27,妖精と暦と神と
エナの膝の上には憔悴した一人の幼児がいた。
むろん、自分ことリリアンヌ・ラ・クリストフだ。
嵐のような抱擁と賛辞のあと、ツヤツヤの肌といい笑顔で出発していった二人とは対照的に憔悴した自分。
そんな自分を労わるかのように膝の上に抱っこして、エナが頭を撫でてくれている。
目の前の妖精も魔力で形作った団扇で扇いでくれている。
当然風はこないけど。
ちょっとした激励のつもりだったのだが、思いもよらぬ反撃を受けてしまった。
どうにもこの辺に関しては成長の色が見えない。
何度も同じ失敗を繰り返している気がする。
しかし仕方ないのだよ。
赤ん坊の自分には彼らに報いる何かが圧倒的に不足している。
だから、自分が出来ることでなんとかしようとすると結果としてこうなる。
それで喜んでくれるのだから仕方ないのだ。
いい加減そろそろ慣れてほしいとも思うが、ほとんどそういう行動を取らないのだから慣れろという方が無理かもしれないと思い直しておいた。
無口無表情キャラに慣れてしまってそっちの方が楽なのだ。
なんとかしようとは思うのだが、普段問題もないものだからつい忘れてしまう。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
頭を撫で続けてくれるエナの暖かい手と、妖精様の団扇により元気も戻ってきた。
今日は棚に上げて埃が積もりに積もってしまった項目を処理しようと思っている。
完治のお墨付きを貰ってから、まずは種族に関して聞いた。
それによりこの世界が異世界だと確信することができた。
ここが異世界だということは、生前の世界とは色々と違うはずだ。
なので、常識といわれる分野に関しても色々聞いておく必要がある。
そう……例えば暦とか。
生前では1年は12ヶ月365日、4年に1度閏年があり、1ヶ月は大体30日、一週間は7日、1日は24時間、1時間は60分、1分は60秒だった。
だがここは異世界。
世界が違えば時間や暦に関しての違いがあるに違いない。
だが、この辺の分野は所謂常識だ。
基本となる分野だけに、最低限知っておくべき必須項目となる。
そしてクティ先生による暦のお勉強が開始されたのだった。
「まずは1年は13の月があって、1の月、2の月って感じに増えていくよ。
13の月まで回るとまた1の月に戻って緑歴が1年増えるの」
【緑歴?】
「800年くらい前にリズヴァルト大陸の4カ国が戦争してて、それが終結したのを記念して新しい年号になったの。
それが平和と大地の神、緑神アラストリアに肖って緑歴ってなったの」
魔力で指示棒と三角形を逆にしためがねをつけたザマス口調が似合いそうな妖精さんが教鞭を振るっている。
さっそく、生前の世界の暦とは違うところが出てきた。
13の月があるということは、この世界の1年は生前より長いのだろうか?
魔力で形作った黒板に " 13の月→1の月 " と " 緑歴+1 " と描いたものを上の隅の方に移動させて次の講義に移る。
「緑歴は今は787年、月は6の月。
4順で月となって、1順は7色日。
7色日は7神から取った色で " 緑→赤→青→黄→白→黒→無 " の順」
【つまり、月は28日?】
「そうそう、さすがリリーね!計算も得意なのね!」
抱きついて感動を表現しているお妖精さまはその間にも、魔力の黒板に緑歴や月や4順や7色日をどんどん追加していく。
描くところが大分少なくなってきたので、黒板が上の方にどんどん拡張されて最初は横長の長方形だったのが、縦の方が長くなってしまっている。
この程度の計算で計算が得意というのもちょっと馬鹿にされた気分だが、テオが9歳で2桁の比較的簡単な計算を間違いながらもこなして、学年一といわれていたのを思い出す。
やっぱり、この世界の学問レベルは低いのだろうか……。
あまりいいことではないが、自分的にはそれはありがたいことであるから別に気にしないことにしたのだったが、もう一つの理由に思い至る。
たまに忘れるけど……今自分は赤ん坊なんだよな……1歳半の……。
1歳半という年齢を考えれば、計算が出来ること自体すごいことだろう。
しかし、そこでまたもう一つの疑問が浮かぶ。
でもクティって絶対自分のこと赤ん坊だって思ってないよな……。
付き合い始めて半年になるが、赤ん坊扱いされたことがない。
見た目でわかることだろうが、如何せんそれはクティクオリティとでもいうべきなのか。
一個の個人として扱っているという可能性も無きにしも非ずだが……そこはやはりクティクオリティというか……。
