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濁った瞳のリリアンヌ  作者: 天界
第一部 第3章 2年目 中編 1歳
52/250

50,兄のち劇場




 兄姉の宝物達を見学したあと、未だ項垂れたままのテオを引きずってベビールームに戻ってきた。

 まるで魂が抜けてしまったかのような兄の姿に、そこまでエリーに言われたことが響いているのかとちょっと心配してしまう。



「にーに、らいひょふー?」


「……リリー……こんなボクのことを、心配してくれてるの?

 あぁ……ボクの天使はなんて優しいんだ……」



 項垂れたままのテオの頬に、自分の小さな手を当てて見上げながら言ってあげると、驚いた表情のテオにそのまま抱きしめられる。

 優しく包み込まれるように抱きしめるテオの頬をそのまま撫でててあげると、萎れていた草木のようだったテオがどんどん蘇ってくるような気がする。

 まるでリリアンヌ成分でも補給しているかのようだ。このままでは吸い尽くされてしまう。


「にーに、はにゃしえ」


「あ、ごめんね。痛かったかな?」



 吸い尽くされる前に解放されたから問題なかったが、あのままでは危ないところだった。

 きっとリリアンヌ成分を吸い尽くされたら、ただの目の見えない幼女になってしまう。


 まぁ気のせいだけど。



 慰めついでに本を読んで貰おうとそのままテオの膝の上にぽすんと座ると、彼も気づいてくれたようだ。



「本読んで欲しいんだね! 今日は何読んであげようかなー!」



 テオの膝の上に座ったのはいいけれど、よく考えてみれば今まで外に行ってたんだし本の用意をしているわけがない。

 そのことに思い至ると同時に、エリーが何かを差し出して来る。



「はい、今日はこれを読んであげたらいいと思うわ」


「うん、ありがとう。えーと…… " 堕天黙示録 " ?」


「最近読んだんだけど、とっても面白かったわ」


「そっか。じゃぁリリー今日はこれを読んであげるね?」



 どうやらエリーは朗読用の本をすでに用意していたようだ。

 仰々しいタイトルの本だが、タイトルと内容が一致しないのは今に始まったことじゃない。なのでタイトルを気にしたら負けだ。



 順番的にはテオのはずだったのに、すでに用意していたとは……もしかしてこうなることを予想してた? いやいやまさか……。まさかねぇ?



