第十二話
山本次官が大活躍です。
―――1941年十一月二十八日、ワシントンDC―――
この日、全権大使に任された海軍次官の山本五十六大将はアメリカの首都であるワシントンDCに到着した。
「待っていたよ山本君」
在ワシントン日本大使館に着いた山本を出迎えたのは野村吉三郎大使と来栖三郎特使だった。
「山本君が来たら日米交渉も上手くいくかもしれないな」
野村は安堵の表情をしながらそう呟いた。
「全力で交渉はしてみます。ですが、上手くいかなかったら………」
「………開戦……ですか」
「………………」
来栖特使の言葉に山本は無言だった。
山本の反応を受けて、野村と来栖は何とも言えない気持ちであった。
「兎に角、ハル国務長官との会談は明日にしよう。山本君も疲れているだろう。今日はゆっくりと休んでくれ」
「分かりました」
野村大使の言葉に山本は素直に頷いて、用意された部屋に向かった。
翌日、山本は野村大使と来栖特使を従えて国務省へ向かった。
「どうも初めまして。全権大使に任命された山本五十六です」
「これはどうも。国務長官のコーデル・ハルです」
両者は穏やかに挨拶をした。
「それでは早速しましょうか。これが日本政府の譲歩です」
山本はハルに文書を渡した。
既に日本はハルノートを手渡されていた。
そして切り札として山本五十六を派遣したのである。
なお、近衛内閣は総辞職をしており、首相には東條が任命された。
史実のハルノートは三項目に中国からの撤退(ウィキ参照)と書かれていたが、この世界でのハルノートには台湾、満州国からの撤退も書かれており、二項目には仏印の他にも千島列島、南樺太からの撤退も書かれていた。
千島や南樺太からの撤退は東條達には到底あり得なかった。
「(………其れほどまでアメリカは日本と戦争をしたいのか?)」
会談中に山本は内心そう思っていた。
ハルに渡された文書には仏印からの撤退は承認するが、南樺太は日露戦争で確保した領土であり、千島列島は『樺太・千島交換条約』で日本領土であり台湾も同然だった。
「………これは到底我が国では容認出来ません。我等が提示したのは満州と台湾の中国政府への返還。南樺太、千島列島をソ連への返還しない限り我が国は日本に対する石油や屑鉄等の輸出禁止は続行する」
ハルは一気にまくし立てた。
「台湾と満州国は既に蒋政権との交渉で台湾は我が国の領土とし、満州国は独立国となっています。南樺太は日露戦争で我々が血を流して手に入れた領土です。千島列島は『樺太・千島交換条約』で樺太と千島列島を既に交換しています。それとハル国務長官、日本に石油や屑鉄等を輸出しないという事は我々日本人に対して死ねというのと同じです。長官はその事にお気づきですか?」
山本はハルを睨む。
「う………」
ハル国務長官は一瞬、山本の睨みに怯えた。
「我々は日本と中国の交渉は容認しません。非合法であると判断しています」
「………成る程。貴方ともあろう人が何故、満州国を重要しないのですか?」
山本のいきなりの言葉にハルは一瞬分からなかった。
「どういう事ですかな?」
「満州国の北は何処の国ですかな?」
山本は地図を出し、それを広げてその場所を指差した。
「………シベリア……いえソ連ですね。それが何か?」
「我々の特務機関が調べたのですが、どうやらスターリンは満州を狙っているようなのです」
「………ほぅ」
「もし、我々が満州から撤退したらスターリンは満州へ侵攻するでしょう。スターリンは海軍の不凍港が欲しいみたいので。モンゴルに逃げている毛沢東の軍も加えられると満州はあっという間に赤化します。その勢いで毛沢東を支援して中国全土を手に入れるのに時間は掛からないでしょう。中国全土が赤化するのはそちらにとっては何かと良くない事ではないですか?」
勿論、これはブラフである。
実際にソ連が侵攻するのは45年の八月八日であるがこの世界では早めに侵攻があるかもしれない。
「グッ………」
山本の言葉にハルは表情を変えた。
「ルーズベルト大統領とご相談のうえ、今日中に返事を頂きたい」
山本の言葉にハルは直ぐに表情を戻した。
「もし拒否したら戦争になるというのかね?」
「さぁ……それは私にも分かりません。貴方方の対応次第となります」
山本はハルの目を見てそう言った。
「それでは大使館で返答をお待ちしています」
「………大使館で待つ必要はありません」
退出しようとした山本にハルはそう言った。
「ではこの場で返答を頂けるのですか?」
「yes」
山本の問いにハルは頷いた。
「この件については大統領に確認するまでもありません。我々の最終案は、既に提出済みということで大統領も承認しています」
ハルは山本にそう言った。
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