第24話:帰るべき場所へ…
アスタロト。
ボクの運命に立ちはだかる敵。
「さあ、エテルナ。大人しく椅子に戻るのだ…」
もうボクはお前の思い通りにならない。
リーゼと一緒にアインシュタイン家に帰るんだ。
ボクは動けないリーゼを庇うようにしてアスタロトがいる前に立つ。
「私は言ったはず。もう君を待つことを止めると…」
アスタロトの足音がボクに近づいていく。
ボクを押しつぶすかのような重苦しい空気を伴って。
「だから、少々手荒な真似をすることになる…」
空気が揺らめく感じがする。
「君には少し恐怖を学んでもらうことにしよう…」
右肩が熱い。
痛い。
「痛いだろう。例え、死なない体を持っても、痛みを感じてしまうのだからね…」
アスタロトは攻撃魔法でボクの肩を撃ったんだ。
「さて、次は左肩だ…」
左肩がもの凄く痛い。
ボクの体から汗がだらだら流れてくる。
「エテルナぁああああ!」
リーゼの悲痛な声がボクの体に響いてくる。
リーゼは体を動かせない。
「悔しいだろう、リーゼロッテ。君は指先一つ動かせず、ただ見守るだけだ。守るべき相手が傷つく姿をただ見つめるだけだ。騎士としてこれほど惨めなものはないだろう…」
「くっ!アスタロト、貴方はどこまで墜ちれば気が済むの?エテルナを愛してたんじゃないの?それなのにどうしてこんなことを…」
ボクの傷はもうふさがりかけていた。
こんなとき不滅の肉体は便利だ。
ボクもリーゼと同じくどんなことをされても絶対に屈しない。
「ほら、私が付けた傷はもう癒されている。だから、少々痛めつけても問題無いということだ…」
「やっぱり貴方は何も見えていない!体が治っても、心までは治ったりしないわ!本当に愛してるのだったら、どうしてそれを見ようとしないのよ!」
「心のような見えないものなど信じて何になる?ありのままの姿を受け入れればいい。それが叡智を持つ者の在り方だ…」
アスタロトはどこまでの叡智の所有者だった。
どうすれば、アスタロトの剣を折ることができるんだろうか。
「エテルナ、これ以上痛い思いはしたくないだろう。私も君を傷つけたくない。さあ、神の御許へと還るのだ!」
ボクは決して戻らない。
あんな気持ち悪い場所が神様になるのなんて嫌だ。
「仕方ない、君にはまた眠ってもらうとしようか…」
ボクの周囲の空気が揺らめいている感覚。
アスタロトが何かの魔法をボクに仕掛けている。
ふと眠気がしてくる。
アスタロトはボクに眠らせる魔法をかけてきたんだ。
今度は眠らない。
眠らない。
ねむ。
らない。
「無駄な抵抗はやめろ…」
ボクは。
リーゼと。
一緒に。
「さあ、眠るんだ!」
ダメだ。
膝が折れてくる。
体から力が抜ける。
もうボクは。
「エテルナ!耐えるのよ!」
リーゼの。
声だ。
「眠れ!エテルナ!」
アスタロト。
ボクは決して屈さない。
そうだ。
「なぜだ!なぜ眠らない!私の魔法は完璧のはずだ!」
お父さんは言っていた。
精神魔法は心を強くすれば耐えれると。
「エテルナ!心を強く持って!」
ボクの心はリーゼと共にあるんだ。
それに。
「私をそこまで拒絶するのか!エテルナ!」
眠るんだったら暖かいベットがいい。
「くっ!まさか睡眠魔法に耐えたというのか!………ならば、仕方ない。これだけはしたくはなかったのだが…」
今度は眠気が無くなった。
次は何をするつもりだ。
「君を殺して、眠ってもらうことにしよう…」
アスタロトから何かが出される音がする。
風を切る音。
何かを振る音だ。
これは。
剣。
「魔法よりも剣で心臓を一突きした方が確実に殺せる…」
アスタロトは。
ボクを。
本気で。
剣で。
殺すんだ。
「無駄な抵抗はするな。かえって痛みが長引くだけだからね…」