 膝の上の自分の前に、渡された本を開いて読み始めるテオ。今回はエリー推薦の本なので緩急をつけて読むことはできないだろうが、彼女のお奨めなのでちょっと楽しみだ。


 内容は、天界という天使や神が住まう世界から追放された1人の天使の話だった。

 追放された天使は堕天使と呼ばれ、追放され堕天使として落とされる行為が堕天と呼ばれる。

 堕天した天使――アブリムが落とされた地上で波乱万丈の人生を送る、というのが大まかな内容だ。

 ただ問題は、地上に生きる生物達が一般的な物ではなかったということだ。

 物語に描かれる生物は、所謂文房具。

 チョークとか羽ペンとか黒板とかだ。なんだか例の匂いがぷんぷんする。

 普通に喋って普通に生活している文房具達。そして巻き起こるアブリムを中心とした、誰が日常生活においてアブリムの勉学の助けになるかという戦争。

 文房具しかいない世界で彼らを扱える者がいなかったときとは違い、扱える者が現れるという彼らにとっては歴史的大事件が彼らを狂わせる。


 だがそんな戦争の中、文房具としてはあまり用途の乏しい1人の文房具に、アブリムは恋をする。

 彼は木製で様々な形に絵柄を刳り貫いた、所謂アイコンテンプレートだった。

 アブリムは彼の素敵なフォルムと、なぞるだけで描くことが出来るお手軽な絵柄に惹かれた。

 始まるは戦争の最中に起こる恋愛活劇。



 最早意味がわからなくなってきたが、アンネーラお婆様もエナも、すでに読み終わっているエリーさえもなぜかうっとりした表情でテオの朗読を聞いている。


 興味がなくなってしまった自分と周りの温度差がすごかったが、テオも朗読をやめようとはしない。

 それからしばらくの間、夕食の時間になるまで意味不明の朗読は続くのであった。







  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆







 夕食を食べ終わり、ローランドお爺様がほくほく顔で帰ってきた途端言い放った。



「明日は予定通り、離れの劇場を使って魔闘演を見るぞ!」


「やった! お爺様、アレを借りられたんですね!?」


「もちろんだ! 俺にかかれば国庫に隠されている聖剣だろうが、一発だ!」


「あれは昔、あなたが折ってしまったじゃない。だから隠されているのよ?」


「うっ……だ、だがしかしな! たかだか銀水晶の鱗竜の首を叩き切った程度でヒビが入る程度の剣など、聖剣とはとてもいえないだろう!

 ましてやヒビが入った程度で俺の膝に腹を叩き付けた程度で、折れるなんて決して聖剣じゃないぞ!」


「お爺様……聖剣ブリュンヒルドを折ってしまわれたんですか?」



 エリーの冷たい瞳に言い訳をまくし立てていたお爺様が、さらに慌て始める。

 悲壮な表情でエリーに言い訳がましく何かを弁明しているようだが、ここは聞かないであげるのが優しさというものだろう。

 きっとお爺様は今冷や汗をだらだらと流しながら頑張っているのだろうから。当然見えないけど。



 それにしても劇場なんてあるんだこの屋敷。しかも何を借りてきたんだろうか。

 話の内容からして劇場で使うような物で魔闘演を見るそうだから、映像端末か何かだろうか。

 この世界がアンバランスな技術力を有しているのはわかっている。遠方の映像を投射できるような魔道具があるのかもしれない。

 いや、むしろあるのだろう。でなければ劇場で魔闘演を見るという言葉と結びつかない。



 問題は……自分に見れるかどうかだ。

 正直な話、音だけ聞かされても楽しくないと思う。魔闘演は前にクティが戦ったり舞ったりとか言ってたから、魔術が見れる可能性が高い。

 でも音だけじゃあまり意味がない。

 魔道具で映像を投射するのなら、もしかしたら魔力しか見えない瞳でも映像を見れるかもしれない。

 そして、その魔道具が個人的に使えたら……。



 半ば諦めていた期待がむくりと起き上がった気がする。だが、過度の期待はいけない。

 お爺様と兄姉達の様子から鑑みるに、相当貴重な物のようだし。

 何にせよ、明日確かめてからということだろう。


 未だエリーのご機嫌を取っているお爺様を眺めながら、明日を楽しみにするのであった。







  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆







 翌日。朝食はすでに済ませてあり、食休みとしてローランドお爺様とテオが玩具を使って自分を楽しませようと奮闘していたが、今日は玩具を手に取る気分ではなかったので無視した。

 がっくりと項垂れている2人は、お着替えのために部屋の外に強制排出された。


 着せられた服は腰元に大きなリボンと、反対側にお尻にかかるほどの大きさのリボン。スカートは3枚仕立てで裾にハードチュールが付いていてしっかりしている。

 スカートの装飾に鈴蘭の刺繍が裾から伸び上がるように施されており、清楚な雰囲気をかもし出している。

 スクエアネックのノースリーブにクイーンフリルボレロを羽織る形を取っている。

 ショート丈にフリルをたっぷりとあしらったボレロは、ドレスを上品に気品漂うお嬢様といった感じを演出してくれているだろう。


 夏の暑さを考えるとボレロはいらないと思うが、劇場には冷房が効いているのかも知れない。


 3人もそれぞれ着替えを済ませ、全員が清楚な雰囲気を前面に押し出した装飾少なめな装いだ。

 エリーはやはり自分とお揃いのようで、腰のリボンが前後ではなく横に1つと小粒の真珠のような物と花の装飾をあしらったブローチをワンポイントとしてつけている。

 エナはお出迎えの時のような扇情的なドレスではなく、フォーマルさと気品を併せ持ったスレンダーラインのイブニングドレス。

 Vネックから覗く胸元がセクシーさを醸し出し、腰にワンポイントとして装飾されたビーズのような物がウエストの細さを際立たせている。背中を見れば大きく開いているものの、レースアップされており露出はそれほど高くならないように抑えている。

