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第8話:出世

ボクはアスガルド軍の基地に行くためにアインシュタイン家で準備をしていた。


準備といっても着替えの服を少し持っていくだけだ。


あとはボクの宝物のハープ。


戦場は人がたくさん死ぬ場所だから、きっとみんなの心が荒んでしまうだろう。


だから、ハープを弾いて少しでもみんなの心が安らげるようにしたいんだ。


準備は完了した。


出発までまだ時間がある。


だから、ボクは耳を傾けていく。


このアインシュタイン家で聞こえてくる全ての音を。


戦場に行けば、しばらく帰ってこれないだろう。


当分の間、アインシュタイン家とはお別れすることになるのだ。


アインシュタイン家で過ごした日々が昨日のことのように思い出していく。


ボクに新しい世界を感じさせくれたアインシュタイン家。


掛け替えのない家族を与えてくれたアインシュタイン家。


そして、何よりもリーゼと出会えたアインシュタイン家。


ボクは必ず戻ってくる。


だって、ボクの帰るべき場所はここなのだから。


ボクが静かに佇んでいるとリーゼが隣まで来てくれる。


もうリーゼの体の感触と匂い、雰囲気、仕草なんかは確認するまでも無く分かるようになってきた。


後、分からないと言えばリーゼの顔と髪の色だった。


もし、願いが叶うならリーゼの顔と髪を見たかった。


きっと綺麗なんだろうと思う。


「戦争が終わったら、またここで楽しく暮らしましょう」


リーゼはそう言って微笑んでくれる。


「だから必ず生きて帰りましょう。私達のアインシュタイン家に…」


出発の時間がやってくる。


ボクとリーゼはアインシュタイン家を後にする。


天国のお父さん、見ていてください。


ボクは必ずリーゼと一緒にアインシュタイン家に戻ってきます。









軍の宿舎は血と汗の匂いに包まれていた。


リーゼは兵士さん達と戦いの訓練に勤しんでいる。


ボクは救護班として神官様の小間使いとして働くことになった。


救護班の宿舎は薬と血の匂いで充満していた。


神官様が使う回復魔法も色々とあるらしい。。


裂傷や骨折、火傷とか怪我の種類によって異なるようだ。


だから、怪我の種類に合わせた回復魔法をかけないとかえって悪化してしまうんだ。


例えば、裂傷を回復する魔法で骨折を治そうとすると骨が歪な形でくっついてしまったりする。


けど、ボクの治癒術の前では種類なんか関係ない。


死者以外だったら漏れなく完治させることができる。


ボクはただ怪我している人や病気になってる人の体に触って治れと念じるだけ。


だから、ボクは手当たり次第に怪我人や病人を触って治れと念じていく。


人の命がかかってるんだ。


少々変な風に思われても我慢しよう。


血と薬の匂いで充満していた宿舎は瞬く間に歓声が響いてきた。


みんなボクの体をべたべたと触りまくってくる。


なんだか村でもみくちゃにされたときを思い出す。


誰もがボクに感謝してくれた。


神官様はボクを天使様と言って拝んでくる。


しばらく歓声に包まれた宿舎が静かになってくる。


みんな、戦いの訓練に参加したんだ。


もうボクにやることはなくなってしまった。


しばらくして、神官様がボクに正式な救護班、すなわち神官様になって欲しいと言ってきた。


子供であるボクが神官様なんて無理だろうと思い、断ろうとした。


けれど…。


「天使様が神官になってくだされば、多くの人の命が助かります」


ボクが神官様になって多くの人の命が救われるんだったら、なるしかない。


ボクは喜んで神官様になった。


リーゼを支えると決めたんだ。


自分に出来ることはとことんやっていくつもりだった。


ボクが神官様になったことをなぜか王様も軍のみんなも喜んでくれた。


お父さんの国葬のときにボクのことが城中に知れ渡ってたらしい。


ボクは王様の前で感謝の気持ちを込めて、ハープを弾いてみせた。


そうしたら、宮廷楽士になってくれと誘いを受けてしまった。


「君の演奏がみんなに希望を与えることが出来るのだ。だから、ぜひ」


ボクがハープを弾くことでみんなに希望を与えるんだったら、やらないといけない。


元々そのためにハープを持ってきたんだから。


