34,テオのちエリー
生後18ヶ月目。
緑歴787年、そろそろ7の月になるのだろうか。
その日は学校のはずのテオとエリーの二人が、午前中の日課である樹木の世話と花壇の世話をそれぞれ終えて戻ってきた。
普段はそのあとすぐにテオは学校へ行くのだが今日はそうではなかった。
エリーもたっぷり2ハルス前後は戯れてから、お昼を食べて学校へ行くのだが、お昼を食べても彼らは出かけようとはしなかった。
今日は創立記念日とかで休みなのだろうかと、思い始めた辺りでテオが教えてくれた。
「あ、そうだ! リリーはお利口だからボク達が今日学校に行かないのは不思議だよね?」
「そっか……だから今日はなんだか不思議そうな顔してたのね!」
特に表情に出した覚えはないのだが、それでも彼らは小さな変化にきちんと気づいてくれているようだ。
毎日一緒にいるのは伊達ではないようだ。
「今日からボク達は夏休みなんだよ! だから8の月の初めまでずうぅっと一緒にいられるからね!」
満面の笑みのテオがぎゅーっと抱きしめてくる。
それを見たエリーも早く早くと煽りながら順番に自分を抱きしめる。
夏休みかー懐かしいねぇ……そんな季節なのか。
去年はまったく気がつかなかったなぁ。
夏休みと言えば宿題とプールと西瓜と日焼けと宿題と宿題と宿題と……etcetc。
こっちの世界にはそういうのあるのかねぇ……。
などと生前の夏休みの思い出に浸っている間に二人は手に何か持って振ったりしている。
どうやら音の出る玩具のようだ。
基本的に玩具の類は魔力がないので見えないので、形状は触らないとわからない。
あの音は確か、所謂ガラガラだ。
木製の持ち手用の柄がついていて、音が出る部分は円柱形で細かい装飾っぽいのが施されている。
赤ん坊の玩具にしては結構精緻な装飾のようだ。
如何にもお金かかってますよって感じの玩具であまり触りたくない。
だって壊したらやだし。
ほとんどの玩具はそういう装飾が施されている。
シンプルな玩具でも装飾なしというのはあまりないのだ。
さすがお金持ちだ、赤ん坊の玩具にすら金をかけまくっているようだ。
それもあって、玩具の類ではあまり遊ばないようにしているのだが、テオやエリーは自分を喜ばせるためなら玩具が壊れようがなんだろうが、昔はお構いなしだった。
以前、テオが張り切りすぎて振りすぎたガラガラが、すっ飛んで壁に激突して壊れたことがあった。
当然自分には見えなかったので、クティに損傷度合いを教えてもらったのだが……その時のテオの落ち込みようはかなりひどかった。
高価っぽい玩具の損傷による損失が原因ではない。
振りすぎて壁に激突させたという、もしかしたらこちらに被害が出たかもしれないという事実で落ち込んだのだ。
何度も何度も謝ってくれて、こちらが罪悪感を抱いてしまいそうなほどだった。
そんな出来事もあり、それからテオの玩具の扱いは張り切りすぎるようなことはなくなったのだが、それでもたまに興奮すると破壊してしまいそうな勢いになることがある。
まぁ相当乱暴に扱わない限りは玩具が壊れるようなことはないのだが……。
現にあれから玩具が粉砕されるような出来事は起こっていない。
だが、テオはどうにも興奮すると加減がきかなくなることがある。
自分を抱きしめたりする時は、興奮していたりしたらまず間違いなくエリーかエナが制止するので安全ではあるのだが……。
男の子だから多少乱暴なのは仕方ないのだろう。
だが、テオはどうやら自分と一緒の時じゃないと、こんな感じの興奮状態にはなることはないようだ。
二人の学校生活を聞く限りでは、テオは優しく回りに気配りが出来、爽やかさとクールさを併せ持った感じで王子様然としているらしい。
もちろんエリー談だ。
テオが自らをそんな風に品評していたらさすがに引く。ナルシストの兄貴などほしくはない。全力で拒否する!
