第1話:天使になって…
ボクの名はエテルナ。
生まれつき目が見ないので容姿についてはどう説明したらいいか分からない。
けど、最近髪が伸びてきて煩わしいと思い、髪を切ろうとしたのだけど、なぜか村のみんなから止められてしまう。
村のみんな、特に女性からは「そんな綺麗な髪を切るなんてもったいない!」や「伸びた髪が邪魔なら私が綺麗に結んであげるわ」と言われ、髪が邪魔にならないように結んでくれたのだった。
村のみんなは目の見えないボクに優しくしてくれる。
目が見えないけど、雰囲気というか空気で分かるんだ。
家は貧乏で生活は苦しいけど、母がいて、友達がいて、毎日が楽しくて…。
とにかくボクは幸せだった。
ずっとこんな日々が続いたらと神様に願っていた。
でも、神様は残酷で無慈悲だった。
「はやく、薬を!」
「熱い!体が熱いよ!」
村のみんなは次々と病気で倒れていった。
原因は戦場で放置されていた死体による疫病だった。
ボクの村は貧困で薬を買う金が無かった。
だから、病気になったら最後、ただ緩慢な死を待つのみ…。
「ああ、エテルナ、可愛いエテルナ。お母さんに触ったらダメよ…病気が…病気がうつるから…」
目が見えなくても分かる。
お母さんの息づかいからして、もの凄く苦しそうだった。
それでも、お母さんはボクに病気がうつらないようにと気遣ってくれていた。
ボクとよく遊んでくれた友達が死んだ。
優しくしてくれた隣のお姉さんが死んだ。
親切にしてくれた狩りのおじさんが死んだ。
ボクにはどうすることもできない。
どれだけ涙をこぼしても…。
どれだけ神様に祈っても…。
ただの子供であるボクはとても無力だった。
ある日、村に軍隊がやってくる。
目的は疫病が蔓延している村を焼却するためだった。
「逃げるのよ!エテルナ!あなたはまだ感染してない!だから、遠くまで逃げて!」
家の外から呪文を唱える声が聞こえてくる。
多分、村を焼き尽くすための火の魔法だ。
お母さんはボクを追い出そうと暖炉の灰や薪を投げつけてくる。
けど、ボクは灰を投げられようとも薪を投げられようとも動こうとしなかった。
どうせ生き延びてもボクには何も無い。
ここで母を見捨てて逃げて何になるんだ。
ただ一人になって生きていくだけだ。
そんな寂しい日々を送るぐらいなら死んだ方がましだ。
けど、お母さんはそれを許してはくれなかった。
「エテルナ、母の最後の願いを聞いてちょうだい。貴方は必ずこの荒んだ世界で光を照らす天使になるはず…。母には分かるのです。だから、生きて…」
お母さんの最後の願い。
ずるいよ、お母さん。
そんなことを言われたら生きるしかないよ…。
ボクは泣きながら村を飛び出していく。
そして、ボクが生まれた村は地獄の業火に包まれていく。
ボクは全てを失った。
ボクは当てもなく森に彷徨う。
お腹の虫がうるさくなってくる。
喉がカラカラだ。
もう何日も飲まず食わずだった。
このままいけば、動けなくなって死んでしまうだろう。
お母さんはなぜ、一緒に死なせてくれなかったのだろうか。
どの道、ボクには生きる術は無かったんだ。
どうせ死ぬならお母さんと一緒に死にたかったのに…。
しばらく当ても無く歩いていたら風の流れが消えたのを感じた。
ボクの歩く先に何か建物がある。
ちょうどもう動けなくなったところだ。
建物に住んでいる人に頼んで泊めてもらおうと思った。
もし、泊めてくれなかったらボクはもう終わりだろう。
これ以上はもう足が動かないから…。
建物は随分と大きいように感じた。
それに土でも木でもない今までに無い匂い。
手探りで扉だと感じる所を探していく。
建物の壁を触り続けて、金属のような手触りを感じた。
これが扉なのだろう。
ボクは扉だと思う壁を力の限り押していく。
扉は重々しい音を立てて開いていった。
ボクは這いずって建物の中を進んでいく。
もう立つことすら出来なかった。
