71,プロローグ
今日から異世界に転生して3年目。
2歳の誕生日だ。
ローランドお爺様とアンネーラお婆様の誕生日プレゼントとして贈られたものが今目の前に鎮座している。
檻状の魔力のその中には、生き物の魔力が見える。
寝そべるような格好で、だが気だるげに顔だけはこちらを向けて。
2つの瞳からはこちらを窺うような魔力の流れが見える。
知らないところに連れてこられて知らない人が目の前に居る。
それは当然の反応だろう。
「これが俺達からのプレゼントだ」
「ふふ……この子はね、すごく珍しい種類の子なの」
すでに床の上に下ろされている自分に目線を合わせるようにしゃがんでくれているお婆様から説明が入るが今ひとつその説明ではわからない。
「すごい……まだリズヴァルト大陸にいたんだ……」
独り言のように零されたテオの言葉からも今目の前にいるものがとても珍しいものだということがわかる。
でも説明になってない。誰か説明を……。
と思っていたら、サニー先生の口が開く。サニー先生ならしっかり説明してくれるに違いない。
「ふむ……確認されていた個体数は確か100頭に満たなかったはずだ。
それもこいつは子供の固体だ……相当珍しいな」
「そうだねー。発見した子達の報告書は見たけど、実際にみるのは始めてだねー」
【そんなにこの子は珍しいんですか?
できれば種族とか色々教えて欲しいです】
「うむ。珍しいどこの騒ぎではないな。
これはサルバルアと呼ばれる種で、リズヴァルト大陸に大昔は相応の数生息していたが、今では絶滅を危惧されるほど少なくなっている狼だ」
サルバルア。
こちらの世界の言葉で月の形や姿――月影を意味する言葉だ。
どうやら目の前にいる中型犬ほどの大きさの犬は、犬ではなく狼だったようだ。
しかも絶滅危惧種。そんなすごいのをプレゼントって大丈夫なんだろうか?
「リリアンヌよ。コレはおまえの補佐をするためにたっぷりと仕込んである。
ほら近づいても大丈夫だぞ」
「大丈夫よ、リリーちゃん。何かあったら私が守ってあげますから」
お爺様とお婆様に促されてゆっくりと檻に近づいていく。
この2人は自分に視力がまったくないという認識をもう完全にしていない。結構色々見せてしまっているし、今更なのだ。
窺っていたサルバルアの魔力の流れは徐々に警戒へとシフトしていく。
だがお爺様がいるからなのか、それ以上にはならない。仕込が済んでいるというのは本当らしい。
そして補佐、だ。
この子は盲導犬として自分をサポートすることになるんだろうか。
この世界に盲導犬という概念があったことが驚きだ。
寝そべっていたサルバルアも警戒をして耳がぴくぴく動いてはいるものの、近づいても吠えたり唸り声をあげるということはしていない。
「おて」
檻のぎりぎりへ手を出してとりあえず、犬系ペットの基本を試してみることにした。
仕込が済んでいるならこれくらいできるだろう。
だが何の反応も返ってこない。
「リリーちゃん。この子はお手はしないわ。
サルバルアという種はプライドが高いから、そういうことは教えてもしてくれないの。
とても頭がいいですからね」
「うむ。おまえのサポートのための行動を仕込むだけでもかなりの時間がかかったからな」
2人はそういうがなんとなくこの子はお手をしてくれるのではないかと思ったのだ。
ちょっと残念。
「それにしてもこいつ私達のこと見えてないのかな?