クティだから、と言われてしまうと全てに納得してしまう。
そんな妖精様だから、絶対赤ん坊だと気づいていないと断言できる。
その辺もいつか教えておく必要があるだろうと思ったが、今は暦の勉強の方が大事なので棚の奥で埃を被っていてもらうことにする。
腐らないうちに整理したいけど、腐っても別にいいや。
「それでー今は緑歴787年6の月の2順目赤の日。
これが今日というものを表した言葉だよ。
ちなみに、世界の隣の森とリズヴァルト大陸では表記の仕方は一緒。
というか私達の故郷の世界の隣の森では歴とか別に拘らないから、どうでもいいんだよね」
妖精の黒板に追加されていく項目たち。
追加される毎に上に追いやられていくが、その下にはまた新たな情報が描き込まれていく。
" 森の絵 " と " 4つに枠組みされたあちこち歪な不恰好な辛うじて円形 " になっているモノ。
森の絵には " 世界の隣の森 " と表記され、不恰好な円形には " リズヴァルト " と表記されている。
「暦に関してはこんなものかなー。
何かわからないところはある?」
顎に人差し指をつけてちょっと小首を傾げながら、妖精先生がなんでもこいとばかりに微笑んでいる。
【えーと……7色日で1順、4順で1月で13月で1年なんだから、364日しかないんだけど1年は364日?】
「あーえっとね……1の月の初めの1日は暦としては数えない1日でリズヴァルト大陸では祝日とされている特別な日なの。
4年に1回だけ祝日が2日になるけど、森の天文学者が太陽の運行や月の運行がなんとかいってたけど忘れちゃった、興味なかったし」
最後に素敵なドヤ顔になる先生さん。
どうやら1年の長さは365日で、生前と同じようだ。
閏年まであるとは恐れ入った。
妖精の国では天文学者による太陽暦の研究まで行われているのか。
月の数や月の日数がちょっと違うだけで、生前とあまり変わりがないのはありがたい。
7神の色が日になっているのはちょっと興味深い。
以前に軽くどんな神が何を司っているのかと名前くらいは教えられた覚えがある。
平和と大地の神、緑神アラストリア。
戦いと愛の神、赤神ウレトム。
癒しと知識の神、青神セフィリー。
守りと芸術の神、黄神ガタストル。
光と太陽の神、白神ミトロウム。
闇と月の神、黒神メツトリ。
無と調停の神、無神ラーム。
その時に一緒に世界は7神により作られた云々の創世神話も教わっている。
【7神の話は前に聞いたけど、やっぱり創世神話とかの影響で日に色が当てはめられてるの?】
「んー詳しいことはわからないけど、大昔に7神が日替わりでオーリオールに現れて教えを説いたとかなんとか。
今はなかなかこっちの世界には降りて来ないけど、森の古参の爺様婆様は実際に会ってるから確かだよー」
はい……?
神様に会っている?
つまり……神様が実在する世界だっていうのか?
ちなみに、オーリオールはこの世界の名称だ。
目をぱちくりしている自分に何か変なこといったかなぁと首を大きく傾げているクティ。
頭上にクエスチョンマークを3つくらい並べてゆらゆら揺らして不思議そうにしている。
「どうしたのー?何かわからないところあったー?」
【あ、えっと……神様って実在するの?】
「?……もちろんいるよー?
爺様婆様の話だと、優しいのから意地悪のやら真面目なのやら色々いるってさ。
まぁでも私は会った事ないし、戦争が終わって800年くらいは神が降りてきたって話は聞かないなぁ」
【ほんとにいるんだ……】
「そうだよーリズヴァルト大陸の種族が信奉してる宗教だって、7神それぞれに自由に信仰するっていうやつだし。
7神の教えとか威光とかってのは、結構この大陸に根付いてるんだよー」
クティは会った事はないのか……。
でもここは異世界だ、今更神様が実在したってそれはそれでありえない話ではない。
そして7神の宗教は確か、7神それぞれを自由に信仰して、好きなときに好きな神に鞍替えできるっていうかなり緩い宗教だ。
生前の世界の宗教では考えられないほどに、軽く崇める対象を変更できる。
生前では改宗ってのは、結構大変なことだったはずだ。
自分は無宗教だったので詳しくは知らないけど……。
神が実在する世界での宗教ってのは、これほどまでに大らかになるものなのだろうか。
まぁメリットの方が大きい宗教なんだから、別に気にする必要もないのだが。
ちなみに、クティ先生は無宗教だそうです。
無宗教もありなんだな……。
「あとは何か質問あるー?」
クティ先生の講義ももう終盤のようだ。
講義をせず質問があるかどうかと問い続けると大体終わりなのだ。