なのでとてもじゃないが、興奮して玩具を振り回してすっぽ抜けて、壁で粉砕するような子とは思えない。
何が彼をそこまでにするのかは定かではないが、外では猫を被っている反動でこうなっているのだろうか……。
ちょっと将来が心配だ。
二面性は誰にでもあるだろうが、無邪気で愛らしい笑顔を見ているとついつい心配してしまう。
彼の自分の評価は……勢い余って失敗しまくるだめな弟のような兄貴、だ。
これではどっちが兄なのかわからないな。
まぁ精神年齢では明らかに家族で一番高いのは自分なのだから仕方ないのかもしれない。
それに……ついつい忘れるが自分は彼らの妹だったな……ほんとうに普段はついつい忘れてしまいがちになる。
彼の将来も心配だが……自分の将来も心配だ。
生前は男だっただけに、女としての人生というのが想像はできるが現実感がまったくない。
今自分が女であるというのですら、うっかり忘れてしまうのに……大丈夫なのだろうか。
目の前ではガラガラや、他の音のでる玩具で必死で自分を楽しませようと頑張っている兄と姉。
エナは微笑ましそうにその光景を見守っている。
人生ってなんだろうなー。
非常に哲学的なことを思うが、実際は何も考えていない。
ただの現実逃避という名の何かだ。
お妖精さまがいない寂しさを紛らわせるために、常に何かを思考することにしている。
毎日自分を楽しませようと、喜ばせようと必死になる兄と姉と……半身のような存在が欠けて、ぽっかりと空いてしまった寂しさを埋めるために、今日もどうでもいい思考は加速するのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
最近は朗読と触れ合いの比重が半々くらいになっている。
朗読してくれる本の数が少なくなってきたのだろうか?
紙が貴重品であろうこの世界ではそれも致し方ないことだろうとは思うが、自分との触れ合いで心の底から楽しそうに、嬉しそうにしている二人を見るとそうでもないような気がしてくる。
以前はシスターコンプレックス一歩手前だったのだが、今ははっきり言おう完全にシスターコンプレックスだ。
いや……自分の見立てが甘かっただけで、すでに手遅れだっただけなのかもしれないが。
ともかく彼らは玩具を自分に持たせても常に手を握って補助しようとするし、隙あらば……いや隙がなくても抱きしめる。
何の理由もなく抱きしめるし、キスするし、頬をすりすりする。
歩行訓練で少し歩けるだけで、褒め称え抱きしめる。
玩具を上手に振って音を鳴らすたびに、褒めて抱きしめる。
とにかく抱きしめるのだ。
これをシスターコンプレックスと言わずしてなんと……。
………………兄馬鹿、姉馬鹿があったか。
そうだな……まだシスコンなどと不名誉な称号を言い渡す前にそちらがあったか。
そうだ、彼らは兄馬鹿、姉馬鹿だ!
胸を張って言おう!
この兄馬鹿! 姉馬鹿!
無論、言葉にするわけがないので魔力の看板を二人の頭上に飾っておいた。
天使の羽っぽいので装飾してゆっくり回しておいてやる。
エリーに手を引かれながら歩行訓練をしながら、無事設置を完了させる。
3歩歩いたらエリーに。
「すごい! すごいわ! 今日は3歩も歩けたわ!