サルバルアって基本的に魔眼持ちだよねー?」
「あぁ……恐らくこの檻のせいだな。
これが魔道具になっていてこいつの力をかなり制限している。顔合わせだからと念の為の処置だろう」
【ということは普段はサルバルアって魔力が……妖精族が見えるんですか?】
「あぁ、見える。君の魔力文字も見えるだろうな。
こいつの知識量にもよるが成体にまで成長したサルバルアなら問題なく、文字を認識できる」
【すご……狼なのに】
「もちろん普通の狼などでは無理だ。
このサルバルアという種だからこそ可能なことなのだ。こいつらの脳はかなり高度に発達している。
人に近いかそれ以上だ」
「もしかしたら意思疎通できるようになるかもね!」
頭の上に移動したクティが自信満々に言ってくる。絶対ドヤ顔だ。
サルバルアはかなり頭のいい種類のようだ。
もし本当に意思疎通ができるのなら是非してみたい。
でもまだ子供のようだし、それも難しいだろう。じっくり色々教えていきたいところだ。
【クティ。この檻の力って外せる? なんだかこの子弱ってるし、ちょっと可哀想。
それに檻の力がなくなれば魔力もみえるんでしょ?】
「ん? そうだと思うよ~。外すのは簡単簡単、えい」
檻に流れていた魔力がクティの一言で一斉に停止、すぐに見えなくなる。
「あら? ロー、檻が止まったわ」
「む? 本当だ。何があった?」
クティが檻の魔道具を完全に停止させてしまったのでにわかに周りが騒がしくなる。
お婆様は膝をついたまま自分を包み込むようにしていつでも対応できるようにしているが、その場に留まってくれていたのが幸いだ。
【読めるかな? 私はリリアンヌ・ラ・クリストフ。君の新しいご主人様……かな?】
サルバルアの子供も檻が停止したことに気づいて警戒して鋭くなっていた目が大きく見開いている。
心なしか弱っているように見えたのもなくなったような気がする。
犬……じゃなかった狼の細い目が見開いているのは結構変顔だな。
だがそんなことは気にせず見えるように魔力文字を出してあげたのだが、どうにも反応がない。
魔力文字じゃなくて目線が全然違うところをみている。
見ているのは傍らに浮かんでいる妖精達。
「なんか見られてる~」
「ふむ……私達が珍しいか? おまえの方がよっぽど珍しいぞ、犬」
「ウゥー……」
妖精ズの言葉に低く、だが小さい唸り声で答える狼。
そしてやっと魔力文字に気づいたようだ。
今度は目が点になっている。実に多彩な顔芸だ。
【えっと……やっと見てくれた、のかな? こんにちわ】
「ワゥ」
こちらの挨拶に小さく返事を返してくれたので文字は読めているようだ。
返事なのかどうかは狼語はわからないので適当だが、たぶん返事だろう。
「よっ! これで復旧だ」
お爺様の声が聞こえると同時に檻に魔力の流れが戻ってしまった。
「まったくなんだったんだ? 突然停止するなんてなぁ……不良品か?」
「でもこれを用意させた者は信頼を置けるものですわ。不良品とは思えないのですけど」
「うーむ……なんだったんだろうな」
「影達をすでに動かしましたし、実害があったわけではないですからよしとしましょう。
リリーちゃんの誕生日なんですから、私達はそんなことに構っている暇はないですし」
「そうだな。それでどうだ、リリアンヌ。気に入ってくれたか?」
「あい、ありあとーごじゃいます。ばーば、じーじ」
「そうかそうか! あとで立派な名前をつけてあげるんだぞ!
こいつはもうおまえの物なんだからな!」
「そうですよ、リリーちゃん。格好いい名前をつけてあげましょうねぇ」
2人の言い方から察するにこの子は雄なのだろうか。
まぁ檻を停止させたこともあまり大事にはならなかったようだし、よしとしよう。
影を動かすとかなんとか言ってたけど、きっと調査部隊かなんかだろう。というかいつの間に連絡したのだろうか。お婆様は密着してたから何か喋ってたら気づいてたと思うのだが……。
いや……お婆様なんだ。気づかせずに連絡を済ませるなど朝飯前なんだろう。さすがすぎる。
「今日はこの子と顔合わせだけですけど、明日には一緒に遊べるようにしてあげますからね?」
「うむ。もしおまえが気に入らなかったら、と違うプレゼントも用意しておいたんだがそっちは無駄になってしまったな」
「あら、そんなことはありませんわ。
どうせなら全部プレゼントすればいいんですわ。さぁロー持ってきて」
「おぉ、そうだな!
何も渡さない手はない! よし、待ってろ!」
そういうとお爺様は喜び勇んでどこかへと消えていった。
気に入らない時の予備まで用意してたのか。念の入ったことだ。
まぁ自分を溺愛しているこの2人なら十分予想できたことだったな。
檻が再作動してからはサルバルアはまた寝そべって元気がなくなってしまった。
あの檻の中だと制限されるらしいから、その影響なんだろうか。
魔力文字を見たときの目が点になってたのや、妖精ズを見たときの反応が面白かったからもうちょっと遊んであげたかったんだけどな。
明日には一緒に遊べるらしいし、そのときに色々構ってあげよう。
目標は背に乗って乗り物とすることだ!
小さい子供が犬の背中に乗って駆ける。漫画やアニメなんかでお馴染みのアレだ。機会があるなら是非やってみたいと思っていた。
目の前に鎮座する中型犬サイズの狼君なら今の自分くらい乗せて走るくらいならできそうな気がする。
元気がなくなってもこちらをじーっと、見つめる狼君を飼いならし密かに足、ゲットだぜ計画を立てながら2歳の誕生日は穏やかに過ぎていった。
さて、狼君がペットになりました。
超頭のいい絶滅危惧種ですがプライドが高いです。
リリーの乗り物計画は達成されるのでしょうか。
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