第2話:リーゼ
ボクはひたすら歩いていく。
死ねなくなった体。
死者以外は回復させることができると思う力。
何か途轍もない力と体を手に入れてしまったけど…。
子供のボクにはどうしたらいいか分からない。
けど、良いこともあった。
もう空腹に悩まなくて済むことだ。
それに怪我してもすぐ治るし、病気にかかることもない。
ボクは働いてお金を稼がなくても、食べなくても生きていけるようになったんだ。
これだけは神様に感謝しないと。
ボクは生きていくためには十分な力を手に入れてた。
けど、孤独だった。
例え力を得ても大切だったものはもう戻ってこない。
目が熱くなる。
「あれ、君、泣いてるの?」
誰かが声をかけてきた。
声がする方向に顔を向ける。
「やっぱり泣いてたんだ。どうしたの君?」
声からして女のようだ。
それに甲高い声からしてまだボクとそれほど年が離れていないように感じた。
何でもないよ。
ボクはそう言って顔を逸らす。
何か照れくさい気がした。
「そうなのかなあ?私にはそう見えないな」
女の息づかいが顔に近づいてくるのを感じる。
ボクの顔を覗き込んでるのだろうか。
正直ほっといて欲しい。
ボクは女から逃げるように走り去ろうとする。
けど、ボクの手に何かが掴んできた。
女の手だ。
冷たくて柔らかい女の手。
村を出て以来、久しぶりに感じる他人の手。
また、目が熱くなる。
「やっぱり泣いている。どうしたの君?」
ふとボクの顔に柔らかくて暖かい何かが包み込むようにして押し寄せてきた。
何だか懐かしい気持ちになってきた。
なぜだろうか。
「辛かったんだね、君…」
ああ、ボクの頭は女の胸の中に収まっていたんだ。
お母さんに抱きしめられたような懐かしい感触。
ボクは思わず見ず知らずの女の胸の中で泣いてしまった。
女の人は何も言わずボクの頭を優しく撫でてくれた。
ボクは女の人と手を繋いで町だろうと思う場所まで連れてこられた。
歩いていて聞こえる色々な人の声。
今まで感じたことがない匂い。
ボクが初めて踏み出す世界だった。
この新しい世界ではボクの手を繋いでくれている女の人の手だけが頼りだ。
ボクは絶対に離さないように女の人の手を強く握りしめた。
「不安なの?大丈夫よ、私がついているんだから」
ボクが不安を感じているの気遣い、女の人は優しく話しかけてくる。
この女の人は良い人だ。
名前は何ていうのだろうか。
ボクは自分の名前がエテルナだと言い、女の人の名前を聞いてみた。
「君、エテルナっていうんだ。詩的で良い名前だわ。私はリーゼロッテ・アインシュタインというの。リーゼって呼んでね」
名前からして貴族の偉い人だと分かった。
貴族は偉そうで嫌な感じだと思ったけど、リーゼっていう女の人は良い人な感じだ。
リーゼがボクの手を離し、ボクに向かって何かを差し出したようだ。
ボクはそれを掴もうと手を伸ばそうとするけど、空を切るばかりだった。
ボクが手を伸ばしては空を切る姿にリーゼは怪訝に思っただろう。
そのとき、ボクは気づく。
リーゼに目が見えないことを話してなかったんだった。
「なるほどね。君、目が見えなかったんだね」
リーゼはボクの手を取って握ってくる。
どうやら握手がしたかったようだ。
「けど、目が見えないのによく一人で出歩いてたね」
リーゼの疑問は最もだ。
ボクはどう応えたらいいか迷った。
そんなボクの様子にリーゼは何か驚いたかのような息づかいをしてくる。
「ごめんなさい。そうか、目が見えないにもかかわらず外に出るしか無い何かがあったんだね…」
リーゼはまたボクを抱きしめてくる。
ボクは背が小さいから自然とリーゼの胸に頭が納まってしまう。
リーゼの胸は暖かい。
何だか眠たくなってきた。
どうしたんだろう、ボクは疲れないはずなのに…。
ああ、そうか、ボクは久しぶりの人の温もりに眠気に誘われたんだ。
暖かい。
これは布団。
違う。
少し湿っぽく感じだ。
けど、なぜか安心してしまうような、そんな感触。
ボクは体を動かそうとする。
けど、ボクの首に何かが回っている。
これは人の腕。
それに足に何かがまとわりついているのを感じる。
ボクは誰かに抱きしめられて寝ているんだ。
「あっ、起きたんだ。おはよう、エテルナ」
この声はリーゼ。
ボクはリーゼに抱きしめられてたんだ。
ボクはおはようと言い、リーゼの腕から抜け出そうとしたが、引っ張られてしまい、ボクの顔は再び柔らかい何か、いや、胸に埋まってしまう。
「もう少しこのままで。エテルナって抱き心地が凄く良いのよね」
リーゼの吐息がボクの髪を靡かせてるのを感じる。
「それに凄く良い匂い。髪もこんなにも綺麗だし。思わず嫉妬しちゃいそうよ」
ボクの両頬に手が添えら、頭を動かされていく。
リーゼの吐息がボクの鼻の頭をくすぐってきた。
「顔なんて下手な女よりも綺麗だし、まるでお伽噺から出てきた天使様みたい…」
天使様。
ボクが神様に願ったこと。
お母さんがボクに託したこと。
ボクは思い出す。
自分が疫病が蔓延した村から出てきたことを。
もし、ばれてしまったらボクは…。
「大丈夫よ、私は君を見捨てたりしない…」
ボクの顔に不安を感じ取ったのか優しげに語りかけてくれるリーゼ。
「私と一緒にここで暮らしましょ。君は今日からエテルナ・アインシュタインよ」
ボクの唇に湿った柔らかい何かが押しつけられる。
これは…リーゼの唇。
ボクはリーゼとファースト・キスを交わし、アインシュタイン家の一員になったのだった。