31,プロローグ
起きたらクティはもういなかった。
きっと……見送りされたら離れられないと思ったのかもしれない。
自分だったら泣いて離さない自信がある。
だから、これでよかったのかもしれない。
というのは結局建前だ。
自分の周囲にあの手のひらの上に乗れる小さな相棒がいないというのは、心にぽっかりと大きな穴が出来たような気分だった。
何かで埋めるには大きすぎて、補填のための何かを見つけるには時間が全然足りない。
空虚な感覚に身を潰されるような、何もやる気がなくなり、自暴自棄にでもなってしまったかのような感覚が全身を支配している。
自分が起きたことに気づいたエナが朝の挨拶とキスをしてくれるが、どうでもよかった。
とりあえず、寝てれば時間もさっさと過ぎてくれるだろうともう一度目を閉じて寝ることにした。
クティに早く会いたいな……。
ただただ……そんなことを思っていると、案外すんなりと意識は手放すことができた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
左右に見渡す限り、真っ白な世界。
上空には文字が浮かんでいる。
下方にはたくさんの床達。
今自分は生前の姿をしている。
自分の姿を見なくてもなんとなくわかってしまった。
空を見上げた時に見えた文字が印象的だったから、すぐにわかってしまったのだ。
「また来たのか……この不思議空間」
溜め息と共に吐き出してやる。
前に来たのは熱を出した時だから、そんなに経っていない。
別にやることも、やる気もなかったのでどこにいようがそれはそれでいいんだが、睡眠で時間を飛ばそうと思っていただけにこんな何もないところに来てしまっては意味がない。
まぁ結局やることは同じとなってしまうのだが。
ごろんと適当に床の上に寝転がる。
はぁと溜め息をもう一度吐いてから、今一番会いたい人のことを思いながら目を閉じた。
瞬間、まるで何かが自分の目の前に出現した感覚がする。
寝ようと思ったらこれだ……一体何がしたいんだこの不思議空間は……!
いっそ怒鳴りつけてやろうかと思い、目を開けたそこには……。
白と黒で縁取られた長方形を横にした――生前でシェアが最大になり知らないものはいないとまで言われたコンピューターOSの後期型のウィンドウのようなモノがあった。
そのウィンドウの中には、今一番会いたいドヤ顔さんが何かのパントマイムをしていた。
出会った頃のようなあのパントマイムで何を言ってるのかさっぱりわからない。
懐かしくて……目頭が熱くなる。
しばらくパントマイムをしていたドヤ顔さんが通じていないことに気づき、諦めて肩を落としてしょんぼりしはじめる。
この頃はまったく意思疎通ができてなかったからなぁ……。
なぜこの不思議空間で半年前の出来事を見せられているのかはわからなかったが、今一番会いたい人の映像が見れているという嬉しさが先にきてどうでもよくなっていた。
肩を落としてしょんぼりしながら、映像の中の自分の肩の上に移動するクティ。
そしてエナの美声が聞こえ始める。
この映像は音声付きの動画のようだ。
ありがたい話だが、どうせならこんな意思疎通が出来ていない頃じゃなくてちゃんと声を聞けるようになった辺りの映像を見せて欲しかった。
と、思った瞬間だった。
動画が一時停止し、その上にもう一つウィンドウが開き、何か黒いモノが一気に流れてすぐに閉じる。
早すぎて何が起こったのかまったくわからなかったが、ウィンドウが閉じると一時停止されていた動画が違う動画になって再生されていた。
「カトラ草はねー砂ばっかりの暑いところのー……なんていうんだっけあーいうところ」
映像の中ではクティが " カトラ草 " を魔力文字で描いて説明していた。
懐かしい……なぁ……長文ができるようになった辺りだな。
さっきの不思議現象のことはもう頭の隅の方に追いやられ、動画のクティを懐かしく見ていた。
動画の中で元気いっぱいに動き、魔力文字で色々な単語を教えてくれるクティ。
濁った瞳のことをまったく気づいていなかったクティクオリティ。
精霊力と魔力という言葉。
定期報告に行くというのもこのときに初めて言われたんだよな……。
いついくかはつい昨日知ったんだけどさ。
また感傷的になってしまった心にクティのドヤ顔が突き刺される。
早く会いたい……。
早くあのドヤ顔が見たい……。
そんなことを思った途端、ウィンドウが開きまた一気に何かが流れる。
今度は少しだけ読み取れた。
見覚えのある " 文字 " がいくつかあったのだ。
流れた何かは文字だった。
読み取れた文字は " クティ " " ドヤ顔 " の2つ。
そして考える前にウィンドウが閉じ、一時停止されていた動画のウィンドウの他にも多数のウィンドウが出現する。
出現したウィンドウにはいくつもの動画が再生されていた。
その全てでクティがドヤ顔をしていた。
「ぷ……くっあははは」
ドヤ顔が見たいと思ったら、ドヤ顔の動画がたくさん再生された。
この不思議空間はなかなか粋なことをする、と感傷的になっていた感情はどこへやら。
再生されたたくさんのドヤ顔についつい笑ってしまう。
たくさんのドヤ顔達に囲まれ、たくさんのクティの声に包まれる。
なんだかとても幸せな気分になってきてしまう。
なんだかこの不思議空間に励まされているような、不思議な気持ちになってくる。
不思議空間なだけになー。
とか適当に思いながらたくさんのクティを飽きもせず眺め続けるのだった。
第3章開始です。
ちょっぴり鬱展開になります。
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