風を切る音が響く。
まるでボクを威圧するかのように。
殺されたらさすがに眠ることになってしまう。
そしたら、また。
神様の椅子に座らされてしまう。
どうすればいい。
「言葉通り、まさに殺したいほど愛している、だな…。ははははははははっ!」
アスタロトの足音がボクの前まで響いてくる。
後ろにはリーゼがいる。
逃げることはできない。
「エテルナ、次に目覚めるときは神の世界が実現したときだ。それまで眠るといい…」
ボクの手前でアスタロトの足音が消える。
手前にアスタロトがいるんだ。
「子供は健やかに眠るのが務めだ…」
再び風を切る音がする。
突き刺すために剣を構えたんだ。
「おやすみ、エテルナ…」
やられる。
あれ。
まだ眠ってない。
「リーゼロッテ!なぜ動くことが出来る!?」
リーゼロッテ。
リーゼの匂いがボクの前からしてくる。
「私は……エテルナの…騎士よ…。騎士は…守るべき者のために戦うもの!」
「ぐっ!なぜだ!なぜ動ける!神の血を持つ者は絶対に私に逆らえないはずだ!」
金属音が激しく鳴り響く。
リーゼとアスタロトが互いの剣をぶつけ合ってるんだ。
それにしてもなぜ、リーゼは動けるようになったんだろう。
「神の血は神の奇蹟、すなわち魔法。そうだったわね、アスタロト?」
「その通りだ!それがどうしたぁっ!」
リーゼの挑発を返すかのように金属の激突音が高々と響く。
リーゼとアスタロトの足音が離れていき、激突音が消える。
二人は一旦距離を取ったんだ。
「神の血は魔法を使う魔力そのもの。脳の命令から体が逃れたいなら…」
リーゼの声が疲れてるかのように苦しそうだった。
「血を絞り出して体を壊死させればいい!いくら脳でも壊死した体まで動かすことはできないわ!」
「まさか、今の今まで体が動かせない代わりに魔力を限界まで放出し尽くしていたというのか!?」
そうか、神の脳は神の血に反応して影響を与えるものだ。
だったら神の血である魔力を使い尽くせばいい。
『エテルナ、心配しないで…。もう少しのはずだから…』
あのときのもう少しというのはもう少しで魔力を絞り出せるということだったんだ。
「だが、魔力は体の一部、魔力を無理矢理絞り出して無事に済むはずがない。そうか、君はもう立っているだけで辛いはずだ…」
「ふん!私も言ったはずよ!自らの剣は決して折ったりしない!」
リーゼの地面を蹴る音と共に金属の激突音が再び響く。
「止めておけ、君の騎士道精神は買うが、下手すると二度と剣が持てない体になる。エテルナを守る騎士では無くなるのだぞ!それでもいいのか!リーゼロッテ!」
「ぐっ!私は…例え、剣が持てなくても…騎士であり続けるわ!エテルナの心を守る騎士として!だから……、エテルナの心を傷つける貴方には……決して負けたりしない!はあああああっ!」
「うぐっ!」
甲高い激突音と地面に何かが落ちる音が響いてくる。
リーゼの剣がアスタロトの剣を弾き落としたんだ。
「さあ、もう終わりよ!アスタロト!この距離なら貴方が魔法を使うよりも私の剣の方が早いわ!」
やった。
ついにアスタロトに勝てるんだ。
やっとリーゼと。
突如、何かが破裂するような音がする。
「うぐぅ!あうう…」
これはリーゼの息が止まりそうなほどに苦しい喘ぎ声。
空気が破裂するかのような音の後に聞こえたリーゼの喘ぎ声。
まさか。
「ははははははははっ!これは騎士の決闘ではない!生きるか死ぬかの戦争なのだ!」
地面に何かが倒れるかのような音が重く響く。
リーゼ。
リーゼ。
「リーゼロッテ、君の大好きな拳銃だ…」
リーゼ。
ボクは倒れた音がした方に走っていく。
血の匂いがする。
どんどん濃い血の匂いがしてくる。
