表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/26

第4話:ハープ

お母さんの足が治ってからアインシュタイン家は明るい雰囲気に包まれていた。


お父さんはボクを抱き上げて「君こそ我が家に来た天使だ!」と言って振り回してきたり。


お母さんはそんなお父さんを止めてボクを抱きしめたり。


リーゼはそんな二人を叱っていったり。


そういえば、村でもみんなにこうやってもみくちゃにされたことがあったことを思い出した。


そのとき、ボクはみんなに確かに愛されていた。


だからこそ分かる。


アインシュタイン家のみんなもボクを愛してくれている。


ボクは幸せだ。


神様からもらった力をこのアインシュタイン家のために使おう。


そうすれば、みんなが幸せになれる。


死んだお母さんもそう望んでるはずだ。


ボクは神様がくれた力で初めて生きる目的を手に入れた気がした。












あれからまた、お父さんとお母さん、使用人のみなさんはまた戦場に行くために家を出ていった。


また、リーゼと二人きりだ。


リーゼは毎日剣の稽古をし、騎士になるために努力している。


ボクは何もすることがない。


とても退屈だった。


ボクは何となく家の中を歩き回った。


リーゼは今は稽古中だ。


だから、一人で家の中を探索してみる。


やっぱりアインシュタイン家は広い、いや、広すぎる。


ひょっとしてボクが住んでいた村よりも大きいかもしれない。


ふとまだ嗅いだことがない匂いがする場所に辿り着く。


目の見えないボクは沢山ある部屋を匂いで区別するようにしていた。


まだ入ったことがない部屋に違いない。


好奇心に駆られてボクはその部屋に入っていく。


部屋には特にそれといった物が無いように感じた。


けど、確かに嗅いだことがない匂いがしたはずだ。


ボクは手探りで部屋の物をさわっていく。


そのとき、ボクが感じた匂いの物に触れたのだ。


手触りからして、今まで触れたことが無い物だった。


なんだろうか。


歪な輪っかでその中では強く張っている糸が何本もある不可思議な物だった。


ボクは何となくその張っている糸を弾いてみる。


不思議な音だった。


川の流れる音。


虫の鳴き声。


風で木々が揺れる音。


それらとは違う何だか心地よい音。


ボクは何度も糸を弾いてみる。


張っている糸は他にもあって、それぞれ響く音が違う。


ボクは時間を忘れて夢中で糸を弾いていく。


「それはハープと呼ばれる楽器よ」


ボクはリーゼの声が聞こえ、糸を弾くのを止める。


声を聞くまで誰かが近づいてくるのを感じれなかったのは初めてだった。


それだけ、ボクはこの不思議な物に夢中だったんだ。


リーゼはボクが持っている物をハープという楽器だと言った。


「貸してみて、これはこういう音が出るのよ」


リーゼはハープを持って糸を弾いた。


ものすごく綺麗な音だった。


ボクが無茶苦茶に糸を弾いていたのとは全然違う。


まるで神様にお祈りするときに歌う聖歌のようだ。


どうやったらこんな綺麗な音が出せるんだろう。


ボクはリーゼにどうやったらこんな音が出るか聞いてみた。


リーゼはボクを後ろから抱きかかえ、ボクを膝に乗せるように椅子に座った。


リーゼの膝はどんな椅子よりも柔らかくて気持ちよかった。


リーゼはボクにハープを持たせ、ボクの手とリーゼの手を重ね合わせて糸を弾いてくれた。


「いい?これは糸じゃなくて弦というの。この弦がこういう音、強く弾かないようにして、指を痛めてしまうから」


リーゼはボクに熱心にハープのことを教えてくれる。


リーゼの吐息がボクの首にちょっとくすぐったかったけど、我慢する。


ハープの弦一つ一つにそれぞれ感情が宿っているような何とも言えない心地の音が響く。


ボクはハープが出す音を必死に耳で覚えていく。


ボクには目が見えないから頼りになるのはこの耳と鼻だ。


これがあれば、顔が分からなくても人を区別することができる。


ボクはハープが出す音の虜になっていく。


ボクはリーゼにハープを教えてもらって以来、暇を見てはハープを弾いていた。


ボクはハープを隅々まで触り、頭の中でハープの形を想像していく。


弦の位置や弾く力を視覚以外の感覚を総動員してものにしていった。


そのうち、リーゼが弾いてくれたあの聖歌のような音も出すことが出来るようになる。


ボクのそんな成長をリーゼはただただ喜んでくれた。