リリーはなんて天才なんでしょう! あぁんもぅ! もう!!!」
と抱きしめられた。
テオの方はというと。
「さすがボク達の天使だ! もう明日には走って追いつけなくなっちゃうんじゃないか!?」
……これだ……。
以前魅惑の素敵ワールドへ至るためのミッションで、何度か二人の目の前で歩いているのにこれだ。
二人の記憶領域はどうなっているんだろうか……。
ちょっと本気で心配になってしまう。
それとも、彼らにとって歩行訓練中の出来事とそれ以外では別物なのだろうか。
ちょっと意味がわからない。
自分で考えておいて意味がわからない。
わけのわからない思考の渦に飲み込まれながらも、今日も二人の馬鹿っぷりを心配する。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
たっぷり昼寝をしてから、今日も二人と戯れる。
いつも通りに玩具を使って自分の気を惹こうとする二人。
そんな二人を適当に眺めながら、たまには玩具で遊んであげようとテオの玩具に手を伸ばしてみる。
玩具は高そうなので壊さないようになるべく遊ばないようにしているが、全然遊ばないのではテオとエリーの自分との触れ合いの手段が減って、限定されてしまう。
それにせっかくこんな高そうな装飾まで入った木製玩具を用意してくれた両親に申し訳ない。
木製で精緻な装飾が入っている玩具。
どこからどうみても――物理的には見えないが――一点物の特注品じゃないだろうか。
最悪でも大量生産品ではないと思われる。
なので、あまり興味はないがそれでもたまには遊ぶというスタンスを取っている。
適当に音が鳴っているところに手を伸ばすと、テオが嬉しそうに玩具を持たせてくれる。
エリーは少し悔しそうだ。
そんな悔しそうな顔もほんの一瞬だけで、次の瞬間にはエリーが持っていた玩具を " テオの背中 " に投げ捨てて
「あいたっ」
と、一瞬テオの動きを止めると玩具を持っているこちらの手に、自分の手を添えて動きを補助する態勢を整える。
テオの隙を突いた一瞬で玩具を持った手を補助する役を奪い取るエリー。
次に悔しそうな顔をしたのはテオだった。
相変わらず抜け目のないのがエリーだ。
目的のためなら兄のダメージなど知ったことではないのが、エリーのすごいところだ。
ちなみに背中に玩具をぶつけたのも、こちらに被害が及ばないようにするためである。
彼女の中での優先順位は、一番に自分、二番にエリーで大分下がってテオである。
学校での話を聞くには、彼女は穏やかな優しい物静かな人物だが、意志の強い優等生の委員長タイプ。
テオが王子様ならエリーはお姫様。
のはずなのだが……自分の評価は、目的の為なら犠牲を厭わない抜け目のない怖い子だった。
テオもエリーのそんな性格を熟知しているのか、出し抜かれてもやり返したりしない。
やり返したりなんてしたら、それ以上の報復がまっているのを理解しているからだ。
だが、そんな抜け目がない強かな彼女だが常にテオを出し抜こうとするわけではない。
朗読などの順番はきちんと守るし、勉強の際に分からない事があって聞きたそうにしていても、テオが先に聞いていたりするときちんと待っていたりする。
分別はきちんとあるのだ。
だが、どうにも自分と触れ合うためならばその分別が消失している気がする。
やけにテオを出し抜く頻度が上がるのだ。
それも……暴力的に。
穏やかな優しい笑顔で辛辣な出し抜き工作を行うのが彼女だ。
現状ではその標的がテオだけなので、客観的に見ていられるが矛先が自分に向かないか、ちょっと心配だ。
姉馬鹿な彼女だから大丈夫だと思うのだが、あの笑顔の意味がいつ豹変するのか……できれば考えたくない。
敵に回してはいけない存在。
この数ヶ月で確実に刻まれたエリーのプロフィールの一つだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
熾烈な主導権争い……もとい触れ合いタイムはエナの勉強は? の一言で終了となった。
夏休みの宿題がやっぱり出ているのか、渋々と勉強を始める二人。
熱の一件以来、彼ら二人は必ずこのベビールームで勉強をする。
何度か二人に自分達の部屋に行きなさいと注意喚起するエナだったが、二人は頑として譲らなかった。
妙なところで頑固な二人を良く知っているのだろうエナは、仕方ないとばかりに大きく溜め息を吐いて、いくつかの条件を出してこの部屋での勉強の許可を出した。
その条件とは。
一つ、勉強しろと言われたらすぐ行う。
一つ、静かにする。
一つ、勉強中はリリーに構ってはいけない。
上2つはなんとかこなせる二人なのだが、どうにも最後の一つが難しいご様子。
勉強中にチラチラとこちらを何度も見てくる。
その度にエナが、や~くそくを~と歌う。
今の二人にはきっと悪魔の声に聞こえているに違いない。
美声の悪魔……彼女との約束を守らなければ即座に部屋から追放されるのだ。
それだけは避けたい二人としては、声が聞こえた瞬間に勉強に戻らざるをえない。
それでもしばらくするとチラチラしはじめるので、悪魔は何度となく例の歌を囀る。
今日も何度目かの悪魔の歌が聞こえて、二人が勉強に集中し始めた辺りでエナが立ち上がった。
すると珍しく部屋をノックする音が聞こえた。
この部屋に入ってくる人でノックする人間は今のところ、部屋にいる3人と一月ほど帰ってこれないはずの両親2人、あとはランドルフ医師くらいだろうか?
