第20話:片翼の天使
ボクはいずれ、この世で一番最悪の世界でひとりぼっちになるんだ。
ボクは体から力が抜けていく。
「エテルナっ!」
リーゼは崩れるボクを支えてくれる。
リーゼの温もりがボクを癒してくれる。
「大丈夫、落ち着いて、ね…」
けど、この温もりは永遠じゃないんだ。
「リーゼロッテ、私は君を宿敵と認め、完膚無きまでに屈服させると宣言した」
アスタロトの足音がボクとリーゼの方へと近づいてくる。
「ここで決着を付けようではないか…」
リーゼはボクを抱き上げるようにして立ち上がり、アスタロトの足音が響く方向に体を向ける。
「エテルナは渡さない。私は貴方に屈しない。だから、負けはしない!」
リーゼの体がアスタロトを威圧するかのように熱くなってくる。
「確かに君は屈しないだろうな。だが、エテルナはどうかな?」
「どういう意味?」
アスタロトの足音が消える。
「私が君を孤独の世界から救ってやろう…」
アスタロトがボクをこの世で一番最悪の世界から救ってくれる。
ボクをどう救うというんだろう。
「今度は何を企んでるの?」
「何も企んではいないさ。私は純粋にエテルナを救いたいだけだよ…」
アスタロトは楽しげに笑っていた。
「この世界を壊せばいい。そして、神の世界を復活させるのだよ…」
「やっぱり貴方はエテルナの心の隙間に付け込ん…」
「ならば、君はエテルナの心の隙間を受け入れられるというのか?」
「…っ!」
リーゼの体がびくっとしたように一瞬震えた。
ボクはただリーゼにしがみついていた。
ボクはリーゼを永遠に愛するって決めた。
けど、一人になるのは怖い。
故郷が焼かれたとき、一人になったときは怖かった。
ボクはもう一人になりたくないんだ。
「リーゼロッテ、君は有限の時を生きる人間だ。いずれ君は死ぬ。そして、エテルナは一人になるのだ」
「私は最後の時までエテルナの側に居続けるわ!」
「それは君の自己満足に過ぎない。君はそれでいいだろう。だが、君に置いていかれたエテルナはどうなるのかな?」
リーゼがボクを強く抱きしめる。
絶対に離さないと言わんばかりに。
「所詮、君とエテルナでは見ている世界が違う。だが、私ならエテルナと同じ世界を見る力がある」
「叡智の力でエテルナの神の力を利用して神の世界を復活させたいだけでしょう!貴方はそのためにエテルナを利用しようとしてるのよ!」
リーゼがまたボクのためにアスタロトに立ち向かってるんだ。
リーゼはボクの真の騎士だ。
だけど。
永遠の存在じゃない。
「君はエテルナを神の力があるだけの子供だと言った。子供の責任は大人が背負うものだ。君はエテルナの持つ神の力を受け入れる強さを、責任を背負えるというのか?」
「だったら、貴方は背負えるつもりなの?貴方も神の叡智を持っていても有限の時を生きる人のはずよ!」
「神の世界を復活させれば可能なことだ。なぜならば、神の世界は全てが等しく永遠の存在となれるのだからな…」
「永遠なんて存在しないわ。だからこそ、神様の世界が滅んだのでしょう!例え、何度神様の世界を復活させても同じことよ!」
アスタロトのため息が聞こえてくる。
リーゼは怒りに震えるようにボクを抱きしめている。
「誰もがいずれ別れの時が来るわ。悲しいことだけど、だからこそ、掛け替えのない出会いがあるのよ!」
「永遠は存在しないと言ったな。だが、エテルナは死なない。君が言っているのは共に有限の時を生きていく者同士の話だ。エテルナは誰しもが訪れるはずの死に向き合うことは永遠にない。だからこそ、自分と同じ永遠の存在を欲することになるのだ」
永遠は存在するんだ。
だって、ボクは死ねないんだから。
「もし、永遠があるとするのだったら、それは変わらない者よ。エテルナは老いることも死ぬことも出来ない体だけど、それを受け入れる強さを手に入れることになるわ」
「ほう、何を根拠に言うのだ?」
「子供の責任は大人が背負うもの。そして、子供が大人になるまでに責任を背負える強さを促していくのもまた大人の責任よ!だから、私がエテルナを支えていく!エテルナが自らの力を受け入れる強さを手に入れるように促していくわ!」
「君にはできない。なぜならば、君は永遠の存在にはなれないからだ」
リーゼは永遠の存在にはなれない。
けど、リーゼとは一緒にいたい。
どうすればいいんだ。
「確かに私は永遠の存在にはなれない。けど、問題は永遠であるかということじゃないわ。どれだけ、お互いに相手の気持ちを知り、心を重ね合わせれるかよ!」
「お互いに相手の気持ちを知り、心を重ねる、だと?」
互いに相手の気持ちを知り、心を重ね合わせる。
『人の内面は心、相手の気持ちよ。互いに相手の気持ちを知り、互いの心を重ね合わせた時こそ本当に寄り添い合っていけるのよ』
アスタロテが言ってた言葉だ。
「相手が永遠の存在だからといって永遠の存在になったとしても、心を重ねていくことで出来なければ、それこそ永遠に寄り添い合うことも無いわ!」
「君はエテルナの心と重ね合わせることが出来るというのか?老いることも死ぬこともない彼の気持ちを理解することができるというのか?出来はしない!なぜならば、君は老いていき、死ぬ定めだからだ!」
