパレオのような微妙な形の上着を纏う。
足には膝まで覆うロングブーツを履き、手袋をしっかりはめ指には大きな指輪。これをベルトに嵌めて魔力を通すと違うフォームに変身できるのだ。
バッタの怪人にはならないが、近代型の魔法使い系の彼らっぽいデザインが完成する。
まさに変身。
意気込みに負けない完成度だ。
部分的にはうろ覚えが酷くて間違っているところもあるがおおよそ問題ない。
ちなみに顔には仮面はつけていない。あの辺は全然覚えていなかった。
「かっこいー! リリーすごい! すごすぎるぅ!」
「……」
「……わ、わぅぅ」
完全にヒーローに憧れる男の子のようなキラキラの瞳になったクティ。
変わらず無言で呆れた表情を濃くする先生は放っておこう。そうしよう。
レキ君の表情から察するに完全に困惑している。だがそれがどうした。
問答は……無用だ!
全身に鎧を纏った魔力ライダーと化した自分が困惑している物体に向かって唐突に走りだす。
しかしこの魔力の鎧は見た目をカバーしているだけだ。
当然身体能力があがったりはしない。
トタトタといつも通りの小さい歩幅で走り……もとい早歩きで接近。
困惑したまま止まっているレキ君に思い切ってダイブした。
「わぎゅ……わぎゃぁぁあああふん……」
ダイブした衝撃でちょっと苦悶の声がレキ君から漏れるがそのあとの声にならない鳴き声はまさに泣き声。
全身に纏った状態の圧縮魔力による愛撫は強烈だったようだ。
あげた悲鳴にも似た嬌声はすぐに尻すぼみになり、びくびくと痙攣しはじめてしまった。
ふ……勝った。でも虚しい戦いだったぜぇ……。
ふかふかのお腹の毛に顔を埋めてうりうりしながら虚しい戦いの勝利の余韻をたっぷり味わった。
シャバドゥビタッチヘンシ~ン。
勢いって大事です。
丹精込めたもふもふではなく、凶悪なまでの威力を発揮することを念頭に置いたもふもふとも呼べない酷い出来です。
別名八つ当たりともいえます。
でもこれで距離が一気に縮まったかも? え? 広がったって?
知らないよ!
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