ボクは怪我人と病人全員を完治させてやることがなかったので戦いの訓練に疲れた人達にハープを弾いていくことにした。


兵士のみなさんはみんなボクの演奏を喜んでくれた。


中には感動して泣く人もいた。


ボクの曲が悲しみの中でも立ち向かっていくような力強さを感じたらしい。


将軍さんや隊長さんは軍の士気が上がってきたとボクに感謝してくれた。


城のみんなはいい人ばかりだった。


戦いの訓練の休み時間なのか、リーゼがボクの所にやってくる。


息づかいが荒いことから訓練がかなりきつかったんだろう。


足音も不規則な速さで響いてくる。


リーゼがボクの隣に座り、汗の匂いがボクの鼻をくすぐる。


剣の稽古で嗅いだ汗よりも濃厚な匂いだ。


「エテルナは凄いね。神官様に宮廷楽士だなんて、大出世よ」


別にそんなに凄いことじゃない。


リーゼを支えようとただがんばってるだけなんだ。


「いいえ、エテルナは凄いわ。みんなに希望を与えたり、命を救ったりできる方が戦う力よりもよほど崇高なことよ」


そうなのだろうか。


ボクは戦う力も欲しかった。


人を殺す力は嫌だけど、リーゼを守れるだけの力が欲しいんだ。


「私は十分に君に守ってもらってるよ。戦場から帰ってきたときに君が回復してくれたから、元通り体を動かすことができたし、アインシュタイン家当主を継ぐことができたのも君が勇気をくれたから…」


そういえば、リーゼは腕が無くなって戦場から帰ってきたことがあった。


ボクがリーゼに触って治れと念じたら、腕が生えて元通りになったんだ。


そのときはお父さんもお母さんもびっくりしていた。


無くなった物を元通りにすることは神官様の回復魔法でも不可能らしい。


アインシュタイン家当主を継ぐのに勇気をもらったのはボクも同じだった。


リーゼが「支えて欲しい」と言ったことでやっとボクとリーゼが対等になった感じがしたんだ。


今までリーゼに守ってもらうしかなかったボクが変わることが出来たんだ。


リーゼはボクの首に腕を回してくっついてきた。


「私達って、まるで片翼の天使みたいね。お互いに片翼しかないけど、二人で寄り添えば、空高く、どこまでも飛んでいく。それこそ神様がいる天の頂まで…」


片翼の天使の話。


アスタロトのことを思い出してしまう。


あいつはボクを自分の片翼の天使と言ってきた。


でも、ボクにとっての片翼の天使はリーゼだけだ。


ボクは決して、あいつのものにはなったりしない。


ふとリーゼの吐息が顔にかかってくる。


「どうしたの?なんか怖い顔をしていたわ…」


リーゼがボクを心配してくれている。


アスタロトのことを考えるのはやめよう。


それになぜだか、あいつのことはリーゼにだけは話したくなかったから。


ボクは大丈夫だと言って、リーゼの体に寄りかかる。


リーゼはボクの頭を優しく撫でてくれる。


「じゃあ、私はそろそろ行くから」


リーゼはボクの唇に自分の唇をそっと触れるように重ねて立ち去っていく。


ちょっと塩っぽい味がしたけど、やっと自然にキスすることができた。











そろそろ夜の時間だった。


明日はいよいよ戦場にいくことになるんだ。


ボクは不滅の肉体を持っているから絶対に死ぬことはない。


例え戦場でどれだけ凄い兵器があって沢山の人が死んでもボクだけは生き残ってしまう。


沢山の死体の中でボクだけがいる世界。


この世で一番最悪の世界だ。


そうならないためにもボクの治癒術で多くの人を助けないといけない。


そのために偉い神官様になったんだから。


ボクはハープを持ってリーゼの部屋に行く。


最近は一緒に寝る前には必ずリーゼにハープを聞かせることにしている。


明日は戦場で戦うことになるんだ。


だから、より多くの人達が生き残って帰れるようにと願いを込めてボクはハープを奏でていく。


リーゼはただ静かに聞いていた。


弾き終わったときにリーゼはボクの手を引っ張って、抱きしめるように寝ころんでいく。


「絶対に生きて帰りましょう、エテルナ…」


そう囁いて、ボクの唇にリーゼのそれが重なる。


ボクとリーゼはアインシュタイン家で過ごした時と同じように抱き合って眠った。

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