あとは、時間の定義なんかだが……果たして分単位に至るまでの区切りがあるのかどうか。
大まかな区切りはあるだろうが、分や秒単位になると正確に測定できるものがないと難しいんじゃないだろうか。
時計は一番簡単なのが日時計だが、これで秒はもちろん分単位での測定となるとかなり難しい。
秒単位の狂いもない時計を作ろうとすると、かなりの技術が必要になるはずだ。
製紙技術からみた文明レベルではこれらを作るのは不可能に近いはずだ。
せいぜい作れても砂時計くらいだろう。
だが、エアコンからみた文明レベルなら小型の腕時計まで作れるレベルだ。
もしかしたらきちんと秒単位での定義が存在するのかもしれない。
【時間に関しては?】
「時間かー……えっとねー1、2、3、4、5。
数と数との間の時間が1ゴウで、60ゴウで1リン、60リンで1ハルス、24ハルスで1日だよー」
クティが数えた時間の間隔的は大体1秒だった。
つまり秒がゴウで、分がリン、ハルスが時ということだろう。
ここは生前とぴったりあっている。
しかし秒までの定義があるということは、それを示すことができるものがあるということだろう。
つまり、時計が開発されているということ。
【時間を知りえる道具があるの?】
「あるにはあるよー時計とかだねー。でもすっごく複雑なやつでねー持ってる人は少ないねぇ。
ほとんどの種族は教会とかの鐘の音と、太陽の位置で時間を計ってるよ」
やはり、普及するには難しい複雑な機構のようだ。
異世界物の定番の教会の鐘も出てきたけど、この家で教会の鐘なんて聞いたことない。
結構遠くにあるのだろうか?
【教会の鐘って聞いたことないけど、この家から遠いの?】
「ここは遮音されてるからねぇー。
それがなければこの部屋でも普通に聞こえるはずだよー。
教会の鐘は時計できちんと管理されてて、朝の6ハルスから3ハルスごとに5回鳴るんだよ」
防音完備とかやはりすごい屋敷だな……。
というか朝の6ハルスって……時間の開始は生前と同じ夜中の0時からなのか?
あれ?でもそうすると教会の鐘で大体の時間を把握してるのが、この家では出来ないわけだから太陽の位置で把握するしかないのか?
いや……屋敷の全てが防音のわけがないか。
こちらのそんな考えを察知したのか、たまに鋭い妖精様が追加で驚愕の事実を教えてくれる。
「この屋敷には時計がかなりの数あるから、鐘の音が聞こえなくても大丈夫なんだよ?
この部屋には時計はないけど、エナは懐中時計も持ってたよー」
懐中時計だとっ!?
ますます文明レベルがわけわからん!
若干聞いていなかったけど、今も本を朗読してくれているエナを見上げながらこの世界の技術レベルについてまたもや混乱し始めるが、そんな自分を見てエナはにっこり微笑んでくれる。
凛々しいお姉様な笑顔に混乱した頭も綺麗さっぱり冷静になってくれる。
いや……ここはエアコンがあるんだから、当然と考えるべきなのか……。
しかし懐中時計か……確かに、エナが前にクレアに時間を教えていたようなことがあったな。
その時に何かを取り出していたような……それが懐中時計だったのか。
時計の技術だけ見ると中世くらいのレベルだろうか……。
いや、実は腕時計とかもあったりするのかもしれない……。
【クティ!腕につける時計とかはないの?】
「腕に……?そんな時計ないと思うけど、腕になんてつけたら重くて大変じゃないかなー?」
黒板に手の平大の時計をくっつけた腕が描かれるが、追加して描かれた顔には汗が大量に描かれていた。
腕時計はまだないのか……。
時計の技術は懐中時計までか。
だが、懐中時計だけでも十分技術的には高いはずだ。
生前では確か16世紀くらいにゼンマイ式の懐中時計が登場したはずだ。
その頃には確かパピルスや羊皮紙に代わって紙が使われていたはずだが……。
異世界だから、やはり生前の世界とでは違いがあるんだろう。
そんな思考を巡らせている間に、妖精製黒板は講義終了なのか消滅していった。
クティ先生もつけていた眼鏡と指示棒を消して自分の頭の上に移動している。
【終わり?】
「ちょっと休憩~詰め込みすぎてもよくないのよー」
まだ聞きたいこともあったが、クティはすっかりくつろぎモードのようでこれ以上の講義は断念するほかなさそうだった。
世界設定説明回2回目です
微妙に違う暦
完全一致する時間
時計の登場でますますわからなくなる技術レベルでした
ご意見ご感想お待ちしております
3/9 句点、文頭スペース、三点リーダ修正
3/10 禁則処理修正
4/17 文章微修正




