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第3話:アインシュタイン家

ボクがアインシュタイン家の一員となり、住むことになって三日が経った。


ボクはリーゼから色んな話を聞いた。


アインシュタイン家は代々騎士を輩出し、戦場で絶大な戦果を上げていた、ということだ。


さらに言えば、この国の王様に対する発言力もあり、かなりの権力を持っているのだ。


貴族の中でもかなり偉い大貴族様だったんだ。


ボクはそんな大貴族様の一員になってしまったんだ。


どうしよう。


ボクには貴族の作法なんてさっぱり分からない。


ボクはそんな不安をリーゼに言ってみた。


リーゼは笑いながらも大丈夫だと言った。


何が大丈夫なのだろうか。


リーゼはボクの疑問に対してこう応えた。


「大丈夫よ、エテルナだったら見た目だけでそこらの貴族よりもよっぽど貴族らしいですもの」


初めて知った。


ボクの見た目は貴族に似ていたんだ。


貴族ってどんな容姿なんだろうか。


ボクは三日間アインシュタイン家で暮らしていたが、リーゼ以外の人には逢っていない。


他の人はどうしているんだろうか。


もし、逢ったら挨拶しないといけないし。


それにしてもさすがは大貴族様のアインシュタイン家だけあって家がとっても広い。


空気の僅かな流れを感じ取って何とか迷わずにすむけど。


リーゼと一緒にいるときは手を繋いでもらって家の中を歩くことにしていた。


ボクはリーゼと手を繋ぐのが好きだった。


リーゼの手の感触がボクが一人でないことを実感させてくれるからだ。


ボクは家から出て庭を歩いた。


水の音がする。


これは噴水だとリーゼは教えてくれた。


何もかもがボクにとって新しい世界。


もし、あのとき神様がボクに力を与えてくれなかったらこんな世界に入れなかっただろう。


神様は残酷だけど慈悲深い所もあるんだなと思ってしまう。


ふとボクの耳に金属が風を切るような音が聞こえてくる。


ボクは音が聞こえてくる方向に歩いていく。


ボクの鼻に馴染みのある香水の匂いを微かに感じ取る。


音が聞こえる方向から匂ってくる。


この香水はリーゼがつけているものだ。


ボクはリーゼに声をかけた。


風を切る音が消える。


そして、何かを収めるような金属音がボクの耳に響く。


「あら、エテルナ。どうしたの?また迷子になったのかしら」


リーゼの声にはボクをからかうような感じがしてくる。


失礼な、ボクは目が見えないけど迷子にはなったことはないんだ。


リーゼはボクが少し不機嫌になってるとごめんごめんと謝り、頭を撫でてくる。


ボクは身を任せるままリーゼに頭を撫でてもらう。


こうされてしまうともう不機嫌で無くなってしまうのが不思議だった。


リーゼの手は魔法の手なのだろうか。


ボクはリーゼにここで何をしていたのかを聞いた。


「ここでね、剣の稽古をしていたのよ。ほら、アインシュタイン家は騎士の名門だから」


そうか、風を切る音は剣を振るう音だったんだ。


リーゼの話によるとアインシュタイン家の家族を始め、働いている使用人は全員騎士であり、現在戦場で戦っているらしい。


使用人まで騎士だなんて本格的な騎士の名門貴族だったんだ。


リーゼは年齢がまだ満たないから戦場には出られない、ということだった。


だから、家はボクとリーゼの二人きりしかいなかったんだ。


「私も早く大人になってお父様とお母様と一緒に戦いたいわ。そのためにもこうして剣の鍛錬を欠かさずやるのよ」


リーゼは誇らしげに家族のことを語っていた。


自分も早く一人前に騎士になって戦場に出ていくことを。


けど、戦場では人が沢山死んでいくのに。


ボクだったら、そんな戦場なんかに出たくない。


リーゼにもし、そのことを話したら怒るのだろうか。


変なことを考えるのはやめよう。


ボクはもうアインシュタイン家の一員なんだ。


騎士は正義のために戦うもの。


だから、リーゼはきっと正しいはず。


ボクはリーゼの手に引かれ、庭を後にする。











それから一ヶ月が過ぎる。


ボクとリーゼの二人暮らしに終わりを告げる日が来たのだ。


つまり、リーゼの家族が家に帰ってくるんだ。


何だか血の匂いがしてくる。


血の匂いはリーゼの家族から匂っていた。


色んな人の血の匂い。


沢山の人の命を奪ってきた騎士の匂い。


ボクは吐き気がしてきた。


リーゼもいずれ、色んな人の血の匂いがするようになるんだろうか。


ボクはリーゼの手を強く握った。


ボクの大好きなリーゼの手。


ボクの不安を消してくれる魔法の手。


だけど、いつか人の命を奪ってしまう手。


この手を離したくなかった。


離したらリーゼの手が血に汚れそうな気がしたから。


「リーゼ、この少年は誰なのかね?」


低くいかにも人を従わせそうな威厳のある男の声。


おそらく、この声の人がリーゼのお父さん。


「ええ、私が引き取った子エテルナよ、お父様」


リーゼは嬉しそうにボクを紹介してくる。


リーゼとは違う、僅かな汗と血の匂い、息遣いがボクに近づいてくる。


そういえば、村を出てから男の人と話すのは初めてだった。


「君がエテルナかね」


リーゼのお父さんがボクに話しかけてくる。


男の口調は威圧しないように柔らかく安心させるようなものだった。


この人はボクを怖がらせないように気遣ってくれてるんだ。