屋敷には他に使用人がいるだろうけど、彼らはこの部屋には一切入ってこないし、ノックをすることもない。
ノックの前に事前にエナが立ち上がった所を見ると、すでに彼女は誰かがドアの前にまで来ていたことを知っていたのだろう。
だが、普段はそれでもノックはしない。
では一体?
エナがドアを開け、ベビーベッドからは相変わらず死角になっている場所にいる誰かと何かを話している。
テオとエリーは静かに勉強しているので部屋は、黒板のような物にチョークのような物で何かを書くような音と教科書を捲る音しかしないのだが……エナ達の話し声はまるで聞こえない。
クティが以前言っていたことを思い出す。
" ここは遮音されているから "
ここというのは屋敷全体を指しているのだろう。
屋敷全体の防音設備が整っているとしても、ドアを開けた状態でドアのすぐ外で話している声が聞こえないというのはどういうことだろうか?
防音素材には普通は音を吸収する素材か、分厚い建材を使う物だがそれらではドアを開けた状態では遮音できない。
よくよく考えてみれば、この世界には魔術があるのだった。
それを建物全体に使っていると考えれば不自然なことではないのかもしれない。
例えば部屋の音を区画ごとに遮音してしまうような魔術とか。
それならばドアの外が範囲外区画だと考えれば、声が聞こえないことは道理だ。
だが、もう少し考えてみよう。
以前、テオやエリーやアレクが廊下を走ってくる音は部屋に聞こえた。
なのに今エナ達が話している声は聞こえない。
この違いはなんだろうか。
可能性としては遮音魔術の範囲が部屋ごとの区画ではなく、エナ達を指定して使われている。
これが意味するところは、情報漏洩の対策。
今エナに伝えられている情報は重要度の高いことなのだろう。
重要度の高い用件である場合は、この部屋にいることがわかっている屋敷内での優先度が高い人物――エナに確実に迅速に伝えなくてはならないのだろう。
だからこそ、通常はエナが外に出てくるまで待つが今回はノックをして万全を期した。
まだ他にも子供たちにはいえないような、大人の会話という選択肢もあるのだが……だったらドア閉めて部屋の外でやれよって話になってしまう。
しかも、普段ノックすら許されていないような状況下を無視して伝えなければいけない大人の話。
……やばい聞きたい、どんなくんずほぐれつな素晴らしい話なのか実に気になる。
脳内がピンク色に侵され始めてしばらくして、エナ達の話は終わったようだ。
時間的には30秒も話していないのではなかっただろうか。
まぁピンク色は高速に脳内で圧縮され、脳内時間で長時間展開されたから時間の間隔があやふやだったから、実際はもっと長かったのかもしれないけど。
ドアを閉めてこちらを振り返ったエナは開口一番。
「テオ、エリー。
ローランド様とアンネーラ様が後数日でお着きになられるそうよ!」
知らない名前が2つ、エナの口から発せられる。
エナの口調も優しげで深刻な空気はなかった。
さっきの重要度の高そうな話は一体なんだったんだろうか。
可能性としては知らない2つの名前の持ち主がVIPということだろうか。
当然の帰結に達した瞬間、呼ばれた見知った名前の方の二人も反応を示した。
とても嬉しそうに……だ。
「エナ! ほんとう!?」
「お爺様とお婆様が来てくれるの!?」
嬉しそうに、だが意外というニュアンスを多分に含んだ声音だった。
……おじいさま? おばあさま?
書き方が少しずつ変化していっています。
地の文を句点ごとに改行するのではなく、内容的に同種の場合は改行しないという方法を試しに使い始めました。
違和感がありますが、読みやすいって言うのはどちらなんでしょうね?
自分はよくわかりません。
ご意見ご感想お待ちしております。




