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濁った瞳のリリアンヌ  作者: 天界
第一部 第5章 3年目 前編 2歳
85/250

75,狼君との距離。



 今日も朝からレキ君ルームでいつも通りに微妙な距離を開けて見詰め合う作業を始める。

 微妙な距離を開けるのはきちんと訳がある。

 魔力の文字を書き出すのに使うスペースだったり、色々な絵を書き出すスペースだったりするのだ。

 もちろん2人が横を向いてそこに書けば効率もいいのだが、常に近くにお婆様と今日の専属――ラクリアがいる。

 そんなことをしていたら不思議な状態になってしまうのだ。


 その他の対策としてレキ君に寄り添って毛並みをもふもふしながらもふもふ授業をするというもふもふな提案があるのだが、未だそれは達成されていない。

 レキ君の円らな瞳の警戒心は未だ彼に接触させることを許さない。



 おかしい……自分は彼のご主人様のはずなのに……おかしい。

 ちなみに妖精ズのお2人さんも彼には触っていない。むしろ触ろうとしていない?



 理由はわからないけれど、彼に一定の距離を置いている2人。

 多分聞けば教えてくれるだろう。でも今はそんな些細なことを話しているときではない。


 見詰め合う振りをして今日もサニー先生の難解な授業が始まる。

 早くもレキ君はあくびをしている。

 クティの図解は彼の後ろ側にあるためそっちを見たりこっちをみたり、あくびをしたり伸びをしたり。



 自由人だなおい。

 いや自由犬? 自由狼か。

 でも彼の首には常に首輪と鎖が繋がっている。

 その鎖には魔力の流れがはっきりと見える。つまりこれも魔道具。

 どういう魔道具なのかはわからないが、表面に見える凹凸――刻み込まれ封じられた魔術を解析できるまでになった自分なら少し時間をかければわかるだろう。

 だから動かないで! じっとして! 読めない! 読めないってば!



「聞いているのかね?」


【はい、ちゃんと聞いてます! 大丈夫です。

 2級魔術における防御層の構築速度は3級防御魔術の約6倍の遅延速度となるってことですよね。

 遅延理由としては層構築の密度、魔力量、全体的なイメージが3級防御魔術とは異なり複雑化するためです。

 その代わり得られる防御効果は14倍になり、消費される魔力の量は4倍になる。

 構築される防御層には多重層を随時補強し、追加する作用を追加付与することにより永続性を保つという方法がありますが、それらは2級の上位に位置するので今回の防御層構築に置いては省いています】


「う、うむ……まだ魔力量については説明していないのによく出来ている……それに追加付与にも頭が回っているのか……」


「天才だよ! 天才がここにいるよ! 誰かー天才だよー!

 きゃーきゃー天才だよー!」


【えへへ~……もうクティってばー】


「おほん。よし、では――」



 いつものようにいつも通りのやり取りをしながら授業は進む。

 マルチタスク能力も某十何人もの人の話を同時に聞くことが出来た人並とは言わないが相当上がっている。

 この辺は今の段階に達してから成長の色が見えないけど、ここまで上がっていれば十分なような気もする。

 今なら5,6個思考を同時進行させつつ、先生の授業を受けることもできる。ただし、理解力は落ちるが。


 あまり意味がないので5,6個に思考を割ることはしないけれど、2,3個に思考を割ることはいつもしている。


 レキ君の無駄に忙しい動きを追いながら授業を平行して聞いていく。

 彼の鎖が外されたことは今のところ見たことはない。







◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆







 たまに午後に来ると訓練教官みたいな人がレキ君の訓練をしているのだが、そのときもきちんと鎖はつけたままだ。それをリード代わりにもしている。

 やはりあの鎖は何かあるんだろう。


 レキ君の訓練は声を出しての行動指定。

 座れ、伏せ、おいで、待て、よくできました、だめ、まっすぐ進め、右に進め、左に進め、等々。

 そういう訓練中ではないからか排泄を促すようなことはやっていなかった。

 確か盲導犬はワンツーって言って排泄を促す指示語があったはずだ。理由はわからない。

 生前にそんな漫画を読んだけどうろ覚えだ。


 それにしても意外と盲導犬になるための訓練もしっかりしている。

 やはりこの世界にも盲導犬がいるのだろうか。

 生前の世界での盲導犬の原型は紀元1世紀あたりにすでに居たらしい。

 だがきちんと訓練して盲導犬が誕生したのは1800年あたりだったはずだ。

 この世界は中世のようで近代のような魔道具もあったりちぐはぐだ。

 あまり生前の世界の常識や歴史が当てにならないとはいえ、指標くらいにはなってくれる。

 それを参考にしても盲導犬モドキはいてもしっかりとした訓練を受けた盲導犬はいないと思っていた。



「サニー先生。盲導犬って結構いたりするんですか?