やっぱりリーゼのお父さんだ。


ボクはリーゼのお父さんに今までの経緯について話した。


もちろん疫病が蔓延した村出身だということを伏せて…。


ボクの話を聞き、そうかと言ってボクの頭に手を置いてくる。


大きくてゴツゴツとした硬い大人の男の手だ。


ボクの手なんかと全然違う。


「君も苦労したのだな。宜しい、ここを君の家だ。私のことも父と呼んでもいいからね」


これが大人の男性なんだろう。


優しくて力強く包容力がある雰囲気だ。


ボクもこういう大人になりたかった。


もうこの成長しない体では無理だし。


それにしても見ず知らずのボクをこんなにも簡単に受け入れてくれるなんて。


リーゼといい、アインシュタイン家の人はみんなこうなんだろうか。


「早速なんだが、リーゼ、今すぐ神官を当家に来てもらえるよう手配してくれないか」


「誰の怪我なんですか?」


リーゼとお父さんの会話が聞こえてくる。


神官様。


確か治癒術に優れた人のことだ。


リーゼのお父さんは切羽詰まった口調になっている。


それに誰の怪我っていうのは戦場で負傷したことを言ってるのだろう。


「カトリの右足が壊死しかかっている」


「えっ!お母様が!どうして!?」


リーゼもまた切羽詰まった口調になった。


しかも声が震えている。


誰の怪我。


カトリの右足が壊死。


お母様。


つまりリーゼのお母さんであるカトリさんが怪我をしていて酷い状況ということなのだろう。


「けど、神官様がここに来るまでは最低三日はかかるわ!」


「くっ!このままではカトリの命に関わる。最悪の場合、右足を切断するしかなくる」


「お母様の足を切断、そんな…」


お父さんの声が沈むように小さくなり、リーゼの嗚咽がボクの耳に重く響いてくる。


空気が悲しみに包まれていた。


ボクに何か出来ることはないのだろうか。


リーゼとお父さんはお母さんが大変なことになっているのが悲しいんだ。


だったらボクがリーゼのお母さんの怪我を治せばいい。


ボクにはその力がある。


神様はこんなときのためにボクにこの力をくれたに違いない。


それにボクを家族に迎えてくれたアインシュタイン家への恩返しにもなる。


ボクはリーゼとお父さんにお母さんの怪我を治すことができると言った。


リーゼとお父さんの息遣いが止まるのが分かる。


ボクの話を聞いて驚いているんだろう。


治癒術は本来は神官様の生業だ。


それをこんな子供ができるなんて信じられなかったに違いない。


子供の戯言にしか聞こえないだろう。


でも、ボクは必至にリーゼとお父さんに言う。


せめてお母さんに会わせてほしいと。


どの道、家族になるんだったらお母さんに会うことになる。


だったら今がこのときだ。


ボクの説得にリーゼとお父さんはついに折れてくれた。


「わかった、カトリに会せよう。彼女も君の家族なんだからね」


リーゼとお父さんはボクの手を繋いでお母さんがいる部屋に連れて行ってくれる。









リーゼのお母さんの部屋は血の匂いで充満していた。


よほど酷い怪我をしているんだろう。


荒い息遣いが聞こえてくる。


お母さんの息遣いなんだろう。


お母さんの周囲の空気も熱かった。


高熱を出しているに違いない。


ボクは新しいお母さんになる人の手を握った。


「この子は誰、まるで天使みたいね…」


リーゼの声がそのまま大人になったかのような深みがある大人の女性の声。


ボクは自分の名前を言って挨拶した。


「可愛い天使さんの名前はエテルナっていうのね、私はカトリ、カトリーヌ・アインシュタインよ…」


カトリさんはとっても苦しいはずなのにボクの挨拶に律儀にも返してくれた。


ボクはカトリさんの体にさわる。


カトリさんの体はとても熱かった。


「あなたの手が冷たくて気持ちいいわ…」


カトリさんがボクの手を握ってくる。


ボクの冷たい手にカトリさんの熱さがしみ込んでいく。


そして、ボクはお父さんが言っていた問題の右足にさわった。


ここは他の肌と違って固くて別の体みたいな違和感があった。


僅かだけど血が流れているのを感じる。


この程度だったら治せるだろう。


ボクは固くなった右足にさわったまま治れと念じる。


「…っ!」


カトリさんのうめき声が耳に響く。


固くなった足が他の肌のようにどんどんと柔らかくなってくる。


カトリさんの荒かった息遣いも静かになってくる。


熱かった周囲の空気も涼しくなってきた。


ボクの治癒術が成功したみたいだ。


「お母様の足が元のきれいな足に…」


「カトリ!足は大丈夫なのか!」


リーゼとお父さんの声は驚き半分、嬉しさ半分って感じだ。


良かった、これで恩返しすることができた。


「ええ、もう平気よ。エテルナ、ありがとう、貴方のおかげよ…」


ボクの体が引き寄せられていく。


カトリさんがボクを抱き寄せたんだ。


ボクの顔に湿った暖かいものが何度も押し付けられていく。


カトリさんの胸はリーゼのよりも柔らかかった。


神様ありがとうございます。


神様が与えてくれた力でボクの新しいお母さんを救うことができました。


ボクの力はみんなを幸せにすることができるんだ。









けど、ボクは知らなかった。


これがきっかけで神様がボクに残酷な試練を課したことを。


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