さっき扉を開けたのがボクの最後の力だったのだろう。
指一本も動かせない。
『貴方は必ずこの荒んだ世界で光を照らす天使になるはず…』
ふとお母さんの言葉を思い出す。
お母さんはボクがこの世界を照らす天使になると言ってくれた。
でも、ボクはここで何も出来ずに終わろうとしている。
ボクは天使になんかなれないよ、お母さん…。
でも…。
もしも…。
生まれ変われたら…。
天使になって…。
みんなが幸せになれる世界を作りたい…。
疫病も無く…。
争いも無い…。
毎日が楽しくて…。
笑って過ごせる日々が…。
ああ、神様…。
どうか、ボクに…。
『汝の願いを聞き入れよう…』
眠りそうになったボクの耳にいかにも偉いような感じの声が聞こえてきた。
この声は神様なんだろうか。
『汝に朽ちることのない不滅の肉体と尽きることのない無限の力を与えよう…』
朽ちることのない不滅の肉体。
尽きることのない無限の力。
神様はそうボクに言った。
『ただし、汝の力は他者を癒すこと、分け与えることに限り』
他者を癒すこと。
分け与えること。
何のことかさっぱり分からない。
『汝の生に幸有らんことを、さらば』
神様の声はもう聞こえなくなった。
そのとき、ボクは気づいた。
いつの間にか疲れが取れて、体が動くようになったんだ。
それにお腹も空いてない。
喉もカラカラになってない。
これがまさか…朽ちることのない肉体なの…。
ボクは立ち上がり、建物の外に出る。
ひょっとしてお母さんが言ったとおり、ボクは天使になったんだろうか。
ふと足に何かが当たるのを感じた。
ボクはしゃがんで足に当たった物に触る。
手触りから犬だと分かった。
けど、犬の体がどんどんと冷たくなっていることに気づく。
もうすぐこの犬は死ぬ。
そんなとき神様の言葉を思い出す。
他者を癒すこと。
ボクは犬の体に手を当てて治れと念じてみた。
するとぐったりしてたのが嘘のように犬は起き上がり、ボクの頬に何か生暖かい物を押しつけてきた。
おそらく舌でボクの頬を嘗めているのだろう。
ボクは無性に嬉しくなり、犬を抱いて走っていった。
お母さんの言うとおりだったんだ。
ボクは天使になったんだ。
ボクは森の中を走っていく。
今まで以上に感覚が鋭くなっているのか、木々にぶつかることなく走ることが出来た。
気持ちいい。
ボクの世界が変わっていく。
神様がくれた力で世界を変えることができるかもしれない。
そう思っていた。
だが、神様はそこまで優しくなかったんだ。
「見つけたぞ!」
「疫病を広げないためにも生かしておくな!」
ボクの村を焼き尽くした兵隊がボクを追いかけてきたんだ。
ボクは必死に兵隊の足音がしてくる方向とは逆に逃げていった。
神様の力で体力が上がっていたけど、さすがに息苦しくなった。
そのとき、ボクの胸に何か熱い物が貫くのを感じた。
それは抱いていた犬の体も一緒に貫いていた。
口の中から熱い何かが溢れてくる。
生暖かい液。
鉄が錆びたような匂い。
血。
ボクは足が縺れて地面に倒れていった。
息が出来ない。
ボクの胸には矢が刺さっていた。
ああ、やっぱりボクは死ぬんだ。
けど、もういいや…。
ボクは今度こそ眠った。
ボクは目を覚ました。
おかしい。
ボクは兵隊の矢に撃たれて死んだはず。
ボクは胸に手を当てた。
矢が刺さってない。
それどころか傷が無くなっている。
けど、確かに矢に貫かれたはず。
穴があいた服がその証拠だ。
そのとき、ボクの胸に冷たい肌触りがする何かが乗っていた。
ボクが抱いていた犬だった。
体はもう暖かくなかった。
ボクは犬の体に触って治れと念じる。
けど、さっきのように動かなかった。
死んだものは治すことができないんだ。
命を扱うことが出来るのは神様だけ。
ボクは犬を土の中に埋めて立ち上がる。
胸に矢が刺さっても生きているボク。
朽ちることのない不滅の肉体。
ボクは死なない体を手に入れてしまったんだ。