「気持ちは理解するものではないわ。受け入れるものよ。永遠なんてエテルナのほんの一部にしか過ぎない。私は知ってるわ。エテルナがよく私のベットにこっそりと入っては寝るのが好きなことやハープが大好きで一日中時間を忘れて弾き続けることとか…。永遠がエテルナの全てじゃない。だから、私はエテルナの側に居続けるのよ…」
リーゼはボクを永遠の存在として見てないんだ。
ボクをただのエテルナとして見てくれてるんだ。
「それが君の意志だというのか?何一つ姿が変わらないエテルナを前にして醜く老いてしまう自分を?相手が自分とは違う存在であると認めることを?君は耐えられるというのか?答えろ!リーゼロッテ・アインシュタイン!」
「愚問よ。相手が違う存在だからこそ、人は互いに寄り添い合えるのよ,アスタロト・ヴァンシュタイン…」
ボクとリーゼは違う。
だからこそ、お互いを理解し合おうとする。
お互いに相手の気持ちを知り、心を重ね合わせていけるんだ。
片翼の天使はお互いに同じ側に片翼があっても一緒に空を飛ぶことが出来ない。
右側に片翼がある天使。
左側に片翼がある天使。
お互いに違う側に片翼があるからこそ、一緒に寄り添って空高く飛んでいけるんだ。
だからこそ、ボクとリーゼは一緒に天の頂まで飛んでいくことができる。
ボクもリーゼを離さないぞと言わんばかりに強くしがみつく。
リーゼはそんなボクを受け止めてくれる。
「アスタロト、貴方の負けよ。エテルナはもう貴方の元には行かない…」
アスタロトは沈黙したままだった。
もう諦めてくれたんだろうか。
「あははははははははははははははっ!」
アスタロトは突然、堰を切ったかのように大声で笑い出す。
ボクは怖くなってリーゼにさらに強くしがみつく。
「気が狂ったの?」
リーゼもアスタロトの様子に震えてるんだろうか。
ボクを抱きしめる力が強くなっている。
「はははっ…、いや、すまない。私は至って正気だよ。リーゼロッテ、私は感服したよ。どうやら君のエテルナを想う気持ちは本物のようだ。私は君を尊敬しよう。そして、君のような宿敵に巡り会えたことに誇りに思おう。だが、私は言ったはずだ。私は自らの剣を折ることは決して無い!例え、命尽き果てようともな!」
「まだ何かするつもりなの?」
アスタロトは今度は何をするつもりなんだ。
「そういえば、君達にまだ話していなかったな。私の神の叡智としての力ではなく、神の脳としての力を…。それをこの場でご披露して見せよう…」
アスタロトの力は世界の全てを見渡すものだけじゃなかったというんだろうか。
神の叡智と神の脳の力。
どちらも同じではないのかな。
「いったい何を見せると言うの?」
「リーゼロッテ、跪くがいい…」
突然、リーゼの体が重くなった。
「うぐっ!」
リーゼはどうしたんだ。
苦しそうにしゃがんでるような感じだ。
それにボクを抱きしめていたリーゼの腕が突然重くなってしまった。
お前はリーゼに何をしたんだ。
アスタロト。
「ははははははっ!これこそが神の脳の力だ!脳とは体を統括し、操作していく器官。すなわち、全てを支配する神の力なのだ。リーゼロッテもまた神の血を持つ者だ。故に神の脳たる私には決して逆らうことが出来ない。神が支配する力には抗えないのだよ。あははははははっ!」
そうか、体は脳で考えて体を動かすもの。
神の脳であるアスタロトの命令を神の血肉を持つ人間は言うことを聞くしかないんだ。
「エテルナ、私は君を待つことを止めるとするよ。憎んでくれてもいい。私もまた君に憎まれても変わらず永遠に愛し抜いてみせよう。さあ、私と共に天の頂に飛び立とうか。そして、神の世界を復活させるのだ!」
アスタロトがボクの手を掴んでリーゼから引き離そうとしてくる。
「エテルナっ!ぐっ…!」
リーゼがボクに何かを伸ばそうとする感じがする。
ボクを掴もうと手を伸ばそうとしてるんだ。
「ははははっ!無駄なことを!リーゼロッテ、君には感謝するよ。今まで私の代わりにエテルナを守ってくれたのだからね。お礼と言っては何だが、神の世界が復活した暁には君を天使として迎え入れてあげよう。神となったエテルナに従う天使としてね。ふふふっ、感謝する必要はないよ。私はただエテルナの悲しむ顔を見たくないだけなのだからね…」
「エテルナぁっ!ぐっ…ああ…うっ!」
リーゼの苦しそうな声がボクから遠ざかっていく。
ボクの体が何か拘束されたかのように動かない。
ボクにもリーゼと同じく神の脳で動かないようにしたのだろうか。
「エテルナ、君は神の心臓だ。故に神の支配が及ばない。今は魔法で君の動きを止めているだけだよ。さて、しばらく眠っているといい。子供は健やかに眠るのが務めだ…」
ボクは急に眠たくなってきた。
ダメだ。
ここで眠ってしまったら。
リーゼ。
「では、ご機嫌よう、リーゼロッテ・アインシュタイン。君と話が出来てとても楽しかったよ。神の世界が復活するまで、せいぜい君はそこで神に、いや、エテルナに祈り続けているといいよ。あははははははっ…ははははははははははははははっ!」
眠りそうになるボクの耳にアスタロトの笑い声がただただ響き渡っていた。
ボクの真の騎士。
ボクの片翼の天使。
リーゼ。
「エテルナぁっ!」
リー。
ゼ。
「エテルナぁあああああああああああ!」
リ。
ー。
ゼ。
「おやすみ、エテルナ…」