 ショートスリーブ丈の袖には薄い生地を使っているのか、シースルー気味にレースが編まれており素肌の表面部分の魔力が透けて見える。


 アンネーラお婆様はワンショルダーのイブニングドレス。ぴったりと体に張り付くマーメイドラインが扇情的だ。

 胸元にあしらわれた細かい装飾と宝石達は、隠された2つの秘宝を守るガーディアンのように存在を主張している。

 袖口から伸びるひらひらのレースはマントのように包み込み、腕が動くたびにゆらゆらとなびき、エレガントさを増幅させている。


 お着替えを済ませて、強制排出された2人が呆然と惚けているのをアンネーラお婆様が少々手荒に再起動させて、皆で連れ立って進んでいく。


 男性2人も着替えを済ませていて所謂軍服だ。面白みもないので詳しくは割愛させてもらおう。

 ただ、ローランドお爺様の勲章の多さには驚いた。すごい実力者とは思っていたが、これほどの数の勲章を叙勲しているとなると、相当な実績の持ち主だとわかる。

 ソレに比べるとテオの胸元に1つだけある勲章は、可愛らしい少年らしさを引き立てているといえなくもない。いや、きっと引き立てている……たぶん。


 部屋を一切出ることが出来なかった頃に比べると、遥かに自由度が増している。

 まだ自分1人では出歩くことはできないけれど、それでも十分なほどに色んなところにつれていってもらえている。


 昨日、一昨日と使用したエントランスホールから出るのではなく今日は違う扉から外へ出ると、エナがいつもは差してくれる日傘なしでも、夏の直射日光の暑さは感じなかった。

 どうやら屋根付きの場所を通っているようだ。

 からっとした夏の暑さを纏った風が吹いていることから、渡り廊下のようなところだろうか。

 しばし暑い、それでも屋根のおかげで遮られている中を歩くと、老年の執事がドアを開ける仕草をして迎え入れてくれる。

 そのドアを潜ると中はひんやりとしており、やはり冷房が効いているようだ。

 ここが劇場なのだろうか。

 さらに進むと今度は壮年の執事が、2人でドアを開ける仕草をする。

 中にはたくさんの人達が、それぞれ仕事着のままで集まっている。

 たくさんのメイドさん達、執事達、庭師や警備の人と思しき簡易な鎧を着けた人達まで集まっている。

 これだけの人が集まって、しかも警備の人達もいるというのは、警備上の観点からして大丈夫なのだろうか。

 それを考えると、お爺様やお婆様が連れてきた人達はかなりの人数なのだろう。

 でなければこれほどの人数を集められるわけがない。


 劇場内部――壇上と思しきところに巨大な横長の長方形の何かが置かれている。魔力を持っているようで真っ白い長方形が唐突にそこにあった。

 その壇上と思しきところは集まっているたくさんの人が、扇状になっている先にあるため壇上だとわかった。


 そしてあの長方形の何かが、映像系の魔道具なのだろう。

 傍で何やら忙しく動いている人達との対比から、かなり巨大な物だとわかる。

 傍で動いている人達の身長が詳しくわからないので、目測で縦5,6m横20mくらいだろうか。

 アレを移動させるのは相当大変だったのではないだろうか。


 そんな劇場内部を見ながらも、自分を抱っこしているアンネーラお婆様は進んでいく。

 どうやら階段を登って、一段高くなったボックス席のようなところが自分達の席のようだ。

 そこからは壇上がよく見え、さすがVIP席といった具合だ。


 劇場内部には、たくさんの人の息遣いと衣擦れの音、魔道具の周りで忙しなく動いている人達の音しかしない。



 嵐の前の静けさを彷彿とさせるその静けさは、期待と希望をない交ぜにした心を静かに震わせるのだった。




回線がダウンしていて、投稿遅れました。



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