 今レキ君が受けている訓練とかしっかりしてますよね?」


「ふむ。そうだな。確か報告書のどこかに記載があったとは思うが、こんなにしっかりとした訓練は行っていなかったはずだ」


「あー……48908回目の定期報告報告書の2879ページ目の13項だよ」


「あぁ……アレか」


【……クティもしかして報告書とか全部覚えてるの……?】


「いや、これは覚えているというよりは記憶してあるのだよ」


「そうそう、あんないっぱい覚えてられないよ~」


【記憶……ですか?】


「うむ。クティの作った魔術の1つで既存の魔術ではない。これほどの性能を誇る魔術が既存の魔術にあったら確実に級の項目が増えてしまうからな。

 まぁまず扱える者がおるまいが」


「結構難しいからねー。使えるのも私と~サニーと~ナターシャと~あと数人くらい?」


【そうなんだ……クティの隠蔽魔術すら難しいのに……そんなのいつになったら使えるんだろう……】


「ん~? 隠蔽魔術はかぐあが」



 クティが何か言おうとした瞬間にサニー先生が唐突に水面蹴りをしてクティの足を払った後にジャックナイフよろしく腹部を蹴り上げていた。



 見事すぎる連携だ……。サニー先生って結構武闘派だよねぇ……。

 あれを食らっても数分で復帰してくるクティもクティだけど。

 それにしても浮いてるのに水面蹴りって意味あるのかな。あ、でもちゃんとバランス崩してたし意味あるのか。

 それに……そんなに足開くとパンツ見ちゃいますよ、先生。



 等とちょっとずれた考察をしているとレキ君の訓練も終わったようだ。

 自分が来るとちょっと早く終わるらしい。

 訓練よりもまずはご主人様と接することの方が大切のようだ。



 まだ触らせてすらもらえてないからね……。



【訓練ご苦労さま、レキ君。

 お疲れかな? ささこちらのお水をどうぞどうぞ】



 教官さんが何かを拾って何かを注いでいる仕草をしたので、レキ君用の水皿に水を入れているんだろうと察知。

 教官さんが注ぎ終わったところでラクリアがそれを持ってこちらに来る。

 教官さんは自分に近づくことはできない。これはレキ君ルームでのルールだ。

 なので専属が代わりにお水を貰ってくるのだ。


 ラクリアから慎重に渡された水皿を持つと結構重い。幼児の筋力ではこの程度の物でも大変なのだ。


 なんとか距離を縮める為にもちょっとへりくだってレキ君に水を勧めると特に何の反応もなく飲み始める。



 これはチャンスだな……。

 今ならきっと頭を触っても大丈夫。……大丈夫……だよね?



 ちょぴちょびと水を飲んでいるレキ君にそーっと小さな手を近づけていく。

 自分の行動を察知したラクリアも水を渡したら通常は待機位置に戻るのをその場に留まっていつでも動ける体勢を取っているのがわかる。



 だって偉い緊張してるもの……ラクリア。

 そんなに緊張しないでほしい。こっちまで緊張してくる。



 そーっとそーっと近づけていく手だがレキ君は特に反応がない。

 一心不乱に水を飲んでいる。そんなに喉渇いてたのだろうか。

 そーっとそーっとゆっくりしすぎたのがまずかった。

 一心不乱に飲んでいた為あっという間に水が空になってしまったのか、レキ君が顔を上げた。

 そして見つめられるは円らな瞳。



 あぁぁああ……そんな目でみないでぇ~……。



 円らな瞳には警戒心とほんの少しの疑問と好奇心。

 ちょっとくらいなら触ってもよさそうな気もするけど、伸ばしていた手をじっと見た後ぷいっと視線を逸らして反転。

 レキ君の定位置に戻ってしまった。


 レキ君は鎖に繋がれているけど、その行動半径はかなり広く設定されている。

 ストレスを多少なりとも減らすためだろう。こんな広いところで飼っているんだから当然といえば当然だけど。



 それにしてもいつになったらレキ君に触れるんだろうか。

 あのふさふさで滑らかでつやつやでふわふわで……。あぁいけずぅ~。



 レキ君に触れる日はまだまだ遠いかもしれない。





まだまだ触らせてくれないレキ君でした。


すでに魔道具に封じられている魔術の解析が可能な段階まできていますが、なかなかサニー先生は魔術を教えてくれません。

解析が可能なのに魔術を知らないというのは、基本的に知らないのが既存の魔術だからです。


まぁ解析が可能なのでアレがコレしてソレなのは言うまでもありませんが、色々と必要なのです。

故に現在は魔術は使えません。



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