「神の血を絞り出したのだ。どうせなら全ての血を絞り出すのがいいだろう…」
ボクはリーゼを抱き起こす。
胸から熱いものが溢れてきている。
胸から血の匂いが出てきている。
「それ以上動くな。エテルナ、君がリーゼロッテに治癒の力を使うよりも私の拳銃の火が吹く方が早い。つまり、私がリーゼロッテを殺す方が早いということだ…」
アスタロトの足音がボクとリーゼに近づいてくる。
乾いた金属音が響く。
ボクに拳銃を向けてるんだ。
「さあ、エテルナ。リーゼロッテの命を救いたければ、私と来るのだ。そして、神の世界を復活させるのだ!」
「だ…めよ、エテ…ルナ…」
血の匂いが濃くなってくる。
ここままだとリーゼが死んでしまう。
けど。
ボクは。
絶対にアスタロトには屈しない。
お前の元には行かない。
ボクは神様の世界を復活させない。
「リーゼロッテの命が惜しくはないのか!死ねば、君の治癒術でも助けることはできないのだぞ!」
神様の世界を復活させても同じことだ。
だって、みんな同じになってしまうんだから。
同じになってしまえば、生きてる証も見つからなくなる。
そんな世界にリーゼを連れて行きたくない。
「エテル…ナ…」
ボクはリーゼを抱きしめる。
「なぜだ!神の世界は永遠の楽園。リーゼロッテも永遠の存在となり、共に生き続けることができるのだぞ!それが君の夢ではないのか!?」
ボクとリーゼは違う存在だ。
だからこそ、寄り添い合えるんだ。
もし、リーゼがボクと同じ永遠の存在になってしまったら。
リーゼがリーゼでなくなってしまう。
ボクはリーゼがリーゼだからこそ愛してるんだ。
「エテルナ…」
「君は神になれる道を捨てるのか!君が神になれば滅びの未来も無くなる!永劫の孤独の世界を歩まなくて済むのだぞ!それでも神の道を捨てるというのか!?」
ボク、なぜ神様の世界が滅びたか、分かった気がしたんだ。
「ふん!神が力と叡智に溺れたからだろう!」
違う。
神様は本当は寂しかったんだ。
「神が寂しかった、だと?」
ボクはセフィロードに繋がれて神様の内面が見えた感じがしたんだ。
ボクがボクで無くなる感じ。
何も聞こえない。
何も感じない。
苦しくて。
寂しい。
そんな世界。
神様はそんな寂しくて苦しい世界を壊したかったんだ。
「だから、滅ぼしたというのか?違うな。神は神自身を見渡せなかっただけだ。だからこそ、自らの姿を映し出し、戒め、導く鏡が必要だったのだ。だから、今度は滅びることはない!君と私がいれば神の世界は永遠となるのだ!」
例え、鏡があったとして、映し出されるのは寂しく苦しい自分の姿だけ。
どんなに凄い叡智を持っていても分かり合う相手がいないと意味がない。
どんなに凄い凄い力を持っても喧嘩する相手がいないと意味がない。
寄り添える相手がいないとどんなに凄い力を持っても意味がないんだ。
だから壊したんだ。
寂しくて苦しい世界を。
だからこそ、自分の体をちぎって新しい世界の糧になったんだ。
今度は寂しくなく、みんなが寄り添い合える。
そんな世界を神様は夢を見ていたんだと思うんだ。
「神は夢を見ない!神は希望を抱かない!なぜならば、神は完全だからだ!戯れ言はもう止せ!リーゼロッテが本当に死ぬことになるぞ!」
本当はアスタロトも神様と同じように寂しかっただけなんだ。
「黙れっ!」
だから、神様と同じように世界を壊したかっただけなんだ。
「黙れっ!黙れっ!黙れ!!」
自分の叡智の力の重さに耐えられない子供だったんだ。
「黙れぇえええええええええ!」
破裂音が木霊する。
「なぜだ、アスタロテ…」
地面に何かがぽたぽたと落ちる音がする。
リーゼとは別の血の匂いだ。
「もう…止めて……姉様…」
この声はアスタロテ。
しかもリーゼと同じ息が止まりそうな声。
