30,エピローグ *挿絵有
クティと出会って半年くらい。
今日まで一度たりとも会わない日はなかった。
そして、彼女は明日定期報告に行くという。
【そっかぁーどのくらいで帰ってくるの?】
「……ぁ、あのね……」
上目遣いにチラチラとこちらを見つつ、歯切れが途端に悪くなるクティさん。
まさか……帰ってこないなんてことは……。
女王へのお願い事はやっぱり大それたことなのだろうか……本人の言い様にはまったくそんなことは感じられなかったが、今の彼女を見てしまうとそんな不安が湧き上がってくる。
「……定期報告にはね……一度世界の隣の森に帰らないといけないんだけど……。
ナターシャに直通のゲートを張らせるから、行き来のタイムロスは片道1日くらいなんだけど……」
【じゃぁ報告に1日くらいかかるとして、3日くらいで帰ってくるんだね?】
彼女のあまりの沈鬱な態度に最悪の予想をしてしまったが、それはどうやら杞憂のようで少しほっとした……のだが。
「報告にはね……その……早くて20日くらいかかるかな……」
【20日……】
行き来と合わせても22日……約3順分。
それも早くて……だ。
この半年毎日顔を会わせ、一日の大半の時間を共にすごした。
熱を出したあとは24ハルスずっと傍に居てくれたのだ。
約3順……月の3分の2以上の長い時間だ。
やっとクティの落ち込む気持ちがわかってしまった。
分かりたくなかったが、分かってしまった。
彼女が言いよどむのも無理はない。
こちらもなんと言ったらいいのかわからずに落ち込んでしまう。
すでに魔術のことは頭の中から完全に消えうせてしまっていた。
そんな自分の様子を瞬時に悟った者がいた。
彼女は今日は朗読者ではないため、ほとんどずっと自分の動きを一瞬でも見落とさないとばかりの意気込みで見ていたのだ。
表情にほとんど出さないとはいえ、毎日一緒にいる彼女だ。
雰囲気で察することはすでにクティ以上といっても過言ではない。
「リリーどうしたの?この本、気に入らないの?」
「え?……リリーこの本嫌いなの?」
エリーの声にテオもすぐに自分の顔を覗き込んで雰囲気を察したようだ。
だがそんな二人の気遣いは今の自分には届かない。
22日……。
明日にはクティと一時的だがお別れしないといけない……だから、自分はこんな気持ちでいてはいけない。
笑って自分のことは心配いらないからと、送り出してやらなければいけないのに……気持ちは言うことを聞いてくれない。
……はぁ……。
深い深い嘆息が心の中で大きく響いた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
二人とも落ち込んだまま、その日は寝る時間となってしまった。
雰囲気の暗い自分にテオもエリーもエナも元気になってほしくて、たくさんの言葉を掛けてくれたがその全てが右から左に流れていってしまった。
あまりに心配したエナがランドルフ医師を呼んで、診察してもらったが特に異常があるわけがない。
心の問題なのだから。
ベビーベッドの上でクティと一緒に横になっている。
エナも自分のベッドで寝息を立てている。
自分を心配して大騒ぎしていたテオとエリーも今日はこの部屋で寝ているが、二人とも静かに寝ているようだ。
目を覚ましたら、その日にはクティと22日も離れなくてはならなくなる。
ならば言わねばならないことは今言わなくてはいけないのかもしれない。
22日程度の微妙な期間を離れるだけで、これほどにも気落ちしてしまうとは思わなかった。
30歳+1歳半の精神年齢もあり、別れはそれなりに経験している。
だが、ここまで一日の大半を共に過ごした相手というのはいなかったかもしれない。
いや、正確にはいたかもしれないが覚えていない。
それでもこれほどの気落ちをするとは夢にも思わなかった。
子供は小さな別れでも大泣きしてしまう……肉体が少なからず精神に影響を及ぼしているのだろうか。
そんなことを考えながらも横に寝ているクティを見つめる。
もうすでに半身のような彼女だ。
正直に言おう、一時でも離れるのは寂しい。
出来ることならずっと一緒にいたい。
「くちぃ……」
知らず知らずのうちに零れる様に、自分の半身のように思っている彼女の名が口をついて出てしまっていた。
相変わらず滑舌に関しては問題が山積みだが、今はそんなことはどうでもいい。
自分から零れ落ちた名前に横に寝ていたはずの彼女ははっとしたように、こちらを見る。
「リリー……初めて私の名前呼んでくれた……」
滑舌に問題があってもちゃんと彼女の名前だと認識してくれたのが、無性に嬉しかった。
魔力文字ではたくさん描いてきた名前だったが、確かに言われてみれば言葉にしたのは初めてだったかもしれない。
こんなに離れがたいほどになった今でも初めての経験があるのだ。
まだまだ彼女と一緒に経験出来ることがいっぱいあるとわかると、なんだか無性に胸が苦しくなる。
「くちぃ、くちぃ……はあくかえてきてね?」
「うん!うん!ナターシャ引っ叩いても早く帰ってくるよ!
任せてよ!私はクレスティルト!世界の隣の森の最高の魔術師よ!」
うまく動いてくれない口に苛立たしく思いながらも、自分の気持ちをきちんと言葉にする。
それを聞いた自称最高の魔術師さんは、猛烈な勢いで立ち上がりいつもの素敵なドヤ顔で約束してくれた。
その約束がすごく……すごく嬉しくて今できる最高の笑顔で。
「っん!」
と返すことができた。
流れた一筋の涙はとても暖かくて、悲しい時以外にも泣けるんだと通算31年と半分くらいの2度目の人生で初めて知ったのだった。
第2章これにて終わりです
次は外伝です
第3章が思うように進みません
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