目が見えないボクには耳に響くもの全てが世界そのものであり、ハープはボクの世界の中心になっていく。


アインシュタイン家の生活はボクに何度も新しいことを示してくれた。









ある晩、ボクはリーゼと一緒に寝ることになった。


リーゼが一緒に寝たいと言ったのだ。


ボクはリーゼがいるベットの中に入り、リーゼに抱きしめられる。


リーゼの部屋は隅々までリーゼの匂いでいっぱいだった。


アインシュタイン家にある沢山の部屋の中でリーゼの部屋が一番好きだった。


部屋にいるだけでリーゼに包まれている感じがしたからだ。


そういえば、なぜリーゼはボクと一緒に寝たいと思ったんだろう。


リーゼは腕の中にいるボクの頭を優しげに撫でてくる。


「エテルナは最近よくハープを弾いてるね、そんなに気に入ったのかな?」


リーゼは何だか拗ねた声でボクに話しかけてくる。


なんか怒らせることをしたのだろうか。


けど、ボクには全く心当たりが無い。


だから、ボクはなぜリーゼが怒ってるのか聞いてみた。


「別に怒ってるわけじゃないの、ただ最近エテルナがハープに夢中で私に構ってくれなくてちょっとね」


そういえば、ボクはハープの練習をするあまり、リーゼとあんまり話してなかった気がする。


そうか、リーゼがなぜボクと一緒に寝たいと言ったのかが分かった気がした。


リーゼは多分寂しかったんだ。


お父さんもお母さんもいつも戦場で頑張っているから家にいないときが多い。


ボクがアインシュタイン家に来るまではリーゼは一人で家族の帰りを待っていたんだろう。


ボクはリーゼに一人じゃないよ、と体に抱きつくというよりしがみついた。


リーゼのお父さんは男は行動で示すものだ、と言ってたからだ。


リーゼはボクの気持ちが伝わったのか感極まったかのようにボクを強く抱きしめる。


ちょっと苦しい。


いつも剣の稽古しているためか、リーゼの力は凄く強い。


ボクの背中が折れそうな感じだった。


ボクが苦しそうな感じだったのをリーゼは気づいたのか抱きしめる力が緩くなってくる。


しばらくして何だか照れくさくなり、なかなか寝付けなくなった。


リーゼもボクと同じように寝付けないようだ。


そうだ、リーゼにボクが考えたハープの音を聴かせよう。


ボクはリーゼにそのことを言って、ハープを取りに行く。


もう太陽が沈んで家は暗くなっているらしいけど、目が見えないボクには関係無かった。


慣れた足取りでハープがある部屋に行き、取り出してリーゼの部屋に戻っていく。


ボクはアインシュタイン家の構造を全て把握していた。


どんな状況になろうと迷うことは絶対に無い。


ボクはリーゼが横になっているベットの近くに椅子を置き、ハープを持って座った。


布団がはだける音がする。


リーゼは起き上がったんだろう。


何となく空気が熱くなってるのを感じた。


リーゼはボクがハープを弾くのを待ってるんだ。


ボクはこのときのためにお父さんに協力してもらって曲を作ったんだ。


お父さんはボクが思いのままに引く音を楽譜に書き写したり、修正したほうがいい音とか助言もしてくれた。


楽譜は目の見えないボクには意味が無かったけど、お父さんはボクの作る曲をどうしても楽譜に残したかったようだ。


作曲家は自分の作った曲を恩人や偉い人に捧げていたらしい。


だったら、ボクの作った曲はこの世界で一番大好きな人。


リーゼロッテ・アインシュタインに捧げるんだ。


全ての想いを込めて。


ボクはハープを奏でた。


故郷のみんなのこと。


故郷を失ったこと。


神様がくれた力。


そして、リーゼに出会ったこと。


新しい家族を持ったこと。


音は悲しかったり、楽しかったり、人の感情のように色んな顔を見せてくれる。


ハープはボクの感情を代弁するかのように雄弁と語りかけていく。


ハープを弾き終わるとリーゼの息づかいが聞こえてくる。


それに鼻を啜る音も聞こえた。


「ありが…とう、こんな素敵な曲を聴かせて…くれて…」


リーゼは泣いていたんだ。


でも、これは悲しいから泣いてたからではないことは分かった。


ボクの首にリーゼの両手が回ってくる。


ボクもリーゼの背中に両手を回す。


ボクとリーゼは抱き合ったままベットに倒れた。


もう照れくさい気持ちは無かった。


ボクとリーゼが抱き合うことが自然のように思えたからだ。


今度は寝付けそうだ。


ボクはリーゼに包まれたまま、ぐっすりと眠ることができた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