だったらこの血は。
アスタロテの血。
アスタロテがボクとリーゼを庇ったんだ。
「エテルナ…、早く…あの娘の治癒を…」
ボクはアスタロテの言葉でとっさにリーゼの体に触って治れと念じた。
「エテルナ…」
リーゼの息づかいが安定してきてる。
もう大丈夫だ。
後はアスタロテを。
「来ないで…私は…いいから…」
アスタロテはボクが治癒しようと駆けつけるのは拒んだ。
このままだとアスタロテが。
「やっと…姉様の顔が……本当の顔が…見れたわ…」
「早く私から離れてエテルナに治癒術を!」
「私は…知ってた……強く…優しい…姉様が……本当は…泣き虫で…いつも…影で…私に…隠れて…泣いてた…から…」
「もうしゃべるな!アスタロテ!はやく!はやく…」
「ねえ…今度……また…聞かせて…くれる?…姉様の……ハープを…あの…天使の…歌声を…」
「ああ、聞かせてやる!いくらでも聞かせてやる!だから、だから、死ぬな!私を…私を置いていかないでくれっ!」
「嬉しい……やっぱり…姉…様…は…わた…し……の…天………使………」
「しっかりしろ!アスタロテ!アスタロテ!アスタロテぇええええええええ!うわああああああああああっ!」
アスタロトの慟哭の叫びが響き渡った。
ボクとリーゼはただ立ちつくすだけ。
「アスタロト…」
「リーゼロッテ、君の言うとおりだったよ。私は何も見えていなかった。アスタロテは…妹は…今も昔も変わらず、私自身を見てくれていた…。だが、私は見えなかった。見ようとも…しなかった…」
アスタロトは気づいたんだ。
叡智の所有者としてでなくアスタロト自身を見てくれる人を。
だけど。
失ってしまったんだ。
失って初めて見えてしまったんだ。
「どうやら私の剣は折れてしまったらしい…。幕引きの時だ…」
突如、地面が激しく揺れていく。
そのとき、ボクとリーゼに向かって何かが飛んでくるような空気の流れを感じる。
ボクは投げられたものを受け取った。
この生暖かい感触の腕輪。
「屍魔の腕輪…」
何千何百の魔力のある者の血肉で作り上げた腕輪。
「間もなくセフィロードは沈む。早く脱出するといい。その屍魔の腕輪には空間転移の魔力が込められている。行き先はアスガルドだ。君達の帰るべき場所に戻るといい…」
「貴方はどうするの?」
「私は妹と共にここで逝くとするよ。ふふっ、アスタロテは私と同じように泣き虫でね。私が側にいないとすぐに泣いてしまうのだよ…」
軋む音が駆け抜けていく。
地面が割れてるんだ。
「エテルナ、私は君のことを本当に愛してたよ。今まで済まないことした。許して欲しい…」
アスタロトは本当にボクのことを愛してくれてたんだ。
ただ、知らなかったんだ。
どうやって寄り添っていけばいいのか。
お互いに相手の気持ちを知って、心を重ね合わせていくのを知らなかったんだ。
「ふふっ、心残りなのは…君と一緒に…ハープの二重奏を奏でれなかったことかな…」
アスタロトは悲しげに笑っている。
どこまでも不器用で悲しい人。
それがアスタロトだったんだ。
ボクとリーゼは手を繋ぎ、屍魔の腕輪に魔力を込める。
「さようなら…、エテルナ…、リーゼロッテ…。君達の未来に幸せが有ることを…祈っておくよ…」
「さようなら、アスタロト・ヴァンシュタイン。私は貴方のことを決して忘れない…」
ボクとリーゼの周囲の空気が揺らめいていく。
さようなら、アスタロテ。
さようなら、アスタロト。
ボクとリーゼは崩壊していくセフィロードから脱出した。
そして、ボクとリーゼはアスガルドの大地に立っていた。
悲しいほどに綺麗な空気。
ボクとリーゼは帰ってきたんだ。
ボクの手をリーゼが握る。
「さあ、帰りましょう。私達の…アインシュタイン家に…」